「決まってるじゃない。全員真の敵に向かってラストバトルよ。温泉パンダが
メイン張るのはちょー役不足だけど仕方ないし。もうどっかーんどっかーんっ
て」
椅子にブーツを履いた片足を乗っけた格好で、大仰に両手を動かして語彙不
足を動作で補っているのは大庭詠美。
学生時代から少し髪が伸び、先端が肩に掛かるか掛からないかぐらいで綺麗
に切り揃えていたが、ばたばたと落ち着きのないその様はその特徴以外に成長
の跡が全く見られた様子もなかった。
「アホ。その真の敵っちゅーのが誰かわからんやんか」
ねぎタン塩を摘んだままの箸を軽く振って、詠美の意気込みを頭から否定す
る仕草をしているのが猪名川由宇。
一人だけ濃紺の着物を着、たすきがけをして袖をまくることで普段そこらで
見かけることのない格好をしているくせにあまり手入れを感じさせない髪とデ
ザインよりも実用性を重視した大きな眼鏡が、彼女もまた昔のままであること
を示している。
「わたしは第三勢力を考えているのですが……」
そんな二人の向かい側に一人、ちょこんとまるで面接官を前にした受験生の
ように両脚を揃えて座っているのが長谷部彩。
髪型や服装と見た目がそれぞれ変化のある二人に比べて一人、まるで時間が
止まっているかのように顔立ち、髪型、服装、仕草と何一つ変化らしい変化が
見られなかった。
「第三勢力ちゅーと、うたわれ組かいな」
「はい」
「ふーん。ウィツァルネミテア使うわけね。あんちょくー」
ガタンと音を立てて、今度は椅子の背もたれに寄りかかりながら椅子の足を
浮かしながら詠美は野次ってみせた。学生時代学校の椅子では一度も試す機会
がなかったのだとかつてカラオケボックスで二人に語ったことがあったのだが、
アルコールで普段以上に脳を腐らせている今の彼女は覚えていなかった。
「そんな体勢でコケても知らへんで……んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁー
っ! おーい、あんちゃん! 生中お代わりや!」
一気に飲み干したジョッキをテーブルに叩きつけるようにして置くと、こち
らも周囲を気にした素振りもなく忙しそうにしている店員に大声で注文した。
客の入りは少なくないとは言え、早くもデキあがった感のある傍若無人っぷり
は酒の力ではないことは同席の二人はとうに知っている。
「ですが、ここでポンととってつけたように配置した須磨寺雪緒さんは単体で
は動かしにくいキャラですし……明日菜さんだったらまだ良かったのですが」
「それやったら玲子ちゃんと被ってしまうもんなー」
「んー、でもそうだったらいっそのことそいつも入れ替わってたってコトにし
たらいいじゃないー。そうよ、ナイスアイディア。詠美ちゃん天さーい」
「はっ、何が『詠美ちゃん天さーい』や。二十歳越えた人間が口にする台詞と
は思えんなぁ」
「うるさいわねぇ温泉パンダ。どうせ終始一貫見世物のパンダには関係ないで
しょ」
「誰が見世物やねん」
「神戸の上の動物園に帰れー」
「詠美さん……ひょっとして……」
「ん? 何?」
「いえ、何でもありません。知らないことは幸せだ、ふとそう思っただけです」
「そうなのよ! 何でも裏事情を知ってるあたしってはいつもツイてなくてさ
あ……こないだも、ホント大変だったんだから。皆があたしを頼ってくるから
……有能なのも困りものよねー」
串焼きの串を器用に箸で一本一本肉から抜く作業を続けていた彩は、抜き終
わった串を皿の隅っこに並べる。そのついでとばかりに食べ終わった食器を重
ねて店員を楽にするような配慮を見せていたが、さり気なく重ねた皿の真ん中
に汁が溜まっている皿を置くことで、地味なトラップを仕掛けていたことには
いつも通り二人とも気づいていない。
「まあ知らぬが花ちゅーことや」
「人の振りして――とも言いますが」
「そこー。二人して何ひそひそやってるの。いくらあたしが知る人ぞ知る大物
だからって、遠慮なんかしなくていーんだから」
「あのなあ、大バカ詠美……」
「だーかーらーっ! 『カ』は余計よ! 『カ』はっ! いい加減にしなさい
よねっ」
「……その言葉、そっくり返すわ」
「あによーっ! ちょおーっ、むかつくーっ! 久ピーだったから許してあげ
たけど、やっぱり泣かす! ぜーったいに泣かすぅっ!」
「やかましいわっ!」
「ふみゅっ!」
由宇の空になったジョッキの一振りを頭に受け、愛玩動物の鳴き声にも似た
短い発声と共にテーブルへ突っ伏す詠美。
「ったく、何年たってもちぃぃぃぃとも成長っちゅーもんがないなぁ。詠美ち
ゃんは」
ここは都内某所にある、炭火焼きの焼肉店だった。煉瓦造りでシックな雰囲
気を持つ店内と、割烹料理店から何故か転向して来たというシェフが作ったメ
ニューと、何よりも味と値段のバランスが良いことで評判の都内有数ホテル中
心のチェーン店として人気がある。
「……」
「ん? どないしたん、彩。何か嬉しそうやな。顔こそ変わらんけど、わかる
で」
「いったーい……ん? そうね、何か面白いことでもあった?」
「面白いこと……ですか?
二人の怪訝な顔を受けて彩はそう一瞬だけ首を傾げると、
「二人の生態以上に面白いことはそうそう……」
「「おいっ」」
「冗談です」
同時ツッコミを受けてクスリと笑う。
「でも、本当にお二人とも全然変わっていなくて嬉しかったです」
「そやなー。彩は本業が立て込んでて、ウチはイツで家業継ぐのに専念して電
話やメールでしかなかなか付き合い続けられへんかったからなぁ……。まあた
まにはこうしてみんなで集まって旧交温めんとなー、詠美ちゃん」
「そ、そうね。蝶忙しいあたしだけど、たまにはあんたたち相手に付き合って
あげないとねー」
「本当、変わりません……」
急に素直な反応を向けられたせいで、気恥ずかしくなった由宇と詠美はそれ
ぞれ暫く無言になる。
「な、なんやなんや。あはは、急に暑うなってきよったなぁ。 ちょ、ちょっ
と換気効いてるんかいな あ……あははは」
「あははは! パンダが真っ赤になってるー やーいやーい」
「これはアルコールのせいや。あんただって……赤くないんやな」
「あ、あたし〜? ふふん、お父さんの晩酌にさんざ付き合ってるからこれぐ
らい平気だもーん。『カリブ海の女王』の二つ名は伊達じゃないわよ」
鼻息荒く胸を張る。
「いやもうわけわからんて。そう言えば彩もあんまり顔色変わらんなあ」
「そうですか? 自分ではわからないんですが……きっともず「ウチも別に弱
いっちゅーわけやないんやけどなあ……」
いつでもどこでも所持しているのか、もずくのパックを取り出してきた彩に
由宇は無理矢理台詞を被せた。
「ですからこのもず「ところでさ」
詠美が話題を変えるべくそう声を上げると、
「何や」
「……何です」
飛びつく由宇と、不満そうに見える彩が応じる。
「これだけ最後あたし、にゃはは女に蹴られてから出番ないんだけどこの後ど
うな「お姉ちゃーん。生中追加やー」
大声で店員を呼ぶ由宇。
「ちょっと聞きなさいよっ! だからあた「豚ハラミの塩ダレと白菜キムチも
お願いします」
やってきた店員にメニューを見ながら追加注文をする彩。
今度は詠美の発言が立て続けに遮られた。
「ま、とにかくや」
店員が注文を確認して立ち去るのを確認してから、由宇は頬を膨らませて拗
ねる詠美の肩をぽんぽんと優しく叩く。
「それぞれ、昔みたいにそうそう都合が合うわけでもないのに、こうしてまた
三人揃って昔みたいにやれることに乾杯や」
「そうねー。あたしはちょーっと立ち位置が違う部分もあるけど、これからも
付き合ってあげるから安心していーわよ」
「アホ。立ち位置が違うのはここにいる八雲"先生"やろ」
「あの、それはちょっと……由宇さん。勘弁してください……」
「照れへん照れへん。年に何冊ペースやねん。もうすぐ大先生扱いされ「それ
はあんまり誉め言葉じゃないわよ、パンダ」って、Leafでは愛称やねんで!」
「それよりもお二人に報告しないといけないことが……「えー、あたしはー?」
「過去の遺物やな」「むきー」詠美さん、大丈夫です。踏み台じゃないですか」
「あによ、それーっ」
「あかん、彩。それは止めや」
「じゃあ……当て馬?」
「もっと酷いわ! で、さっき何か言いかけへんかった?」
「え、何」
「はい。実は今日、お二人を呼んだのは他でもなく……」
「他に新作の構想でもあるんか? あ、ははーん。ひょっとして……アニメ化
が決まったちゅー報告かいな。そろそろ来ると思ってたんや」
「違うわよ。同人界の女王であるあたしに教えを請いたいんでしょう?」
「元老院入りが何言うてるんだか。それよりもあんた、本に彩の師匠とか書い
とるけど、いい加減にせんとファンに刺されるで」
「実はわたし……今度は童話絵本さっ「げ、げんろー? 何わからないことい
ってるのよ。ばーかばーか」」
「……たまに本気でその皺のなさそうな脳味噌が不憫になるわ」
「―――もういいです」
「へ? 何、どうしたの?」
「この大バカ詠美! 人の話はちゃんと聞かんかい。彩が拗ねてしまったやな
いの」
「ウソばっかあっ! パンダが人様とのコミュミ……コミニュ、コ、コ、コニ
ミュケーションができないことをいいことに、勝手な解釈しないでよ!」
「でも、これだけは是非報告しておきたいことが………聞いてますか?」
「なにがコニミュケーションや。それを言うならコミュニケーションやねん。
頭の皺がツルツルな癖に舌は回らんのかいな。詠美ちゃんは難儀な生き物やな
ぁ。周りに誰かもう少しマシにしてくれる人が……いやいやいや、すまんなあ。
うちとしたことがそんな昔からわかりきっていたことを今更言うなんて。おら
へんよなあ、あんたのまわり、初めて会った時から今に至るまで、そしてこれ
からもか。救われんなあ。出会い系サイトなんか嵌ったらアカンで。アコムや
無人君はお友達に入らんからな」
「あ、あたしは、ちょおモテモテなの! いつだってどこでだっ――
ガッ、と金属で木を穿つような音がして、テーブルに突き刺さる銀色のフォ
ーク。
イィィィィィン…。
「……」
「……」
両者の空間を穿つように微かに鳴動音を発しながら突き刺さっているフォー
クを前にして、由宇と詠美は押し黙り、同時に彩の方へと恐る恐る頭を動かす。
「いいですか?」
「「ごめんなさい」」
「いえ、とても恥ずかしい話なんですが……どうしてもお二人に最初に聞いて
欲しくって……」
「な、なんですか」
「た、楽しみやなぁ」
冷や汗を流しながら無理のある笑顔を作って、彩の言葉をじっと待つ。
彩はそんな二人の前におもむろにコップを取ってお冷で口を軽く湿らせてか
ら一言呟くように漏らした。
「わたし、今度千堂和樹さんと結婚することになりました」
「「へ?」」
「…あ、これ招待状です」
おずおずと、彩は封書を差し出す。
今一つ状況が飲み込めないまま、小さな手紙を受け取る二人。
「長年の交際でしたが、和樹さんもわたしもそれぞれ連載が一段落ついたこと
もあってそろそろと二人で相談して今年に―――
詠美と由宇の聴覚からは彩の声が遠くなっていく。
その代わりというわけではないが、店内のスピーカーから流れるラジオの音
がやけに大きく聞こえてきていた。
『……今日のゲストは漫画家の御影すばる先生でした。すばる先生、ありがと
うございました。「またですのー☆」 はい、先月お伝えしたように長年続い
たこの桜井あさひのハートフルカフェも遂に放送終了まであと一週間になって
しまいました。残り少ないこの放送時間でどれだけ出来るか判らないですけど、
可能な限りやっていきたいと思いますので、皆さんよろしくお願いしま〜すっ
!! では明日は日曜日。一日お休みして月曜日からの放送です。皆、元気に
会いましょう!! パーソナリティは桜井あさひでした。
See You Next Week.Bye−Bye.』
「こんなに自分だけ……いつか幸せが逃げていきそうで……怖いです……」
「「はぁ……」」
魂が抜け落ちたような表情でぐったりとしている二人を前に彩は頬を染めな
がら、首を左右に振った。
「そんなわたしが今あるのも―――この聖ペンのお陰です」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
おきなり前触れもなく彩が懐から取り出したペンを見て、それまで脱力して
いた二人が一瞬で蘇る。
「な、なんやってぇ!? ホ、ホンマにあったんかいっ!?」
「ちょ、ちょ、ちょちょちょっと待ってよ。それって……ホントに?」
「そんな幸せの御裾分けとしてお二人にこれを進呈しようと―――」
「もーらいっ!」
「あ、ちょ、待ちなさいよ! ズルイわよ、パンダ!」
「これでウチも若女将漫画家として一気に――――んぷっ!?」
「寄越しなさいよっ。ふふふ、これで詠美ちゃん。きっと日のあたる場所に行
け――――んぎゃっ!」
一本の薄汚いペンを必死に取り合う二人を他所に彩は席を立つ。
「独身時代最後の思い出に、一度は仕返しをしたくって……いえ、こっちの話
です。それでは、はい。支払いはカードで……ええ。残りはあの二人にお願い
します」
「―――それでは詠美さん、由宇さん。ごきげんよう。式場でお会いしましょ
う」
ペコリと一礼して、店を出る彩。
「離さんか。アホタレ! これはウチのもんや!」
眼鏡はズリ落ち、着物を乱しながら奪ったペンを持った手を高く突き上げる
由宇。
「あたしのだって! 人間の道具はパンダが使ったって意味ないんだから!」
もつれ合うようにして椅子から転げ落ちながらも、必死に喰らいつく詠美。
「あ、あーっ! 折れたぁぁぁぁぁぁっ!」
「こんの大バカ詠美ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
掴み合いの結果、真っ二つに折れたペンを見て嘆く二人。
「ふん…」
オッサンはその風景から、目を逸らす。
そして、タバコを備えつけの灰皿でもみ消し、呟く。
「…この町と、住人に幸あれ」
「「誰――――――――――――――――っっっっっっ!?」」
...Some day be to continue SSP !