拝啓
皆々様、平素は格別のお引き立てを賜り、誠にありがとうございます。長谷
部彩です。
さて今回は、日も登り切らぬ早朝だというのに、駅へ来ております。
何故、この朝靄煙る時間帯に駅へ来ているのかと申しますと、先日、関西弁
を喋る人間のような物体が、『ほなら今度の休み、聖ペン探しに行くさかい。
朝4時に駅の改札前に集合な。…ああ、そうそう。バナナはおやつに入らへん。
それと、寝坊して遅刻したらあかんで』とか、好き勝手ほざくものですから、
詠美ちゃん様とかいう『ふみゅふみゅ』鳴く奇妙な物体と一緒に、こんな所へ
突っ立っているわけであります。
敬具
…わけでありますが、実は言い出した本人が、まだ来ておりません。
既に当初の約束時間から30分が過ぎております。
なのに、未だ姿を見せません。
姉さん、事件です。
いえ、わたしに姉はいませんが。
自分で指定した待ち合わせ時間に遅れるとは、言語道断です。
これは、然るべき酬いを食らわせてやらねばなりません。
……。
ふふ…うふふふ…。
あ、失礼しました。突然笑ったりしちゃって…。
実はわたし、こんなこともあろうかと、昨晩のうちに駅周囲に無数のダイナ
マイトを設置しておきました。
もし言い出しっぺの人間が時間に遅れて来ようものなら、それらを瞬く間に
爆破させ、木っ端微塵に吹き飛ばしてやります。
ついでに、辺り一面火の海です。
穏やかな早朝風景が、阿鼻叫喚の地獄絵図と化すのです。
……。
ああ、いけません。
想像しただけで、うっとりしてしまいます。
今にも、爆破スイッチを誤ってプッシュしてしまいそうです。
でも、ここは我慢です。
獲物が姿を見せるまで、ジッと息を顰めて耐えるのが、優秀な狩人というも
のです。
「やー、悪い悪い、なんや寝過ごしてしもうてな、あっはっはっ」
来ましたっ!
遅れたことになんら悪びれることもなく、澄ました顔で登場して来ました!
KILL由宇!
消し飛んで下さいっ!
わたしは爆破スイッチを押しました。
ああ、姉さん。
破戒の槌たるボタンは、こんなにも軽かったのですね…。
いや、わたしに姉はいませんが。
そして世界は、業火に焼き尽くされました。
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SSパーティー6
THE END
CAST
長谷部彩
大庭詠美
猪名川由宇
SPECIAL THANKS
YOU
1999−2004 Thoughtless Web
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「彩、あーや! ちょっと彩ってば!」
詠美は、隣で夢心地な表情になっている彩の肩を揺すりながら、その名を何
度も呼んでいた。
「…え? あ、はい」
数回の呼びかけのあと、彩の意識が詠美の方へ向く。
時間は早朝4時半を少し回った頃。
詠美と彩は、駅の改札前に立っていた。
時刻は、ようやく始発電車が動き始める頃合い。
照明に照らされた自動改札が並ぶ周囲に、彼女ら以外の人影は少ない。
その彼女らも普段の服装とは違い、まるでどこかの高原にでもハイキングに
行くかのような、山歩き用の出で立ちをしている。
足元には、小さいながらもリュックすら置いてあった。
それもそのはず、今日は例の三人で、この前の休日に話題が出た『聖ペン』
を求めて、少しばかり遠出をする予定であった。
待ち合わせは、駅の改札前に朝の四時。
がしかし、それを三十分も過ぎた現在でも、由宇は現れずにいた。
ちなみに、今回の遠出を企画したのは、その遅刻をしている由宇本人である
ことを付け加えておく。
「ちょっと、どうしたのよ? ぼーっとしちゃってさ」
「あ、す、すみません。立ったまま少し居眠りしてたみたいで…」
「そうなの? …まあ無理もないわよね、こんな朝っぱらに集まるなんてさ。
イベント前の〆切間近でもなけりゃ、今頃はベッドの中でおネムネムな時間よ」
詠美は、そこで一旦言葉を溜息で句切り、「でも腹立つのは…」と身体を震
わしながら続けた。
「こんな朝っぱらに集まることよりも、言い出しっぺのパンダが未だに姿を見
せてないってことよっ! むきーっ! 何様のつもりなのよ! あいつ! こ
の詠美ちゃん様を待たせるなんて、許せないっ! 今日という今日は、力関係
をはっきりその身体に教えてやるわっ!」
「詠美さん、その言い方、すこしエロいです」
「うふ…うふふ、見てなさいよねぇ、パンダぁ。楊枝を口の中にたくさん詰め
込んでから、思いっきりビンタしまくってあげる…うふふ…」
『やー、悪い悪い、なんや寝過ごしてしもうてな、あっはっはっ』
『こんのぉー、寝惚けパンダぁ! 歯ぁ食いしばれぇ! オラオラオラオラオ
ラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…オラァッ!』
などと、詠美が脳内で待ち合わせに遅刻している由宇へお仕置きしていると、
彼女らの背中から良く知った声がかけられた。
「よ、お二人さん。こんな朝っぱらから逢い引きか?」
二人は同時に振り返る。
そこには、いつものように笑っている由宇の姿があった。
「パンダァァァァァッ! あんた自分から誘っておいて、なに平然と遅刻して
来てんのよぉぉぉぉぉっ!」
地面を蹴って由宇へと飛びかかる詠美。
が、由宇は突進してくる詠美の額を片手で押さえ、途中で止める。
「ムキィィィィィッ!」
頭を押さえられながらも、両手をジタバタと動かし由宇に掴みかかろうとす
る詠美だったが、手の動きは全て空しく空を切る。
「ったく、朝っぱらから喚き散らすなや」
「あんたのせいでしょうが! あんたの!」
「うちか? なんで?」
全く心外といった表情をしてみせる由宇。
「言い出しっぺが遅刻してくるなんて、どういうつもりなのよ! 理由を述べ
なさい! 弁明しろ! 反省文を書けぇぇぇぇぇっ!」
詠美の言葉に、「んー?」と小首を傾げながら考える由宇。
しばらくしてから、「ああ」と納得したように呟く。
「そういや、待ち合わせ時間は4時やったっけか? やー、すまんすまん、す
っかり遅れてしもうたな」
遅刻したことになんら気後れした様子もなく、むしろ爽やかな笑顔さえ浮か
べて由宇は言った。
「あーんーたーねぇ…」
「いやな、本当はもっと急いで来るつもりやったんよ。…せやけど、ほら、ス
カートのブリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、
ゆっくりと歩くのが乙女の嗜みってゆぅやろ?」
「おのれは、どこぞの女学院の生徒かぁぁぁぁぁっ!」
「由宇さん、ちょっと待ってください」
由宇の言語道断な振る舞いに、今まで黙っていた彩が、さすがに物言いを付
ける。
「ずっと待っていたわたし達に対して、あなたが言うべき言葉があるんじゃな
いですか?」
「言うべき一言?」
彩の言葉に、「んー?」と小首を傾げながら考える由宇。
しばらくしてから、「ああ」と納得したように呟く。
そして爽やかに微笑みながら、こう言った。
「ごきげんよう」
いつかデスノートを手に入れたら、真っ先に名前を書いてやる。
彩は、そう心に誓うのであった。