Bule Prologue




――ふむ。今年も来たか。

 アトリエ伽藍の堂にて、橙子は一通の手紙を読んでいた。
 読み終えると、その手紙が自動的に端から燃え、手紙全体に燃え広がる前に橙子はそれ
をゴミ箱に投げ捨てた。
 投げ捨てる途中で、手紙は灰となってゴミ箱の中に散らばった。
 溜め息を一つ付き、窓の外を見る。

 どうせ、貴様も来るのだろう?
 そこに居ない誰かに向って話し掛ける。その瞳は恋人に語り掛ける詩人の様にも、仇敵
を求めんと咆哮する復讐鬼にも似ている。
 
 ああ、思い返すのすら苦々しい。
 忘れもしない1年前の事だ。
 あの空気、あの匂い、あの薫り、全てが素晴らしいモノであったと言うのに。
 たった一つ。
 あの女が来ただけで、その場は全て――

      *      *      *

「三百万!」
「三百万1円!」
「三百万2円!」
「三百万2円+1ウォン!!」
「三百万2円+1チロル!!」
 セコい競りの叫びが、薄暗いオークション会場に木霊する。
 珍品古品盗品狙うハイエナどもが、今日も獲物を狙う獣の目を絶やさず、目の前のブツ
を掻っ攫っていく。
 なお、ホークは売ってない。(某氏予想額600万)
 穢れまくった心身を包む腐ったオーラが、ぬめった熱気を作り出している。
「三百万5円!」
 どよめきが上がる。
「三百万10円………」
 どよめきが更に大きくなる。
「………+10チロル!」
 ばかな、更に10チロルだと。むう、どこのブルジョワだ。やってくれる。
 口々にハイエナたちが唸りつづける。

 このオークションでは、欲しい物があるのならばどんな手を使ってでも手に入れる事が
出来る。例えば金、円、$、ペニー、そしてチロル。(1チロル約10円)その他様々。
古新聞古雑誌古女房を質に入れる必要も無く、そのまま使用できる。寧ろ積極的に利用さ
れている。古女房とか特に。歓迎されない手段は暴力ぐらいだ。
 世界の果てのどこかにある、ここは腐った闇オークション会場「NOOMEPYT」

 三百万10円+10チロル! さあ、いませんか? これ以上の値段はありませんか?

 壇上に立つ男が、ハイエナどもの肉漁りを囃子立てる。しかしハイエナの大半は遠目に
見つめるのみで、もう大半は、唸り声を上げるだけ。これで決まったか、と先ほどの微妙
な値を出したハイエナが喉を鳴らす。
 しかし
「三百万二十五円+32ペニー+1ASドル+32チロル(税込)!!!」
 より微妙な値段を出され、一瞬会場が判断に苦しんだのか、沈黙に覆われた。
 ――は、はい、三百万二十五円、ええと、+32ペニー+1ASドル+32チロル(税
込)がでました! えと、こ、これ以上の値段はありませんか?
 壇上の男が一早く立ち直るも、ざわめきすら聞こえない会場に虚しく響くのみ。一体幾
らになるのか計算が付かない。
 ハイエナが気づいたときはすでに遅い。

 ―――はい、商品ナンバー665番。謎の匿名物体X、三百万二十五円+32ウォン+
1ASドル+32チロル(税込)で蒼崎橙子さんお買い上げー!

 感嘆と悔しさの混じったどよめきと共に女が立ち上がり、壇上に向い景品を受け取る。
 勝ち誇った笑みと共に、彼女はそれを手に入れた。しかしてその心内でこんな事を考え
て居た事は誰にも判らない。
 ――今月どう暮そうかなー。木の根っこ齧る日々かなー。
 黒桐君には勿論給料さっぴかせてもらって。んー、鮮花の盗撮写真でも売るか? でも
ばれたら不味いしなあ。
 寧ろ黒桐君の写真のほーが売れそうだがな。ふむ、今度試しに作るか。
 そんな事を彼女が考えているとは、さて誰も知らずにオークションは進む。
 彼女が席に戻ると、新たな景品が出された。
「さて、次の商品ですが、――商品ナンバー666番!
 本日の目玉ナンバー! 「ナスキノコ」」
「721ィィッ?!」
 橙子の頭悪い叫びと共に、競りが始まった。
「一千万!」
「弐千万!」
「五百万チロル!」
 のっけから高額を叩き出され、彼女には珍しくうろたえる。
 しまった! まさかこんな隠し玉があっただなんてっ!? くそう今ある金では足りな
い! もっと黒桐君の給料ちょろまかしておくべきだった!
 その程度の端金で手に入れられるようなものなのかはともかく、次々と値段が積み上げ
られ、もはや橙子の手に届かない値段になっていったとき、橙子はともかく叫んだ。
「妹の処女!」
 周りからざわめきが起きる。
 妹の処女!? しまった、そうくるか! くそ、これは1億や2億では効かんぞ。何せ
今や珍しい「妹の」処女ですからなあ。そうそう、大抵兄に食われる定めにある非業の処
女。お兄ちゃんと言われながら喘ぐ少女にはハァハァものですな。うむうむ、嗚呼懐かし
き失った青春時代――

 よ、よし! なんだか知らんがとにかく良し! あんなヤツの処女に1億2億ってのも
何かムカツクが、第一処女かどーかも判らんが、寧ろ黒そう、ともかくあとはこのまま…

「姉の処女!」

 姉!? 姉だと! ……なんだ売れ残りかよー。やっぱりお姉さんは、教えて貰うほう
じゃなくて教えてア・ゲ・ル方じゃないといけませなー。そうそう。初恋のお姉ちゃんに
たっぷり可愛がって貰うってのがもう最高。いやあ、私としては寧ろお姉様よりも奥様に
手ほどきして貰いたいなあと。ほほう、貴方通ですな。未亡人なんてのも悪くない…。

 なんだか非っ常ぉうに周りからケナされた感がする橙子だったが、とりあえず奪われる
心配はなさそうな事に安堵した。

 ――異議あり!

 突如轟いたその異議ありに、会場はまたも騒然となった。
 なんだってー?!
 何を考えているんだ? 判らん……。
 否定的な意見が出る中で、しかし朗々と声が聞こえた。
 一考、売れ残りの余りモノかと考えがちな姉処女ですが、しかし逆から考えれば大事に
処女を取っていたと考えればこれはもうビンビンに! いかがでしょう!
 ――ざわめきが一転した。それはまるで草薙剣によって火を返された駿河の野原の様に。
 な、なるほど! そうクルか! ぬう、普段強気な姉が、いざ床に入ると物凄い弱気に
なるってシチュも最高だ! いやいや、処女の癖にお姉さんぶって襲い掛かってくるとか
寧ろ襲われた後で破瓜血を見てでも我慢しつつも腰を振るとか! ハァハァ―――

 腐った妄想が会場に広まっていった。
 ――ま、まずい! このままでは負ける! 何か、何か追加しないと――
 だが、橙子が慌てている合間に、事態はとんでもない方向に向っていった。

 何言ってんだ、妹が良いに決まってるだろ!
 何おう! 姉だ! 姉ちゃんがいいんだい!
 ――そこかしこで言い合いが、殴り合いの喧嘩に発展していき、ついには会場はしっち
ゃかめっちゃかになってしまった。
 無論、その嵐は橙子にも襲い掛かり――

 突如、爆発が起こった。

 瓦礫の中から、二人の人間が這い出てきた。
「……」
「……」
 橙子と、もう1人は会いたくも無い自分の妹だった。
 ――無論どっちもアフロだった。
「………お前か。青子」
「あんただったの……橙子。よく似合ってるわよ、アフロ」
「抜かせ。お前もよーく似合ってるじゃあないか。アフロあおとでも呼んでやろうか?」
「言ってくれるじゃない。この万年処女が」
「…貴様も、同じだろうにっ」
 両者の顔が物凄く酷く引きつった。
 魔術師「傷んだ赤色」と魔法使い「ミス・ブルー」
 まさにどちらかが動けば戦いの嵐が吹き荒れるだろう、その空気を打ち破ったのは。

 2枚のチラシが二人の顔に張り付いた。
 そのチラシには「焼肉屋大帝都・大食い対決」


 そして、腹がなった。
 二人の心は、方向性は違えど、同じだった。


 すなわち――「こいつに奢らせる」
 後に言う、第一次蒼崎大殲の始まりであった――。






 ――ああ、思い出すだけでも腹ただしい。

 一時間にも及ぶ一年前の回想を終えて、彼女は苛ただしけにタバコを握った。
 結局あの後勝者は出ず、とりあえず同着1位と言うことで事無きを納めたが次はそうは
いかん!
 今度こそ賞金を独り占め、そしてお前を叩き潰す――!
 ぐしゃり、と手の中で何かが潰れた。さっきまで吸っていたタバコだった。
 ああ、いかんいかん、折角のタバゴが不味くなった。くそう青子め。殴る。
 理不尽な怒りを撒き散らしつつ、溜め息を付きながらタバコを窓から投げ捨てた。
「ァチッ!」
 おやどうやら不幸な通行人に当たったようだった。
「――橙子さんっ!」
 下から怒鳴り声が聞こえた。
 ああいかんいかん、仕事していないのがバレる。
 橙子は箒をロッカーから取り出して跨ると、窓から飛び降りた。
 そこに、先ほどの怒鳴り声の主が入ってくるのとは同時だった。
「橙子さ……っ! 逃げられた!」
 唯一と言っていい(ボランティア)従業員の声を尻目に橙子は飛んだ。

 ――戦場に向う為に。
 ――仲間を集めに。







――――――――――――――――――――/――――――――――――――――――――





――そろそろ、あの時期ね。

 トランクに腰を掛けながら、彼女は一つ溜め息をついた。
 風に舞うチラシを掴み、流し読みした後にその紙をまた風に流した。

 ――あんたも、出るようね。
 ここでは無いどこかを見つめるように空を見上げる。
 今度こそコテンパンに叩きのめしてやる。そう誓いながら一年前の事を思い出していた。



「――貰った!」
「甘い!」
 橙子の箸を青子が押さえつける。
「ちぃっ、……貴様、姉に楯突こうと?」
「ふふふ、この場所でそんなものは役に立たないって事はあんたが一番知ってるくせに? 
それに、甘いって言ったでしょう? ほら?」
 何時の間にか青子の箸には、丹精に焼き上げられた肉が。
「……!? い、いつの間に……や、やめてっ! それは私が丹精に育てた――」

――ごくん

「……んー、美味しいわね? 流石、傷んだ赤色が丹精に焼き上げた一品ですこ、ああっ、
何勝手に食べてるのよっ!」
「五月蝿い黙れ! 先にやったのはお前だろう!」
「先に手を出したのはアンタからでしょう!」
「悲しいぞあおあおっ! 私はお前をそんな風に教育した覚えは無いぞ!」
「いえいえ存分に教育させて貰ったわ、反面教師としてですが!」
「ほほう、なら存分なお礼ぐらいだしたらどうだ? 例えばこの場は姉に譲るとか?」
「そうねえそれじゃあ私の拳をプレゼントしてあげましょうかこのクソ姉!」
「ああやだやだ、貴様のような暴力女が私の妹なんて恥もいいところだこの首輪ショタス
キーめ! いい年し過ぎて未だに高望みが過ぎるんじゃないか?」
「良く言うわこのブツヨッカー! 毎度毎度金稼いではすぐにぱーっと使っちゃう石川啄
木のような生活しくさって! ちったあ節度って言葉を身につけたらどうなのよ!」
「なにい?!」
「なんですって!?」
 どれだけ口汚く互いを罵ろうと箸をつける速度は止まらない。
 だが、箸を使うのは右手であって、――左手は、がら空きだった。互いに。

 ――どちらが、先に左手を延ばしたのか








                  *お詫び*
 
 これ以降、あまりに不適切すぎる表現が閲覧されるで在ろう事に対し、予め文章
を伏せさせて頂くことをここに記します。
 その間、取ってつけたように始まる異次元生物ズによるテレフォンショッピング
をご笑味ください。


「――N/きのこと!」
「――武ちゃんの!」

「「TMテレフォンショッピング〜♪」」

「と言うわけで原稿の現実逃避にこんな所来てるわけじゃないんでちゅよー」
「はっはー、まあ職場でいい具合にブチ切れてる皆の事はまず、忘れて(だって恐いから)
今日は何を紹介してくれるんだい?」
「今回の商品は――これ! 商品ナンバー35 メカヒス」(放送事故)「えー、只今事
故による放送中断があった事をお詫び致します。さて、本日の商品ですが――」
「武ちゃーん! 何商品をちょろまかそうとしてるんでちゅかーっ!」
「何言ってるんだ! 翡翠だぞヒ・ス・イ! しかもメカ! 売る事なんて出来るはずが
無いだろう! メカヒスイの(ぴー)は俺が頂くんだー!」
「………元からそんな機能付いてないでちゅよ」
「なんだってー!」
「さ、武ちゃん。お仕事再開するでちゅよー、武ちゃん。……武ちゃん? どしたんでち
ゅか? ……」

「――ショック死してるー!?」


(只今蘇生中)


「……そうか! 口! 口があるじゃないか!」
「ってか何復活早々ヨコシマすぎる欲情を抱えてるんでちゅか武ちゃん!」
「おしゃぶりに決まってるじゃないか! 何ぃ、どこかだって? ……おいおい聞きたい
のかい? 仕方ないなぁ、教えてあげ」「さ、次の商品行くでちゅよー」
「えー」
「えー、じゃなくて! ――ああ、もう時間でちゅ! それではまたー」
「メカヒスイー!」
「武ちゃーん、後で事務所の裏までくるでちゅよ……必ず来いよな」
「ヒッ…いや、ちょっと待て! その大きすぎるハンマーは、流石にそれはシャレになら
……ブッ

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 ――それでは本編をお楽しみください。






 嗚呼、何たる失態か。
 あんなのと引き分けだなんて、まったく。
 青子は、1時間に及ぶ回想の末、ほんの一瞬だけ悔やむ。そしてすぐさま切り上げて動
き出した。
 ――勝たねばならない。その為には悔やむ時間なんて必要ない。
 その為には仲間が居る。いや、正確には利用価値のある人材、か。
 本来一匹狼の青子は、はあ、と溜め息を付いた。なんだって今回はチーム戦なんてメン
ドクサイ事にしたのかしら。
 それが大帝都の必至の蒼崎姉妹の回避案だったりするのだが、しかしそれは徒労に終り
そうだった。
「え、ええとっ」
 目の前に、女の子が青子に向って叫んでいた。訳が判らなかったが、まあ僥倖だ。ちょ
っと体は小さそうだが無理矢理詰め込んでもらいましょうか。
 そんな鬼のような事を考えつつ、青子は先ほどの少女に言葉をかけた。
「こんにちはお嬢ちゃん。どうしたの?」
「だ、駄目ですっ、お肉を沢山食べるだなんてっ……太っちゃいます! ぶくぶくに! 
今ギリギリのラインなのに一気に7じゅ……」
 撃った。
 まあ手加減はして置いたから大丈夫だろう。うん。

 ――さて、

 改めて、青子は歩き出した。
 ――姉を倒す為に。
 ――仲間を見つけるために。


 なお、公園の少女であるが、都合よく記憶を失っていた事をここに記す。
「本当なんです。おっぱいが大きくなった遠野先輩の様な人がいきなり私に指を向けて、
って先輩どうしてココにギャー!」



      *     *      *



 ――コンロの火は奴に贈る花束となり。
 ――肉の焼ける音は奴に捧げる恋歌になる。


 彼女は向う。
 彼女等は向う。

 ――焼肉屋「大帝都」へ。






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