「え、な、何……?」
「話しましょう、エミヤシロウ。納得がいくまで。聞きましょう、エミヤシロウ。答
えが出されるまで。問うのは私。問うのは貴方。正解を出すのは貴方一人。余人の口
は挟ませず、当人さえも蚊帳の外。これは貴方と私の都合秘話。だからこそ二人きり
での問答を」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何が何だか俺にはさっぱり……」
そう一人で勝手に話を進められるのは困る。
「紹介がまだだったかしら。私の名前はモルガン・ル・フェイ。尤も本人はとっくの
昔に朽ち果てたのか、それとも現在何処かで私を見ているのかはわからない。この私
はただただ貴方と話、一つの問題を決着させるためだけに存在しているからわからな
い。でも問題は無いわ、エミヤシロウ。貴方が望むことを果たせるのは私だけだし、
それ以外に私たちが会う理由なんてないのだから」
「モルガン……」
その名前は心当たりがある。
アーサー王に敵対していた魔女の名前だ。
「事ここに至ってこの私が出張ってきたのだから流石にもう用件はわかるでしょう」
「セイバーのことか」
「そうそう。わかってるじゃないわかってるわよね。でなければこんなところまで来
たり何かしないものね」
そりゃあ、彼女の母国という時点で全く考え付かなかったといえば嘘になる。
だけれども、こんなわけのわからないことになるとは少しも思っていなかった。
てっきりアーサー王関連の文献とか当時のものから、本来有り得ない俺の名前とか
が出てきたのかと思ったのだ。彼女が元の世界に戻ったところで彼女の時間は正常に
流れただろうことは想像に難くない。そしてこの本来有り得ない俺との出会いや、過
ごした時間は過去の歴史を変えてしまったりしたのではないかというぐらいの危惧は
あったからだ。
「私が気になる、エミヤシロウ? この女は本物? 人形? 分身? 思念体? 幻
影? 魔術の塊? さあ?さあ?さあ?私にも判らないわ、エミヤシロウ。私はモル
ガン・ル・フェイでありながら、実は彼女自身ではない。エミヤシロウという人間が
アルトリアと別れた瞬間に運命の真似事で出来た装置によって動き出すように設えら
れていただけの存在。私にも貴方にも私なんかどうでもいいことだからわからない。
同じ理由で私には貴方がどこにいるのかもわからなかったからこんな面倒な手段を取
る事になったのよ、エミヤシロウ。元々偽装する必要があるのだから構わないという
ことらしいけど、その結果随分と遅れてしまったけどその点は申し訳ないと思ってい
るわ。何分運命だけで手繰り寄せるには些か厄介な糸だったからね。人間という器を
捻じ曲げた身の程知らずの真似をした代価はこんなところでもささやかながら支払わ
れているというわけよ、エミヤシロウ。本当にささやかで対価としては足りないでし
ょうから他にも沢山細かいところで私も貴方も不便だったり不幸だったりしたと思う
しこれからもすると思うわ。等価交換は単なる魔術師同士の取引の約束事以上に、こ
の世全ての決まり事だから。それだけは私からも謝っておくわね。でも私としてはそ
の程度で得られる機会としてはこれはかなりの機会だと思うから損得で言えば得だと
思うわよ。心の持ちようの問題でしょうけど」
あの、本気で訳がわからないのですが。
一人で一気に喋るのはいいのだけれども、俺に喋っているというより自分自身に向
けているように聞こえる為に、意味が全くわからない。
「ええと、その、なんだ。つまりさっきの手紙を俺が読むことがお前を呼び出す魔術
になっていたと」
「少し違うけどどうでもいいので否定しないわ、エミヤシロウ。要はモルガン・ル・
フェイがエミヤシロウに会いたがった。それで今日この時この機会を迎えているとい
うことだけ知っていれば構わない」
「あー、うん」
よくわからないがこれ以上続けられても困るので頷いておく。
「無駄話だったかしら、ごめんなさいね。これもささやかな代価の一つということで
我慢してくれると助かるのだけれども」
「で、一体俺に何の用なんだ」
「気がついているはずよ、エミヤシロウ」
ムッ。なんだよ、その言い方。
「言ってくれないとわからない」
「そうね。大事なのは互いの理解じゃない。じゃあ始めるわ、エミヤシロウ」
いつの間にか彼女の手から杖が消えていた。
その代わりに反対の手を一度軽く手首を振ると、その手には何やら見たことのない
白い花が握られていた。
「―――貴方は、アルトリアを求めるか?」
「――――っ」
言葉に詰まった。
そんなストレートな。
いや、そんな話があるというのか。
まて、ちょっと待て。
変だ、おかしいぞ、これ。
「私は唯これだけを問う。けれども貴方は幾らでも問える。何でも問うといい。貴方
が私に答えるまでは幾らでも問われよう」
先ほどまでは掴み所のない道化師のようであったのに、今は何か威厳ある師父のよ
うであった。
「遠さ――あれ?」
混乱する状態から落ち着こうと、傍らの遠坂に助けを求めようとするが彼女の姿が
なかった。
「あれ?」
それどころか俺と彼女のいた場所はさっきの場所ではなくなっていた。
光一つない暗い空間の中央で、木製の無骨な椅子に腰掛けた彼女と、その前に所在
無げに立ち尽くした俺しか存在しなかった。
「この全ては私と貴方のこと。お膳立ては余人の手を借りても、ここからは混ざれな
い。問うのは私。考えるのは貴方。決めるのも貴方。誰の助言も得ず、何処からの介
入も受けず、一人の都合で決めることだわエミヤシロウ」
「だから一体何なんだよ! セイバーを求めるってのは」
「質問に答えよう、エミヤシロウ。質問以上の話になるが、これはきっと後にまた質
問されるだろうから纏めて答えておくだけのことだ。我意からのことではない。いい
や、元からこれは貴方と私の我欲からきたことだから今更我意がどうという話ではな
いのかもしれない。と、そう睨まないで頂戴な、エミヤシロウ」
いい加減その長口舌に対しての感情が顔に出ていたようだった。軽く謝ってきた。
「エミヤシロウ、貴方はアルトリアの最後をどこまで知っているだろうか。貴方との
別れの後の彼女を貴方は知る由もないだろうから、今この地に出回っているアーサー
王関連の書籍の一つか二つで読み齧ったものを想像しているだろうか。それは貴方が
知っている真実でない部分と同じぐらいに真実ではないし、真実の部分と等しいぐら
いに真実のことだ。結局、私は不肖の姉妹と共に貴方との遭遇後の戦場で瀕死の彼女
を引き取ったのだよ。我が住処に」
それはそうだろう。
でなければこの女が存在するはずがない。少なくても俺の目の前にいる理由が無い。
「ある程度はそれでもう理解はできたと思うが、アルトリアは死んでいない。眠った
だけに過ぎない。今もなお眠り続けている。一度見た夢の続きを見る為に、寝直した
まま今この時も眠っている。そう夢というのは都合よくできていないので、残念だけ
れども寝ている彼女は彼女の求めている夢を見ている可能性は低いだろう」
また道化に戻っていた。やれやれと肩を竦めるその仕草がカンに触る。
「だが、私と貴方は彼女に夢の続きを見せてあげることができる。わかるだろう、エ
ミヤシロウ。私の問いとはそういうことなのだよ」
「ああ」
つまり、セイバーを起こせばこの世に蘇らせられる。
もっと簡単に言えばもう一度セイバーに会えるということだ。
今度はマスターとサーヴァントではなく、人間同士として。
「だが……」
思ったより高揚しない。
会えないと思った再会が果たせるかもしれないのだ。
いや、それどころか、また再び一緒に暮らせるようになるかもしれないのだ。
躍り上がってでも喜ぶべきだ。
それなのに、頭は冷めている。
魔術師としての警戒感なのか、単に驚くタイミングを逸したのか。
俺は喜びよりも不安やら疑問が先に幾つも浮かんでいた。
「ちょっと待て。それって俺の問題なのか? セイバーが生き返るかどうかっていう
のはセイバーが決めることだろう?」
「その質問に答えよう、エミヤシロウ。勘違いしているようだが、セイバーが勝手に
眠って勝手に起きるという話じゃない。この場はセイバーの為にあるわけじゃない」
「どういうことだ?」
「だから最初に言った通りよ。貴方の知るアーサー王伝説の中の彼女は不死身だった
のかしら? いいえ。彼女は自分の生を求めていたのかしら? いいえ。ほら、もう
答えは出ているじゃない。彼女は夢は見ていたが夢を望んだわけじゃない。望んだと
ころでその夢を果たせる力を持っていた訳じゃない。そんなことは彼女も承知してい
る。だからこそ分不相応な状況でも分相応なことしかせず、最後までその分の範囲で
生き続けた。最後に分不相応な望みを持ったが、それは聖杯という分不相応を可能に
する存在を得てのみ行なえると知っていたからこそ、その望みを聖杯によって叶えよ
うとした。分相応な彼女ができる範囲のことで。具体的にいえばサーヴァントとして
働く代わりに聖杯を手に入れさせてくれと取引をしたということだけど、それこそ貴
方の知っての通りの顛末ね」
「いや、全然わからない」
「言い方が悪かったかしら?」
「思いっきり悪いと思う」
簡単なことをわざと難しく喋っているというのに近いが恐らくそれも違うだろう。
もったいぶった言い回しが多く、曖昧な表現を使い過ぎているのだ。
だから簡単なことも難しくなる。
口調の不均一もそれに拍車を掛けている。
「頭の回転が悪いな、エミヤシロウ。死すべき彼女を救ったのも、眠らせ続けたのも
私であって彼女じゃない。彼女は自分が死んでいないことすら知らないだろう。彼女
はまだ死んだ経験がないのだから当然だ。だから、今こうして貴方と会っているのは
私であって彼女じゃない。貴方を求めているのは私であって彼女じゃない。貴方の望
みを叶えられるのは私であって彼女じゃない。貴方の望みを聞く気になっているのは
私であって彼女じゃない。わかるかい、エミヤシロウ。この機会を設けているのは私
であって彼女ではないのだ」
また男口調。
「つまり、アンタが彼女を生かすかどうか決められると」
「ええ。今まで彼女を存在させているのは私の気紛れであって、彼女の意志じゃない
ということよ」
「……その一言だけ言えば良かったんだ」
全く、面倒臭いにも程がある。
「それで、どうして俺に聞くんだ? セイバーの生殺与奪を握っているのがアンタな
ら最後までアンタが決めればいいだろうが」
「その質問に答えよう、エミヤシロウ。そもそもどうして私がアルトリアを生かし続
けたかという話をしなくてはならないのだが、宜しいかしら?」
「ああ」
「良かった。また長話と睨まれると哀しいもの」
「いいからさっさと言ってくれ」
「ええ。私がアルトリアを嫌っているのは知っていて?」
「ああ。アンタ達は妹であるセイバーが王であるのが気に食わなかったんだろ」
「そう、気に食わなかった。心底から、深く、憎んでた。間違いないわエミヤシロウ」
そう言いながらもフードの下の表情は変わらない。本当にそう思っているのか読み
取れない。聖杯戦争で戦ったキャスターを思い出す。彼女もこんな格好をしていた。
「だから変なんだ」
「変?」
判っているくせに小首を傾げる仕草を見せる。くそ。何気取ってやがる。
「最後にセイバーを救うなんておかしいじゃないか。それまで何度も殺そうとしてい
ただろ。それなのに何で助けたりなんかしたんだ?」
それが疑問だった。
アーサー王の最後を読んだら思うことだ。
アーサー王の伝説そのものが一人の人間が纏めたものではなく、後世の人間がそれ
ぞれの事情と都合で創作に創作を重ねて出来上がったものではあるが、それにしても
不自然な部分だった。元々はエクスカリバーを返した時点でアーサー王が死んだ話だ
ったのを、捻じ曲げて付け足された部分という説もあるらしい。源義経のジンギスカ
ン説みたいなものだろうか、いやちょっと違うか。
「当然の疑問ね。そしてその事情こそが、今、この場を設ける理由なのですよ、エミ
ヤシロウ」
「なあ、そのエミヤシロウというのはそろそろ何とかしてもらえないか。あと、話し
方も統一してくれないか。聞き辛い」
「そうね。前者については考慮しましょう、エミヤシロウ。いえ、衛宮士郎」
発音が本来のものに近くなるが、それぐらいしか変わらないらしい。
「後者はこれが私なのだよ。数多くの語り手が生み、描き手が彩らせた存在というの
は得てして自分というものが少ない。人の数だけ私がいるということだ。気になるか
もしれないが我慢してくれたまえ」
変なことを言う。
彼女はモルガンが作った者ではないのか。
本当にこの目の前にいる存在はモルガンと関わりのある存在なのだろうか。
俺は遠坂と違って人を見分ける術は無い。
何か騙されている可能性を捨てきれない。
「私はアーサー王が嫌いだったのよ、衛宮士郎」
それは知っている、そう言い掛ける俺を彼女は手で制す。
「その嫌いの理由が貴方と同じだったのだよ、衛宮士郎」
二人の人間と喋っているような錯覚。
声が同じでなければきっとそう思っている。
「俺と、同じ?」
「そう。彼女、いや、彼の王としての生き方が嫌いだった。貴方は大部分には憧れて
いたみたいでしたけれどね。貴方の生き方、いや存在理由からすればそれも道理かも
しれないわね」
「王として国の為に、人の為に生きたことが嫌いだというのか」
「彼の王としての有り様が気に食わないという目端の利かない馬鹿共のような理由じ
ゃない。私は彼の人生が嫌いだった」
「アイツは自分を捨てて人の為に生きた。それを否定するのか」
「否定するわね。それは王じゃない。彼女の考えていた王はそうだったのでしょうが、
それは王じゃない」
「待てよ、王ってのは……」
「彼女が目指したのは、最終目的だけは別にいいわ。私だって自分の目に見える範囲、
自分の認知する範囲内全てが上手くいってたら、物足りなさと詰まらなさを覚える程
度で済む。悪いことだと言うつもりはない」
全然問題なくなさそうにしながらも、その口は違うことを言う。
コイツは食えない奴だと思う。
「何が言いたい?」
「彼女は自分の為に笑わなかった」
「っ!」
俺は自分から尋ねたくせに、不意を突かれていた。
「笑う為の生き方もしなければ、努力もしなかった」
「……」
「必要ないと思っていた。彼女が考える王はそうではなくてはいけなかった。でもそ
れは間違っていた。自分の事を考えない人間は人一人救うことなんかできないのよ」
「なっ」
なんという暴論。
だが、はっきりと否定することができない。
「私はアーサー王が嫌いだったのよ、衛宮士郎。王だからじゃない。自分を捨てた人
間が嫌いだった」
「自分を捨てた……」
「心当たりが無いとは言わせないわ、衛宮士郎。誰よりも貴方はわかる筈。彼女――
いえ彼は彼の考える王というものに拘り、アルトリアという人間を捨てた」
「……」
「それが嫌いな理由よ。妹を捨てた肉親も要らない。そしてその統治は私を私として
楽しませることを阻害する理由になる以上、そんな王は要らない。それが王を殺そう
と思った理由よ。衛宮士郎。私は私の為、私の事情で私の理由によって私の都合でア
ーサー王を殺そうとした。これが敵対に至る動機の一欠けら」
「一欠けらって……全てではないのか」
「人は自分の行動を全て説明できるほど単純ではないだろう、衛宮士郎」
そうかも知れないが、この場合ははぐらかされているようにしか感じない。
「瀕死のアーサーを見舞ったのは助ける為じゃなく、確実に殺そうと思ったのだよ、
衛宮士郎。嗚呼、偉大なる王の最後の時が来た。きっかけは私。動いたのは彼の甥と
その母。細工は流々仕上げを御覧じろ。望み通りに彼の手足をもぎ取って、徹底的に
叩きのめしてあげました」
興奮した口調のくせに、全てが醒めている。
対照的に俺は怒りが沸々と込み上げきっていて、我慢しきれなくなってきている。
「別に勝敗なんて関係ない。私の望みは唯一つ。それが果たせたと知ったなら、後は
簡単。喜び勇んで見に行った訳さ。きっと怒りか恨み、もしくは絶望か諦め、最後の
王の顔はどんなものかと楽しみに、期待を膨らませ、善男善女を装って、口に蜂蜜、
心に短剣。そんな船出の先に見たものは――」
そこでピタリと動きを止めた。
そして、俺を見る。
「私が手を下すことなくそれは終わっていた。一人の騎士を従えた彼女は既に王を終
わらせて、夢見る少女になっていた。私の見たかった顔。それは感情を捨て去った顔
でもなく、怒りや絶望に歪んだ顔でもなく、ずっと最初に見たかった顔。全ての事柄
より前に見たかった顔がそこにあった」
「……」
「衛宮士郎。貴方は私が彼女にしたかったことを成し遂げていた」
初めて、敬意というものをこの目の前の存在から感じた。
「私が彼女に求めていたもの。アルトリアとしての生を最後に見せてくれた」
「でもどうして……」
「御免なさい、衛宮士郎。全て見せてもらったから」
それはセイバーの記憶とかそういうものなのだろうか。
だとすれば、謝るのは俺にではないだろうに。
けど、彼女が謝るとしたら俺ぐらいなのだろうと妙に納得してしまう。
それぐらいは彼女の気持ちは理解できる。
「さてさてさて!」
また元の雰囲気に戻る。
けれどもさっきほどの苛立ちは覚えない。
「そこで私は考えた。こいつは全く困ったものだ。折角、アルトリアでありながら、
アルトリアが終わろうとしている。すぐさま蘇生させるべきか。否! それでは何も
変わらない。目覚めた彼女はまたアーサーに戻るだけのこと。この時この地この世界
での彼女はアーサーを選んでいたのだから。だとすればどうするか」
「それが……」
「そう、衛宮士郎。アルトリアをアルトリアとするには貴方が必要だ」
だから、時を凍らせて俺のこの時間まで待ち続けたのだと締めくくった。
7割ぐらいしかわからなかったが、まあわかった。
コイツ風に言えば、俺にとって大事なところだけ判れば良い訳だから問題は無いだ
ろう。
「ちょっと聞くが、俺がセイバーを望めばどうなるんだ?」
「長き眠りから彼女は目を覚ます。ただそれだけのこと」
「それだけって……お前の望みは何なんだ」
「ただ一つ。アルトリアがアルトリアとしての一生を過ごして貰いたい。それが貴方
とアルトリアに対する私の望み」
「でもそれって……」
「貴方もアーサーも似た生き方としている。だからこそ共感して、羨望し合い、決定
的なところで対立した。でも私はこれまでの貴方もアーサー同様に認めない。だから
貴方とアルトリアがそれまでの生き方を改めないならこの話はないことになる」
「俺の生き方を捨てろと言うのか」
「貴方が好きな正義の味方を止めろとは言わないわ。実は言いたいけど、そこまでは
望まない」
「う」
それはそうだが、そうはっきり言われると対応に困る。
「人生って言うのは自分が幸せになろうと思って初めて成立する。それをやってもら
うだけのことよ。貴方を取り上げれば「俺なんかが人生を謳歌しちゃいけないんだ」
を捨てて貰う。自分が幸せになろうと思わない人間に、他人を幸せになんかできない
から。自分のことが見えてきて初めて、人に目を向けられる。最初から人にばかり目
を向けていると、その人の表面しか見えてこない。そして自分を失くすということは
人から自分を見せなくなることにも繋がる」
「それは……」
セイバーが騎士達に背かれた理由。
「アルトリアはね、結局王としては失格だったのよ。国をどれだけ隆盛させても、内
乱で崩壊させたのは彼女なのだから」
「ちょっと待てよ、それは違うだろう」
「私は結果を言っているの、衛宮士郎。彼女の国は彼女の時にボロボロになった。そ
の責は王のものよ」
「そんな言い方は、するな」
それはあんまりだ。
確かに、結果からみればそうかも知れない。
けれど、
「どんなに善政を敷こうとも、どれだけ民を愛そうとも、どれほどまでに領土を増や
し大国にし、強国と呼ばれようとも、結果が伴わなければ意味がない。国を治めると
いうのは工程が正しければいいというものじゃない。精一杯頑張れば良いと言うもの
じゃない。王とは多くの国民を従え、その命を預かり生活を預かり幸せを預かる身な
のだ。三十年の統治で二十九年満足しても三十年目で滅亡を迎えたのであれば、その
王は国を滅ぼした責任者になるわね」
「だったらどうしたら良かったって言うんだよ!」
そんな言い方は頭にくる。
無茶苦茶な言いがかりだ。
アイツほど頑張った奴はいない。
そんなアイツを罵倒するのは絶対に間違っている。
「どうしたら良かった? 滅びなければ良かったのよ。無事に跡継ぎに国を引き継が
せる。それまでの行いが名君か暴君かは知らない。けど、その王国が存続する限りは
その王は王しての責を果たしたことになる。愛想を振る舞えず嫌われたことが離反を
招いたのなら失敗。最小限の犠牲に留める策を取ろうがそれが認められなければ失敗。
そんな一つ一つの失敗が積み重なったがゆえの彼女の王国の終焉よ。そんな彼女が願
ったのが自分のミスをなかったことにというのはちょっと笑えないけどね」
「いい加減にしろよ」
「そう、いい加減にして欲しかったわね。彼女は最初の第一歩から間違っていたのだ
から」
「なに?」
「人々が笑える国を目指すのなら、自分の目の前の人間が笑えることから始めなくち
ゃいけないのに、自分がいない場所でしか人々が笑えない国を作っていたんだから」
「……っ」
「自分が笑うことを抑制していて、人に笑えとは傲慢にも程がある。それは貴方にも
言えるわ衛宮士郎。自分が生きようとしないで人に生きろというのは身勝手な話よ」
「……」
「だから私が望むのは、貴方は貴方と彼女を一番に、彼女は貴方と自分自身を一番に
思える人生」
「……」
「これを誓えるのなら私はその道を拓きましょう。彼女の束の間の夢の続きを。貴方
の閉じていた願いの再開を。できないのならそれもまた仕方なし。彼女は歩んだその
人生に悔悟を持たず、貴方はその生き方に修正を認めないというのなら、その二人が
決めた結末をそのまま続けるだけ。モルガン・ル・フェイという道化の混ざる余地の
ないその信念を続けて頂戴。彼女を動かしたのは貴方。貴方を動かせるのは彼女。だ
からこそそれが再び交わらないのならそれもまた運命。私も定めには逆らえぬ。生き
抜いた彼女はその後の世界で。生き続ける貴方はこの世界で。今日までと何ら変わり
なく、ただそのままで」
一気に喋り続ける彼女の口調は何故かこの時だけはそれほど厳しいものではなくな
っていた。もしかしたら俺を気遣っているのかもしれない。気のせいだろうが。
「しかし、それでお前は何が得するっていうんだ」
「私は彼女と貴方の堕落を得る。普通の人にとっては当たり前のことを当たり前に思
えるようになるというのは、貴方と彼女にとってはそれまでの自らの否定。そんな貴
方達の頑ななモノをこの酸のマントで溶かし尽くせるとなるのは存外の喜びになるの
よ、衛宮士郎。彼女と貴方。過去と未来の王を喰う。英霊二人を陥せるのは私にとっ
て大きな意味を持つ。だから心配は要らないわ、衛宮士郎。キチンと私も等価は貰う
のだから」
何か大層なことを言ってくれる。
セイバーはともかく、俺なんかが考えを変えようとも意味は無いだろうに。
「じゃあ……要点を纏めましょうか、衛宮士郎」
「そうしてくれ。正直、もうわけがわからなくなってくる」
「貴方も魔術師の端くれならこれぐらいで混乱しないで欲しいものね」
魔術師の心得として当然みたいな言い方にカチンとこないでもなかったが、それ以
上に疲労感が抗弁をさせなかった。
「これは一つの物語。貴方と私の物語。私が行なえるのはただ一つ。妹のアルトリア
としての人生の開始。糞生意気にも人としての人生を捨てやがった愚かな妹の再出発。
貴方が選べるのはただ一つ。可愛い私の妹アルトリアの人生と共に歩むか否かの明瞭
な二択問題。自分とその周りの喜びと楽しみを第一に思える当たり前の少女にするこ
とで得られる二人の新たなる日々の道。さあさあ考え給え選び給え。私の欲望から拓
けた道。貴方の仄かな欲望を奮起する道を選べば恐らくは苦難の道。自分と彼女の満
足を選ぶなら間違いのないこのままの道。私は夢と消えましょう。さあさあ悩み給え
苦しみ給え。私は知っている。貴方が彼女と歩んだ日々に未練がないことを。私は知
っている。貴方が嘗て彼女に自分のことを思って欲しいと願ったことを。さあさあさ
あ、私は道化。彼女はヒロイン。そして貴方は押しも押されもせぬ主人公。掴むも離
すも貴方次第。問いも終われば答えのみ。さあさあ選べや、衛宮士郎」
だから歌うなってんだ。わかんなくなるだろうが。
「アーサー王は私が殺した。もし貴方がアーサー王を蘇らせようとするなら私はそれ
を認めない。ただアルトリアだけの生を望む。それがこの道化の望み。眠れるアルト
リアを引き取った時に見た笑顔。あの笑顔がなければこの機会はなく、私は貴方の前
にいなかった。だからこそ、貴方を同志と呼んだ。ただアルトリアという一少女を気
に掛けた者同士として。私と貴方の考えがこれだけ違っても彼女に向けている目は一
緒故。彼女を思う気持ちは似たものと認めた故。私は死をもってでしか彼女を揺さぶ
ることができなかったけれど、貴方はそれを僅か数日間でしてしまったから」
まさか、俺を待ち続けた年代分喋り倒すつもりじゃないだろうかと思えるぐらいに
喋り続ける。
「負けは負け。驚きは驚き。妬みは妬み。でもその全てを越えた先の感情を持たせた
のが、貴方。私は貴方に機会を譲ろう。衛宮士郎。貴方の答えを知りたいから。貴方
の答えを聞きたいから。どちらを選ぼうとも悔いは無い。恥じることも無い。これは
貴方が得た物語。だからこそ私は道化に徹しよう。聞こう、その考えを。待とう、そ
の答えを。さあ哀れで惨めなこの私めにその御言葉を」
椅子から立ち上がると、俺に向けて両手を広げて迎え入れるような仕草をした。
確かにおしゃべりはもう沢山だ。
たった一つの選択をすることにしよう。
俺とコイツの関係はそれだけなのだから。
さて、衛宮士郎に問おう。
お前はセイバーをどうしたいのか。
『全てが虚構ではないが、事実というわけでもなく、また全く馬鹿馬鹿しいというわ
けでもないが、道理にかなっているとも言えない。語り手達が盛んに物語り、作家達
が話をでっち上げ、あまりに粉飾されてしまった結果、全てが作り話に見えるように
なってしまった』
ワースの言葉だ。
近年ではアーサー王伝説の原型は、古代アラン人のナルト叙事詩から来ているとい
う説がかなり力をつけてきている。
北東イラン語族のアルト人は戦いの能力に優れ、その周辺の部族はローマ帝国と時
には争いを交えながらも友好関係を築いたらしい。ローマ人よりも戦うことに優れた
彼らはローマの為の傭兵として雇われ、そんな彼らの一部が外敵の多かったブリテン
島に送られたとかの『ローマ史』にも書かれている。その軍団の一部は故郷に帰るこ
となく居留し、ブリテン島守備を続けることとなる。そしてその一軍の指揮官こそル
キウス・アルトリウス・カストゥスとされ、彼こそがアーサー王のモデルの一人とさ
れている。彼は優れた司令官だったらしく、その武名は長く伝えられることになる。
彼につき従いブリテン島に住み着き、彼と共に島を守ったアラン人達は後々まで彼を
偶像視し、彼の名アルトリウスは彼らのリーダーに与えられる称号としての役割を得
て、代々継いでいったものである。
そういう意味ではアルトリウスという名前は、一族というよりも王そのものに近く
なっていたのかもしれない。
彼らアラン人こそがアーサー王伝説の元であるというのには沢山の論拠があるが、
その一つがナルト叙事詩のバトラズという男の伝説が、アーサー王の伝説に酷似して
いるということらしい。
彼は王ではなかったが、その存在は部族を従えるものであった。
彼はその手にした魔法の剣を部下達に命じて海に投げ入れさせ、アーサー王と同じ
く命令の不履行を経て、実行された後に海の変化を聞いて後息を引き取った。
聖杯の原型とされるナルタモンガ、ナルトの啓示者という魔法の杯は、聖杯同様に
欠点のない者にだけ与えられるという。
石に突き刺さった剣は地面に剣を突き立てる古代アラン人の風習を反映し、彼がア
ラン人の王である証左とも言われ、アーサー王を初めとしたガウェイン達登場人物も
ナルト叙事詩のソスランら登場人物と重なる部分が多いという。
あのありとあらゆる者の手によって粉飾されたとされるランスロットでさえも、ロ
ットのアラン人という解釈で片づけている。元々ローマ人はアラン人という同盟者に
地方行政すら委ねていたので、ブリテン島を初めとしたヨーロッパの各地でアランの
色が染み付き、それがアーサー王の側面の物語でさえもその大きな影響力を及ぼした
のだと主張していた。
面白いのはアーサー=バトラズというのではなく、バトラズという存在がアーサー
達にそれぞれ特徴として引き継がれているとされている点だ。
ランスロットもまた、バトラズとの共通点を並べられている。生まれつき女性の妖
精の守護者がいる事、荒地に水を回復させたランスロットの呼称が「湖の」とされて
いるのに対し、海を干上がらせては戻したバトラズは「海の」とついて共に水に縁が
深い事、共に父親の敵討ちをする事、乗馬が苦手であるが後に抜群の乗り手に成長す
る事など、そこで語られる逸話などを読むと思った以上に重なる印象を受ける。
それは緑の騎士との話に出てくるパーシヴァルもまた同じで、アーサーや彼らのエ
ピソードを手繰っていくとバトラズに辿り着くということらしい。
面白いのはエクスカリバーで、それもまたバトラズが祖だという。彼は鋼鉄ででき
た体を持っていたことで、自分自身が鉄剣の化身としての意味合いを持たせていた。
家族の危機に際して、住処である海から呼び出されてはその力を振るう彼を「水から
出現する剣」と見立てれば、湖から出現し、手渡させるエクスカリバーもまた彼の影
響を受けていると言う訳だ。ここまで来ると笑い話だが、信憑性が全くないわけでも
ない。戦いに優れた人間を剣に見立てるのは別に珍しいことではない。
結局、アイルランドの『クーリーの牛飼い』に登場するメーヴェの娘フィンナヴァ
ーを起源としている王妃グウィネヴアのみがアラン人の物語と離れ、ケルトから来て
いる。アラン=サルマティアの物語をケルト色で上塗された伝説群の中に割り込んだ
のが、グウィネヴアと言うのだろうか。
アーサー王の考察関連の本を読み漁ったのは、ロンドン行きが決まってからのこと
だった。
どうせ行ってからはなるようにしかならないと思っていたし、アイツには慌しく準
備をさせたものの、わたしの方は左程準備は要らない。別に旅慣れているわけではな
かったし、荷物が少ない訳でもなかったのだが、もし必要なものが出たら向こうで手
に入れればいいと、向こうで入手できそうにないものにだけ気をつけると、旅行鞄に
衣類と必要なものを詰め込んで後は読書時間に宛てていた。
昔から一般的にアーサー王は複数のモデルが存在し、それに幾つもの古代の逸話を
填め込んで一人の英雄伝として作られた――そう言われている。
その解釈は今も大して変わっていないし、それは間違いではないだろう。
けれども、わたしはセイバーという事実を知っている。
目で見て耳で聞いたものを信じると、これら多くの物に書かれていた物の悉くを否
定しなくてはならなくなる。
だが、それはセイバーに限ったことではない。
今時、誰がギリシャ神話や北欧神話をそのまま「過去に本当にあった出来事」と思
うだろうか。
それと同じようなものだ。
普通人の常識に囚われると、足元を掬われる。
どこまでが実際にあったことで、どこからが粉飾されたものか。
ワースが言った言葉をそのまま用いて、ワースの考えとは逆の事を考える。
粉飾されているとされるところと、実際にあったとされるところを入れ替える。
ほら、簡単。
実際に全てを見たものがいない以上、誰も真贋など言い当てられない。
創作者がいたって、その創作者が自分の意思で自分の考えで創作したと証明できる
のか。
そんな馬鹿げた前提を平気で持ち出せるのが、魔術師であり、魔術の歴史だった。
「結局は、全て無駄なんだけどね」
まあ、その、悔しかったわけだ。
あれだけさっぱりとした表情をしていたアイツに。
未練なく消え去ったであろう彼女に。
わたしなら、きっと彼らほどには割り切れないから。
そんな思いが、余計に道行を苛立たせていた。
きっと全て上手く行かなかったのも、誰かの思惑の所為。
手紙を送った主同様に、わたしも上手く使われた訳だ。
この時間を設けるためにだけ。
「いいんだけどさ。こういう終わり方も」
まあ、その、羨ましかったわけだ。
自分の気持ちを隠したり、取り繕うともしないアイツに。
幸せな夢を見続けているだろう彼女に。
良い映画を観た。
そんな観客の満足と、
舞台に立ち損ねた。
そんな役者の悔しさと、
選ばれもせず、関わることすら許されなかった現状に。
だから、わたしはここを離れよう。
わたしが、わたしである為に。
わたしを中心とした世界と、わたしだけの物語を求めて。
誰に関わられても、どんなことになっても、
置いてかれることもなく、
見ているだけでもなく、
自分で考え、自分で動ける処を見つけよう。
悔しいけれど、それはアイツがいないことで成立することのようだから。
帰りは車で送って貰った。
狭い車内にも関わらず、行きと違って眠気もなかったけれど会話は殆どなかった。
別に暗くなっていたわけでもなかったのにだ。
座る位置が行きと違ったからというわけでもないだろう。
全ての段取りをしてくれた墓荒らし氏、最後まで名前を覚えなかったが彼にだけは
遠坂同様に事の顛末を全て話していた。これから先も彼とはまた話すことがあるかも
しれないが、それは俺の口からではないだろう。
「結局、あの鍵は何だったの」
一時間ぐらいしてだろうか、思いついたらしく遠坂が聞いてきた。
同じ場所にいた筈の遠坂は何も見ていない。
いや、俺以外あの出来事は知らないようだった。
そういうものなのだろうと、納得するしかない。
「セイバーの棺桶の鍵だった」
それでも遠坂は結局、全てを判っていたかのように驚いた表情は見せない。
「まあ、そんなことだろうとは思ったけど」
ふうんと鼻を鳴らしただけだった。
「でも、どうしてそんなものをイリヤが持っていた訳?」
「アインツベルンが前回の聖杯戦争で切嗣の為にアーサー王に縁のあるものを掻き集
めただろう。その遺品の一つじゃないかって」
モルガンから聞いた話をそのまま遠坂にする。
俺がモルガンと話した時間は、彼女達からすれば僅か数秒の合間の出来事だったら
しい。
だから一連の俺の話を信じるとは思えなかったが、モルガンの名前を出した時に遠
坂も、ハンドルを握る墓荒しのおっさんも呆気なく頷いていた。
魔術師ってのはこうなのだろうか。
人以上に疑い深く、騙されにくいと言われているけれども、心配になる。
いや、大きなお世話だが。
「そっか。彼らはアーサー王を狙いうって召還させたわけだから」
そう言えば、エクスカリバーの鞘はモルガンの手によって奪われ、海に投げ捨てら
れたと言われていたんだっけ。その鞘をアインツベルンが見つけ出したのは偶然だろ
うか。鍵と共に手渡されたりしたのではないだろうか。今回のような遠回りなやり方
で、今回とは違って自分の名前を秘して。
何せ彼女は欺瞞の魔術を得意とする魔術師だ。俺に対して話したのも全て本当とは
思えない。もしかしたら別の思惑があったり、人知れぬ事情があったりするのかも知
れない。
何にせよ、今の俺には興味の無い話だ。
「じゃあイリヤは」
「何となくわかってたんじゃないか」
彼女がどこまで知っていたのか、聞いていたのか、気づいていたのかは知らないが。
俺がロンドン、いやブリテン島に行く理由。
確かに、それは一つしかない。
誰でも予想できることだ。
けれどもそれは、
セイバーでもなく、
アーサー王でもなく、
アルトリアへの気持ち。
それは何も変わらず、それでいて忘れることもできず、捨て去ることも容易ではな
い。
何を言われようと、どう誓おうと、結局はそう変わることはない。
「ふぅ……」
息苦しくなって、窓の外の景色を見る。
曇り空が続いていたが、雨は降っていなかった。
景色も果てしない田舎道から漸く町並みが都会に近づいてきたように思える。
「……」
遠坂はそれからは何も話しかけてこなかった。
聞くと遠坂はまだ少しこっちに残るという。
折角だから時計塔と呼ばれる魔術組合の総本山に顔を出してくるらしい。
何でも今後に向けて色々と準備をしてくるという。
それが何かは答えなかった。
一方、俺の決断について遠坂の意見を尋ねたら
「別に。アンタが決めたことでしょう? わたしがあれこれいうことじゃないわ」
そう平然とした顔で、納得しているんだかしていないんだかわからない答えをあっ
さり返してきた。
遠坂にとってもそう無関係でもないだろうに、その態度に俺は冷淡とは思えなかっ
た。
つまりは、そういうことなのだ。
俺達の問題とは。
別に遠坂が無関心なわけではない。
そういうものなのだと、遠坂なりの考えを態度で示したのだろう。
そう考えると、遠坂は不器用なのだなあと思う。
まあ、人のことは言えないのだが。
空港へ向けて、車が走る。
肩にかかったその確かな重みを噛み締めながら、俺は彼女と同じ夢を見られたらな
と思いながら目を閉じた。
眠くはない。
けれど、夢は見られる。
あとは、それが幸せなものになると願うだけだ。
俺にとって。
彼女にとって。
それぐらいはしないと、これからの約束を果たせそうにないだろうから。
何はともあれ、俺は日本に帰る。
彼女と、二人で。
<完>
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