誰かが、何かを叫んでいる。
 ぼんやりとした意識の中で詠美は誰かの声を聞いた。

「ニセモノやて?」

 ニセモノ、二世もの……?
 詠美の頭の中でイメージがごちゃまぜになる。詠美チャンプルー。プルーっ
てすごいってことに違いないと思った。けれど、由宇にド突かれそうなので言
わないでおく。
 そして、彼女は思った。
 カルビ丼が食べたい。チェックメイトはただのお笑いキャラ。

 次の瞬間、詠美は教室に居た。
 自分が自分でない場所。ニセモノの自分という意識が、彼女に幻影を見せて
いる。もしかしたら、いつかどこかで見た光景なのかもしれない。
 休み時間なのか、生徒たちはそれぞれのグループで固まって『昨日のアレ見
たー?』『見た見た! シンクロシーンでちょっと泣いたよー』『ああ、あた
しもあたしも!』『柏木君、なんかモッコリしてなかったー?』『やだぁ!』
などと、TVの話題で盛り上がっている。
 けれど、詠美のまわりは静かだった。誰もいないわけではない。一人、スカ
ートのあまり短くない女子生徒が立っていた。詠美にはどうしても、彼女の顔
が思い出せない。

「大庭さん、宿題はきちんとやってきたほうがいいわよ。別にあなたを怒って
いるわけじゃないの、あなたの為を思って言ってるのよ」
「ふ、ふみゅ……」
「わかった? それともわからなかった?」
「わ、わかった……」

 ありがと、とは言わなかった。詠美に話しかけていたのはクラスの委員長だ。
彼女はただ、委員長という立場から自分を気遣ったにすぎない。それが詠美に
はわかった。なぜわかったかと言えば、女子グループに戻っていった彼女がく
すくすと笑っていたからだ。
『ドジっ娘よ、ドジっ娘。あの子ってドジっ娘なんですって!』
 気のせいだ。
 詠美は首を振った。委員長がそんなことを言うはずがない。知っているはず
がない。
 詠美が宿題を忘れたのは、代わりに新刊のネームを作っていたのは、サボっ
ていたわけじゃなくて、問題が解けなかったからだってことは!
 できないものはしょーがないじゃない!
 詠美は言いたかった。でも言えない。ここでの自分はニセモノだと思ってい
るから。
 こんなの本当のあたしじゃない。
 でも、彼女の言葉を聞こうとする者はいない。
『ドジっ娘、ドジっ娘……』
 ちがう、そうじゃない。詠美は叫んだ。

「あたしはどーじんかいの女王さまよ!」

  
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