《終末の日――Sunday》 ピンポンピンポンピンポンッ 「きゃー」 「何よ!」 けたたましく鳴るインターフォンに起こされる詠美達。 「きっと私のファンが告白をしにきたんだわ!」 パジャマのまま木製バットを持って、玄関に向かう詠美。 「何もかも台無しやな」 そう言いつつ、大欠伸をする由宇。 「? 。〜〜 ZZZ ?」 奥で寝ぼけたままフラフラさまよっている彩。 その三人の前に… 「俺達は地底人!」 「人呼んでV16」 いきなり黒い鎧にライフルを持った男と、全身がゴツゴツした岩の男達がド アを蹴破って入ってきた。 「そして俺は地底のプリンス!」 先頭の一人だけ辛うじて人らしきライフル男はそう叫ぶと、 「かかれ部下達よ! 女達をかっさらえ!」 と、岩の集合体の様な部下達に命令を下す。 「きゃぁぁぁぁあっ!!」 「な、何すんねんっ!!」 命令に忠実に、岩男達が詠美と由宇に襲い掛かる。 「ファッハッハッ、馬鹿者め! いくら叫んでも無駄だ!!」 プリンスとやらが後ろで一人、悠然と高笑いをしている。 「現大庭家の地底に代々生息して数百年! この日が来るのを待っていた!! 今日こそが地上人最後の日となるのだ。ウハハハハ!!」 「その割に持ってるのがライフルぅ〜?」 「それよりもあんたら、ざっと見て15、6人しかおらんけど…」 あっさりとそれぞれ配下に捕まりながらも、減らず口を叩く詠美と由宇。 彩はまだ目が覚めていないらしく、まどろんだまま後ろで捕まっている。 すると、 「待てよ、地底人共!!」 この家に居る筈のない男の声がした。 玄関には入りきれていない岩の集合体であるプリンスとやらの部下が固まっ ているが声はそこからではない。 「な、何だ!?」 「え?」 「何?」 「ZZZ… ?」 全員が振り向いた先、台所の方で一人の男が立っていた。 黒を基調としたシャツの上に黒革のジャケットを羽織り、足下は頑丈そうな ブーツ。 胸元には剣に絡み付いたドラゴンの紋章の銀のペンダントが下がっていて、 頭には赤いバンダナが巻かれていた。 そして皮肉げに吊り上った双眸に、口元にはこれまた皮肉げな笑みを浮かべ るように唇が曲がっていた。 「お前達の好きにはさせないぜ!」 そう彼が言うと、それに呼応したように彼の後ろから二人、台所から姿を現 わす。 一人は墨で染めたような真っ黒い着流しに薄手の黒い羽織には晴明桔梗が染 め抜いてある。手には手甲。黒足袋に黒下駄。鼻緒だけが赤い。 そして不機嫌そうで凶悪な面相――とは程遠い何処か人の良い間の抜けた面 相をした男が一人、背筋を伸ばすようにしてその場の全員を睨み付けていた。 もう一人は黒いダブルのロングコートの様な全身を包む襟付きのマント、鍔 の無い寸詰まりの筒上の黒い帽子、そしてそのそれぞれに黒光りする丸い金属 製の鋲のような飾りが縁取られて、中世の鎧を連想させる。 唇には黒いルージュが引かれ、表情の欠如した白い顔がまるで人ではないよ うな印象を相手に与える。 黒い、ただただ黒い奇妙な三人組だった。 そして並ぶととても可笑しい三人組だった。 「貴様等は何者だっ!!」 地底人のリーダーが彼らを見て叫ぶ。 典型的な悪役の台詞だと由宇は思った。 何で彼だけが普通の人間の様なんだろうと詠美は思っていた。 彩はまだ寝ぼけている。 そして問うまでもなく、彼女らは彼らが何者かは知っていた。 ただ、現実に見た事は一度たりともない。 彼女らが見ることなど、出来ない筈だったから。 彼らは、彼女らの世界の住人ではない。 彼らは… 「オレの名前は藤田浩之!」 「俺の名前は柏木耕一」 「僕の名前は長瀬祐介…」 三人の男が名乗る。 彼らは彼女らのマンガの中、虚構の世界の住人の筈だった。 そう、実際には有り得ない馬鹿馬鹿しい話の主人公達。 「いくぜ、コーイチさん! 祐介! 世界を守る為にもっ!!」 「おぅっ!! 浩之も祐介も油断するなよ」 「ふふふ、遠慮しないよ…」 戦いは始まった。 人類を守るべく、世界を救うべく、運命に抗うべき戦いが。 たった三人で。 現実に存在する筈のない偶像の三人の男が。 現実離れした地底人と言う輩達を相手に。 この大庭家の中で。 愚鈍に殴る蹴るといった動きでしか暴れまわれない地底人を相手に、己の拳 を奮い、熱衝撃波が飛び、鬼の爪で切り裂き、祝詞が聞こえ、電波が走り、鋼 糸が張り巡らされる。 既に真っ先に解放された由宇たちは、ただ呆然と詠美の家が彼らの手によっ て破壊されていく様を眺めるしかなかった。 「あ…みんな…!?」 目を覚ましたらしく、彩が驚いたように浩之達を見ていた。 「あ、彩!? 気が付いたんかい!」 「なに?、なによ…何か知ってるの!?」 浩之達の姿に、合点がいっているらしい彩に、詠美が訊ねる。 「みんな…よく夢に…出てくるの……」 「夢?」 聞き返す由宇にコクッ…と、頷く彩。 「寝ていると…夢でマンガの中の人が出てきて……その人達がいろんなお話を …演じてくれて……」 「もしかして、いつもそれをマンガに?」 コクッ…と詠美に頷いて見せる。 「な、なんちゅう羨ましー夢を見るんや、この子は…」 「それより、どーしてこすぷれなのよぅ〜!!」 「それよりもまず、どうして彼らが今、ここに現れているかを知りたいわ」 「わかりません。ただ…」 「ただ!?」 由宇が聞き返すと同時に、家が激しく揺れ、塵や埃が舞い、物が倒れる。 リーダーの男がライフルを使っているらしく、銃声が五月蝿い。 「ふみゅ〜ん。おうちがこわれていくよ〜 パパとママにおこられるよぅ」 詠美は彼らの戦いを涙を流しながら見守っている。 由宇はそっちをチラリとだけ見て、再び彩に催促するように見る。 「…描いてるときに…話しかけてくれるの…」 「話しかけるって…あいつらがか?」 「特に誰という訳ではないですけど… マンガに出てくる人達が……」 「きんじょめいわくだよぅ〜 おとなりにおこられちゃうよぅ〜」 「どないなこと、話し掛けてくるんや?」 「絵の中から…ここは…こうするといいとか…いろいろ……」 「あう〜 そのかぐはほけんにはいってないから〜」 「キャラクターが完全に一人歩きしてる訳かいな…」 顎に手を当てて、考え込む素振りをする由宇。 その前で彩は所在無げに縮こまっている。 「じゃ、じゃあ何か。今回、彩が描いたマンガって…」 「そういう事…」 何時の間にか浩之が側に居た。 変なコスプレはしていなかった。 それは耕一も、祐介も同じだった。 普通のTシャツを着ていた。 改めてみると、普通のそれなりの人間にみえた。 地底人は姿を消していた。 痕跡が残っているのはこの荒らされた室内だけだった。 「あいつらはどないしたん?」 「逃げていったよ。多分、地下に潜ったんだと思う」 根暗な電波少年が目を伏せたまま、由宇の質問に答える。 「追いかけないとな。奴等、核を持ってるし」 何か物騒な話をさらりとしているのは一番の年長者である耕一だ。 「あの…ありがとうございました…」 冷静に、頭を下げて礼を言う彩。 「うそ! うそ! うそーっ!」 叫ぶのは勿論、詠美だ。 「ゲームの主人公がここにいるわけがないじゃないぃっ!」 「そう言われてもなぁ」 頭を掻く耕一。 「きっと偽物なんだ! ゲームショーか何かの回し者なんだあっ!」 「いえ、違いますけど…」 余裕があるのか、祐介は口元だけで笑って見せた。 「これって、なんかの陰謀? さては、あんたたちこそちてー人のまわしもの ねっ! 寝ている隙にあたしたちの頭になに埋め込んだのよっ!!」 「詠美。あんた、普段どんな本読んでるんや?」 「でも、本当にどうして皆さん…」 彩がそう訊ねかけると、浩之は気障っぽくチッチッチと舌を鳴らす。 「どうして現れたのかって? そりゃ、理く「嘘よぁ〜 これは夢よ幻よ!!」 「詠美。少しの間黙ってられんのかいな」 浩之の言葉を遮るように叫ぶ詠美を窘める由宇。 「地球の滅亡。人類の破滅。世紀末を前にして全ての終焉…」 祐介が呟き、 「本当にそんなのが、あるわけねーしな」 浩之が嘯き、 「チンケな予言以外にはっきりした理由もなければな」 耕一が締めくくる。 「きっと夢なんだ…。みんなみんな、あたしにウソついてんだ…」 勿論、詠美は聞いていない。 「それは理由にならへん」 由宇は三人の男達を前に追求する。 「あのおかしな連中、そしてあんたら! それが出てきた理由をこっちは聞い ているんや!!」 「え?」 耕一が虚を衝かれたような顔をする。そして同時に彩を見る。 「私も、知りたいです。いつもマンガの中だけだったのに… 心の中だけで出 てきていたのに…」 「……呆れたな」 そして言う。 「君は本当にそれがどうしてだか、判らないのかい?」 「不安」 祐介が呟く。 「人の心に巣食っている恐怖の象徴」 彼は彼女たちを見ていない。彼の視線の先は荒らされた室内と、その外の世 界を見ているようだった。 「今のこの世界そのものだよね…」 そう言って由宇達を見た。 ヒントを与えているらしい。 じっと見つめている。 「それに対して君たちは君たちで、それぞれ必要なものを見つけ出していたじ ゃないかい? 大切なものをさ」 耕一はまるで子供に諭す様に、その大きな掌で彩の頭を撫でた。 「は、はいっ!」 彩が頷く。いつもより、力強い気がしないでもない。 彼女達は思い出す。 勇気に、夢に、希望…。 この世界で見つけたもの。 改めて、思い至ったもの。 世界が終わる。 そう聞かされて、人は何を思っただろう。 何をしただろう。 結局、最後に行き着いたもの。 行き当たったもの。 当たり前のこと。 普通のこと。 当然のこと。 一番大切で、一番大事に思っていたこと。 世界が終わる。 それはきっかけ。 そしてまた、世界ははじまる。 人が死ぬ。 それはきっかけ。 そしてまた、人は生まれる。 それは、当たり前のこと。 特別じゃない。 人が存在し、生き物が地球を覆い、世界というものが確立された頃から、輪 廻の如く、繰り返されてきたこと。 だから、世界は終わる。 人は、滅びる。 そして世界は続く。 人は、生き続ける。 それが、人の世界だから… 騒ぎはただ、忘れていたことを思い出すきっかけ。 失いかけていたものへの、不安。 見えなくなっていたことへの、喪失感。 それに気づいたものが、どうして無くなると言うのか。 消えると言うのか。 滅びると言うのか。 根拠すら、ないくせに。 だから、話は終わらない。 彼女たちの、人類の話は終わらない。 元々、「終わる」ことなどできないものなのだから。 それはとても見失いやすいものではあるけれど… 終わることは、決してない…… 「言葉遊びかい…」 そう吐き捨てる由宇。が、表情は明るい。 「予言とやらだって、元はそうだろ?」 浩之は言う。 「じゃあさっきの人たちは…」 「必要だし、必要ないよな」 彩に向かって耕一が言う。 「それはアンタ達もな」 「ああ。その通りだ」 「で、この収拾はどうつけるんや?」 「この世界は実はマンガなんだ。みんな、あたしが描いたんだあ……生きてい る人間は本当は誰もいないんだあ……」 由宇は、壊れたままの詠美を指差す。 「まぁ、大丈夫でしょう。いつだって…ねぇ?」 「え?」 祐介の意味ありげな言葉に、彩は不思議そうな顔をする。 「放っておけっちゅーことかいな。あんたらも薄情やなぁ。でもこの騒ぎの後 始末はどないするん? あんたらがどうであれ…」 そう言いかける由宇に向かって、 「それは猪名川さん。あんたが自分で言っていたじゃないか」 浩之が言った。 いつしか、彼女自身が言った言葉を。 「「夢は覚めたら、おしまいや……」ってね」 …そして、目が覚めた。 朝日が昇っている。 夏の最中に当たるだけに、カーテンを焼かんばかりの日差しを感じる。 由宇は起き上がり、眼鏡をかける。 隣では詠美が寝ている。 彩が寝ている。 静かな、本当に静かな朝だった。 何も起きなさそうな、当たり前の一日がはじまる。 そう由宇は思った。 「さて、起きて準備せんとな」 由宇は詠美と彩を起こそうと考えながら、出発の準備に取り掛かる。 7月のこみっくパーティーに行く為に。 …ヒューン…ザー…ザッ、ザザッ……ヒューン……。 「…もしも、もしもですけれど、どんなことになっても、無事に生き延びることが出来たらまたこの時間、 この場所で皆と再びお会いしましょう! その時はあさひの秘密、明かしちゃいます!! では明日は日曜日。一日お休みして月曜日からの放送です。皆、元気に会いましょう!! 桜井あさひでした。 See You Next Week.Bye−Bye.」 〜Fin〜 BGM『こみっくパ〜ティ〜』