「……まずいわ。由宇ちゃん、実力の万分の一も出せてないっ」
「お言葉ですが、通りすがりの謎のマスクウーマンさん。由宇さんほど、遊び
も勝負も真剣に取り組む人はいませんが……」
「そこが落とし穴なのよ……猪名川由宇という同人ゴロは確かに常に全力で物
事に向き合うタイプ。それは間違いない。けどね……」
 南が一度ためを作って間を空けると、
「全力だから、実力を出し切れているというわけじゃないのよ」
 背後から加わるもう一人の声。
「え―――?」
 彩が慌てて振り返ると、そこには南と色違いのマスクを被ったスーツの女が
腕組みをしながら鎮座していた。
「はっ……先輩!?」
「違うわ、ミナ兵衛。わたしは仮面編集長Zよ!」
「………」
「………」
「………」
「とにかく!」
 大人はそうやって都合の悪いことから逃げていくんだなぁと彩は思ったが口
には出さなかった。代わりにもっと余計なことを口にする。
「三十代はこれだから……」
「「まだよ! まだなってないったらないっ!」」
 息ぴったり。
「頑張って由宇さん!」
「「訂正なさいっ」」
 ミソジマエーズの怒号を背に、彩が由宇に声援を送る。
「関西のお姉さん、頑張るですよ」
「猪名川さん……あたしに脂肪を押し付けた分、動けるでしょう!」
「ち、千紗さんに瑞希さん……」
「負けた筈のライバル達が応援に駆けつける……これぞ王道ですね」
 何故か南が大満足。
「彼女はあの伝説の『六甲おろしの由宇』ですよ。このまま終わる筈がないで
しょう」
 帽子をずらして顔を隠すようにして、鈴香が南達と少し離れた位置に現れる。
「か……『風駆けの鈴香』」
「せめてあのハリセン使いの一つでも見せてもらわないと高速を逆送して白バ
イに切符切られても駆けつけた甲斐がありませんよ……」
「それ無意味な行為のような……」
「ふっ。それもこのザイコメドラーズのコンビネーションの前には紙くず同然
でござるよヤングウ〜メン」
「そ、そうなんだな」
「縦王子鶴彦に横蔵院蔕麿……まだ見ぬ強敵達がわんさかとっ!?」
 その間からオタク縦横の二人が割って入る。
「強敵かしら?」
「さあ?」
「何か打ち切り漫画の最終回のような様相ですね」
「南さん。それを言ったらおしまいじゃないですか?」
「あらあら、ついうっかり」
「頼む、勝ってくれ猪名川殿! 今も尚病床にいる郁美の為にもっ」
 涙を流しながら地面に両手をついて頭を下げる雄蔵。
「いつのまにそんな重いものを背負う展開に?」
「もう後先考えなしの大盤振る舞いですね……」
「「「いっながわっ、いっながわっ、いっながわっ」」」
 美穂、まゆ、夕香が猪名川コールを送る。
「女房を質に入れても見逃せませんな」
「誰だ、アンタ!」
「さあ、由宇ちゃん! 仲間の応援で真の実力に目覚める時です!」
「いつの間にか南さんが仕切ってますね」
「この娘、昔っからそうだったわ。人を押し立てておきながら最後は自分がっ
て」
「先輩。刺しますよ」
「ご、ごめんなさい……」


「いや、脱力しまくるだけやって……」
「すっごい応援団だね。仕込み?」
「んなワケあるかい」
 騒がしい外野を困ったものを見る目そのままで見つめる。
「ま、ウチも負けるのだけは嫌やからなっ。無理してでも気張ったるで!」
「にゃははは♪ 負けないよっ」
「負けない? そうやな、ウチも負けは大っ嫌いや」
「―――へ?」
 一瞬、玲子には何が起きたか理解できなかった。
 気がつくと、自分のすぐ目の前に由宇がいた。
「この距離、何もでけへんやろ」
「あっ……」
 ギラリと由宇の眼鏡が光る。
 その直後、どんっという重い音と共に、玲子の体が吹き飛ばされる。
「……だから、もう茶番はおしまいや」
 しゅうう、と煙と共に由宇の懐付近で紙が焦げた音を立てる。逆手に持った
ハリセンの先端が茶色く焦げていた。ゼロ距離から閉じたハリセンを縦に相手
の腹に叩きつける陰湿技、関西では禁じ手の一つでもある『プッシュバント』
を見舞っていた。
「そ、そんな急にやる気を出すなん―――うひゃぁぁぁっ!?」
 起き上がりかけた玲子に由宇は飛び掛ってハリセンを打ち下ろす。慌てて転
がって避ける玲子。
「や〜んっ!! こんなの翔さまじゃなぁ〜い!!」
「ウチはなぁ……いい加減、キレてるねん」
「い、いやー。ホラ、これってもっとギャグテイストな……うわぁぁぁっ!?」
 引きつった笑顔のまま立ち上がった瞬間、追撃される。
「はう〜〜!! そ、その……本気になられると困るというか……」
「……」
 またしても転がりながら逃げる玲子の前に由宇が立ち塞がる。
「参った。降参。もうかなわないし、怖いし、痛いのヤだし……ね? ね?」
「それは少し遅かったようやな。ウチのハートはテールランプはもう全開や」
「そ、そんな事言わないでさー、仲良くやろうよ〜 って、なんちって〜☆
 貰いっ、『最終決戦奥義“無し――――なにゅ?」
 不意をつく筈の一撃を繰り出す前に止められる。
 炎を纏った玲子の手首を、由宇が素手で掴んでいた。
「な、な、な、なにゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」
「どうしたん? 顔色悪いで」
「あ、あー」
「そやろなあ、今までさんざ脅かしとったんやからな」
「由宇ちゃん。目、目が怖ひ……」
「あんたなんか知らん。お子様の遊びにしてはアコギやで」
 掴んだ手を離す。
 その掌は薄く焼け焦げていた。
「手品も出しすぎれば種が見え見えや」
「きゃい〜!! 許してぇ、あ……」




「←↓→+大っ ラウンドリップセイバー――――――っっっ!!」




「うにゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」
「こ、この格好でこなすには少々無理があっ……なんや!?」
 由宇が着ていた98たんのハリボテが茶色に変色してぼろぼろと砂のように
崩れる。
「あ、ああ。そやったな……すっかり忘れっとったわ」
 やっと自由に動けるようになった体を慈しむように、軽く柔軟をこなす。
「まあ、これで面子はほぼ揃ったわけや。後は黒幕の登場を待つだけっちゅー
わけやけど……」
「主犯の桜井さんを探すだけですね」
 由宇の言葉に彩が頷く。
「天候も晴天になってきたようですし、ここらで一つ即売会でも」
「いや、何も持ってきてませんし」
「あ、こっちに自動販売機があるー」
「実はお弁当を用意してきたんですが、みんな食べませんか?」
「荷台の隙間に転がってたお歳暮の届け忘れ物で良ければ……」
「お、お菓子なら常備してるんだな。でもオマケはあげないんだな」
「あらあら、いいのかしら?」
「南。いい加減、マスク取ったら?」
 他の面々は少し離れた場所にビニールシートを敷いて、宴会モードに入って
いた。
「暢気なものですね」
「いや、本来暢気でいい筈やねん……で、ほんまにいるんか『桜井あさひ』は」
「は? 由宇さん、それはどういう……」
「瑞希っちゃんに千紗ちぃ、それにそこの玲子を巻き込んでまでどうしてウチ
らは戦わなアカンのや?」
「それは聖ペン探しが……」
「ウチら同人者が躍起になって探すんはわかる。ライバルを邪魔者とするのも
な。けど立ちはだかったのは全員ペンを必要とはしていない面子や。その締め
はあさひやて? おかしいやないか」
「そ、それこそあさひさんに尋ねれば……」
 少々焦り気味になりながら、彩が食い下がる。
「無駄やろうな」
「何故です。彼女こそ真相を知る唯一の……」
「真相ならウチが知ってる」
「は?」
「今日遅れてきたのは伊達や酔狂だったワケやない」
「言っている意味が良くわかりませんが?」
「看板の文字を弄って『桜井寺』? お粗末な仕掛けもええが、下手な細工の
し過ぎは己の首を絞めるちゅーわけや」
 やれやれと肩を竦めながら、ハリセンを彩に向けた。


「そうやろ、須磨寺雪緒ちゃん」


「由宇さん……何を言って……」
 彩の表情は変わらない。
「西○葵絵やったら誤魔化せたかも知れへん。けどな、いくらウチでも生みの
親の顔の描き分け方の違いは分かる。随分甘く見られたものや」
「……」
「ここに来る前に大志には連絡入れとる。仲間を待つつもりなら残念やけど、
諦めた方がええで」
「いつ、入れ替わりに気づきました?」
「最初からや。入れ替わったのは単独行動をした時やな。仕掛けてくるのを知
っていれば注意深くもなるっちゅーもんや」
「そうですか、ずっと惚けていたんですね」
「まあ、天然やった部分もあるけどな。でも声は見事に彩のまんまや。どうや
ってるん?」
「声、ですか……それはですね、コホン。

『愛か……そう考えると、あの過保護っぷりもわかるかも』
『う〜ん、そうだよね。榊ちゃんには悪いけど、あのふたりがデキてるってウ
ワサ、マジなのかも』
『ビアンってヤツ?』
『やるとき、キュウリとか使ってる人? ヤダァ、なんかキショーイ』

 ……とかいうのでわかりますか?」
「なっ、こ、これは……鬱薔薇の透子探しイベントの!?」
 一人で二人分の会話をこなしきった雪緒の技に驚嘆する由宇。
「ええ、正解。流石、猪名川さんですね」
「あのパペットマペットはさりげなく伏線だったちゅーわけか。確かに音楽室
にはいつもあんた一人の筈やったから変やなーとは思ったけど」
「処世術です。このぐらいできておかないと共通イベント扱いされて見せ場を
スキップされてしまうから……」
「……それ処世術とは言わへん」
 呆然と立ち尽くす由宇を前に、雪緒はゴムを取り出すと左右の髪を括ってい
つものツーテールに戻した。
「狙いは何や? ウチら、天使組に恨まれるような真似した覚えないで?」
「東京開発室の看板ゲームの座を……と明日菜さんが」
「それでウチらを仲間割れに? そりゃ、安直というか……」
「従わないとバイト代出さないって言うので」
「そりゃ、切実やな」
「それにただ生きていても仕方が――――」
「ストップ。ストォォォォォプ! そんな重そうなテーマはパス!」
「でもこの後わたしは岸壁に立って毒薬を……」
「あ、あかーん! は、早まったらあかーんっ!! そないな体当たり系のボ
ケはどっちかて言うたらウチらの仕事や! 天使組のとちゃうっ!」 
「冗談です。猪名川さんって面白い人ですね」
「うわぁ、そんな爽やかな笑顔で言われると首絞めたくなるわ」
「それで、どうします? この後」
「そうやなぁ……











              あ ん た な ら 、 ど う す る 」







  
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