第3章  いつも側に‥‥


氷川菜織シナリオで話は進行しています。 尚、オリキャラとの話なので嫌な方はお戻りください。

06/14 (Sun)

「御免、じゃあ‥‥私‥‥」
「うん」
「ああ、また明日な」
「うん」
 閉会式も終わり、冴子はハンドボール部の仲間達と分かれて、菜織達と一緒に帰っ
ていたが、菜織が不意に忘れ物をしたとかで引き返すと、
「あ、いっけない。私、今日は早く帰るように弟に言われていたんだ‥‥サエちゃん
。御免なさい」
 と、真奈美も駅へ駆け出して行ってしまいって取り残された格好になった。
 みよかが観戦に来ていた兄に捕まるような格好で引っ張られて帰っていっていたの
で、冴子は菜織を待とうと引き返す。
 その時、競技場のトラックの方で菜織と正樹の姿を認めることが出来る。



「おー‥‥‥‥」
 一瞬、近寄ろうかどうか逡巡するも、二人の雰囲気に気付く。
 菜織がかがみ込んで正樹の足を治療しているだけだったが、遠目にもそれだけでは
ないただならぬ雰囲気が漂っていて近付けなかった。
 冴子は暫くそのまま見ていたが、やがて大きく息を吐いて、諦めたように首を左右
に振る。




「‥‥まぁ、良かったよな」




 そして、それだけを呟く。
 すると、その背後から声が掛かる。




「そう‥‥か?」




「!?‥‥と、知章!? いつの間にっ!!」
 驚いた冴子は背後を振り返ると、知章がいる。
「悪い、脅かすつもりはなかったんだがね‥‥」
「今日は来られないって言ってなかったか?」
「用事が予定より早めに終わったから急いで寄って来てみたんだけどね‥‥って言っ
ても、お前の試合の方は間に合わなかったけど‥‥さっき先輩に会って結果は聞いた
よ。まずはおめでとう」
 遅れたことに少しバツが悪いのか、やや視線が下を向きながらそう、知章が声を掛
ける。
「いや、でもこれからが勝負だから」
「八月だっけ?」
「ああ」
「随分開くんだな」
「仕方ねぇだろ、そういうものなんだから」
 男女ハンドボールの全国大会への出場権がかかる大会は8月の半ば。
 今は6月だからまだ二ヶ月近くある。
「まぁ、取り敢えずは‥‥おめでとう」
「‥‥ありがとな」
 改めて言われて、ちょっとだけ落ち着きを取り戻した冴子がそう返すと、
「‥‥で、本当に、良かったのか?」
 知章はいつものようにおどけた顔ではなく、ちょっと真面目で、やや寂しげな顔を
向ける。
「な、何がだよ」
 怪訝な顔を冴子は向けるが、
「‥‥あいつら、のこと」
 知章は親指だけでトラックの方を肩を向けるようにして示す。
「はぁ?‥‥」
「お前‥‥昔から、遠回しし過ぎな所あるからさぁ‥‥」
「な、何言ってるんだよ‥‥、一体‥‥」
 表情を崩さない知章に、慌てたように言う冴子。
「いや‥‥別に‥‥帰ろうぜ」
「え‥‥あ、ああ‥‥」
 あっさりと言って、きびすを返す知章に、冴子は怪訝がりながらも後を追う。




 そのままそれ程混んでいない電車に吊革に掴まって揺られながら、窓の外の景色を
見つめる二人。
「もう‥‥すっかり夏に近付いてきたな‥‥」
「ああ‥‥」
「みつめるだけじゃ‥‥大変だよな」
「‥‥‥‥ああ‥‥え!?」
「いや、こっちの話だ」
「‥‥‥‥」
 何か会話がおかしい知章に、怪訝がりながらも冴子も結局口をつぐむ。
 そしてそのまま、二人で窓の外の景色を見つめ続ける。




 それから二人は、お互い無言のまま帰路に就いた‥‥。






06/15 (Mon)

「きゃぁぁぁっ! 伊藤先輩頑張ってくださぁぃ!」
「もーステキぃぃぃ」




「‥‥結構、スゲー騒ぎだな」
「ああ。まさか本当にこんなになってるとはな」
 陸上部の練習をしている正樹と、それを遠巻きに見つめて声援を送る下級生の一団
を、いつもの渡り廊下の位置で見ている知章と冴子が唖然としている。
「あれじゃあ‥‥なかなか今日は近寄れない訳だな」
「‥‥‥‥」
「まぁ、お前のトコとサッカー部ぐらいしか、今まで大した実績なかったからなぁ‥
‥」
「‥‥‥‥」
「橋本先輩も今までどうも上手くいかなかったらしいし‥‥」
「‥‥‥‥」
「初めての個人競技での‥‥だからかな。どした?」
「‥‥‥え? あ、ああ」
 ちょっと遠くを見つめるような目をしていた冴子が、慌てて知章を見る。
「何だ、寂しいのか?」
 そう、知章がからかうと
「んなんじゃねぇよ‥‥ただ‥‥」
 冴子が口篭もる。
「ただ?」
「‥‥あ、いや‥‥」
「何、口籠もってんだ?」
「‥‥中学の時を思いだしてな」
 視線を下にして知章の顔を見ないように小声で言う。
「ああ、あん時からお前、人気あったもんなぁ‥‥」
「あたしじゃねぇって!!」
「‥‥‥‥」
「あ‥‥いや‥‥」
 冴子は一瞬、食ってかかるように知章を見るが、再び、下を向く。
 知章の表情は外から見る限り、あまり変わらなかった。




「‥‥気のせいだよ」
「え‥‥?」
 暫くの沈黙の後、知章が呟くように言う。
「400Mって、人気ないんだぞ‥‥知ってるのか?」
「あ、でもよぉ‥‥」
「ま、昔のこと。昔のこと‥‥じゃあ、俺はそろそろ行かないと‥‥」
 いつものような表情を取り戻した知章は、そう簡単に言って話を片づける。
「今日もバイトか?」
「そうそう‥‥やっとこさ、決まってね‥‥」
 本を小脇に抱えたまま、知章は校舎の方へ向かっていく。
「んじゃ‥‥頑張れよ」
「お前が言うなって‥‥」
「はは‥‥まぁね‥‥じゃ‥‥」



 冴子は立ち去った知章を見送ってから、急造の正樹ファンの下級生達を見て呟く。
 その光景をかつての自分たちの中学時代の思い出を重ね合わせて見ながら。





「少なくてもあたいは‥‥何か誇らしかったけどな‥‥」






06/16 (Tue)

「あっ、トモクン、トモクン」
 昼休み、廊下を歩いている知章を美亜子が呼び止める。
「ん?」
「あぁ、知章っ!! いいところに‥‥」
 冴子も一緒だったらしく、何やら救いを求めるような顔をしている。
「ねぇねぇ、トモクン。こないだの校内の噂、教えたよね」
「噂?」
「ほら、真夜中の校舎を怪しい影がうろつくってヤツだよ‥‥」
 冴子が美亜子の代わりに知章に説明する。
「ああ‥‥結構、あれからも何か目撃情報があったみたいだね」
「そう。それよ」
「それがさぁ‥‥馬鹿馬鹿しいと思うだろ?」
「でさ、冴子と私で真偽を確かめることになったの」
「おいっ!? い、いや‥‥そのな、下らないだろ。だから止めておこ‥‥」
「えぇ〜? サエちゃん。今、行くって‥‥」
「いや‥‥その‥‥」
 おちょくるような口調で冴子を追求する美亜子と狼狽する冴子を交互に見て、知章
はおおよその事を察する。
「‥‥ミャーコちゃん。あんまり冴子を苛めないで‥‥」
「何だよ、それはっ!!」
「サエちゃ〜ん。心配してくれてるよぉ〜」
「ば、馬鹿っ!! あたいは‥‥その‥‥行くっ!! 行くから知章、お前も来いっ
!!」
「はい?」
「OK〜♪ じゃあ、今夜‥‥開けて置いてね」
 美亜子がニッコリと笑って、そそくさと言ってしまうのと同時に、
「はぁ〜‥‥」
 と、冴子が肩を落とす。
「怖いなら素直に怖いって言えばいいのに‥‥下手に誤魔化すからからかわれるんだ
ぞ‥‥」
「知章‥‥おめえのせいだぞ‥‥」
「な、何故‥‥?」
「知ってるだろ? 黙って止めてくれよぉ‥‥」
 情けない声をして、冴子が知章を睨む。
「そう言われても‥‥」
 知章はどう答えていいのか判らず、肩を竦めただけだった。






「‥‥で、3人だけかよ」
「正樹君や、菜織ちゃん達も誘ったんだけど、断られちゃった」
「だったら、止めようぜ。今からなら見たい番組に間に合うし‥‥」
「夜の学校かぁ‥‥まぁ、肝試しには最適だね」
「きっ‥‥や、止めろって‥‥意識しちまうだろっ」
 知章の物言いに、冴子が過敏に反応する。
「ふふ〜ん。一応、悪霊に効きそうな物を用意してきたから大丈夫っ!!」
 そう言うと、美亜子はポケットから十字架やら大蒜やらを取り出す。
「バ、ヴァンパイヤ‥‥?」
「あ、あぅぅっ!!」
「じゃあ、ミャーコちゃんと学園に潜む怪人物を追えっ! ツアー行くわよっ!!」
 一人意気込む美亜子が先頭を切って歩きだし、知章が仕方ないといった表情でつい
て行くと、最後に冴子が慌てたように後を追った。




「よ、夜の学校って‥‥想像以上に不気味だな‥‥」
 冴子は聞こえてくるフクロウの鳴き声に及び腰になりつつ、知章のシャツの裾を掴
む。美亜子は懐中電灯を持ったまま、一人先頭を歩いていく。
「い、いきなり走ったりするなよな‥‥」
「大丈夫だって‥‥」
 及び腰でしがみつく冴子に、知章は終始宥めてばかりいた。
「ねぇねぇ、これさぁ‥‥昼間は見ていて滑稽だけど、こうして夜見ると‥‥なかな
か雰囲気あっていいと思わない?」
 裏庭のオブジェを懐中電灯で照らしながら、美亜子が一人はしゃいでいる。
「このミャーコ様の情報収集によると‥‥ここにも怪人物は現れているらしいの」
「オブジェが勝手に動いて泥棒の首を絞めたって話は無しだぜ」
「ひっ‥‥」
「ありゃりゃんりゃん。トモクン、その話知ってたんだ?」
「七不思議の話は‥‥必ず誰かが言うからね‥‥」
 ペロリと舌を出す美亜子に、知章も笑って答える。
「さ、捜すのは怪しい人影だろっ!!」
「まぁまぁ、どっちだっていいじゃないの‥‥」
「そ、それって、怪しい人影さんに失礼な事じゃないのか」
「さ、冴子‥‥」
 トーンがうわずっている冴子は妙な口振りになる。



「‥‥で、夜中になると生暖かい肉を求めて徘徊して‥‥」
「‥‥・は、はは‥‥ば、馬鹿らしい‥‥」
 美亜子の話に対して冴子の声が完全に上ずり、震えている。
「‥‥理事長の趣味で買っているオブジェらしけど‥‥って聞こえてないな」
 その横で知章がフォローするが、冴子の耳には届いていない。
「あ、あた、あ、あたい‥‥馬鹿馬鹿しいから、先に帰るよ。うん。丁度見ていた番
組があるから‥‥」
「おい‥‥そっちは‥‥」
「あたっ!?」
「前見て歩けよ‥‥」
 全然逆の方向を歩いてオブジェに突進する格好になった冴子は、その中の一つに頭
をぶつけてそのままうずくまる。



「でね‥‥この像に触った者には、その者の運命が分かるんだって」
「へ‥‥へぇ‥‥」
「この像に触って、像が血の涙を流してしまったら‥‥」
「酷い事故に遭ってしまって‥‥だよね。確か」
 美亜子の説明に知章が思い出すように口を挟む。
「そう。死んじゃうらしいのぉ〜」
「‥‥‥‥」
「‥‥サエ、触って見る?」
 全身を硬直させて像を見つめている冴子に美亜子が訊ねる。
「あ、あ、あたいは別にいいよ‥‥」
「怖いのぉ〜」
「バ、バカ言うんじゃねぇよ!? そんな話、いちいち信じてられっかよ?」
「じゃあ、触ってみてよ?」
「うぐっ‥‥‥‥」
 美亜子にそう言われて詰まってしまう冴子。
「‥‥‥‥‥‥」
「と、知章っ!! じーっと見てンじゃねぇよっ?」
 脇に立っている知章に助けを求めるが、
「触るくらい、出来るだろ?」
 と、あしらわれる。
「ね〜」
「あ、あたいが触って、血の涙が出たらどうすんだよ?」
「信じてないんじゃないのか?」
「ねぇ〜」
 知章のあっさりとした言葉と、美亜子のわざとらしい物言いに、カチンときた冴子
はやけくそ気味に
「わ‥‥わかったよっ!! さ、触ればいいんだろ? 触れば‥‥」
 そう叫んで、おずおずと手を伸ばす。
「さ、触るぞ‥‥」
「ああ」
「うん」
 二人が見守る中、冴子が更に近付いておずおずと手を伸ばす。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「や、やっぱりやめねえか? 馬鹿馬鹿しいよな‥‥」
 手をあと数センチの所で止めたまま、振り返って二人を見る。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 無言で見守る二人はその言葉に何も反応しない。
「わかったって‥‥ったく‥‥二人してデマに踊らされやがって‥‥」
 やや、震えた手でゆっくりと胸像に触れると、






「「わっ!!!!!!!!」」






「どわあぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!!!!!!!」


 美亜子の合図で同時に叫んだ二人に、冴子は思い切り飛び上がると叫びながら裏庭
を疾走する。
 再びオブジェの一つにぶつかり、激しく転倒する。
「お、おーい、サエー?」
「やり過ぎたかも‥‥」
「にゃはは‥‥」
 倒れた冴子を見て、美亜子と知章は互いに顔を見合わせた。





「ひゃ‥‥ははは‥‥。馬鹿らしいなぁ‥‥」
「冴子、手と足、同じに出てるぞ」
「あの時のサエの顔ったら‥‥」
「み、ミャーコっ!! あのな‥‥あ、あたいは単純に声に驚いただけだぞ。全然、
怖くなんかないからな」
 ぎこちない動きの冴子を挟むように美亜子と知章が廊下を歩く。冴子が最後尾を激
しく嫌がった為に、知章が後ろにつくことになった。
「ねえ、ミャーコちゃん。どこか教室にアテでもあるの?」
「うん。あ、でも‥‥この2階廊下でもあるんだよね」
「そ、その手にはのらねえぞ‥‥」
「冴子。手遅れだと何故気付かない‥‥」
「な、何を‥‥何を言うんだい。知章君」
 頭を抱えるように知章が言うのに対して、人形のようにカタカタと動き、その動き
に合わせるような感じでぎこちない声を出す冴子。
「冴子、足下に‥‥」
 それに対して知章は振り向いた冴子の足下を指差す。
「ひぃぃぃっ!!」
 過敏に飛び跳ねる冴子。
「‥‥ゴミが落ちてる」
「て、て、てめぇっ!!」
「きゃははは‥‥」
 そう知章がからかい、簡単に引っかかって冴子が怒ると、美亜子が笑う。そんな調
子が探索中、ずっと続いた。




「怖いなら素直に怖いって言えばいいのに‥‥」
「そうそう、素直じゃないんだから‥‥」
「違うっ!! 断じて違うぞっ!!」



「ひぃ〜ひっひっひ‥‥威勢のいいことよのぅ‥‥旨そうじゃ‥‥」



「うぎゃあぁぁぁああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
 美亜子が作り声で力んでいた冴子の背後で囁きかけると、冴子が絶叫する。
「‥‥‥‥」
 両耳を押さえつつ、知章が顔をしかめる。




「あたしはおいしくないですっ!! はいっ!!」




「サエちゃん。面白過ぎ‥‥」
「‥‥‥‥」
 両耳を押さえ、目を瞑ってその場にしゃがみ込む冴子を見下ろす二人。




「しかし‥‥これだけ騒いでいたら、まず誰も近寄って来ないよねぇ〜」
「誰のせいだと思ってるんだよっ!」
「だから、裾を掴むなって‥‥伸びるだろ‥‥」
 その時、知章の視界の隅に一階の窓の付近で何か動くものを見つける。
「っ!!」
「ん? どうしたの。トモクン?」
「ちょっと‥‥」
「ははぁ〜ん。怖くなったんだな」
 冴子が得意げに言うと、知章は気にした素振りも見せずに、その影を探しに行って
しまう。
「いや‥‥すまない。ちょっとトイレ行ってくる‥‥」
 そう、二人に声を掛けて。
「え、おいっ!! い、行くなよっ!!」
「ほえ?」
 取り残されるようになって慌てる冴子と、不思議そうな顔をする美亜子。




 一階に降りて廊下を小走りに急ぎ、コの字型の校舎の一番奥の廊下の方まで行く知
章。
「‥‥‥確かこの辺‥‥」
 付近のガラス窓を大雑把にチェックして、開いている物がないか調べる。
「!!‥‥‥‥」
 ひとつだけ、鍵か開いていて、閉まりきっていない窓を見つける。
「‥‥‥‥」
 周囲を見回すが、怪しい気配などは一切感じない。
「‥‥誰か、侵入している?」
 知章は忘れ物か何かを取りに来たと仮定して考えてみる。
「有り得ない話ではないけど‥‥」
 そう考えたが自分自身、納得しきっていないような顔をした。




「‥‥悪い悪い。急にもよおしちゃって‥‥ん?」
「そのまま、また一人‥‥屋敷の中の少年はいなくなり‥‥」
「やめろぉ‥‥止めろってばぁ‥‥」
 埒が明かないので仕方なくとぼとぼと知章が戻ってくると、その場にしゃがみ込ん
で耳を押さえている冴子に、美亜子が怖そうな声を出して脅かしている。
「あ、トイレ終わったの?」
「と、知章ぃ‥‥」
 冴子の恨みがましい目を余所に、軽く美亜子に頷く知章。
 知章は冴子の方は敢えて視線を外した。




「ふぅ‥‥丁度‥‥夜空が綺麗だね‥‥空気も澄んでるし」
 昇降口からグラウンドに出て、知章は空を見上げる。
「月明かりがいい雰囲気出してるよね」
 肝試しのノリが残っている美亜子も違う意味で同調する。
「おめえら‥‥元気だなぁ‥‥」
 その後ろを一人だけ疲労困憊した表情でふらふらしている冴子がついてくる。
「冴子‥‥何か疲れ果てたって顔してるな」
「もう帰ろうぜ‥‥何にも出やしないよ‥‥」
「そうだな。あんまり追いつめるのも何だし‥‥この辺でお開きにしようよ」
 冴子の提案に初めて、知章が賛意を示す。
「えぇ〜、まだまだ回ってないところあるよぉ〜」
「もう十分だってのっ!!」
「やっぱり、サエには刺激が強かったかしら」
 そう含み笑いを見せ付けるようにして美亜子が浮かべると、
「ば、馬鹿言うな。これくらい全然平気‥‥」
 案の定、冴子はムキになるが、
「あっ!! あそこ、何か動いたっ!!」
「ひぇぇぇぇぇぇっ!!」
 と、すぐに脅えてその場にしゃがみこむ。
「‥‥風に揺れた木の枝だよ」
 知章がそう言って冴子の肩を叩くまで、その場にしゃがみこんだままだった。
「あ、なーんだ」
「サエ、無理しなくてもいーよぉ‥‥」
「む、む、無理なんて‥‥するか、馬鹿っ!!」
「声震えてるよ〜」
「き、きのせいだって‥‥」
「ん‥‥?」
 美亜子に延々とからかわれている冴子を暫く横目で見ていた知章だったが、急に嫌
な予感がしてきて、頻りに周囲を見回す。
「どうしたの、トモクン?」
「何か‥‥」
 言葉に出来ない違和感を憶えながら、目で辺りを窺う。
「へへん。同じ手はそうそうくわねぇぜ」
「あ‥‥あれ‥‥?」
 その時に丁度冴子の背後の方に、何か人らしきものが動くのを感じる。



 その瞬間、



「伏せろっ!!」
「きゃっ!?」
 知章は横にいた美亜子の頭を押さえ込むようにして強引に、伏せさせる。
「え!?」
 振り返った冴子の目の前に赤い火の玉らしきものが横切る。





「うひゃぁぁぁああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!!」




「火!?」
「はにゃ!? なにぃ!?」
 飛び退くようにした冴子の目の前と、知章達の頭上を火の玉は通過し、工事現場の
方に消えていく。


「くっ!!‥‥」
「あ、待ってよ‥‥」
 知章は慌てて、火の玉が飛んできた方へ走っていき、その後を美亜子が追う。冴子
はその場に尻餅をついたまま、動けないでいる。


 二人は走って工事現場付近までくるが、既に火の玉らしき跡は何も見えなかった。
「あ、赤い光だったよね‥‥ひょっとして人魂!?」
「わからない。けど‥‥何かは飛んできた。間違いない」
 そのまま暫く二人して捜すが、誰も見あたらない。



「おかしいな‥‥」
「私、もう少しあっちを捜してみるねっ!!」
「でも、あんまり深追いしない方が‥‥」
「こぉのどぁいスクープっ!! このミャーコちゃんが暴いて見せるよ〜んっ!!」
 これ以上探しても恐らく見つからないと踏んだ知章の制止の声を押し切るように、
美亜子は更に探す為に旧校舎の方に行ってしまう。
「やっぱり、深く調べておくべきだったか‥‥あ、冴子は‥‥」
 知章はその見えなくなっていく後ろ姿を目で追いながら、さっきの校舎でみた影に
疑念を向けたが、大事なことを思い出す。




 知章が慌てて戻ってみると、膝を抱えて体育座りをした冴子がその場から動かない
でいた。
「冴子‥‥?」
 ぐずっているらしく、顔を上げない。
「大丈夫だったか‥‥?」
「‥‥くなよ‥‥すん‥‥」
「おい‥‥」
「‥‥‥置いていくなよ‥‥」
 やっとの事で絞り出すように冴子が喋る。
「悪い。悪かった」
「‥‥ったんだからな‥‥」
「え?」
「こ、こわ‥‥怖かったんだって言ったんだよっ!!」
「‥‥‥‥」
 知章が手を貸して立ち上がらせると、そのまま冴子は顔を伏せたまま知章の胸を数
回殴打する。
 大きく振り上げるでもなくゆっくりとした動作だったが、その分力が入っていた。
「‥‥御免、な‥‥」
「お前は‥‥知ってるくせに‥‥」
 顔も上げずに、そう呟く。
「‥‥‥‥」
「‥‥馬鹿野郎‥‥嫌いだ‥‥」
 昔から冴子が極度の怖がりだと知っていた知章は、そのまま両手で知章の服を握り
締める冴子の背中を片手で撫でていた。
「‥‥‥‥」
「ほら‥‥顔をあげろよ」
 ズボンのポケットからポケットティッシュを取り出して、冴子に渡す。
「‥‥‥‥」
 だが、受け取ったものの、顔を下に向けたまま小刻みに震えたまま動かない。


「‥‥‥‥もう、放っていかないから‥‥ここに、いるから‥‥」
「‥‥‥‥」
 背中を撫でる手を止めて知章が宥めるが、それでも冴子は顔を上げない。
「泣くなよ‥‥な‥‥」
「‥‥‥‥」
 ゆったりとした口調で言うが、冴子の反応は変わらない。
「もうすぐ、美亜子ちゃん、帰って来るぞ?」
「‥‥‥‥」
 知章はそう言ってみるが、服を握り締める手は放さない。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 動かない冴子を前に、知章は途方に暮れる。
「‥‥なぁ」
「‥‥‥‥」
 改めて、呼びかける。
「‥‥もう脅かさないから」
「‥‥‥‥」
 優しい口調で宥めてみるが、冴子は黙ったまま動かない。
「‥‥何か、するぞ」
「‥‥‥‥」
 知章は困ったように言うが、それでも反応はない。
「くすぐるとか‥‥胸揉むとか‥‥キスするとか‥‥」
「‥‥‥‥てみろよ」
 適当に思い付くまま羅列していると、不意に冴子が言葉を漏らす。
 そのままの体勢で。
「‥‥‥‥へ?」
「‥‥‥‥」
 知章は返事を予想していなかっただけに、驚いた顔をして聞き返すように声を漏ら
す。



 冴子がゆっくりと顔を上げる。
 その顔は月明かりに照らされて、目尻の涙が光って見えた。



 怒っているような
 不貞腐れているような



 そんな顔をした冴子に知章は見とれる。
 何かに魅入られてしまったように、瞳が動かない。
 ただ、知章は冴子を見つめていた。
 今までに見たことがない様な、初めて見るようなその昔からの親友の顔に酷く動揺
して狼狽していた。
 全ての事柄を忘れ、自分の全ての神経が彼女の表情にだけ集中する。



 冴子もまた、そんな知章をじっと見つめていた。
 今まで、随分と見慣れてきた筈の、見飽きてもおかしくない程の幼なじみの表情を
じっと見つめていた。
 不意に見ているのが恥ずかしくなって、目が閉じかけて細まるのが自分でも分かっ
た。溜まっていた涙が零れて、頬を伝う。




「‥‥‥‥」
 ゆっくりと知章が顔を近付ける。
 それが自然であるように。


「‥‥‥‥」
 冴子の目が閉じられる。
 それが当然のことのように。



「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 そして‥‥





「御免、サエっ!! すっかり忘れてたっ!!」





 慌てて来たらしい美亜子の声に、ビクッと離れる二人。
「はぁっ、カメラでも用意してれば良かったなぁ」
「‥‥やっぱり、いなかったでしょ?」
「うん‥‥それが‥‥」
 知章は身体を入れるようにして冴子の前に出て美亜子に聞く。
「ば‥‥ばぁか‥‥や、やっぱり‥‥ただの偶然だよ‥‥」
 その隙に両目を手の甲で拭った冴子が、そう言うと、
「兎も角、今日の所は帰ろう‥‥な」
 知章もその弱々しい冴子の口調を被せるように言う。
「うぅ〜ん‥‥でもぉ‥‥」
「粘ったところで駄目でしょう、恐らく。明日も学校あるんだし‥‥あまり遅くなる
のも‥‥」
 未練が残る美亜子に知章がそう説得する。
「‥‥そう、そ‥‥。帰ろうぜ」
「うぅん‥‥そうだね」
 二人にそう言われたら意外にもあっさりと美亜子も同意した。



 そして、そのまま校門前で美亜子と別れた知章と冴子は、しばらく無言で歩き続け
る。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「なぁ‥‥」
「なぁ‥‥」
 同時に喋りかかり、お互いに口をつぐむ。
 間が悪い。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 そしてそのまま、お互いの顔も見ずに、
「じゃ‥‥じゃあ‥‥」
「ああ‥‥」
 分かれ道で別れ、それぞれ帰路に就く。




 冴子は一度立ち止まって、指で自分の唇を軽く触れてみる。
「流された‥‥訳じゃないよな‥‥あたい‥‥」
 不安げな怯えた瞳を揺らせながら、ゆっくりと口の中で転がすように呟く。
 そして、自分の家の、正確には下宿先の祖母の家の前に来ると、軽く首を左右に振
る。振り払うように。
 そして一言、言い捨てる。





「‥‥‥‥‥‥‥‥寝よ」





06/17 (Wed)

「あ、真田先輩」
「真奈美ちゃんに乃絵美ちゃんも‥‥いつもご苦労様」
 知章は図書館で、丁度仕事をしている最中の図書委員の二人に出会う。他の委員も
数人いるのかも知れなかったが、受け付け付近にいたのはこの二人だけだった。
「こないだは本当に‥‥」
「別に大したことはしてないよ。本当に怪我なくて良かったね」
 お礼を言う真奈美に最後まで言わせずに、そう知章は笑顔を向ける。
「はい」
「真奈美ちゃん、真田先輩に‥‥」
 その様子に乃絵美が首を傾げて聞こうとする。
「もう、時効でいいんですよね」
 と、悪戯っぽく知章が笑いかけると、ちょっと困ったような顔をした真奈美が、
「あ、うん。実はね‥‥」
 乃絵美に植木鉢の事故のことを話す。



「そうだったんだ‥‥真奈美ちゃん、本当に危なかったんだね‥‥」
「うん、御免ね。でも、何ともなかったから‥‥」
「この学校も前から、七不思議ってあるけど‥‥最近、何か変なこと、多いよね」
 話が続いてきたところで、知章は先日の火の玉の事を話す。
「ミャーコちゃんから聞いたけど‥‥本当だったんだ‥‥」
「人影の目撃情報といい、何か怖いですね」
「本当に、全て偶然や見間違いの重なった結果だったらいいんだけどね‥‥」
 そう知章は自分で言いながら、自分で見たものが見間違い等の類と判断することは
出来ないでいた。
 けれども、ここではそんな考えている素振りを見せることもなかった。
 そして今日読もうとしていた本棚の方へ行き、背表紙を見ていこうとすると、本棚
の一部分がぽっかりと空いていることに気がつく。
「あれ‥‥この辺の本、見当たらないけど‥‥」
「あ、本当だ‥‥」
 知章にそう言われて、近くに居た真奈美が初めて気がついたような声をあげる。
「誰かがまとめて借りていったんだろうな‥‥」
「え、でも‥‥」
 その一角の本の全てがなくなっている事に気付いた知章が、そう真奈美と話してい
ると、乃絵美が首を傾げて、
「あれ? 貸し出し記録には‥‥」
 本の貸し出し記録一覧が書かれているノートを見てそう言う。
「あ、本当。変だよね‥‥」
 真奈美も横から覗き込む。
「まぁ、借りたい本じゃなかったからいいんだけど‥‥良く読む本の近くにあったも
んだから気になってね。何の本だっけ‥‥えっと‥‥亜細亜の民族学の欄だから‥‥」
「あ、御免。そこの本、天都先生が借りていったんだったよ」
 真奈美が思いだしたように手を叩いて、二人に言う。
「みちる先生が?」
「うん。そう言えば、先生もよくここにきて資料とか書いたりしてたっけ‥‥」
 真奈美の発言を裏付けるように乃絵美もそう思い出すように話す。
「あ、じゃあ‥‥こないだのも‥‥何だ、何か考え過ぎてるな‥‥」
 知章は先日、一部の本の並びが乱雑になっていたことを思い出してそう呟く。
「え?」
「う、ううん‥‥。何でもないよ‥‥」
 聞き返す真奈美にそう言って手を振ると、そのまま自分の読もうとしていた本を見
つけて自分のいつも使っている席へと移動した。



 暫く、そのまま知章が図書館に籠もって本を開いて読んでいると、



「うわぁ‥‥」



 と、真奈美が声をあげるのが耳に聞こえてくる。



「どうしたの?」
 知章が本から顔を上げて、真奈美に聞く。いつのまにか図書館には乃絵美と知章し
かいなかった。
「あ、真田君。ほら、夕日が綺麗‥‥乃絵美ちゃんも見て見て‥‥」
「うん。ここ、この季節になると丁度、夕焼けが入る位置にあるみたいなの」
「へぇ〜、知らなかったな」
 真奈美と乃絵美が二人並んで夕焼けを見つめている横を、少しだけ距離を置いて知
章が見つめる。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥あ、御免なさい。別にこんなことではしゃいじゃって‥‥」
「ううん。そんなことないよ」
「うん。普段、見馴れているようで、なかなか見馴れて‥‥」
 そう知章が言った時、何か硬質の物がひび割れるような音がしてすぐに



「!?」



  ガシャァァァンッ!!




 突如、三人の眺めていた大きな窓ガラスが音を立てて粉々に砕け散る。
「わっ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「だ、大丈夫っ!? 乃絵美ちゃん!! 真奈美ちゃん!!」
 一瞬、割れたガラスに怯んだ知章だったが、すぐに二人の方を見て気遣う。
「う、うん‥‥私は‥‥・」
 そう言う乃絵美に対して、
「何‥‥どうして‥‥どうしてなの‥‥なんで‥‥」
 と、真奈美は何かに脅えたように小刻みに震えていた。
「ま、真奈美ちゃん?」
「何処か切ったかしたか!? すぐに保健室に‥‥」
「何で‥‥わたしだけ‥‥どうして‥‥」
「え、真奈美‥‥ちゃん?」
 気遣うように声を掛ける乃絵美と知章だったが、放心したようにその場に座り込ん
で震えていた真奈美の耳にはその声は届いていないようだった。
 真奈美の脇に駆け寄る二人だったが、その怯え方の尋常の無さに気付く。
「と、取り敢えず真奈美ちゃん。怪我は‥‥?」
「わ、私は‥‥大丈夫、です」
 辛うじてそう答える真奈美。
「でも‥‥どうしていきなり窓ガラスが‥‥」
「誰か、石か何かでも投げたって事は‥‥なさそうだな」
 そう口々に話していると、
「一体、何の騒ぎだ‥‥?」
「あの窓ガラスみたいだぜ‥‥」
 音を聞いたのか、外から割れたのを目撃したのか騒ぎを聞きつけたらしい数人の生
徒が図書室にわらわらと入ってくる。
「あ‥‥」
 乃絵美がビクッとした挙動で、一人の男子生徒を見る。
「一体、何の騒ぎだい?」
「あ、柴崎‥‥」
 運動着姿の柴崎がその中から出てくると、すかさず
「鳴瀬さんっ!? どうしましたっ!!」
 と、真奈美を見つけて知章を押しのけるようにしゃがみ込む。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 知章は苦笑して乃絵美を見るが、乃絵美は寂しそうに下を向いている。
「大丈夫ですかっ!? お怪我は!?」
 柴崎は真奈美が何か言うのを聞いているのかいないのか、そう頻りに彼女に声を掛
けていた。
「‥‥乃絵美ちゃん」
 真奈美の世話を柴崎に譲った形になった知章は、その場で下を向いていた乃絵美に
話し掛ける。
「え、はい‥‥」
「取り敢えず、窓ガラスの事を担当の先生に‥‥それと保健室‥‥はちょっと落ち着
いてからの方がいいか‥‥」
 割れたガラスを指差しつつ、そう言いかけると、
「大丈夫です。もう、落ち着きましたから‥‥」
 と、真奈美は知章に言う。
「え、でも‥‥」
「大丈夫。何処も怪我してないし‥‥」
「だったら、僕が家まで送っていきますよ‥‥」
「でも‥‥」
「気にしないで下さい。真田君、悪いけど‥‥後、頼むよ」
 柴崎は少しも悪そうな顔をせずに、知章にそう頼むと、
「じゃあ、真奈美さん‥‥」
 と、彼女の手を引いて起こしあげた。
「あ‥‥え、ええ‥‥あの、乃絵美ちゃん‥‥」
「はい。後片づけしておきますから‥‥真奈美ちゃん、ゆっくり休んでね。拓也さん
、お願いします」
 そう言って、乃絵美は軽く頭を下げるが、柴崎は乃絵美に気付かない振りをしてそ
のまま、真奈美の手を引いて図書室を出ていく。
 野次馬が集まる中、乃絵美はその二人を目で追ったまま、動かなかった。
「乃絵美ちゃん?」
「‥‥‥‥え?」
「あー‥‥‥‥取り敢えず、箒とちりとりを‥‥」
「あ、はい‥‥あっちです」
 乃絵美が動かないのを見て、同時に騒ぎが落ち着いた感が出てきてのを見計らって
、知章はその場を取り敢えず流すために乃絵美に、掃除用具入れの場所を聞く。
 野次馬の中から柴崎達と入れ替わるように、教師が入ってきた。


「でも‥‥何で、急に割れたりしたんだろ」
「傷とか、ついてませんでしたよね‥‥」
 やってきた教師に事情を説明して、ガラスの片づけをしながら、知章は乃絵美にさ
っきの事故について話し続ける。
「いきなり‥‥だもんなぁ‥‥」
「何も落ちてませんでしたし‥‥」
「何か、不思議なことが多いなぁ‥‥」
「学園の七不思議、なんですかね」
「だと面白いけど‥‥」
「ふふふ‥‥」
 戯けるように言う知章に乃絵美は笑いながら、渡されたビニール袋にちりとりで掬
ったガラスの破片を入れていく。
「気をつけて」
「大丈夫です。こういうの、馴れてますから‥‥」
「あ、成程‥‥でも、気をつけてね」
「はい‥‥あ、御免なさい。真田先輩」
「へ?」
「手伝わせちゃって‥‥」
 急に思いだしたように、ガラスを袋に入れた後で、乃絵美は知章に詫びる。
「何言ってるのさ‥‥いいんだよ、これ位‥‥」
「でも‥‥」
「それより、今日も家でアルバイトあるんでしょ? とっとと片付けて終わらせちゃ
おうよ」
 そう知章が笑いかけると、
「‥‥はい」
 乃絵美も慎ましながらもニッコリと笑い返す。



 知章は学校から出る前に、図書室の割れた窓ガラスの反対側を中心に、火の玉を見
た場所や、植木鉢の落ちてきた場所などを一人、見て回る。
「‥‥‥‥‥‥・」
 何処も何一つ、手がかりらしきものすら発見することも出来ないでいたが、心に残
るもやもやは消せなかった。





‥‥‥To be Continued   


 次回予告



 お節介なヤツ。
 そんなあいつの、誰にでも向ける気遣いがあたいを不安にさせる。

 気持ち、わからなくて‥‥。

 すれ違いの日々が続いても、あいつはあいつの、
 あたいはあたいの、日々が続いている。

 だからこそ、そんな時間があたいを必要以上に臆病にさせる。


 次回、『裏 With You』
第4章


絆という言葉の意味
「その気持ち、自分達に当てはめて、いいかな?」
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