「じゃあもう未練はないんだ。セイバーが、いなくなってもさ」
「―――ああ。未練なんて、きっと無い」


 その一言で全てカタがついた筈だった。
 実際、そうなる筈だった。
 正義の味方見習いの衛宮士郎も、
 偉大なる王だった英雄アーサー王も、
 共にお互いに満足して、その交流を終えたのだから。


訣別



『ブルターニュ人は、アーサー王は死んでいないと言っており、未だに復活の時を待
っている』

 彼の遠征中に国許で謀反を起こした甥であり息子のモードレッドとの戦いで重傷を
負ったアーサー王は、最後まで連れ添った騎士ベディヴィエールに命じ、彼の『戦い
の王』としての象徴でもあったエクスカリバーを湖に投げ込ませた。
 それによって彼にエクスカリバーを授けた湖の乙女へその剣を返還し、彼の王とし
ての伝説に幕を閉じる。
 しかしその一方でその後の彼は、小船で迎えにきたアーサー王の異父姉モルガン・
ル・フェイたちと共にエリュシオンと同じ林檎の樹が茂る彼女の住む常世アヴァロン
の島へ渡り、魔女とも妖術使いとも言われる彼女の手によって治療を受け、アーサー
を次の再生のときまで、深い眠りにつかせたとされている。

 これが俗にアーサー王伝説と言われる物語の大雑把な幕引きの部分だ。
 その部分を読む限り、アーサー王の最後に側にいた者は偉大なる魔術師マーリンで
も、彼の誇る円卓の騎士達でも、剣を湖に放った最後の騎士ベディヴィエールでもな
いことがわかる。

 モルガン・ル・フェイ。
 アーサー王の異母姉もしくは異父姉で、その名の通りフェイと呼ばれる森の魔女で
ある。破壊と欺瞞の魔術を好み、身に纏うその全てを滅す為の酸のマントは何もかに
も溶かしてしまう力を持つとされている。
 彼女はマーリンに近づく力を持った魔術師でありながら、アーサー王とその王妃グ
ウィネヴィアを恨み、栄光の道を歩むアーサー王の前に幾度となく立ちはだかる障害
となる。
 彼の栄光を陰らせるきっかけとなった王の忠実なる騎士ランスロットの王妃への不
義、王を死から護るエクスカリバーの鞘の奪取、そして王とその国の破滅に追いやっ
た、王最後の戦いになるモードレッドへの煽動まで彼女はアーサー王の敵対者として
その破滅の悉くに関わっていた。
 しかし最後の戦いでアーサーが死の縁に立たされるとすぐさま駆けつけ、その傷を
癒し、彼を助ける為に自分の住む霧に包まれた湖に浮かぶ島アヴァロンに連れて行く
というそれまでの彼女とは思えない不可思議な行動をとる。
 シシリー島の伝説によると、二人はエトナ山の洞窟の中にいて彼の永遠の若さを保
たせ、毎年聖杯によって食べ物を与えることで、傷ついているアーサーを「過去と未
来の王」として生きることを可能にしていると伝えられている。この他にも、アーサ
ー王が生きているとされる話のほぼ全てにモルガンという魔女が関わっている。
 彼女は一体、どういうつもりだったのだろうか。
 彼女は一体、アーサー王をどう思っていたのだろうか。


 ロンドンの方から冬木市を仕切るトオサカ宛に、エミヤシロウなる人物が現在日本
に生息しているかどうかという非公式な問い合わせがあったのは、聖杯戦争が終わっ
て一ヶ月以上過ぎた頃だった。
 初めは、当然聖杯戦争のことだろうと思った。
 十年前に引き続いて聖杯が壊させるという幕引きを迎え、監査役であった言峰綺礼
が数々の約定違反を犯した挙句に死んだことで、参加者でありこの一帯を管理する遠
坂家の当主であった遠坂凛は、事情聴取の為に魔術協会とこちらを行ったり来たりし
て一時期は本当に大変だったのだ。
 その際に協会に所属していない魔術師である衛宮士郎の存在を、有耶無耶にして誤
魔化したことが露見しての更なる喚問の手紙かとヒヤヒヤしたのだが、封を開けてみ
ると全然違ったらしい。
 単純に魔術協会に所属する一人の魔術師が、名前から日本人と判断したエミヤシロ
ウという人間を探しているのだが心当たりはないかという、恐らくは日本中の名の有
る魔術師の家に送られたと思われる手紙の一通だった。
 何で士郎がそんな縁も縁も無いだろう魔術師に名指しで捜索されているのか、勿論
気にならないわけではなかったが、その手紙は考えた末に握り潰すことにした。
 きっとわたし以外の殆どの日本の魔術師達がそうしただろうし、真面目に探した者
もきっと該当するエミヤシロウなる者は見つけられずに終わると思っていたからであ
る。
 その魔術師が探しているのがわたしの唯一知る衛宮士郎である限りは。
 彼が魔術師だと知っている魔術師はわたしとイリヤスフィール・フォン・アインツ
ベルンの二人だけなのだから。
 別に協会が関わっているわけではなく、単に協会の持つ連絡網を利用しただけのプ
ライベートな依頼なのだから、その処置は別段咎められるものではないのだが、それ
でも些か落ち着かない気分ではあった。
 よりにもよってロンドンからの手紙だ。
 状況は判らなかったが、この手紙は良くないものだとわたしの中の何かが告げてい
た。
 衛宮士郎にとってではなく、遠坂凛にとって。

 そんな自分の思惑とは別に大義名分というか、伝えないことが正解だとする理由は
幸いにも当の士郎にもあった。
 聖杯戦争が終わってから一ヶ月、今の士郎を見る限り、下手に揺り動かすようなこ
とは極力避けるべきだと感じていた。
 なるべく会える時には会える様に、関われる時には関われる様にと、イリヤと桜と
で話し合って、士郎の様子を窺いながら接し続けた。
 聖杯戦争後も、彼は呆れるほど何も替わらなかった。
 だからこそ心配だったのだ。

 そして更に幾日と経って、始業式の日を迎えていた。
 手紙を受け取って以降、初めて士郎と会う日だった。
 慣れない早起きをして、通学路の途中で士郎を待ち構える。
 そして他の会話に紛れ込ませて、一言聞いてみたのだ。
 見た目は落ち着いているが、それが見た目のままなのか。
 それとも、陰ではやっぱり落ち込んでいたり、思い出にばかり浸っていたりするこ
とがないのかどうかと。
 もし後者だったら、手紙のことを言おうと決めていた。
 前者だったら問題ない。
 そう決めての質問だった。

 そして士郎の出した答えは前者だった。
 だから、一つの物語は起こりうる前に締めくくられた筈だったのだ。


―――わたしが駆け出した時にその手紙を落とすというポカをやらなければ。



 俺の知っている彼女は、最後まで王であり続けた。
 どんなに俺が言おうとも、願おうとも、遂に王のままだった。
 聖杯を求めた時も、聖杯を壊した時も、共にその決断は王のものだった。
 ゆえに、俺は王としての彼女しか知らない。
 別れる際の僅かな、俺にただ一言を告げるだけの時間を除いて、彼女は王であり続
けた。王であることを忘れる事はなかった。

 人を援け、人を殺し、
 国を護り、国を滅ぼした偉大なる王。
 多くの人の笑顔を喜びとした為に、誰からも微笑みかけられない無慈悲の主として
彼女は君臨した。
 それは実に腹立たしくもあり、悔しくもあり、それでいて決して汚されてはいけな
い美しいものであった。


「……んっ」
 久しぶりに、あの夢を見た。
 それは一時期、毎晩のように見ていた夢。
 自分の記憶ではなく、体験でもなく、夢や希望でもない。
「……」
 自分の部屋の隣、襖一つ隔てた先で眠っていた少女の思い出だった。
 もうそこに布団が敷かれる事はない。
 この二ヶ月、それまで当たり前だったように、そこには誰も存在せず、何も存在し
なかった。

 聖杯戦争。
 それは俺にとって一つの事件であった。
 切嗣 ( オヤジ ) のことも、自分の願いのことも、何もかにもが暴き立てられ、突きつけられた。
 仄かな感情を持っていた女の子の化けの皮が剥がれたりもした。
 心から腹の底を曝け出して語り合いたかった親友を永遠に失ったりもした。
 一言では言い表せないほど、沢山のことがあって、色々なことを経験した。
 その全てが終わった時、俺の抱えた感情は様々だったけれど、最後に行き着いたの
は自分が満足しきっていたことだった。
 この一つの出来事が俺を変えることもなく、ただ充実した日々を送ったということ
で通過していった。
 割り切れないことも沢山あったし、理不尽で許しがたいことも一杯あった。
 それでも今、こうして日常に戻ってみると、それまでと代わり映えのない自分が存
在していることに気づく。
 今まで通り、切嗣 ( オヤジ ) の後を継いで正義の味方を目指す衛宮士郎がここにいる。
 否定されたし、絶望も諭された。
 自分の根幹を揺るがすようなことも教えられたし、考えたくもないことも暴かれた
上に選択を迫られた。
 それでも、俺は何も変わらなかった。
 そしてその時の経験は思い出として心に残ったまま、いつか磨耗してなくなってい
くまで自分の中に留まり続けるだけのものでしかなくなっていた。
 そんな今の感情をひっくるめて、満足していた。
 俺は正しかったと胸を張れるわけではない。
 後悔しないでいられたというわけでもない。
 めでたしめでたしなんて出来事ではなかったのに、満足という言葉で消化しようと
していた。
 だから今まで通り、俺は毎日を過ごしていく。
 自分の目指す道に向かって、それまで通り歩んでいく。


 それが始業式の朝まで続いた。
 あの時、通学路で待ち受けていた遠坂の問いに迷いなく答えたのは紛れもなく本心
だった。
 今、聞かれても同じ答えになるだろう。
 それなのに、俺は今、ここにいた。
「疲れたぁ……」
 隣には大きい旅行鞄を下げた遠坂凛がいる。
 見慣れぬ景色。
 見慣れぬ人。
 見慣れない文字。
「何、ぼんやり突っ立ってるの。タクシー拾うわよ」
「ちょっと待て、そんなに慌てるなって」
「長居するわけじゃないんだから、とっとと行ってとっとと終わらせなくちゃ駄目で
しょうが!」
 俺にとって当たり前の日本語が周囲からは、聞きなれない言葉に聞こえるらしい。
 奇異な目で見られているのがわかる。
「遠坂、お前英語は喋れるのか?」
「まさか喋れないなんて言わないでしょうね」
 にっこりと笑う遠坂。
 くそ、悪いかよ。
「全く……それじゃあわたしから離れないようにしなさいよ」
「それは勿論」
 言葉の通じない異国を一人で歩くほど豪胆ではない。
 心底呆れたという表情を作ってみせる遠坂を見ながら、俺の方もこれからどうなる
のかわからない気持ちを抱えたまま軽く深呼吸をした。
 視界に広がる景色は違えど、吸い込む空気はそう変わらない。
 異国というのは何もかにもが違うものだと思い込んでいたのだが、これなら都市圏
と郊外の方がよっぽど違いがあるように思えた。
 そんなわけで始業式の日から数日後、俺達はイギリスに居た。

 遠坂のポケットから落ちた手紙に俺の名前があり、そのことを問い詰めるとあっさ
りと白状したのがきっかけだった。彼女はわざわざ手紙を持ち歩かねば見つからなか
ったのにと悔んでいるようだったが、そんなことはどうでも良かった。
 俺の知らないところで俺のせいで遠坂が困ったり、面倒なことになったりするのは
申し訳ない。手紙は無視すると言う遠坂の話こそ無視して、彼女を押し切る形で俺は
相手の求めに応じてイギリスに向かうことにした。本当は一人で行くつもりだったの
だが、海外旅行の経験もなくパスポートすら用意していない有様に相当呆れた遠坂が
同行しての二人旅である。
 何故か遠坂は俺の決断に相当不満があるらしく、終始怒っているか膨れているか睨
んでいるかのどれかぐらいだったので、遠坂の同行は有り難い反面、疲れるものでは
あった。いくら怒っているのが一番遠坂らしい表情とはいえ、そればかりでは流石に
辛い。結局パスポート申請の一週間すら無視してどういう手口を使ったのか、即行動
とばかりに拉致連行されるぐらいの勢いで連れて行かれた結果が今の状況だった。
 全く、こっちにもバイトの都合とか色々大変だったというのにお構いなしだ。
 そして実のところ、今回の旅行は藤ねえ達には告げていない。
 藤ねえも桜もいつも通り俺より先に学校に行き、俺がその後いつも通りに学校に行
くものだと思わせながら、そのまま遠坂と待ち合わせた場所から空港に向かったのだ。
 置手紙をしておいたが、帰った時にどれほど絞られるかと思うと今から身震いがす
るほどだった。遠坂と一緒だったなんてことはいの一番に伏せなければいけないこと
だから、自分一人で二人を説き伏せる言い訳を考えないといけない。今は何も思いつ
いていないので、気が重くなる一方だった。
 唯一学校には行かないイリヤには誤魔化せなかったので、大雑把に話してあった。
 同行すると言い出されるのではないかと心配したが、意外にもあっさりと頷いてい
た。そして出かける間際になって「きっと、必要になると思うから」と、俺に古ぼけ
た鍵を手渡した。慌しい時だったのでその言葉の意味を聞き返すこともせず、彼女の
見送りを受けてここにきていた。その鍵は今もズボンのポケットの中にある。機内で
遠坂にも見せたが、首を傾げるだけで明確な答えは得られなかった。ただこれが相当
に古いものだということだけは教えられたが、それは俺でも見ればわかる。

「士郎、こっち。早くっ!」
 黒いタクシーの後部トランクに旅行鞄を押し込んでいる遠坂が俺を急かす。
 全く、落ち着きのない奴だ。
「チンタラしてたら置いていくわよ」
「わかったって」
 遠坂に促されて、タクシーに乗り込む。
 行き先を記したメモを見せながらタクシーの運転手と話し込んでいる遠坂を見なが
ら、シートにもたれ掛かった。
 会話の内容はわからないが、雰囲気で察する限りは行き先に対して難色を示した運
転手を恫喝しているように見える。大丈夫だろうか。
「ふぅ……遠乗りになるけど、大丈夫よね」
「大丈夫も何も」
 発進してから聞かれても困る。
 まあ、大丈夫なんだけど。
「それよりも遠坂、行き先の方は大丈夫なのか」
「え? ああ。帰りに客を拾えないとかガソリン代がとかぐだぐだ抜かすから、倍額
払うって押し切ったの」
「倍額ってオマエ……」
「いいのよ。どうせ払うのはわたしじゃないから」
「わたしじゃないって、俺そんなに金ないぞ」
「馬鹿ね。こっちがわざわざ来てあげたんだから、旅費の全ては呼び出したあちら持
ちに決まってるでしょ」
「決まってるでしょって……」
 だからいいのよ、と抜かす遠坂に唖然とする。
 ファーストクラスにしたのはそのせいだったのかとか、もし払ってくれなかったら
どうするつもりなんだとか、色々と頭の中を巡ったが結局何も言わないことにした。
「寝る」
「そうなさい。わたしも少し眠……」
 欠伸をかみ殺す遠坂を横目に見ながら目を閉じた。
 機内では話し合うことが多く、あまり眠れなかったのだ。


 俺が知っているアーサー王の伝説と、俺の知っているアルトリアの物語は似ている
が違う。
 勿論装飾が施された伝記と実際の出来事であった過去の現実という違いもあるが、
それだけでは埋まらないぐらいの齟齬がある。
 アーサー王の原型はアルトリウスとされているが、彼はローマ出身の将軍で総督と
して占領地を外敵から守ったに過ぎないとされている。だが、これすらも事実ではな
い。俺の前にいたアルトリアはブリテン人の王であり、ローマの将軍ではなかったの
だから。
 彼女の家族構成も異なれば、彼女の周囲にいた騎士達も円卓の騎士たちと呼ばれる
ような華やかな逸話溢れる面々ではなく、聖杯探求の旅にも出ていない。
 彼女はいつも戦場にいて、最後まで国を守るものとしての王として存在した。
 だからこそ物語よりも、悲愴で物悲しい。


 目的の舘についたのは夕方だった。
 途中休憩も挟んでの貸し切り状態になったが運転手は、左程文句は言ってこなかっ
た。遠坂の貫禄勝ちというところだろうか。
 タクシーを帰して、海岸沿いのお屋敷という言葉がぴったりの館に入る。
 呼び鈴を鳴らしたが、これだけの敷地にもかかわらず使用人はいないらしい。
 当主らしい男の声で、勝手に入ってくるようにと指示を受けた。
 遠坂の通訳による弁なので、本当はもう少し丁寧な物言いだったのかも知れないが。
 屋敷の中も外見と比例していて、元々は昔のこの地域一体を収めた貴族の屋敷とい
う雰囲気がした。こんな僻地が領土では大した貴族ではないだろうが、と余計なこと
を付け加えたのは勿論遠坂である。
 出迎えた男こそが、俺を呼び出した張本人だった。
 外見からするとあまり魔術師という感じはしない。
 何か色々と親しげに話しかけてくる相手に遠坂はにこやかな表情で応対する。
 猫被るのは上手い遠坂だから、こういうのは任せておいて大丈夫だろう。
「士郎。通訳するから」
「おう」
 向こうの言葉がわからない俺は遠坂の言葉に素直に頷いた。
「この人は、まあ簡単に言っちゃうと魔術協会の管理下で魔術師関連の古代遺跡墓荒
らししているクリストファー・ジェイムズ。手紙の署名にあったわよね。アンタに会
えて嬉しいそうよ」
 凄く投げやりな通訳なのは気のせいだろうか。
 かなり省いている感じだし。
「あ、どうも」
 遠坂に促されるがままに握手を交わす。
 見かけ以上に握力が凄い。
「それでとっとと本題に入らせて貰うわね」
 そう俺に言うと、それからは俺を置いてけぼりにして遠坂とその墓荒らしの何とか
さんはかなりの勢いで話し込む。心なしか、遠坂も外国人のように身振り手振りが加
わった大袈裟なオーバーアクションをしだしている。
 内容はさっぱりだが、どう聞いても遠坂が彼に対して因縁をつけてカツアゲをして
いるようにしか見えない。会話内容ではなく、基本的な遠坂の英会話スタイルがこう
なのだろうかと思うぐらいに。
「士郎」
「ん?」
 ようやく話が纏まったらしい。
 苛立った表情をしているかと思ったら、意外にも何か諦めきったような顔をしてい
た。
「何か言い負けたのか?」
「はあ?」
「いや、旅費とか」
 領収書の束を出して、小切手を切らせていたから大丈夫だと思ったのだが。
「あのね、アンタ今の会話どう聞いていたのよ」
 う、その会話がわからないから言っているんだ。
「もう……ざっと経緯から言うわね」
 睨んだだけで、遠坂は怒鳴るよりも説明を優先したようだった。
 どうやら助かったようだ。
「だからこの人が海中の遺跡を漁っていたら隠し部屋と厳重に封印された文箱を見つ
けて、その箱から出てきた手紙に発見者宛に貴方を探して連れてくるように書いてあ
ったらしいわ」
 何だそれはと訝りつつ、その前にと幾つか質問をする。
 魔術組合に属しているなら、先ずそういう報告は向こうにするものではないかとい
う俺の常識は、魔術師にとって非常識なものらしい。その質問に対して、遠坂は本人
にさえ聞かずに、「魔術師が自分の研究の成果を人に渡す訳が無いじゃない」と一蹴
した。だったらどうして組合の下でそんな墓荒らしもとい遺跡調査とかをしているの
かと聞くと、一人で出来ることと出来ないことがあるでしょうにとまた頭の悪い生徒
を見るような目で見ながら切り捨てる。矛盾している気がするのだが、これって俺が
おかしいのか?
 話をまとめると、魔術師本人にとってどうでもいいものや手に負えないものに関し
てはその時計塔とやらに報告し、研究の価値があるものは自分の手で引き上げてしま
うのだという。なるほど、墓荒らしの呼称が妥当だろう。
 その海中の遺跡とやらは、魔術師にしか分からないように幾つか仕掛けがしてあっ
たらしい。それも厳重というよりも魔術師に関心を惹かせるような細工だったそうだ。
 普通の人は存在すら認識できないが、魔術師であれば破ることに苦労しない程度の
結界を潜り抜けると、そこで年代の一定しない様々な調度品やら装飾品やらが山のよ
うに積んであり、その奥にあった文箱に三通の手紙があり、一通だけ開くことが出来
たという。
 現物はもうないらしいから、真偽の程はわたしもわからないけどと言い添えるが遠
坂は信じていないわけではなさそうだった。
「はあ? 俺、この国に知り合いなんていないぞ」
「それ言ったら古代遺跡の住人に知り合いを持つ現代人なんていないわよ」
「だったら、何かの間違いじゃないか?」
「あのね……」
 俺たちの会話をどう聞いたのか、後ろから頭を抱える遠坂の肩を気安く叩いて何や
ら話しかけてくる。何か馴れ馴れしいぞ。
「そうね、論より証拠ね」
 男の言葉に日本語で呟き、そして改めて答えると、
「じゃあ行くわよ、士郎」
 男の後につき、俺を促す。
「行くってどこにさ?」
「その呼び出された現場よ」
「現場って……えっと、その海中の遺跡とやらか」
「ええ。そこに行けば何かあるんでしょ。ここであれこれ言ってても仕方ないわ」
「ちょっと待てよ、遠坂。そんな無茶苦茶な話、信じるのか?」
「魔術が絡むなら何でもアリよ」
「だからって……」
「いい、士郎。貴方も魔術師の端くれなら、これぐらいの虚実ぐらいは見抜きなさい」
「いや、でも……」
 俺が間違っているというよりも、お前が信じきっている方が変だと思うぞ。
 魔術師とか関係なく。
「はら、早く」
「あ、ああ」
 そう思ったが、遠坂の剣幕を考えると怒らせるだけの気がしたので仕方なく従った。
 もし何かあったら俺が遠坂を守る。
 いくら俺よりも優秀な魔術師で、俺なんかに守られるような存在ではなくてもだ。
 そう密かに誓いながら遠坂の後に続いた。


 アクアラングでも付けて水中に潜るのかと思ったら、屋敷の地下に案内された。
 発掘現場から肝心の物だけを運び出したらしい。
 これには遠坂もホッとしたようだった。
 しかし、案内された部屋の中央に安置してあるものを見て、言葉を失くす。
 石棺というのだろうか、それはどう見ても棺桶にしか見えなかった。

 男は何か俺たちに色々と言っているが、遠坂が通訳してくれないので何を言ってい
るのか分からない。
 しつこく聞くと、「自慢話よ」の一言で終わらせてしまう。
 まあ、要約すればそうなんだろうが身も蓋も無い。
 それでも少しは通訳してくれた。
 そして俺の前に一通の手紙を差し出す。紙は全く風化しておらず、かなり胡散臭い。
「手紙は三通。この墓を見つけた者へ。そしてこの墓の主へ。そして貴方へ」
「俺へ?」
「ええ、そうみたいね。この人宛てにも書いてあったみたいよ。この一通はエミヤシ
ロウの因子を持つ者に限ると」
 そんな遠坂の言葉を聞きながら、封を破る。
「読めない」
 まあ、元々読めるとは思っていなかったが案の定ちんぷんかんぷんだ。
 これは英語でも魔術文字でもない。
「そんなことはない筈よ」
「いやだってこれ文章にすら見……っ!?」
 紙に広がっているミミズがのたくったような線が急に綺麗な日本語に変換される。
 文字が変わったと言うよりも、視覚からの認知に変化が起きたというか。
「きっと該当する読み手にしか読めないような魔術でも使っているんでしょう」
 うおう、便利なことこの上ない。魔術万歳。
「ここまでくると魔法の域に近い気がするけど」
 そんな遠坂の言葉を聞きながらも目は、何世紀もの時を越えた手紙に釘付けになる。

『エミヤシロウへ

  預かりものの処遇についてお話があります』

「これだけ?」
 他には何も書いていない。
 裏を捲ってみたが何もない。
 これでは手紙と言うよりも携帯メールのメッセージみたいだ。
「何て書いてあるのよ」
 遠坂がいらついている。
 俺の手元を覗きこんで尚そう聞いているところを見ると、本当に俺しか読めない手
紙らしい。
「それが……」
「貴方には、読めるんでしょう」
「ああ、だから……え?」
 顔を上げると、目の前に遠坂でも墓荒らしのクリスさんでもない人間が現れた。
 赤銅色のローブを着込んだ魔術師。
 それが、言葉通り、いきなり現れた。
 暗い部屋に照明が点くように。
「えっ……」
「初めまして、エミヤシロウ。遥か未来の私の同志、歓迎するわ」
 魔術師は腰を降りつつ手を前に出して、芝居がかったポーズで恭しくお辞儀をする。
「え、同志? な、何が?」
 戸惑う俺を無視して、
「さあさあさあお立会い」
 顔を上げるとその女は空中から杖を取り出し片手でぐるんと一回しして、コツンと
床を叩くと、そこに椅子が現出する。
「なっ」
 魔術なのだろうが、どうしてそうなったのか全くわからなかった。
「では始めましょう。悠久の物語のちょっとしたエピソードの幕開けを。儚き戯言で
終わるか、理も知も擲った手前勝手な夢物語を押し通すのか、さあさあさあほんの小
道の分岐点。右も左も世間に意味なし。ならば決めるのは貴方だ。エミヤシロウ」
 くるりとその椅子の前に体を滑らせて、その場に腰掛ける。
 まるで俺と棺を隔てるように。



「では始めましょう。たった一つの質問を。私と貴方のたった一つの共通点を果たす
か、打ち捨てるかのたった一つの決断を」



 見た目とは裏腹な講釈師のような口調で、杖を俺の鼻先に突きつけた。