「おまた〜☆ って、なんだか随分息切れしてるみたいだけど大丈夫?」
「おかげさんでな」
 玲子が簡易更衣室から着替えから戻ると、こみパ終了時でさえこんなに困憊
したことがないぐらいに憔悴しきった由宇がその場にしゃがみこんでいた。
「携帯酸素入りますか?」
 彩は平然としたままで、どこから取り出したのかスプレーの缶を由宇に見せ
ていた。
「だから何であんたが持ってるねん」
「こんなこともあろうか……」
「もーええ……」
 ヘロヘロと力なく腕を上げ、ペチンと力なく彩の胸を手の甲で叩く。
 そんなんでも一応突っ込みを入れるのは彼女の信念だか執念らしい。
「他に属性のない人ですから」
 そうとも言うらしい。

「あのー、始めてもいいかな?」
 そんな光景に引きながらも、律儀に訊ねる玲子。
「駄目です」
「はう〜〜!!」
「仕方がないですから、五分だけ待ちます。トイレは裏の木陰ででもちゃっち
ゃっと済ませちゃって下さい。ティッシュはありますか? ポケットティッシ
ュで良ければ特別定価100円で差し上げます」
 顔は全くいつものまま肩を竦めて、やれやれ困ったものだぜというポーズを
作ってから、してもいない腕時計を見る仕草をする。
「………」
「………」
 由宇と玲子のアイコンタクト。
 頷き合う二人は、いい加減ボケまくりの彩の暴走を揃ってスルーする。
「―――それでその格好は?」
「そう! あたしの原点でもある翔さまよ!」
 胸にサラシを巻いてその上に学ランを羽織っただけの格好。そのコスプレこ
そ彼女が一番愛するキャラクター「WildBlood!翔」の主人公、日下部翔の格
好だった。
「……ということは、やっぱりコレか?」
「うん。こっちはそのつもりだよん♪」
 拳を固めて見せた由宇に玲子が頷いた。
「それじゃ、いっくよーん」
「ちょ、ちょいまち! ウチはこの格好で戦えっちゅーんか?」
「今まで散々暴れていたのに今更ですか?」
「あ、彩。アンタ代わりに―――」
 救いを請うように手を伸ばす由宇に、彩は視線を逸らす。
「わたしは第一の間で戦いましたから。詠美さんは先ほど、ですから残るは由
宇さんが担当するのが少年漫画の王道です……因みに王道からするとそろそろ
敗北の予感」
「って、あんた最初は敵やったないのっ……って、最後アンタ何言うた!?」
「聞こえません。ではまた来世」
「いやな挨拶すんなーっ」
「大蛇狩りっ」
「のわわっ!?」
「ぬふふふふ。よく避けたのだ」
 彩とのやりとりに集中していた由宇に対して、玲子が攻撃を仕掛けてくる。
「あ、あんたソレ。本当の炎じゃ……」
「由宇さん! EX専用、3ゲージ必須のガード不可技です。気をつけてくだ
さい」
「な、何の話やぁぁ――――――っ!」
 距離を置いて警告する彩に再び絶叫。
「鬼焼きっ! 鬼焼きっ!」
「うぁっ!? あ、あぶっ!?」
「ほれほれほれ〜♪」
 両拳からそれぞれ炎を纏わせて迫ってくる玲子に、由宇は後退を余儀なくさ
れる。
「大蛇……なんちって〜☆」
「こ、この……調子に……」
「――――って、やっぱり大蛇狩りっ」
「うわぁっととっ!?」
 あからさまなフェイント。
 そんな単純な攻撃でさえも、可燃性の塊である箱ボディの由宇にとって必死
に逃げ回るしか対処の仕様がなかった。
「せめてこれさえ……」
「バルカン300くん。大人しく人体発火に協力してチョ」
「誰がバルカンやねんっ!」
「――――違ったのですか!?」
「そこっ! 心外そうな顔するなっ! 誰のせいでこうなったと思ってるんや
!」
 玲子の攻撃から逃げ回りながらも、律儀に彩への突っ込みは止めないでいる
と、突如、横合いから声が掛かる。



「―――全ては我が戯言なりっっ!!」



「………」
「………」
「………」
「―――誰?」
 固まった空気の中、一番早く立ち直った玲子が恐る恐る、突如現れた巨漢の
ガクラン男に声をかけた。
「む、俺のことは気にするな」
「いや、気になるって」
「その体だけでもう十分に邪魔ですから、見てたかったら隅っこにでも引っ込
んでてください」
「う、うむ……」
 彩の情け容赦ない言葉を受けて、雄蔵はその大きな体を丸めて離れた場所に
座り込んだ。
「え、えーと……」
「んにゅにゅにゅ…………」
「ファイトです」
「いや……なぁ……」
「あはは、ちょっとやり辛い、かなぁ……」
 止まってしまった時間を取り戻すことが出来ず、どうしていいかわからない
まま、往生してしまった二人に再び声が掛かる。


「由宇ちゃん! 貴女ともあろう人がなんてザマですかっ」


 こみパスタッフのコスチュームを着こなしながら現れた牧村南は、何故だか
メキシコ・ルチャ・マスクを被っていた。
「そんないきなり出てきて言い切る貴女は一体!?」
「いや、フルネームもう出てるし……」
 大袈裟に驚いてみせる彩に、由宇が疲れた口調で口を挟む。
「通りすがりの仮面スタッフですよ」
「しかも惚けてるし……」
 肩を落とす由宇に代わって、今度は玲子が突っ込む。
「お約束です♪」
「牧やん……」
「しょ、正体不明の応援が……由宇さん! これは新シリーズの予感です」
「いやだから……はぁ……もうエエわ」
「続けよっか?」
「そうやな」
「いえっさー☆」
 盛り上がりが著しく欠けたまま、戦闘が再開された。
 と言っても、玲子の攻撃から由宇が逃げるという一方的な展開のままだった
が。

  
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