第2章  見えない、不安


氷川菜織シナリオで話は進行しています。 尚、オリキャラとの話なので嫌な方はお戻りください。

06/07 (Sun)

「だから、一体何だって言うんだよ‥‥」
「サエちゃん。本当に気付かないの。鈍いんだから‥‥」
 正樹達と別れた冴子と美亜子が、さっきの三人の不自然さについての話を繰り返し
ていると、
「お、今、お帰りか?」
 と、買い物袋を下げた知章が現れる。
「あ、トモクン」
「よう」
「悪いね、今日はちょっと外せなくて‥‥」
 事前に今日、遊びに誘われていた知章がその事で謝る。
「いいって。どうせ大概二人なんだし‥‥」
「ねぇねぇ、知ってる、知ってる?」
「お、おい‥‥」
 挨拶もそこそこに話したくて仕方ない顔をした美亜子が、知章の隣に張り付いて、
正樹と菜織の横浜での目撃証言について話し始める。



「ふぅん‥‥」
 美亜子の話を一頻り聞き終わり、左程関心のない様な顔をする知章。
「どう、これは波乱含みよ」
「どうして?」
「だって‥‥真奈美ちゃんは誘われてないのよ。二人こっそりとデートってトコじゃ
ないの?」
「鳴瀬真奈美ちゃん‥‥か‥‥」
 知章は先日の横顔を思い出す。普段、図書館で見る顔とはまるで別人のような真奈
美の顔を。
「‥‥おい」
「‥‥あ、え?」
「どうしたんだよ? ぼーとして」
 不思議そうに知章の顔を見る冴子。
「え、いや‥‥」
「ひょっとして、トモクン、真奈美ちゃんに気があるの? だから図書館通いして注
意を惹き付けようとしていたりして〜」
 にやっと笑って美亜子がすり寄るが
「ばぁ〜か、こいつの図書館通いは最近に始まったことじゃないだろ」
 と、冴子が代わりに弁明する。すると、
「あれ、どうしてサエが弁護するのかな? ひょっとして‥‥」
「何、言ってんだよ‥‥」
「‥‥‥‥」
「あれ、どうしたの?」
 いつものノリで乗ってこない知章に美亜子の方が不思議そうに聞く。
「え‥‥うん。氷川さんと伊藤がどうって話だろ」
「おいおい‥‥」
「あ、何か拙いこと、言ったかな?」
「何か、変だぞ。お前」
「もしかして、動揺してるのかな〜?」
 そんな美亜子のちょっかいにも、
「う〜ん‥‥ちょっと疲れてるのかも‥‥」
 知章はそう言って曖昧に笑って誤魔化した。
「そっか。そう言うときはさっさと寝ちまうのが一番だ」
「あ、そうそう‥‥あのさ、トモクン、深夜に怪しい人影が出没している話だけどさ
‥‥」
「また、出たってんだろ。その話は‥‥」
 だが、更に美亜子は喋りだしたら止まらないとばかりに、幽霊騒ぎの噂を知章に喋
り始める。
「それなんだけど‥‥」
「‥‥‥‥」
「人の話、聞け」
「‥‥‥‥」
「でね、それが‥‥」
「あたいは先帰るぞ!!」
「‥‥‥‥」
「‥‥だってさ。もうこれは謎よね。トモクンもそう思うでしょ? そうそう、謎と
言えば真奈美ちゃんのペンダントをねチャムナちゃんが見たとき、まるで電流がスパ
ークしたみたいに光ったんだよ」
「‥‥‥‥‥‥え?」
 それまで美亜子の話を上の空とばかりにいい加減に聞いていたのだが、真奈美の名
前が出た瞬間、その呆けていた顔から表情が蘇る。
「ミャーコっ!! 本当に帰るからなっ!!」
 さっきから相手にされず焦れていた冴子が大声を上げる。
「不思議でしょ? でも、これは私の目の前で起こったから間違いないよ。チャムナ
ちゃんは怖がって逃げちゃうし、真奈美ちゃんも驚いてたし‥‥」
「ペンダントが光る‥‥ねぇ‥‥」
 知章はそう呟いて軽く首を傾げる。
「‥‥・おい」
「何か古い石か何かみたいなペンダントでね、アンティークらしいんだけど‥‥」
「‥‥鳴瀬さんにチャムナちゃん‥‥ねぇ‥‥」
「‥‥あたいを無視するなよぅ‥‥」
「あ、悪い」
「サエ、いたんだ」
 ちょっと拗ねたような恨みがましい目で見つめる冴子に、ようやく二人は気付いた
ように顔を向ける。
「ミャーコ‥‥おめえなぁ‥‥」
「あ、俺はそろそろ、先帰るよ。じゃあ」
 美亜子を睨み付ける冴子を見て、そろそろ潮時とばかりに一歩引く知章。
「じゃあ、まったねぇ〜」
「ああ、ゆっくり休めよ。じゃあな」
「また、明日‥‥」



 二人と別れてから、買い忘れに気付いて暫く歩いた頃、
「‥‥・ん?」
 見覚えのある女生徒の姿を見かける。
「チャムナとか言ったっけ‥‥」
 だが、彼女の方は知章など気付かずに、奥の路地の方へ姿を消す。
「そう言えば、何処に住んでいるんだろ?」
 さっきの美亜子の話を思い出す。




「何か、引っかかるんだよなぁ‥‥」
 知章は何か引っかかるものを感じていたがそれが何か判らずにいた。




06/08 (Mon)

 知章のアパートの部屋には既に、朝の日差しが昇っていてカーテン全体が日の光を
浴びて光っているように明るくなっていた。
「ふわぁ‥‥本当に早寝したら、柄にもなく早起きしてしまった‥‥特にすることも
差し迫ってないし‥‥」
 一人暮らしの特徴的とも言える独り言をぶつぶつと喋りながら、知章はベッドの上
で横になって身体をもぞもぞと意味も無く左右に動かしていた。
「‥‥あ、そう言えば冴子のヤツは最近は、これぐらいに起きてるのか‥‥そんな早
くないかも」
 知章は自分のベッドからゆっくりと起き出して、顔を洗いに行く。
「早朝なら人も少ないだろうし‥‥図書館にでも行って、小説でも読んでくるか」
 そう考えたところで、軽く両手で自分の頬を叩いた。




「ちぇ‥‥ちょっと早すぎたか‥‥」
 知章はわざわざ早出して来てみると、図書館は十時以降からということで開いてい
なかった。今まで通っていたが、知章は早く来たことがなかったので閉館時間は知っ
ていたが、開館時間は知らなかった。

 知章はそのまますることも無くて仕方なく、渡り廊下を戻って校舎に入る。
「そう言えば‥‥最近、深夜に怪しい人影の出入りがあるとかって言ってたっけ。
昨晩もあったのかな?」
 そんな事を呟きながら考えていると、物理実験室のドアが急に開く。
「え!?」
「‥‥‥!!」
 誰もいないと思っていたらしく、ドアから出てきたチャムナは立ち尽くす知章の姿
を確認すると、驚いたような顔をする。
「あ‥‥お早う。随分と早いね、ひょっとして部活か何か?」
「‥‥‥‥‥」
「ひょっとして‥‥誰?‥‥とか聞く?」
 もしかして自分の忘れているんじゃないかと、不安になって訊ねるが、それにすら
もチャムナは反応せずに、
「!‥‥‥‥」
「あっ‥‥」
 そのまま知章の前から逃げるように駆け出していき、知章もそれを立ち尽くしたま
ま見送るしかなかった。



「何だったんだ‥‥しかも、何でこんな場所に‥‥」
 結局、見えなくなるまで呆然と後ろ姿を見送った後、知章はその半開きのままにな
っていた教室のドアから中を覗く。


「‥‥‥」


 中は整然と片付けられていて、人の入った気配すら感じられなかった。


「変だな‥‥何故、感じない‥‥」


 特に感覚が鋭くなくても、直後の人がいた気配ぐらいは感じ取れる筈だったが、そ
のさっきまでチャムナがいた筈の部屋はまるでずっと誰も立ち入っていないような雰
囲気が感じ取れた。
 入り口から数歩入り込んで部屋を見渡すが、しんと静まり返ったままの部屋は知章
に何も伝えなかった。



 だが‥‥


「‥‥!?」


 物音がして、知章は咄嗟に身を引く。
 するとさっきまで彼の立っていた場所に、図鑑大の書物が落下する。
 重い音が、床に響く。



「‥‥‥‥」


 暫く知章は、その落ちてきた書物を見て、顔を上げて落ちてきたと思われる入り口
脇の高いロッカーの上を見上げる。



「‥‥‥‥」



 知章は無言のまま床に落ちたままの図鑑をそのままにして、ゆっくりとドアをしめ
た。






「あ、知章」
「‥‥冴子か?」
「どうしたんだ? こんな時間まで」
「‥‥へ、あ、もうこんな時間か?」
 夕方、部活が終わって着替え終わった冴子が校門前でぼんやりしている知章に気付
く。
「何、してるんだ‥‥一体?」
「‥‥何だろう?」
「おい‥‥最近、変だぞ。おめえ」
「確かに」
 呆れたような顔をする冴子に、その日一日、今日の朝の出来事ばかりを考えていた
知章は苦笑をもって返すしかなかった。
 ただの偶然だと自分では思っていても、何処か納得しきれないものを感じ続けてい
た。
 そんな様子の知章に、冴子は不審そうな表情を向ける。
「‥‥最近、メシちゃんと食べてるか?」
「ああ」
「‥‥ちゃんと寝てるか?」
「ああ」
「‥‥何だ、やっぱりおかしいぞ、お前」
「ああ」
「‥‥こりゃ、重傷だな」
「ああ」
「一人暮らしだと、こういう時は不便だよな」
「ああ‥‥え?」
 惰性で頷いていた知章は、状況に気付いてハッと顔を上げる。
「大丈夫じゃねぇようだな。何か悩みでもあるのか?」
「‥‥あ、悩み‥‥悩み‥‥悩みねぇ‥‥」
「ないなら別に捜さなくてもいいんだぜ‥‥」
 その知章の引っかかるような言い方に、冴子はそうとりなす。
「‥‥そだな」
 知章はそう言うと、ちょっとだけ考えるのを止めたような気を抜いたような表情に
なる。
「そういえば、今朝は随分早くから来てたらしいな‥‥」
「‥‥‥‥あ、ああ‥‥それは‥‥」
 知章が口を開くと同時に、
「あらぁ〜、サエちゃんじゃないの」
 と、後ろから声が掛かる。
「あ、みちる先生‥‥」
「どうも‥‥」
「あら、真田君も‥‥ひょっとして」
「別にひょっとしません」
 笑いながらも知章はそう言って、みちるに最後まで言わせない。
「あら、そう‥‥うふふ‥‥」
 だが、それでもみちるは楽しそうに笑う。
「先生、どうしたんです? 今、帰りですか?」
「人と会う約束があるのよ」
 冴子とみちるが喋っている間、知章はぼんやりと立ち尽くす。



「あ、邪魔しちゃったわね。じゃあ、私はこれで‥‥」
 みちるがそう言って、別れを告げた後も、知章はずっと再び思い返すような顔をし
て立っていた。
「じゃあ‥‥って、おい、知章。何、考え込んでるんだよ」
「え‥‥あ、御免。何の話だっけ?」
 また、ハッとした顔をして、誤魔化すような表情になる知章に、
「‥‥なぁ、今日、あたいん家、寄ってけ」
 冴子は大袈裟に溜息をついて、その肩を叩く。
「へ?」
「その分じゃ、見てて危なっかしくてしょうがないぜ‥‥夕飯、御馳走してやるから
‥‥」
「あ‥‥いいのか?」
「いいって。婆ちゃんも喜ぶし‥‥こないだの礼もあるしな」
「あ、うん。ありがとう‥‥」
「‥‥やっぱり、おかしいぞ。相当‥‥」
 素直に礼を言う知章に、調子が狂うとばかりに顔をしかめる冴子。





「‥‥意志を感じた。あの瞬間だけ‥‥何故だ」




 そのまま冴子と並んで歩きながら、口元だけで微かにそう、知章は呟いていた。





06/09 (Tue)

 放課後、知章が階段を降りて一階に降りると丁度、真奈美が鞄を両手に持って帰る
姿を見つけ、その姿を見ながら自信がなさそうに呟く。
「‥‥やっぱり別人‥‥かな‥‥」



 そのまま、いつもの渡り廊下で冴子と話し込む知章。
「‥‥おう、調子はどうだ?」
 汗をかきながら、にこやかに知章に笑いかける冴子の表情は調子がいいのか生き生
きとしていた。
「冴子、昨日はサンキュウな」
 そんな冴子に、知章も笑顔を返す。
「どうやら正常に戻ったようだな」
 タオルで汗を拭きながら、ちょっと安心したような笑みを浮かべる冴子。
「冴子ん家で夕飯御馳になるの久々だったからなぁ‥‥」
「そういや、そうだな。まぁ、たまには来いや。しょっちゅう居座られても困るけど
な。やっぱ‥‥メシは大人数で食べる方が旨いし」
「今度、お礼するよ。俺の手料理でも‥‥なんてね‥‥」
「料理だったら、あたいの方がマシだろう‥‥」
 そう言って、二人で笑う。
「お前の料理、結構いけるもんな。今日だって、あの煮物以外、大体手伝ってるもん
な。花嫁修業はバッチリって訳だ」
「‥‥・」
 そこまで話していると、急に冴子はしっくり来ないような顔をする。
「どした?」
「やっぱり‥‥変だな」
「何故?」
 そう知章が訊ねると、
「素直すぎる」
 きっぱりと冴子が言ってくる。
「おいおい‥‥」
 困ったように笑うと、
「何か調子が出ないんだよなぁ‥‥」
 そう言って冴子は首を傾げる。
「ちぇ‥‥折角、人が下手に出てれば‥‥言いたい放題だな」
「ははは‥‥悪い。なんか、慣れちまっててさ‥‥あ、菜織」
 その時、二人の前を菜織が通り過ぎようとする。
「あら、サエ。どうしたの、こんなところで‥‥あ、真田君も」
 今日はいつも横切るコースよりもかなり二人に近い場所に居た為、冴子の声を聞い
て振り返り、話している二人の方に近付いてくる。
「氷川さん、こないだはどうも‥‥」
「ん? どうかしたのか?」
 冴子が何気なく聞くと、
「太股のに‥‥」
「いや‥‥大したことじゃないよ」
 答えようとした菜織の言葉を遮るように、知章が口を開く。
「?」
「あ‥‥御免御免。私、ちょっと野暮用あるから‥‥」
「あいつに差し入れか?」
 冴子が聞くと、
「え‥‥あ、ちょっと様子見にね‥‥」
 と、慌てたように菜織が言う。
「皆勤だったからね‥‥」
「え、何それ‥‥ヤダ‥‥そんな特に‥‥」
 冴子にからかわれると、そう言って更に取り乱す菜織。
「自覚、無しか‥‥」
「はは‥‥冴子。それくらいにしとけって‥‥」
「じゃ、じゃあ‥‥」
 追い討ちを掛けるような冴子に、笑って知章がたしなめると、そのまま菜織は慌て
るように歩き出していった。
「じゃあ」
「明日だったよな‥‥確か?」
「うん。またね」
 冴子にそう答えた菜織と別れた後、
「明日って?」
 と、知章は冴子に尋ねる。
「何でも、大会で100mのレースの出場権を賭けて、橋本先輩と競争するんだと」
「成程‥‥」
「見物するか?」
「そうだな‥‥冴子は?」
「その時、休憩時間だったらな‥‥」
「じゃあ、来ると思って間違いないな」
 その断定した言い方に、
「おい‥‥あたいらだって、大会が近いんだぞ」
 と、苦笑して言い返すと、
「だから、猛練習をしてるんだろ。知ってるって」
 そう後を引き取るように言う知章。
「だったら‥‥」
「でも、見てるよ。きっと‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥そうだろ?」
「さあな‥‥でもさ」
「ん?」
「気のせいか‥‥あいつ‥‥いや、気のせいかな?」
 はっきりしない冴子の物言いに、知章は無言で言葉を待つ。
「‥‥‥‥」
「あ、いや。ただ、だらだらしなくなったよな‥‥何か別人みたいだな」
 言いかけたことを止めるようにする冴子に、
「そうか? まぁ、俺はよくわからないけど‥‥おっと。そろそろ俺、用事あるから
‥‥」
 と、知章は時計を見て言う。
「え、そうか。じゃあな」
「ああ」
 そう言って別れる知章に手を軽く挙げる冴子。





「昔のお前を見ているようだって‥‥言いたかったんだけどな‥‥」
 冴子は知章の背中を見て、そう溜息をついていた。





06/10 (Wed)

 グラウンドで陸上部の部員達と一部の観衆が見守る中、
「間に合ったか‥‥」
 と、観衆の一人になっていた知章は遅れてきた冴子の姿を見て声を掛ける。
「あ、知章‥‥」
「やっぱり、来たか」
 そうニヤリと笑う知章に、
「ちょ、丁度‥‥休憩時間だったからな‥‥」
 と、慌てたように、言い訳をする冴子。
「お前も、あっちに行かなくて良いのか?」




「正樹くーん、がんばってーえ!!」
「自分を信じなさい!!」




 知章はゴール付近でで声援を送っている菜織と真奈美の方を指差す。
「なっ‥‥なんだよ、あたいはちょっと見物に来ただけだから‥‥」
「前、言わなかったっけ」
 正樹と橋本タカシがそれぞれスタートラインにつくのを見ながら、





「俺、お前んトコの休憩時間、知ってるって‥‥」





 そう言う。
 橋本がタオルを投げ捨てる。
 同時に、冴子の顔が、赤くなった。




「あれ? 見ないのか?」
「トイレ休憩だった‥‥戻る」
 体育館の方に引き返す冴子に、怪訝そうに訊ねる知章。
「もうすぐだぜ、見てけよ」
「どうせ‥‥結果はわかってる」
 振り返らずに、言い捨てる冴子。
「‥‥‥‥そっか」
「なあ?」
「ん?」
 立ち止まり、振り返った冴子の顔がちょっと真剣になる。
「‥‥‥‥お前はどうして‥‥いや、やっぱいい。何でもない」
 何か躊躇うように言うのを止め、再び歩き出す。
「‥‥俺は、見とくぜ」
 その背中に、知章は言葉を掛けるが今度は立ち止まらなかった。
「‥‥‥‥」




 知章が去りゆく冴子の背中を見つめると、トラックでピストルの音が鳴った。





「‥‥まだ‥‥戻るまではまだ‥‥」




 知章は振り返って、トラックでゴールに飛び込む二人の光景を見ながら、そう自然
に呟いていた。




06/11 (Thu)

 今日の放課後もほぼ、いつも通りの時間に知章が渡り廊下の前にいると珍しく美亜
子がやってくる。
「あ、美亜子ちゃん。珍しいね。居残り?」
「トモクン、正樹君見なかった?」
「見なかったって‥‥トラックにいるよ。ほら、今冴子と話してる」
 渡り廊下の淵に寄りかかりながら、グラウンドの方を指差す。
「ありゃりゃんりゃん。相変わらず、仲いいねぇ〜。いいのかなぁ〜、トモクン?」
 指差す光景を見て、そして知章の方を見るとそのままニタリとした顔を知章に近付
けてくる。
「へ?」
「サエったら、いつも正樹君と喋りたがってない?」
「かもね」
 含んだようなその言い方にも、微笑を残したまま返事をする知章。
「ここは一発、トモクンも気合い入れないと‥‥」
「俺が入れてどうするの? そうそう、冴子の行動からしてあっちいってからここに
来るから待ってるといいよ」
 寄り掛ったまま、一歩も動こうとしない知章に、
「それじゃあ、遅〜いっ!! いいわ。トモクンにその気がないなら私が一肌脱いで
あげる」
 そう言って淵を乗り越えて美亜子がグラウンドに降りる。
「へ?」
 戸惑う知章を余所に、美亜子がそのまま歩いていこうとすると、向こうで話してい
た二人の間に女の子が一人、割り込んでくる。
「ありゃ? 彼女は誰?」
「あ〜あ‥‥みよかちゃんだよ。冴子命の」
 美亜子からは光の加減か顔が見えなかったようだったので、知章が小手をかざすよ
うにして答える。
「ふぅん‥‥」
 にやりとしながら、頷く美亜子。
「あ、何か企んでるだろ‥‥止めとけって‥‥」
 知章が止めるが、気にせず、美亜子は二人の方に近付いていく。
「俺、知ぃ〜らないっと‥‥」
 そう自分に言い訳して、知章は見物を決め込むことにした。




 グラウンドで正樹と冴子とみよか達が話しているところを、美亜子が割り込む。
「あ、もめ出した、もめ出した‥‥」
 知章がそう言いながら見ていると、


 冴子が暴れかかる。
 逃げる美亜子。
 止めに入る正樹。
 脇で見ているみよか。




「やれやれ‥‥‥‥あっ‥‥‥‥」
 知章が大袈裟に首を横に振りながらもそのドタバタぶりを見ていると、突然、事態
が急変する。






 悲鳴が、グラウンドを轟かせた。








「うっうっうっうっ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 体育用具室の中の隅っこで丸まっている冴子を、遅れて駆けつけたものの、どう声
を掛けたらいいかわからず見守るだけの知章。
 冴子の力走にみよかだけが後を追ったが、途中で見失ったのかここにはまだ現れな
かった。
「あっ‥‥」
 困ったように視線を泳がせていた知章が気が付くと、いつの間にか振り返って涙を
溜めた目で冴子が自分を見ているのに気付く。
「‥‥‥‥あー‥‥‥」
「‥‥み、見た?」
「‥‥‥‥ああ」




 体育用具室が揺れる。





「‥‥ってて‥‥不可抗力だろうが‥‥」
「だ、だ、だ、だ、だけど‥‥だけどだけどだけどよぅっ!!」
 知章は赤くなった頬を押さえつつ、涙目の冴子を宥める。知章は保身から美亜子を
止めなかったことはおくびにも出さなかった。
「気にするな。お前が考えているほど、大した騒ぎにはならないって‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥多分」
 涙が溜まった目で見つめられる圧力に、小声でそう付け加える知章。
「っ!!」
「わぁった‥‥殴るのは止めれ。頼むから。八つ当たりだろ、それ?」
「五月蠅いっ!!」
 冴子が真っ赤になりながら更に殴ろうと近寄った瞬間、
「っ!?」
「‥‥‥‥」
 再び冴子の短パンが脱げ、下着が覗く。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 暫く二人で固まっていたが、ぼそっと知章が言う。
「‥‥‥紐が切れたかゴムが伸びきったんじゃないか? 多分‥‥」
「‥‥‥‥」




 体育倉庫が再び揺れる。




「そう無茶苦茶殴るなって‥‥イテテ‥‥‥ほら、安全ピンあるから‥‥」
 冴子はしゃがんで片手で短パンを押さえたまま、知章から差し出された安全ピンを
奪うようにして受け取った。
「‥‥‥うぅ‥‥」
「泣くな泣くな‥‥頼むから」
 涙目のまま唸る冴子の背中を撫でながら宥める知章。
「‥‥‥ぁぅ‥‥」
 どうも動揺していて上手くいかないのか、何度もやり直す冴子の手つきに、
「ほら‥‥貸してみ‥‥‥」
 知章はその手から安全ピンを取って、自分で短パンが落ちないように止めた。
「わかってるとは思うけど、応急処置だから‥‥」
「あううう‥‥‥」
「言葉、話せよ‥‥ほら‥‥」
 涙目で訴えるような冴子に苦笑して、ポケットからハンカチを取り出して冴子の目
に溜まった涙を拭う。
「あんまり長居すると探し回ってるみよかちゃんに見つかると‥‥面倒過ぎる‥‥‥
じゃ、俺は先に出るぞ‥‥」
 その光景を想像してみて、さっきの正樹の二の舞になりそうな想像に身震いした知
章は冴子にハンカチを預けたまま体育倉庫から出ようとする。
 その知章の手を冴子がぎゅっと掴む。
「ん?」
「あ‥‥その‥‥だも、もう大丈夫だ」
 冴子は全く大丈夫そうじゃない程、カチカチになったまま喋る。
「そ、そうか‥‥なら、今日は部活、早引けしたらどうだ。どのみちそれじゃあ運動
は出来ないだろ?」
「あ‥‥う‥‥ああ‥‥」
「そうだ、どうせなら何か奢るぜ?」
「‥‥‥‥」
「兎に角、校門前で待ってるから、好きに選べ」
「‥‥‥‥」
「‥‥大丈夫か?」
「‥‥あ、ああ‥‥」
 先日とまるきり立場が逆になったと思いながらも、知章は冴子の背中を落ち着かせ
るべくもう一度軽く撫でた。




「やれやれ‥‥」
「あ、トモクン、トモクン‥‥」
 あれから冴子を置いて先に体育倉庫から出た知章が、校門前まで歩いて来た時、姿
に気付いたらしい美亜子が現れる。
「ミャーコちゃん‥‥やってくれたね‥‥」
 苦笑する知章に、
「私はただ、からかっただけだよ」
 快活とした表情で笑う美亜子。
「冴子、完全に取り乱してたぞ」
「まぁ、明日になればきっと忘れてるって」
 ケロッとした表情で言ってのける美亜子に、
「‥‥俺は知らないよ。取り敢えず、今日の内は姿隠しといた方がいいよ」
「うん。じゃあフォロー、しといてね〜。じゃあね〜ん」
 終始ずっと苦笑いを浮かべたままの知章を置いて、美亜子は先に手を振って帰って
いく。
「‥‥やれやれ。美亜子ちゃんも凄いよなぁ‥‥相変わらず」




 それから知章が待つこと、数分後。
「‥‥待たせた」
 まだ幾分、表情が落ち込みがちの冴子がやってくる。
「あ、冴子。じゃあ帰ろっか?」
 何事もなかったように声を掛けて先を歩こうとした知章の背に、
「‥‥奢る約束だろ」
 と、冴子の声がかかる。
「あ、覚えてたか‥‥何処行く?」
「何処でもいい」
「そう言われても‥‥俺、よく知らないし‥‥」





「いらっしゃいませ‥‥二名様ですね。今、お席の方にご案内します」
 二人がロムレットに入ると、ウエイトレスの乃絵美が出迎える。客が多いせいか特
に二人に対して何も言わずに普通の客のように対応する。
「‥‥‥‥」
「その顔、何とかならないのか?」
 案内された席についても、鬱ぎ込んままの冴子の顔を見て、知章が言う。
「サエちゃん、いらっしゃい」
「‥‥よう、乃絵美」
 丁度、客が入れ替わるように出ていって、周囲の席は二人以外、客がいなくなる。
「へぇ‥‥外からは見たことあるけど‥‥」
 改めて店内を見回す知章。
「真田先輩も‥‥」
「やあ、乃絵美ちゃん。お店では初めてだね」
「‥‥はい。今、お水を持ってきます」
 知章に笑顔を返すと、乃絵美は奥の方に消える。
「‥‥はぁ‥‥」
 大きく溜息をつきながら、席に座る冴子。
「何か、人生の転機を迎えたような顔だな‥‥」
「おめえにあたいの気持ちはわからないだろうよ」
「気にしようが気にしまいが、既に状況は変わらないし、あれだけ騒いだ割には時間
帯のお陰でそれ程目撃も少ないし‥‥落ち込むだけ損だって‥‥」
「‥‥‥‥」
「彼に悪気があった訳でもなし‥‥事故だろ?」
「‥‥サエちゃん、どうかしたの?」
「いや‥‥ちょっとした事故があってね」
 焦点が合わさらない目をした冴子の様子に、水を運んできた乃絵美が驚いて、知章
に訊ねる。
「事故って‥‥大丈夫だったんですか?」
「いや、その‥‥身体に影響あるような事故ではなくて‥‥あ、その話はいずれね‥
‥冴子、何にする?」
 冴子の目が徐々に尖っていく様子に、慌てた知章は会話を打ち切る。
「‥‥任せる」
「俺、この店初めてなんだけど‥‥あ、乃絵美ちゃん。お薦めって、何?」
「え、ええと‥‥チーズ入りオムレツか、ハニーレモンパイかな」
「じゃあ、ハニーレモンパイを二つ。後は‥‥」
「カフェオレ」
「‥‥も、二つ」
「はい。ハニーレモンパイとカフェオレをそれぞれ一つずつですね」
「うん」
 乃絵美が注文を告げに奥に行くと同時に冴子に、
「‥‥言いふらすなよ」
 と、凄まれる知章。
「笑い話にしちゃった方が楽なのに‥‥わかったわかったって‥‥」
 知章はそう言いかけるが、冴子の表情に殺気が混じっているのに気付いて手を振っ
て打ち消した。
「ったく‥‥」
「所で、話は変わるけど‥‥今度の大会の方、どうなんだ?」
「どうって?」
「だから‥‥いけそう?」
「ああ‥‥それなら‥‥」
 冴子はちょっとホッとしたような表情になって、語り出す。



「本当に、好きなんだな‥‥」
 注文の品が届き、普段の落ち着いた表情に戻って語り終えた冴子に、知章は感嘆染
みた声を漏らす。
「お前だって昔は‥‥」
「‥‥‥‥そだな」
「‥‥このままで、いいのか?」
「今の所は‥‥ね」
「そっか‥‥」
 冴子はそう言って、カフェオレを飲み干す。
「‥‥ハニーレモンパイには合わないな」
「‥‥そだね」




「さてと‥‥次は‥‥」
「えっ‥‥」
「奢ってくれるって言っただろ」
「お、おい‥‥」
 それから数軒の店で、知章は奢らされる羽目になった。




「まぁ、気晴らしになれば、それでいいけどさ‥‥」
 冴子に聞こえないように、そっと知章は隣で呟いた。





06/12 (Fri)

「変わったような気がするよな、あいつ」
 昼休み、冴子が美亜子にそう話す。美亜子のたんこぶは、朝に出来たものだ。
「正樹君の事?」
「ああ。心境の変化って唐突だよな‥‥実際。あ、でも‥‥元々あいつはああだった
ってだけかも知れないしな」
「ふふん‥‥気になるんだ」
「え、あ‥‥何だよ、その面は」
「別にぃ〜、ふふふん」
 美亜子の怪しげな笑いに、冴子が眉を顰める。
「おめえが考えているような事じゃねぇって」
「サエちゃん。私、何も言ってないよぉ〜。あれあれあれ〜?」
「ケッ、これだからおめえは‥‥」




「ふん‥‥とんだ下らない目に遭ってしまったな」
 柴崎拓也が服についた埃を叩きつつ、怒りを押し殺したような顔をしていると、
「あ、柴崎‥‥どうしたんだ、お前?」
 廊下を歩いていた知章は同じクラスの柴崎を見つけ、その汚れた姿を見て声を掛け
る。
「ふん‥‥君には関係ないことだよ」
「まぁ、いいけどさ‥‥ん?」
 特に親しい訳でもないので、知章はそのまま歩こうとすると、廊下の隅っこの方で
チャムナらしい人影を見つける。
「なぁ、チャムナって娘、知ってるか?」
 何の気なしに柴崎に聞いてみるが、柴崎は特に興味なさそうに
「転校生の一人だろ。僕の事に関しての伝言なら諦めてくれと伝えてくれ」
 と、埃をはたきながら言う。
「‥‥何か勘違いしているだろ、お前」
 知章はジト目で柴崎を見た。




「あ、真田君」
「知章でいいよ」
 放課後、図書館で一人、本の整理をしていた真奈美に知章が声を掛ける。図書館通
いの常連である知章は殆どの図書委員と顔なじみに近い状態になっていた。
「どう、馴れた?」
「ええ。乃絵美ちゃんが教えてくれたから‥‥」
 作業の手を休めずに、脚立の上で知章の話に応じる真奈美。
「そう言えば乃絵美ちゃん、今日はどうしたの?」
 乃絵美の図書委員の当番の日を把握していた知章はそう、真奈美に訊ねる。
「それが‥‥こないだ、貧血で‥‥」
 乃絵美が倒れた旨を知章にそう真奈美が説明する。
「え!? それで、大丈夫だったの?」
「うん。その日は早退したけど‥‥軽いものだって菜織ちゃん、言ってたから‥‥暫
くはこっちはお休みしてるの‥‥」
「そうか‥‥知らなかったな‥‥」
 昨日、店で会った限りでは普段と変わらなかったように思っていたので、知章はそ
う聞いて驚いた顔をになる。
「ふぅん、真田君、気になるんだ‥‥」
「そりゃ、当然さ。日頃、お世話になってるしね‥‥」
「本当に、それだけ?」
「え? どうして?」
「あ‥‥ううん。何でもないの、御免なさい」
 キョトンとした顔をする知章に、真奈美が慌てて首を横に振る。
「じゃあ一人で大変でしょ。手伝おうか?」
「ううん、ありがとう。でも、大丈夫だから‥‥」
「それならいいけど‥‥あ、この本、借りて行くから‥‥」
「うん。ちょっと待ってて、今‥‥」
「いいよ。やり方知ってるから‥‥わざわざ降りなくても‥‥」
 脚立から降りようとする真奈美を制して、カウンターで判子を捜して、図書カード
に押す。
「そう‥‥御免なさい、ありがとう」
「それじゃあ‥‥またね」
「うん」
 知章は軽く手を振って、図書室を出る。



「ん‥‥?」
 知章はいつもの通り、軽く冴子と会話を交わした後に帰りかけると、校門脇で怪し
げな風体をした男がみちると話しているのを見かける。



「それでは‥‥また‥‥」
「いえ、大したお役に立てないで‥‥」



 丁度、別れて男がいなくなるのを見計らって、
「天都先生、どうしたんです?」
 と、残ったみちるに質問する。
「あ‥‥ううん。大した事じゃないのよ。ちょっとした、野暮用」
「それにしては、胡散臭い人のようでしたが‥‥あ、御免なさい」
「こらこら、見ず知らずの人を悪く言っちゃ駄目でしょ」
「ひょっとして、刑事‥‥ですか?」
「さあ、どうかしらね‥‥」
 知章の質問をはぐらかして、みちるは校舎に戻っていく。




「ここ最近で、急に騒がしくなってきたような‥‥」
 そう思って眉を顰めるが、まだ知章には何もわからないでいた。





06/13 (Sat)

「ん‥‥?」
 休み時間、知章が中庭を横切っているとふと教室のベランダから何か揺れているよ
うな物を感じて鳥肌が立つ。
「こないだと‥‥同じ感覚‥‥?」



 目を凝らし、それが植木鉢と認識した時、その落下しそうな下には丁度、真奈美が
立っているのに気が付く。
「あぶっ‥‥!?」
 慌てて飛び込んで行くがタイミング的に間に合わない。


「下がれっ!!」
「えっ‥‥」


 走ってくる知章に真奈美が気付いた時、植木鉢が彼女のすぐ目の前を通過して落ち
、大きな音を立てて割れる。

「きゃっ!?」
「っ!!‥‥」
 思わず目を瞑ってうずくまる真奈美に、知章は遅れて飛び込んでくる格好になる。


「‥‥‥‥」
「だ、大丈夫?」
「‥‥え、ええ‥‥」


 幸い、飛び散った破片に当たることがなかった真奈美は震えながらしゃがみ込み、
知章は割れた植木鉢と落ちてきた教室を交互に見てから、真奈美を気遣う。


「科学室‥‥だな‥‥」
「わ‥‥わたし‥‥」
 植木鉢の落ちた音と、その様子に周囲の学生達が群がってくる。
「怪我は‥‥ないようだけど、一応、保健室に‥‥」
「う、うん」
 真奈美を助け起こしつつ、知章はさっきの感覚と、その不自然さに眉を顰める。


「一体‥‥」


 そして、野次馬が群がっている中で、


「あ‥‥‥」


 野次馬の中でチャムナが他の野次馬とは違う視線をぶつけている事に気が付く。
 知章が暫く見ていると、チャムナはまるで無関心のように平然とした目を送って、
その場を離れていく。


「‥‥‥‥」
「あの‥‥」
「あ、御免。保健室まで送っていくよ」
「え、でも‥‥」
「いいって‥‥ほら、人目もあるし‥‥」
 野次馬の方をチラッとだけ見るような仕草をして、真奈美の手を引くような格好で
保健室に連れていく。


「誰もいないようだし、多分‥‥事故だと思うけど‥‥」
「うん。良かった。当たらなくて」
 保健室でそんな会話をしていると、
「真奈美っ!!」
 と、菜織が飛び込んでくる。


「あ、氷川さん」
「菜織ちゃん‥‥」
「真奈美、植木鉢が落っこちてきたって‥‥大丈夫だった!?」
「うん。偶然に近くに落っこちてきちゃったけど、当たらなかったから‥‥」
「当たったら大変よ。もぅ、全く‥‥厳重に注意しておかないと‥‥」
「いいよ。多分、ちょっとずれていたのが風か何かで落ちちゃっただけだろうし‥‥」
「でも‥‥」
「あ、それじゃあ‥‥俺はこの辺で‥‥お大事にね」
 二人の話が続きそうな気配だったので、それとなく場を外そうと知章がそう声をか
けて離れようとする。
「うん。ありがとう。ここまで連れてってくれて」
「後は任せてって‥‥外傷はないんだっけ」
「あ、それと‥‥」
「ん?」
「何?」
 真奈美が知章を呼び止める。
「この事‥‥正樹君には内緒にして貰えるかな。大事な日の前に余計な心配かけたく
ないし‥‥」
「真奈美‥‥うん。わかったわ。真田君も‥‥」
「わかった」


 知章はそう頷いて保健室を出ると、さっきの教室を捜しに上の階に上る。


「‥‥‥‥」


 鍵は開いたままになっていて、その気になれば誰でも出入り可能な状態だったが、
誰も入ったような形跡はなかった。植木鉢も置き方次第では落ちてきても仕方がない
ような置かれ方をしていた。


「でも‥‥‥‥‥‥」


 知章は暫く、その場から動けなかった。





 明日の大会に備えて部活が早めに切り上げられたせいで冴子は普段よりも早めに帰
っていた。付き合う形で知章も一緒だった。
「なぁ」
「ん?」
「明日だけど‥‥」
「あ、悪い! 明日はちょっと外せない用事が入ってて‥‥ただ、午前中だけだから
、早めに終われば行くよ」
 切り出す冴子に、ハッと気付いたようになる知章。
「あ、いいよ。んな、無理しなくても」
 冴子は片手で拝むようにしたそんな知章に、軽く左右に手を振る。
「晴れる‥‥かな?」
 そして雨が降りそうな空を見上げて冴子がそう、呟く。
「体育館だろ?」
「え‥‥あ、ああ‥‥そうだった」
「‥‥‥‥」
 知章は苦笑して、
「ま、トラックは関係有るけどな‥‥」
 と、おどけてみせる。
「な、なんだよ、いきなり‥‥」
「なぁ、冴子」
「‥‥‥‥なんだよ」
「お前‥‥本当に‥‥いや、いいや」
「おい‥‥何だよ、途中で切って‥‥気になるだろ」
「‥‥頑張れよ。悔いがないようにな」
 心の迷いを誤魔化すようにそうまとめた知章に、冴子は不服そうに言い返す。
「‥‥お前に言われたくねぇよ‥‥あ‥‥」
「‥‥ま、そうだね」
「あ、その‥‥」
「気にするなって」
 慌てる冴子に、知章は苦笑してそう言うと二人はそれから別れるまで無言で歩いて
いった。





「この分だと‥‥今夜は止めておいた方がいいな‥‥」
 冴子と別れた時、知章は空を見上げるようにして、そう呟いていた。




‥‥‥To be Continued   


 次回予告



 周りから、「幼なじみ」と呼ばれ続けていたあたい達。
 「腐れ縁」と称し続けたあたい達。

 だから、お互いが側にいることに、理由などいらなかった。

 月光の元で恐怖に震えるあたいを、
 あいつの声が優しく包む。

 あたいの心の揺れが、気付かなかった自分の想いをさらけ出す‥‥


 次回、『裏 With You』
第3章


いつも側に‥‥
「この気持ち、あいつも持ってるのか‥‥?」
――― Next Preview  

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