「はあ、アンタ誰よ?」
「はがれいことか名乗っていましたけど……」
「はがれい? はがれんなら知っとるけど……なんなん?」
まるでわからないという表情をする詠美に、指を一本立てて小首を傾げる仕草を
する彩、そして肩を竦めて見せた由宇に、
「こらー、その扱いちょっとひどいんじゃない!?」
肩を怒らせて「怒ったぞ」のポーズで抗議する玲子だが、いかんせん迫力がなか
った。
「だから、あれ誰?」
「さあ」
「TV版の新キャラじゃないですか」
「ああ、なるほど……」
彩の指摘に、納得したように手を叩く由宇。
そんなやりとりを続けていると、
「どおせ、どおせ、あたしなんか、オマケですよーだ」
玲子はいじけ出していた。
「オマケの扱いなんて、こんなものですよねえ。4人そろわないといっちょまえじ
ゃないんですぅ」
しゃがみこんで、拾った枯れ枝で地面を掘り出した玲子に流石に憐憫の情を覚え
たのかそっと近寄って肩を叩く。
「結局、あんたも群れないと生きてけない端役っちゅーわけやな」
「不憫です……」
「あははは、まあせいぜいこのあたしの押しかけ役にでもなってなさい」
「たあーっ!!」
「んがごっ」
First Atack 3000Point。
その掛け声と共に放った跳び蹴りが詠美の顔面を直撃する。
「う、うみゅうう……」
顔面に足跡を残して詠美が倒れる。
「ふっふーん。これぐらいでしょげるようなヤワな精神してたらコスプレイヤーな
んかやってられないんだから」
今までのは嘘泣きでしたとばかりに笑顔を作る。
「詠美!」
「大庭さん……」
顔面に足跡をつけたまま昏倒する詠美に二人は駆け寄り、抱き起こす。
「これは酷い……」
「全身あざだらけや……」
「それ、キミたちのせい」
「なんて酷いことを!」
「この敵はとったるさかい、安心して逝ったれや!」
「おーい……まあ、いっか。コホン」
わざとらしく咳払いをひとつしてから、ポーズを取った。
「この俺を敵に回すと、死期を早める事になるぞ……なんちゃてーなんちゃてー、
どうどう、今のよかったでしょ?」
「あ、思い出しました」
「知っているんかい、彩!」
宮○あきら顔で突っ込む彩。
「彼女こそ真の漉無礼屋吾……」
漉無礼屋吾……その発祥は中国元代に有る。モンゴル民族が漢民族を支配するこ
の時代、あるモンゴルの高官が自分の衣装の洗濯を漢民族の洗濯屋、今で言うクリー
ニング屋に依頼したところ、生地の違う漢民族の服の洗い方しかできなかったこと
に激怒し、その洗濯屋を鞭打ちで殺したことで、漢民族たちはその高官を漉し洗い
一つにケチを付けると恐れ戦いた。占領民族として驕り昂ぶる彼は奴が洗濯屋なら
吾は無礼屋だと開き直ったことから、衣装の違うものを漉無礼屋吾と呼ぶようにな
って今に至る。(民明書房刊『現代コスプレ変遷』より)
「ぴぽぴぽ〜ん♪ そうでーす!」
「そうなんかい!」
由宇の突っ込みを流して、彩は問う。
「でもなぜ貴女が……貧乳の癖に」
「あ、何か今ものすごく失礼なこと言ったでしょ?」
「いいえ。決してボツキャラモドキがなどとは……」
「もっと酷いっちゅーねんっ!」
「と、由宇さんが……」
「しかも人のせいするんかっ!」
「のわんですって〜ッ!!」
「あんたも信じるなっ!」
怒った素振りを見せる玲子に由宇が突っ込む。
「サイテーッ!! イロモノキャラの癖に!」
「っ!」
その罵倒に由宇の眉がピクリと動いた。
詠美を看取った姿勢でしゃがんでいた状態から、ゆらりと立ち上がる。
「あんた今、言ってはならんこと言いよったな」
眉間にしわを寄せ、怒筋を立てて睨み付ける。
箱コスプレなのでイマイチ様にはなっていないと彩は思ったが、無論口にはしな
かった。
「相当気にしていたんですね……あ痛っ」
代わりに口にした真実でも殴られたことには変わりなかったが。
「同人誌をバラまいたりするマナー違反なキャラだったくせにぃ〜」
「会場でHするような奴に言われたかないわっ!」
挑発を繰り返す相手に、切り返す由宇。
互いの視線がますます尖ってきたところで、
「ところで、玲子さんは何故ここに?」
彩が聞いた。
互いにずっこける。
「は、話の流れを無視するやっちゃなぁ!」
「いえ、元に戻しただけです」
「あー、それね」
「聖ペンとコスプレにいかなる関わりが……」
「そゆんじゃないんだけどね〜」
「じゃあ、なんやねん」
「にゅふふふふ………」
うんざりとした目を向ける由宇に玲子は両手を口元に当てて笑う。
「気味悪い笑い浮かべてないでさっさと説明しい」
「ちっちっちっ、わかってないなあ。こういうのは勿体つけてしゃべらないと」
「数少ない出番だからせめて時間稼ぎをしないと目立てないという……」
「うっ」
思わず青ざめる玲子に、由宇も苦笑いを浮かべる。
「今日のアンタ……キッツいわ」
「ありがとうございます」
「「ほめてないほめてない」」
深々と頭を下げる彩に、二人揃って手を横に振った。
「ふふふ、キミやるね」
「いつも通りです」
「いつもかい」
由宇の突っ込みは黙殺した。
「あたしはね、運命付けられたのよ!」
玲子は握った拳を掲げて気炎を上げる。
「そう、あれは曇り空が続く夕方のことだった。いつもの通りゲーセンでバイトを
していたあたしはその日、伝説を見たの。初めは天候の悪さからか、客の回転がい
つになく悪いことで店長の機嫌が悪いだろうなぁと思いながら、こういう日は灰皿
の交換が多くなって面倒なのよねぇと愚痴を零しながら、壁に寄りかかって客の誰
かが置いていったゲーム雑誌を読んでいたの。ゲーセンなんて元々篭りやすい空気
の上にこんな天候でしょ。いつも以上に人の密度の割りに騒がしさがない、ゲーム
の音だけが妙に響くような雰囲気だった。それはあんな状況の日は珍しくないこと
で、あたしも他の店員も気にしないで、それぞれダラダラと居るだけのバイトを続
けていた。勿論、普通の仕事はしていたわよ。でも元々そんなに忙しいバイトじゃ
ない。だから雑誌を読みながらぼーっと時間を過ごすあたしのスタイルはおかしく
なかった。読み終わった雑誌を事務所に持っていこうと、ああそれは別に誰かに渡
すとかじゃなくて雑誌類はそちでまとめて捨てることになっていたからね―――で、
そんな時だった。一角でざわっとした空気が動いたのは。あたしははじめ、トラブ
ルだって思った。だって場所は格ゲーコーナーでしかも対戦台。人同士のトラブル
がおきると言えばここが一番の場所でしょう? だから困ったなと思いながらすぐ
に向かったの。殴り合いとかになったらもう止められないし。睨み合いとか小競り
合いのうちに収められるものは収めようってね。これでも結構慣れてるんだ、こう
いうの。イベントで慣れてるせいで物怖じしない性格も上手く働いているのかも知
れない。こういうところのバイトって基本的にダウナー系が多いでしょ? だから
というわけじゃないけど、あたしみたいなタイプは重宝されるのか押し付けられる
ことが少なくなくってね。そんなんだから傍観して悪化してから呼ばれるよりはっ
てすぐに向かったんだ。でね、予想通りに対戦台を囲むようにして人垣が出来てる
の。こりゃ参ったなと思いながら、「どいてどいて」と声をかけながら掻き分けて
行ったの。勿論、店員の服を着てるからすぐにどうてもらえたわよ。でも今考える
とそんなの関係なかったんだと思う。だって誰もあたしなんか見てなかったんだか
ら。そう見てなかったんだ。誰一人。二十人かそこらいたかなぁ……あたしが来た
ももっと増えたと思う。下手するとゲーセンにいた人殆ど集まったんじゃないかっ
て思うぐらい。そんなに多くの人がね……一心に見てたんだ。喧嘩を? ううん、
違う。一人の女の子を。そう女の子。女の子なのよ。それもゲーセンに一人で来る
様なタイプじゃなくて、内向的で外に出歩く感じない子。顔もね、眼鏡かけてて野
暮ったそうに見えるんだけど全然田舎臭くなくて、変装になっていない変装った雰
囲気。まあ実際変装だったわけだけど。そんな子が一人でね、まあ対戦台だから対
戦相手がいるんだけど……ゲームをやってたわけ。勿論、格闘ゲームよ。占いでも
落ち物でもなくてね。あたしが見たときはガクラン着てた学生だったかなぁ……学
校サボったのか終わってから来てたのかはわからないけど、常連じゃないけど結構
何度か見たことがある子。そんなに上手いわけじゃないけど、下手じゃないと思っ
たわ。あたしが見たときはそう思った。普段は知らないから。とにかく、その子が
ずっと格ゲーしてたんだ。延々と。そう、すっと。何で騒いでいるかと思ったらさ
あ、彼女ずっと勝ち抜いていたんだ。それも二桁超えてた。うちは二桁しか表示無
いんだけど周りから聞いたら一周してたんだって。彼女気づかなかったけど、あた
しがバイト入った時からずっと勝ち抜いてたのよ。そんなんだから凄かった。周り
が皆その子を見てるわけなんだけど、勿論画面も見てるわよ。なんだけど、顔がね、
いやらしいとか下心あるとか、女の子に向けるような顔じゃなかったわ。一応にな
んていったらいいのかな……モアイ! そうモアイ顔だった。顔が長くて鼻も長く
て口は半開きで、それで皆何か呟いているから聞いてみたらざわざわなんて鳴いて
るの。あれは声でも擬音でもないわ。鳴いていたのよ。気味悪いよりも呆れちゃっ
たわ。宗教儀式とアイドルコンサートのあいのこみたいな状況で、あたし一人だけ
醒めてるの。ああ、勿論対戦相手も普通にやってたわよ。でも何か病気でもしてる
ぐらいに汗だらだら流しちゃって負けた瞬間、全てを失ったような顔をして虚ろに
なって崩折れていくんだから。吃驚しちゃった。吃驚したといえばその女の子。そ
んな調子で何時間続けているにか知らないけど、脇に置いてたペットボトルを一口
含んだだけで、全然疲れた様子も見せないで平然と次の相手を待ってたんだから。
あれはもう二度とお目にかかれる光景じゃないし、かかりたくもないわね。あまり
の圧巻した空気だった。あたしはてっきりトラブルと思っていたから割り込むよう
にして前に出ていたけど、その刻は本気で失敗したと思ったもん。あんな状況で目
立つなんて、まるで何ていったら言いのかしら。勇次郎を前に口答えをした柳状態
って奴? もうトンデモな目に遭わされるんじゃないかって心臓がドクンドクンっ
て走馬灯まであとちょっとな状態に追いやられた。その時だった、その女の子が立
ち往生してるあたしを見て、こう言ったのよ。胸ポケットから折りたたんだ紙を取
り出して、ものすごく緊張した口調でたどたどしい動きで「あなたが芳賀玲子さん
ですね」って? それであたしは――「つまり、あさひさんの番組に今度ゲストで
格ゲーの声優が登場する際に、スタジオに呼んであげる見返りに狩りだされたのが
真相だそうです」「なるほどな」ぶーぶー! そこ、先に言わないでよ!」
「そういうことで、黒幕はあさひさんだったらしいです!」
「なんやってーっ!?」
長台詞に飽きたののか、無視して仕切り始めた二人に玲子は抗議する。
「ぶぅぶぅ! 折角息継ぎ無しで十代喋り場モードの回想編に突入していたのに酷
いにゃりよ!」
「何がにゃりやねん。あんな調子でほっぽいたら日が暮れてしまうわ」
「ふんふんふーんだ! こうなったら実力行使なんだからっ」
「初めっからそうそりゃええねん。全く疲れるわ……」
「ちょっと待ってて。着替えてくるから」
「はあ?」
「だってこの服だと戦いにくいんだもん」
「あのなあ、それ言うたらウチのこの格好見てみい」
「にゃはははは☆ ちょっと待っててチョ」
「待っ……」
追いかけようとした由宇の腕を彩が掴む。
「正義の味方は敵のターン中は動かないものです」
「いつウチらが正義の味方になったんや?」
「……なっ」
「そこ! 驚愕した顔で引くなっ!」
「フフフ……由宇さんは悪魔かもしれませんね」
「ちゃうわっ! ……って、こ、更衣室!?」
いつの間にか境内の隅に用意されていた人一人入れるだけのカーテンで区切られ
ただけのスペースが要されていた。
「こんなこともあろうかと―――」
「あんたの仕業かいなっ! しかも敵に準備させるんかいっ!」
両手で襟首を掴んで揺するが、頭をガクガクと上下に揺れながらも彩は表情一つ
変えない。
「じゃあ由宇さんは彼女に裸になって戦えと……エロスはほどほどにしておかない
といけませんよ」
「何がエロスやっ!」
「まだ彼女にはグラビア写真集の道が残っています。ヨゴレになるのはその後です」
「随分人生下降線な未来やなぁ! それ!」