惨めさを知る為に 〜柏木 楓〜 |
壊れることが怖くて、 崩れることが怖くて、 私は、この街に帰れないでいる。 帰ることが出来ないでいる。 姉がいるこの街へ。 『忘れた頃に、蝉が鳴く』 信じることが出来なかった。 信じられなかった。 その骸を見つけたときも。 冷たくなった身体を抱きしめてみた。 抱きしめ返してくれることは期待しなかったけれど、 いつも通り、頭を撫でてくれることは期待していた。 大きかった手。 暖かかった手。 しょぼくれた、萎びた手がだらりと地面に垂れていた。 これはあの人の手じゃない。 これは、あの人じゃない。 認めるとか、認めないとか 信じるとか、信じないではない。 これはあの人ではない。 ただ唯一の真実。 ……それだけが、私の憶えている全て。 皆、バラバラになった。 どんな事があっても、離れないで、頼りあっていた家族が、離散した。 家族じゃない、他人の動静で。 長年、会うことすらなかった人間の手で。 記憶が定かでない、朧気な思い出の人。 その人が、私たちを壊した。 そして、私たちが、その人を殺した……。 私はただ、生きてきただけ。 他の皆も、生きていた。 生きてだけいた。 大事な人を失ったから。 大切な人を失ったから。 支えてくれた人はもういない。 支えてくれる人はもういない。 きっかけでしかなかったのだろうか。 あの人は私たちを別れさせるだけのきっかけだったのだろうか。 そんな思いを抱かせるほど、貴方は唐突で、そして、今は何処にもいない。 私は他の皆と会うことはその人を思いだそうと努力する一日だけ。 そう、たった一日。 365分の1。 そして、いづれはその一日もなくなるのだろう。 それだけの、ことだった。 世界が終わるわけでもない。 ただ、それだけのことでしかない。 あのひとがいなくなったことは。 寂しすぎる。 惨めすぎる。 悲しすぎる。 ただただ、感傷に浸る。 自分の身の上を。 あの人の事ではない。 最後は、自分の事に落ち着く。 人とは残酷な生き物だ。 この世の全てで一番の残酷な生き物だ。 利己的に考える。 自己を中心にしか生きることが出来ない。 そして、私も人でしかない。 鬼に、なれない。 私はそんな全てを認めるのが怖い。 それを自覚してしまう自分が怖い。 だから、逃げ出している。 帰れないでいる。 自分を見つめる姉や妹が怖くて。 自分を見つめるもう一人の自分が怖くて。 だから、私は帰れない。 こうして、一年に一度だけ訪れ、逃げるように帰るだけ。 もう、私はこの街にはいられない。 一生いられない。 ▲ |