第1章  穏やかな関係


氷川菜織シナリオで話は進行しています。 尚、オリキャラとの話なので嫌な方はお戻りください。

05/29 (Fri)

「田中先輩ぃ〜、どこへいっちゃったんですかぁ〜?」
「わぁた‥‥みよかだ。じゃ、じゃあ‥‥あたいは見つかる前にこれで‥‥」
「ああ‥‥冴子、大変だな‥‥」
「あぁ〜待って下さいってぇ〜‥‥」
 グラウンドの陸上部の練習場所の方へ遊びに来ていた田中冴子が、後輩の橋本みよ
かに見つかりそうになり、慌てて逃げ出していた。
 それを苦笑しつつ見送る、伊藤正樹。



 だが、彼も他人事ではすまされなかった。



「お、今日もサボらないで来たな」
「あ、橋本先輩‥‥」
 なかなか短距離ランナーにしても体格の良い3年生の橋本まさしが、そんな正樹を
見つけて嬉しそうに近寄ってくる。
「また、菜織ちゃんが呼びに来てくれたんだな」
「全く、校門前に待ちかまえて居るんですよ‥‥やれやれ‥‥」
「おいおい‥‥あんまり彼女に、迷惑かけてるんじゃないぞ。んなにだらしないとい
つか見捨てられちゃうぞ」
「先輩ぃ〜」
「ははは‥‥まあいい。取り敢えず、長距離の連中と持久走やるからお前も来い」
「うへぇ〜、本当に‥‥」
 まさしは正樹の肩を掴んで、ウンザリした顔を見せる正樹を引っ張ってトラックの
方へ歩いていく。



「どこですかー? 逃げないで下さいよ〜」
 大きめのタオルを両手に捧げ持つようにしたまま、探し回るみよか。



 その姿を校舎の影から覗き見て、冴子は溜息をつく。
「勘弁してくれよ‥‥」
 そう言って、額の汗をリストバンドで拭うと不意に後ろから、




「流石は‥‥「お姉さま」ってか?」




「げっ!?」
 慌てて、冴子が振り返ると借りてきたばかりらしい本を小脇に抱えた男子生徒が図
書館と校舎を繋ぐ渡り廊下の付近で立っていた。
「なんだ‥‥知章。お前か、脅かすなよ‥‥」
 相手が判りホッとしたように息を吐く冴子に、
「どうやら、相変わらずのようだね‥‥」
 真田知章は面白そうににこにこと笑ってみせる。
「悪かったな」
 すると、ブスっとしたような顔をしてむくれる。



「‥‥また、何か本借りてきたのか?」
 冴子はその視線を、小脇に抱えたままの本に移す。
「ああ。下手な本屋よりよっぽど揃ってるからね‥‥」
 冴子はその本の表紙に英語で書かれたタイトルを目で追うようにして読んだが、途
中で理解するのを諦めたように目を切って首を横に振る。
 知章はそんな冴子の様子にただ、穏やかに苦笑を浮かべて見せる。
「しかしまぁ‥‥オメェ、んな本ばっかり読んで‥‥何かしないのか? 部活、まだ
何処にも入ってないだろ?」
 冴子の方もその落ち着いた雰囲気に合わせるように、側まで寄ると、渡り廊下の柱
に寄りかかる。
「何だか身体を動かすのが億劫でさ‥‥そのまま何となく‥‥」
「ったく、そんな事今から言ってると、将来ガタが来ても知らねーぞ」
「ははは‥‥そうだね。で、どう? そっちは?」
「あたい‥‥?、順調だよ」
「それは良かった。確か大会、今月中にあるんだよね‥‥レギュラーなんだろ?」
「ああ。あたいの方はバッチリだけど‥‥」
「‥‥?」


 ふと、グラウンドの方に向けた冴子の視線を追うように知章の方も、そっちに目を
やる。
 丁度、向こうからはここは少し、渡り廊下の屋根の角度で死角になっていて見え辛
くなっているのだが、逆に二人の位置からは外の太陽の日差しを浴びたグラウンドが
眩しいくらいによく見える。
 そのグラウンドを氷川菜織が横切るように歩いていた。
「誰か気になる人でも‥‥・・あ、保健委員の氷川さんだ。どうしたんだろ?」
「ほら‥‥あいつだよ‥‥」
 冴子が指刺す先に、橋本先輩に笑われつつ併走している正樹の姿が小さく見える。
「あれ‥‥あいつは確か‥‥」
「伊藤正樹。あたいのクラスメートだよ、あいつも‥‥。『l'omellette』って知って
るだろ?」
「ええと‥‥確か商店街にある喫茶店の?」
「ああ。あそこの乃絵美の兄貴だよ」
「あ、そうなんだ‥‥乃絵美ちゃん家ってあそこだったんだ‥‥へぇ‥‥」
「おい‥‥。こっち来て‥‥もう一年だろ?‥‥」
 その初めて知ったような口振りに、冴子は呆れたような顔をする。
「入ったことなかったからね‥‥ふぅん‥‥で?」
 知章はひとしきり感心してから、先を促す。
「で、幼なじみなんだよ。二人は」
「成程」
 素直に、頷く。
「まぁ‥‥構図としては‥‥」
「ダラダラした冴えない男を支えるしっかり者の幼なじみってトコ?」
 グラウンドで何やら軽口を叩き合っている様子の二人を見ながら、知章はそう、お
どけた様に冴子に言う。
「言、言うなぁ‥‥お前‥‥」
「ははは‥‥で、冴子も放って置けないって訳か」
「な、何だよ、いきなしっ!!」
 いきなり話を振られて、狼狽する冴子。
「お前も、そんなトコあるからな‥‥。あいつ、俺はよく知らないけど「実力はある
けど‥‥」ってタイプだろ、多分」
「え?‥‥あ‥‥」
「そういうヤツ見ると、放って置けないのはお前も、だろ」
 そう言って、目を細めてニヤリと笑う知章。
「‥‥‥‥」
「お前とアイツのツーショットの目撃情報の多さに、俺の所まで来たぞ。「あの田中
先輩って‥‥伊藤先輩と付き合ってるんですか」って?」
「なっ!?」
 彼女にとって初めて聞く話だけに慌てる冴子。
「そうか‥‥だから「あんな二股かけてるような男には渡せない云々‥‥」って言っ
てたのか‥‥成程、成程」
 知章は大袈裟にやれやれといった風に両手を広げるジェスチャーをしてみせると、
「馬鹿言えっ!! それはだなっ!!」
 食ってかかる勢いの冴子に、軽く持っていた本を押し付けるようにして制す。
「でも、仲は、いいんだろ。‥‥いいじゃん」
「よくないっ!!」
「‥‥で、冴子達が楽しい三角関係ゴッコで盛り上がるなか、俺は寂しく煎餅を囓る
‥‥ううぅ、悲しいねぇ‥‥」
「どうしてそこに話が飛ぶっ!! 第一、あんまり人の家に上がり込むなよっ!!」
 わざとらしい大袈裟な演技をする知章に、吠えるように怒鳴る冴子。
 この時間は何故かいつも通り、あまり人が来ないのでこのような漫才をしていても
誰に白い目で見咎められることも無い。
 毎日ではないが二人はこんな風にいつも、軽口の応酬をしている。
 こんな状態は冴子が部活動に余裕が出来始めてから、知章がこの場所で陸上部の練
習場所の方から逃げるように、隠れるようにして来始めたのを見つけてから、続いて
いた。学校の外では昔からの付き合いでよく会ったりすることもあったが、二年にな
ってクラスも変わったこともあり、以前ほどには学校の中で一緒に話す機会は減って
いたので、そのせいもあった。
「だって‥‥お前の婆ちゃんと話、盛り上がるからなぁ‥‥これも近所付き合いって
やつだよ‥‥」
 馬鹿馬鹿しいほどに大人ぶったようなわざとらしい言い方に、
「タダで煎餅、食えるからじゃないのか?」
 と、冴子が白い目を向けると、またおどけて見せる知章。
「ちょっとギク」
「ちょっとじゃないっ!! いいかっ!! 少しは遠慮ってものをだな‥‥」
「あ‥‥冴子ちゃぁ〜ん。そろそろ行かなくていいの〜」
 ムキになって掴みかかろうとする冴子の目の前に、知章は腕時計を差し出す。
「‥‥・!? やばいっ!! 休憩時間、とっくに過ぎてるっ!!」


「じゃ、そういうことで、お前ん家で会いましょう。じゃあねぇ〜」
「くぅぅぅぅっ‥‥!! 知章っ!! 話は後だっ!!」
 悔しそうにしつつも、慌てて部活場所の方へと急ぐ冴子をにこやかに見送る知章。
「頑張れよ〜」
 冴子は何か言っているようだが、冴子の足はもうかなりの距離を作っていて、既に
知章の耳に届いては来なかった。




「さてと‥‥煎餅でも囓りつつ、帰りを待つか‥‥」
 知章は昇降口を出て、遠目にトラックを回る陸上部の練習を見つつ、校門の方に出
ようとすると、



「あの‥‥」



 と、不意に声を掛けられる。



「はい。何ですか?」



 知章は律義なほどキチンと立ち止まり、声を掛けてきた私服を着た同い年位の女性
を見る。
 眼鏡をかけたその女性は知章に



「St.エルシア学園ってここですよね」



 と、訊ねてきた。
 知章はすぐ脇の校門を見る。



「‥‥‥‥」



 勿論、普通の余所の学校と同じ様に校門脇にしっかりと校名は明記されていた。
 だから、返事も気が抜けたような声に自然となった。




「はぁ‥‥」





 それが鳴瀬真奈美という少女だと、知章は後に知ることになった。





05/31 (Sun)

「暇だな‥‥」
「だから、どうしてお前がウチにいるんだよ‥‥」
「暇だから」
「あのなぁっ!!」
 日曜日の午後、冴子の家の茶の間で冴子と知章が向かい合うように座っている。
 まるで当然のように本を持って訪れ、くつろぐ知章に冴子が吠えかかるが、冴子の
祖母の取りなしで、こうして座っていたりする。
「全く‥‥婆ちゃんもコイツには甘いんだから‥‥」
「これも‥‥パリ‥‥人徳の差だね‥‥パリ‥‥」
「違うだろっ!!」
「カスが飛ぶぞ‥‥ほらほら‥‥汚いなぁ‥‥」
 煎餅を囓りながら本を読んでいた知章に、これまた煎餅を囓っていた冴子が叫ぶと
、その拍子に飛んだらしい煎餅の屑を、知章が手で一つ一つ拾い上げる。
「どっちの家だかわからないな‥‥」
「お、おめえなぁ‥‥」
 卓上に飛んだ大きめの欠片を拾い上げ、口に放り込む知章に、冴子はぷるぷると震
えるが、
「あんまり怒ってばかりいると、血圧あがるぞ‥‥」
 と、とどめを刺されてしまう。
「こぉのぉ〜っ!!」
「ひてててて、ひゃめれ!」
「やっほぉ〜、サエちゃん。こにゃにゃちわ〜。‥‥あ、やっぱりトモクンもいたん
だ」
「あ、ミャーコ」
「痛つつ、やぁミャーコちゃん。‥‥煎餅、食べる?」
 茶の間に入ってきた信楽美亜子に煎餅の入った木の容器を差し出す知章。
「食べる食べる!!」
「勝手に人の家の物を薦めるなっ!!」
「ケチケチしないって‥‥山ほどあるんだから‥‥」
「そうそう‥‥」
「お、おめいらなぁ‥‥」
「ところで、ミャーコちゃん。何か用事であったんじゃないの?」
「はむ‥‥ひゃ、ひょうひょう‥‥」
「くわえながら喋るなっ!!」
「そうそう‥‥行儀悪いよ‥‥はい、お茶」
 知章が自分の家のもののように手慣れた手つきで伏せてあった湯飲み茶碗をひっく
り返し、急須にポットのお湯を入れて数秒待ち、その茶碗へとお茶を注いで、美亜子
にの前に渡す。
「ん‥‥んぐ、んぐ‥‥ぷわぁっ! ありがと!」
「‥‥・・はぁ‥‥」
 彼女がそれを飲む様を見て、冴子は諦めたような溜息をつく。
「‥‥はぁぁ――――っ!!」
「ちょっとお湯、ぬるかったかな」
 そんな事を呟いている知章を無視するように、冴子は美亜子に訊ねる。
「‥‥で、何だよ。どうせくだらないことだろ?」
「昨日言ってたアイスクリーム屋さん、みんなで行こうよ」
「あれ? 昨日行ったんじゃないのか?」
「それが乃絵美ちゃん、お店が忙しかったみたいで‥‥一人じゃつまんないからって
止めて今日にしたんだ。ね、行こうよ。トモクンも」
「そう言えば、昨日の乃絵美ちゃん、慌ただしかったもんな‥‥手伝ってあげれば良
かったかな」
 図書館での様子を思い出すように指を頬に当てる知章だったが、
「ね、行こう行こう」
 と、その手をグイと美亜子に捕まれた。




 三人並んで、表へと出る。
「‥‥あんまり、こっちの方面は出歩かないんだよ‥‥」
「あれ、トモクン、前からここ住んでたよね?」
「あたいの幼なじみなんだから、んな訳ないだろ。前はあたいと一緒で江戸川区の方
に住んでたの」
「その頃は両親もいたしね」
「へぇ〜‥‥ってコトは、今は?」
「お袋は離婚。親父は海外へ単身赴任。交通事故とかでなくしたりしてないから安心
していいよ」
「で、今まで住んでた家を貸して‥‥」
「初めは親戚の家で厄介になる予定だったんだけど‥‥色々あってこっちの方のアパ
ートに出てきたって訳‥‥」
 その話は既に聞いていた冴子が知章と一緒に美亜子に説明する。
 元々、別の高校に決まっていた知章だったが、その親戚の家が都合によって引っ越
すことになり、暫く自宅で足止め同然に遠距離通学をしていたが、見かねた親戚の口
利きで懇意の仲である学園長がいるこのSt.エルシア学園に数ヶ月で転校すること
になった。前の学校の方が偏差値が高かったせいか、特に学力テストもなかったらし
い。
 冴子自身、自分のクラスに知章が来た時はとても驚いたものである。
 元々、高校での転校生、しかも時期が入学して数ヶ月というだけあって普通よりも
彼女の驚きは倍増された。
 ただ、驚いたと同時に嬉しかったのも事実である。
 元々、こっちには自分一人しか来ていなかっただけに、昔からの友達が一緒になっ
たことは何よりも心強かった。
 ただ、昔から図々しく鋭い性格が苦手ではあったが、男友達では一番の幼なじみで
あった。


「ふぅん‥‥じゃあ、いつもサエちゃんトコにいた訳じゃないんだ」
 知章の説明に納得したように頷く美亜子。
「なんんでそんな発想が生まれる!?」
「だって、休日にサエちゃん家遊びに行くと半分ぐらいの確率でいるじゃない」
「それは婆ちゃんがっ!‥‥」
「昔から、よく一緒に遊びに行ったりしててね‥‥可愛がられていたんだ。そして今
も目の鼻の先‥‥ぐらいの近所になったんで‥‥そのせいかな?」
「昔はここまで‥‥自転車で走破してたよな‥‥競争したりして‥‥」
 昔を懐かしむような口振りで知章が言うと、冴子もそれに続く。
 元々、家族ぐるみの付き合いはあったので、昔よく一緒に遊びに来ていた悪餓鬼の
事は冴子の祖母も憶えていて、知章が来るのをいつでも歓迎していた。
 だから休日は今日のように、特に目的も無く知章が冴子の家に遊びに来ていること
も多かった。
「へぇ〜」
「あ‥‥帰り、食料調達しとかないと‥‥」
 商店街の半ばに差し掛かった頃、思いだしたように知章が言う。
「じゃあトモクン、自炊してるんだ?」
「一人っきりだからね‥‥まあ、レトルトの日が多いけど‥‥」
「でも、確か、結構マメに包丁とか握ってたよな‥‥昼とかは弁当か?」
 冴子は昔、二人一緒にそれぞれの家の母親にくっついて料理の真似事をしていた事
を思い出す。
 知章は何故か料理をすることが嫌いではないようで、中学の頃も積極的に料理を手
伝っていた。
 が、そんな回想を遮るように知章の口からは現実的な答えが発せられる。
「昼は購買部だね。一人分の弁当、こしらえるのって大変だし‥‥今は特に栄養がど
うとか関係ないしね。第一、男の弁当なんて味気ないし」
「でも、なんか凄いよぉ〜」
「まぁ、大変だからな‥‥他にもやることあるだろうし‥‥」
 冴子はまるでさっき昔を思い出していた自分に言うように、呟くと、
「そうそう。炊事洗濯は言うに及ばず‥‥まぁ、馴れてるけど」
 と、知章が後を引き取り、美亜子が囁く。
「いっそのこと、サエの所に二人で居候したら?」
「それはナイスアイディア」
「おい‥‥」
「と、言うことで宜しく」
「だってさ」
「誰がっ!!」
「ははは‥‥」
「にゃはは‥‥」
 冴子が頭を抱える脇で、笑いあう知章と美亜子。
「ったく‥‥だからおめえらと行動するのは嫌なんだ‥‥」
「一年の頃はしょっちゅうだったじゃない」
「そうそう‥‥そうだっけね」



 既に冴子の一番の友達になっていた美亜子が知章の存在を放って置く訳が無く、転
校初日の放課後から美亜子は知章を追い回していた。
 だが初めの頃は知章が美亜子の方に馴染めなかったのか、少し距離を置いていたよ
うだったがいつの頃からか自然に二人は意気投合するようになっていた。
 冴子自身は知章の「冴子を追いかけて転校してきたんだ」という冗談とそれをスク
ープとばかりに周囲に広めようとしていた美亜子に散々引っ掻き回されたのだが。
 それ以来、一年の時は三人でつるんで遊んだりしていた。
 今は知章だけが別のクラスに別れてしまった事や、冴子が二年になったことで本格
的に部活動が忙しくなってきた事などから以前ほど、三人で行動することはなくなっ
ていた。



「今は、クラスが俺だけ別だからね‥‥寂しいよぅ‥‥」
「遊びに来れば?‥‥あ、だからサエの所に‥‥」
「そうそう。忘れられないようにね」
 そう言って笑う知章に、被せるように冴子が怒鳴る。
「誰が忘れるかっ!! 小中学、一緒だっただろっ!!」
「こういうのを腐れ縁って言うんだ」
「あたいの科白だっ!!」
「ははっ、初めて会ったときもこんな感じだったよね」
「今、別々で良かったぜ‥‥ずっとこうだったら疲れちまう‥‥」
「あ、酷い‥‥俺を捨てる気だ」
「あ〜あ、遂に破局宣言かぁ〜」
「こうなったら、暴露してやる」
「旦那さんの反撃開始って訳ですねっ!!」
「こらぁっ!!」
「きゃははは‥‥」
「ははは‥‥」



「ったく‥‥こいつらは‥‥」
 笑い続ける二人を後目に、冴子は一人、ぼやいていた。




06/01 (Mon)

「あれ、何だか今日は乃絵美ちゃん、機嫌良さそうだね」
 放課後、レポート用紙と筆記用具を持って現れた知章は、乃絵美の様子の違いに気
が付く。
「え‥‥そ、そうかなぁ‥‥」
「うん。何か、良いことでもあったの?」
「いいこと‥‥‥‥うん。お姉ちゃんみたいな人が帰ってきてくれたの」
「へぇぇ‥‥そうなんだ」
「うん」
「懐かしい人に会えるって‥‥いいよね‥‥」
「‥‥うん」
 嬉しそうな顔をした乃絵美を見て、つられるようにニッコリと微笑む知章。


 そのままいつも通り本を探そうと本棚を眺めると、
「‥‥ん?」
 先日、自分が読んでいた事のある宗教学の付近の本の並びが乱雑にばらばらになっ
ていて一目で前の状態と違うことに気付く。



「‥‥ま、いっか‥‥」



 気にはなったが、特に考えることも無くそう言って、知章はその下の段から自分の
レポートに使えそうな本を物色し始めていた。




06/02 (Tue)

「‥‥よ、今日もお疲れさん」
「まだこれからだよ、知ってて言ってるだろ」
「ははは‥‥」
「ったくぅ‥‥」
 今日も渡り廊下付近で冴子と知章は冴子の休憩時間にだべっていた。
「そう言えば転校生、お前のクラスだったよな」
「あぁ、真奈美か? でも、今日は貧血で休みだぜ」
「ほう、もう仲良しになりましたか。流石は‥‥」
「おめぇ、一度痛い目に遭わないと分からないらしいな」
 知章に最後まで言わせる前に、冴子は片手でハンドボールを掴み、その胸に押し当
てる。
「冗談だって‥‥その娘、眼鏡かけてなかった?」
「ああ、かけてたけど?‥‥会ったのか?」
「先週、私服で学校に来てた娘がいて、もしかしてその娘かなって‥‥」
「じゃ、そうなんだろ」
「今日は少し居残りがあるから、また顔見せに来るよ」
「なんで、お前ウチの部の休憩時間知ってるんだよ‥‥」
「親衛隊の娘の姉がウチのクラスにもいるからね。「田中先輩お姉さま」の人気は大
したもので‥‥」
「‥‥言うなって、言わなかったか?」
 表情を強張らせたまま、冴子は知章の胸に押し当ててたボールに力を込める。
「‥‥って、押しつけるなって‥‥」
「ったく‥‥‥‥はぁ‥‥」
 冴子は舌打ちしてから、大きくため息を吐く。
「まくの大変そうだな」
「ああ、でもお前の教えてくれた逃走ルート、助かってるよ」
「ゴールが陸上部の前ってのがワンパターンじゃ、途中、いかにまこうといずれバレ
ると思うがね‥‥既にもうばれてるんだろ?」
 苦笑してみせる知章に、冴子は弁明をするような顔つきになる。
「‥‥別にあたいは」
「橋本先輩が言ってたよ。「アイツの人気にあやかりたいものだ」って」
「別にそんなんじゃないって‥‥あるとすればそれは菜織の役回りだ」
「‥‥マメだよね」
「幼なじみってヤツだからな。あたいらみたいなもんだ」
 そう言った冴子の表情には一点の曇りもなかった。
 ちょっとだけ、知章はそんな冴子の顔を見ていたが、急に話を変える。
「‥‥そうそう、話変わるけど宮本から聞いた話なんだけどさ‥‥」
「その話、パス。美亜子から聞いた」
「なんだ‥‥折角、怖がらせようと思って脚色までしたのに‥‥」
「てめえっ!!」
「はは‥‥じゃ、また後でなっ!」
 顔を真っ赤にして掴み掛かる冴子の手をかいくぐり、知章は図書館の方へと小走り
で逃げていった。




 数時間後、知章が図書館を出ると珍しく、冴子の方が先にいつも落ち合っている渡
り廊下の部分で待っていた。
「はぁ‥‥」
「浮かない顔だね」
「ああ、てめえか」
 まるで、偶然の様に言う冴子の表情は冴えなかった。
「てめえかって‥‥どしたの?」
「追いかけるって‥‥大変だよな」
 冴子の意味不明な言葉に、知章は小首を傾げる。
「何だ、逃げるが嫌になって、今度は追う方に回るのか」
「誰から逃げてるって?」
「あ、話が違うのか?」
 キョトンとしたような口調に、冴子はちょっと考えてから首を大きく横に振る。
「あ‥‥ああ‥‥わけのわからない連中からは逃げてる」
「俺はみよかちゃんだけは参るけどね‥‥」
「‥‥」
「「貴方が来るとクールな先輩が崩れます。近寄らないで下さい」だってさ‥‥」
「そっか‥‥‥‥でも、あいつもあれで一生懸命なとこ、あるんだぜ」
「だろうね。冴子にとってはだろうけど」
「‥‥ま、そうかもな」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 大人しめの冴子に、知章は苦笑して言う。
「まじで冴えないな。「冴子が冴えない、これ如何に」とかミャーコちゃんあたりな
ら言いそうだけど‥‥ひょっとして振られたのか?」
「なっ!?、なっ!?、なんだよ、それは!!」
「そう見えたぞ」
「‥‥‥‥」
 知章のその言い方に、冴子は何も言えずに黙り込んでしまう。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 知章も暫く黙っていたが、
「あ、みよかちゃんだ‥‥これは退散した方が良さそうだな‥‥それじゃあ」
「え、あ、ああ‥‥またな」
 目を怒らせたみよかが近寄ってくるのを察して、知章は逃げるように冴子に別れを
告げた。




 帰宅しようと知章が昇降口を丁度出たところで、見慣れた人影を見つけて声を掛け
る。
「あ、ミャーコちゃん」
「あ、トモクン」
「珍しいね、こんな時間まで学校にいるのって‥‥あ?」
 そこで美亜子の隣に東南アジア系の雰囲気漂う美少女がいることに気付く。
「あ、こちらチャムちゃん。今度、転校してきたみたいよ」
「あ、そうなんだ‥‥へぇ、この時期の転校も珍しいのに二人とは珍しいね。そうそ
う、俺、真田知章。宜しくね」
 他人事ではないくせに、そう平然と言ってのけて笑いかけるが、
「‥‥‥‥」
 そのアジア系少女は黙って知章を見つめたまま、何も言ってこない。
「‥‥あれ?」
「チャムちゃんはちょっと大人しめな娘なんだ。それにまだ日本に馴れてないから日
本語も馴れてないみたいなんだ。だから私がこの学校を案内してたの」
「ふぅん、そうだったんだ。で、お名前は?」
 改めてそう訪ねてみると、
「‥‥チャムナ、チャムナ・フォン」
 今度はちゃんと返事が返ってくる。発音もしっかりした声だった。
「チャムナさんね。で、出身は?」
「ミャンマーだって」
 美亜子がチャムナの代わりに知章の質問に答える。
「へぇ‥‥」
「‥‥‥‥」
「あれ、確かもう一人の娘も‥‥」
 知章が真奈美の事を思い出すと、美亜子はすかさず、
「うん。一緒だね」
 と、口を挟んだ。
「‥‥‥‥」
 だが、知章はそのままちょっと考えるような顔をしてみせた。
「‥‥まぁ、いいや。楽しくなればいいよね。じゃあ、俺は‥‥」
 が、すぐに普通の表情に戻って、二人に別れを告げた。
「うん。ばいば〜い」
「‥‥さようなら」
「じゃ‥‥」
 軽く手を挙げて、校門をくぐる。
 見送る二人のうち美亜子だけが、手を大きく振り返していた。
 チャムナは関心がなさそうに余所を見ていた。




「なんか、変な感じがしたけど‥‥気のせいかな?」




 別れて暫く歩きながら知章は、そう一人、小首を傾げていた。





06/03 (Wed)

「なぁなぁ、知章」
「ん‥‥?」
「あの娘、誰だ?」
 昼休みに学生食堂でクラスメートの男子生徒とパンを買いに来ていた知章は、指差
した彼の指先の方を見る。
「ああ、確か転校生の一人らしいよ。チャムナとか言うみたい」
 見ると、正樹と向かい合ってパンを食べているが、そのパンの食べっぷりは豪快で
、正樹もちょっと見とれてしまっている雰囲気がある。
「へぇ‥‥転校生ねぇ‥‥鳴瀬さんって娘だけじゃなかったんだ‥‥」
「‥‥‥‥」
 そのクラスメートの声を無視して、知章はチャムナを見つめる。
「‥‥気のせいか」
 知章は昨日と同じ様な何かを感じたような錯覚に首を傾げながら、何が残っている
か目で物色を始めた。







「‥‥あ、帰ってきた」
「帰ってきたじゃねぇって!!」
「あ、トモクン。来てたんだ。丁度良かった」
 放課後、冴子の自宅でのほほんと居間で待ちながらお茶を啜っている知章に、学校
から帰ってきた冴子と美亜子がそれぞれ同時に叫ぶ。
「いや、買い物してたら冴子のお婆さんに呼び止められてさ、そのまま喋りながら来
たんだけど‥‥‥‥で、何?」
 言い訳をしている間に、二人に囲まれるように迫られる知章。
「お前、英語、得意か?」
「英語?‥‥ひょっとして、みちる先生の授業か?」
 真剣な冴子の表情に、知章は事態を察する。
「ピンポンピンポンピンポーン」
 美亜子は、気楽にはしゃぐが、
「ったく‥‥えらいとばっちりだよ」
 と、冴子の方は経緯を愚痴交じりに知章に語り始める。
 新任の英語教師である天都みちるの授業は、僅かな期間で学校内でとても有名にな
っていた。
 授業を聞いていなかったりサボっているのを見つけると、簡単に終わらない膨大な
量の宿題を科する教師として。
 事の発端は音読を指名された正樹がみちるの授業を聞いていなく、助けを求められ
た冴子も聞いておらず、近くに居た美亜子は雑誌を読んでいて聞いておらず、それが
バレてまとめて莫大な宿題を課せられた。
「って、サエも聞いてなかったんでしょ? おあいこだよ」
「でもよう‥‥」
「あの先生、凄い量だすからねぇ‥‥」
 一通り、話を聞き終えた知章が苦笑すると、
「サディスティック気味なんじゃねぇか、あの先生‥‥」
 そう冴子が引き取る。
「うんうん。じゃあ、俺はこれで‥‥」
「あ、待ってよっ!!」
「こんな時に、役に立たなくて何時、役立つ!?」
 知章は話の隙を見て、腰を上げて二人の包囲網から脱出しようとしたが、二人にシ
ャツを掴まれて引き戻される。
「あたいが英語、苦手なの知ってるだろ?」
「トモクンだけが頼りなんだよ」
 そしてそのまま、知章は二人に縋るような目で見つめられる。
「‥‥ったく、しょうがないな‥‥予習がてらに付き合うよ」
「ラッキィ! ありがとう、トモクン」
「そうそう、そうこなくっちゃ!」
「調子いい奴らだな‥‥」
 もう一度、知章は苦笑する。



「で、何をプレゼントされてきたんだ?」
 冴子の部屋に移って、ちゃぶ台の前に自分の鞄から取り出した教科書を開く知章。
「この章の全訳と巻末問題12から28まで。新しい単語の書き取りを50頁の大学
ノートで書き取り‥‥それとプリント5枚」
「‥‥凄いね」
 その量に知章は絶句する。
「ああ。こんなの一日で出来るかってーの‥‥」
「愚痴ばかり零してもしょうがないよ。頑張ろう」
「‥‥で、おめえはどうして雑誌なんて持ってるんだ?」
「しょうがないな。取り敢えず、書き取りは各自でやって貰うから後回しにして‥‥
分担しよう」
「ああ。ミャーコ、聞いてるか?」
「聞いてるよ〜ん」
「聞け」
 雑誌の記事に目を落としていた美亜子の首根っこを摘み上げて引き戻す冴子。
「仕方ないな‥‥冴子。俺が全訳の方、やってくから残り、好きな方からやってって
くれ‥‥」
「あ‥‥すまねえな‥‥」
「いいって‥‥貸しにしとくから」
「‥‥ああ」



「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 延々と時計の秒針の動く音と、シャープペンシルが紙の上を滑る音だけが部屋に聞
こえていた。
「‥‥‥‥お、終わったぁ‥‥」
「ふぅ‥‥結局、かなり遅くなったな‥‥」
 握っていたペンを放り捨てて机にうっ伏す冴子。知章は時計を見て、伸びをする。
「ミャーコのヤツ‥‥散々、好きなことやっといて‥‥」
 気持ちよさそうに寝ている美亜子を憎々しげに見る冴子。
「ぜってー写されてやらね」
「はは‥‥まぁ、しょうがないって。取り敢えず、終わったんだから、よしとしよ
う‥‥な」
「昔からおめえ‥‥ミャーコに甘くないか?」
 不満気に知章を見つめる冴子。
「そうかな?」
「少なくてもあたいには遠慮ないくせに‥‥」
 ちょっと拗ねたように言う冴子に、
「まぁ、それだけ、気安いってことだよ‥‥さてと、俺はそろそろ帰んなくちゃな‥
‥」
 そう簡単にあしらって、よっこらしょとか言って立ち上がる知章。
「あ、そうか‥‥折角手伝ってくれたのに‥‥メシでも食ってけよ」
「‥‥むにゃ? ご飯‥‥?」
 冴子の言葉に、寝ている美亜子が反応する。
「悪い。ちょっと用事が詰まってて‥‥ミャーコちゃんにでも、御馳してあげなよ。
それじゃあ、俺は‥‥」
「今日は、悪かったな‥‥手伝わせちゃって」
「いいって。気にするなよ‥‥じゃ‥‥」
「じゃあ、またな‥‥」
「ああ‥‥」




「さて‥‥走るか‥‥」
 冴子の家を出ると、知章は荷物を小脇に抱えて、小走りに走り出していた。




06/04 (Thu)

「なぁ、知章!」
 昼休み、冴子が珍しく知章のクラスまでやってきた。
「あれ、どうした?」
「ミャーコのヤツ、見なかったか?」
「見てないけど‥‥」
「ったく‥‥どこに逃げやがった‥‥」
 その苛立ちっぷりから、また何かやらかしたらしいと察する。
「兎に角‥‥見つけたら、あたいが話があるって伝えといてくれ」
「そっちの方が先に見つけると思うけどね‥‥」
「五月蠅いっ!! いいから‥‥なっ!!」
「OK、OK」
 そうおざなりに返事をして分かれてから、その足で男子トイレに向かうと、
「‥‥って、とんだ食わせ物みたいなのよ。あの鳴瀬って女」
 との会話が耳に入ってくる。
「‥‥」


 知章が見ると、女子トイレのすぐ脇で、数人の女子生徒が固まって話をしていた。
 リボンの色からして、全員三年生だった。
「普段はああして頼りなさそうな振りしておいて周りを油断させてるけど‥‥見たん
だから。昨日、あの札付きの不良グループ相手に暴れてるの」
「へぇ〜、そう言えば彼女、柴崎君にもちょっかいかけてるんだって?」
 目つきの厳しい二人の女子生徒が話の中心になっていた。
「あれ? それは柴崎君からじゃなかったの?」
 他の面子はあまりその事に関して詳しくないらしく、専ら聞き役に回っていた。
「え、そうなの?」
「でね‥‥」
 何気なく足を止めて聞いていた知章は、再び歩き出して男子トイレに入りながら軽
く首を傾げる。



「ふぅん‥‥」





 放課後。
「はい。借りてた本」
 図書館のカウンターで知章は鞄から本を取りだして乃絵美に渡す。
「そう言えば‥‥鳴瀬さん、見かけないね」
 昼間の噂話が気になっていたらしく、それとない視線で捜しつつ、訊ねる知章。
「今日は早く帰っちゃったみたいなんだけど‥‥」
「ふぅん」
 その知章の反応に、暫く乃絵美は俯きがちの体勢で、悩んだように視線を泳がせて
から訊ねる。
「‥‥やっぱり、真田先輩も真奈美さんみたいな女の人、好きですか?」
「へ?」
 この図書館で乃絵美とこうして会話を交わす関係になって以来、初めて深く聞かれ
たので、やや狼狽する。
「そ、そんな事はないけど‥‥ちょっと、気になってね」
 噂話するのも大人げないと思いつつ、曖昧に誤魔化したつもりだったが、
「‥‥やっぱり、真奈美さん。落ち着いた大人の雰囲気があるから‥‥そんなところ
が‥‥」
 どうも乃絵美には違う意図に解釈される結果になった。
 乃絵美の様子は知章にはやや落ち込んでいるように見えた。
「‥‥あの‥‥まぁ、いいや。そう言えば、同じ町内に住んでいるのに、あんまり休
日とか会わないね」
 その様子を気にして、知章が無理に話題を変えて話し掛けると、
「え‥‥あ‥‥うん。私、家のお店でウエイトレスしているから‥‥」
 と、ちょっとだけ乃絵美も顔をほころばせる様にする。
「あ、そうなんだってね。喫茶店とか、あんまり行かないから‥‥今度、遊びに行く
よ」
 知章はそこで一度切って、
「それと‥‥」
「‥‥それと?」
 そう聞き返した乃絵美にちょっと顔を近付けて、
「何を想っているか知らないけど‥‥乃絵美ちゃんは乃絵美ちゃんで前を向いて歩こ
うよ」
 ポンとその細い肩を軽く叩く。
「え? 前を‥‥向く?」
「何かさ、今、自分一人で考えて、自分一人で怖がってるように、見えたんだけど‥
‥」
 知章はちょっとだけ心配そうな顔をして、そしてすぐにその表情を引っ込める。
「え‥‥」
「確かに、自分の願い通りにはなかなかいかないし、楽しい事態ばっかりは起きない
けど、怖がって何もしないんじゃ、可能性以前の問題じゃないかな?」
「‥‥‥‥」
 黙り込んでしまった乃絵美に、慌てたように知章は打ち消すように手を振る。
「あ、御免。何か、勝手に推測しちゃってベラベラと‥‥御免御免。忘れて」
「いいえ‥‥そ、その‥‥ありがとうございました」
「あ、今日も早いんだっけ‥‥それじゃあまた、明日」
「はい。さようなら」
 ペコリと丁寧にお辞儀をする乃絵美に手を振って分かれる知章。





「何か、余計な事言ったようで恥ずかしいなぁ‥‥」
 改めて思い返して、頬を掻く。
「‥‥って前、言われたんだよね、俺‥‥」
 そう言って知章は、苦笑しながら図書室を出ていった。





06/05 (Fri)

 空の色は灰色に近く、その全体を覆った雨雲から雨が激しく降り注いでいた。
「ったく‥‥最近天気が良い日が続いていたのに、そうそう上手くはいかないよなぁ
‥‥」
 紺色の大きめの傘を持った知章はそんな雨模様に文句を言いつつ、通学路を通って
下校する。
「‥‥まぁ、自然界のバランス的にはいいのかも知れないけどって‥‥あれ?」
 目の前で男物の茶色の傘を持った鳴瀬真奈美が、平然とした態度で先を歩いていく
のが目に入る。
「えっ‥‥」
 その視線を彼女の歩いてきた元に写すと、近くのゴミ捨て場に、余所の学校の生徒
らしい、頭を黄色く染めてピアスをした男子生徒が、倒れ込んで雨に打たれるままに
なっている。
「まさか‥‥な‥‥」
 美亜子あたりが目撃していたら、何を言い出すか分からないような光景を横目にし
つつもそのまま別の道に差し掛かると、
「‥‥!?」
 誰かに見つめられている様な悪寒がして、身震いと共に立ち止まる。
「な、何だ‥‥?」



 咄嗟に周囲を見回すが、雨音以外、何も聞こえないし、感じない。




「‥‥‥‥?」
 見回した時、曲がり角を曲がっていく真奈美の姿が再び目に入るが、その時の真奈
美の横顔が何やら悪意に満ちたような顔に見えた。そして手に何か布のような物を巻
き付けてあるのが見える。

「‥‥‥‥」




 理由も無く嫌な予感を、知章は感じた。




‥‥‥To be Continued   


 次回予告



 アイツに昔のあいつを見ているあたい。

 でも、あいつはそれに気付かない。

 あいつは、アイツの走りの向こうで、
 遠い何処かを見つめている。

 決してあたいには見えない、アイツだけが見える何かを。


 次回、『裏 With You』
第2章


見えない、不安
「自分は傍観者でしかないとでも、言うつもりかよ‥‥」
――― Next Preview  

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