見えてくるもの 〜柏木 初音〜 |
列車が揺れる。 トンネルを超える毎に見馴れた都会の喧噪が消え、 遠くに閉じこめられていた空間が蘇ってくる。 懐かしい場所。 幼き頃、大好きだった故郷。 ……忘れられなくなった故郷。 目を閉じる。 見えなくなるもの。 見えてくるもの。 死体が運ばれてくる。 微かに血が流れていた。 沈痛な面もち。 すすり泣く声。 忘れられない記憶。 忘れたい記憶。 消えてしまったもの。 いなくなってしまったこと。 全てをくるんだものが、この場所にある。 わたしの悲しみと、涙も共に置いてきた。 笑顔も、ついでに置いてきた。 全部じゃなくて、最高の部分だけ……。 忘れたくて、忘れられなくて、 笑いたくて、泣きたくて、 仕方なく、この場所に来る。 一度だけ、この場所に行く。 人としての再設定をする為に。 ひとはいなくなるもの。 ひとはきえていくもの。 だから、なきたくない。 だから、わらいたくない。 壊れていく自分。 壊れてしまったひと。 不意に、自分以外の人間の動静が気にかかる。 気にしても、仕方がないと気付く。 いつもと同じ感情の起伏。 気にかかって、納得する。 自分と違わない。 だから、気にしない。 無性に、何かが欲しくなる。 自分でもわからない何かが。 欲しがることと、満たされたくなること。 似ているようで、どこか違う。 …だから、わたしは駄目なんだろう。 唇を噛む。 ……でも、所詮は変わらない。 変われない。 だから、目を開けて景色を見る。 目を瞑っても、見える以上、閉じておく意味がない。 ▲ |