Moon Prologue




○月×日(土ようび)はれ

 今日は、朝からお父さんとお母さんがふうふげんかをしていました。
 理由はよくわかりません。朝起きたらもうしていたからです。
 ドアに耳をつけて聞いてみると、二人は

「もう、おっぱい星人はおっぱい星に帰れ!」
「何だと!? 帰れるものなら帰りたいわい!」

とかよくわからないことをすごいけんまくで言い合っていました。前にお父さんがかくし
てたえっちなビデオをお母さんが見つけた時も同じことを言っていたので、今度もそうだ
と思いました。
 とおの家の人で、あんまりおっぱいの大きい人は見たことありません。お母さんもそう
です。
 きっとこれは、とおのののろわれた血のせいだと思います。
 そのしょうこに、本家のとうしゅのあきはさんのおっぱいは男の人ぐらいしかありませ
ん。まったいらです。きれいにみがいたら、ミラーワールドに通じるかもしれません。か
がみが無くてもへんしんできるのでべんりですが、モンスターもでてきます。とおのの血
がこいと、あんなにすごいことになってしまいます。こわいと思います。
 でも、有間家はとおのの血がうすいので、わたしはど力すればきっと大きくなれると思
います。まい日牛にゅうをのんでるから、だいじょうぶだと思います。

「だがな、帰る時は――お前達と一緒だ!」
「え?……あなた」
「おっぱい星の王様に、これが自慢の妻ですと紹介してやるさ……。おっぱいファシズム
政権下、苦労をかけるかもしれないが、俺が必ずお前達を守ってやる」
「あなた……」

 そろそろ終わるみたいです。こんなかいわで、どうして見つめあってかんどうしてるの
かふしぎです。おっぱい星のあんごうつうしんかもしれません。
 わたしはそんなへんな星に行きたくないので、引っこすときにはお兄ちゃんのところに
いこうと思います。
 お父さんとお母さんは、けんかでなかなおりしたあとは、なぜか二人でおへやに入って
しまいます。お休みの日なのにお外であそばないのはもったいないと思いますが、大人に
なるとみんなあそばなくなるのでしょうか。 
 わたしは、せっかくのお休みなので、お兄ちゃんのためにたたかいにいくことにしまし
た。このまえのせつじょくせんです。
 こんどは、だいあくとうのあきはやこはくにはまけないです。
 なぜかというと、みやこがヤッターマンだとするとあきはがドロンジョでこはくがボヤ
ッキーだからです。
 おしおきだべー。
 トンズラーのひすいは、まだりょう心がのこっているので、あとでかい心してなかまに
なる予定です。
 では、いってきますのでこのつづきはあとで書きます。


「あれ?都古は、どうしたー?」
「最近よく本家のお兄ちゃんのところに、遊びにいっているようですよ」
「そうかー。志貴の奴にも、たまには顔を見せに帰って来いと言っておいてくれ」
「だから、もう行ってしまっていますって」
「そうかー……寂しいなあ。志貴はどうして、休みの日にくらい帰ってこないんだろうな
母さん」
「遠慮してるんでしょう。あの子は、そういう子でしたよ」
「そうかー。……寂しいなあ」



 シオン・エルトナム・アトラシア。アトラスの若き錬金術師。
 彼女は吸血鬼化治療のために日本を訪れ、そこで秋葉や志貴と親交を結ぶことになった。
その後色々とあったのだが、現在はひとまず遠野家に居候中である。
 シオンとしても、研究材料として狙う真祖アルクェイド・ブリュンスタッドが住むこの
街にいられることは目的に沿うことであるし、且つ手持ちの滞在費も心許ない以上無料で
宿と食事を提供してもらうのは願ったり叶ったりであった。
 代償は、秋葉にエーテライトの使用法を教えること。
 ついでに、琥珀に請われて一般的には知られていない薬品の調合法を教えたりすること
もある。
 二人に知識を提供する事について、志貴にはお願いですからやめて下さいと土下座され
たが、秋葉への友情――及び天井のある寝床と食事にはかえられないので、この際涙を飲
んでもらうことにした。学院の掟にも背きまくった行動であるが、もう方々で同じことを
やって情報を集めてきたので今更だ。

 そして彼女は今日もまた、吸血鬼化治癒の研究材料を手に入れるべく、協力者である志
貴とディスカッションをたたかわせていた。
「色々試してみましたが、やはり真祖のサンプルが必要です。死徒の血では、研究に限界
がある」
「うーん、やっぱりかぁ……。でもなあ。アルクェイドは、一度イヤとなったらもうテコ
でも動かない性格してるし……」
 腕を組んで考え込む、志貴。
 それは、恐らく彼の言うとおりなのだろうとシオンも考える。まだ真祖の姫とは数度顔
を合わせただけだが、意思の強さと我侭さと傍若無人さが良く見てとれる顔だった。だい
たいにして、相手は真祖でありヒトとは違う生き物である。シオン自身も含めた人間のこ
となど、基本的に羽虫も同然の認識しかしていないだろう。志貴は、特別なのだ。
「なればこその、真祖のステディであるあなたです」
「うん、今時ステディって言い方はどうかってのはともかくとしてそりゃ出来るだけの協
力はするけどさ。具体的に、どうすりゃいいんだ? あいつ、血関連のことにはちょっと
融通利きそうにないんだけど」
「そうですね……真祖を相手にするのです。こちらも、いくらかは妥協せねばならないで
しょう」
 言いながら、ごちゃごちゃと色んな物の置かれた机を漁る。実験器具類は琥珀から借り
受けたもの。書籍類は近くの市営図書館から借りてきたもの。ゲームセンターで取ってき
たらしき、ぬいぐるみもある。
「血が一番ではあるのですが、体液でも構いません。アレのついでとかに」
 頬を赤らめつつ、目薬の容器に似たポリ製の薬ビンを差し出すシオン。
「あ、アレってなんだっ!?」
「……」
「…………」
「……ふ、不埒なことを言わせないで下さい。怒りますよ」
「不埒なことをやらせようとしているのは誰だ」
「しかたありませんね……」
 やれやれふーと、まるで志貴の方が我儘を言っているかのごとき態度で次なる妥協案を
出すシオン。
「では、尿でもかまいません。あれは元は血ですから。志貴達は新しい愛の形に目覚め、
わたしはサンプルを得る。一石二鳥でしょう」
「何に目覚めさせる気だーっ!?」
「出したてなら、飲んでも害はありません。飲むふりをして、少しだけこのビンに入れて
きてくれれば」
「飲まなけりゃいけないのか、俺」
「口に含んで、このビンに少し戻すだけです。簡単でしょう」
「技術的にはな」
「そういう技術ならお手のものでしょう、志貴。中学生のときに年上のお姉さんに手ほど
きを受けて以来、数々の女性遍歴を重ねてきたあなたなら」
 蔑むような表情で、吐き捨てるように言うシオン。
「てめっ……読んだな、また読んだなーっ!?」
 エーテライトが張られているであろう頭上を、バタバタと手で払う志貴。
「さて、なんのことだか。ただ言わせてもらえれば、何が出るのかくらい熟知してたくせ
に『朱鷺江さん、ボクなにか出ちゃうよ』は無いでしょう。媚び媚びですね」
「うっわあああっ!?」
 慌ててシオンの口を塞いで(殺す、という意味で無く文字通りに手で)きょろきょろと
周囲を見渡す志貴。なにしろ彼のまわりの女性たちは、いつ漆喰の壁をすり抜けて出てく
るかわからないモノたちばかりである。
「シオンさん。そのことにつきましては秋葉及びその他には」
「わかっていますよ。わたしも、むざむざ協力者を失うあるいは使用不能に陥らせるつも
りはありませんから」
 慈母の如き表情で言ってのけるシオン。
「大体あいつ、するのかな。その……排泄とか」
「食べるものを食べているなら、出すものは出すでしょう。それとも、志貴はあれですか。
いまだにアイドルはトイレに行かないとか、そういう偏向思想を抱えた人間ですか」
「いや……決してそんなんじゃ。だけど、あいつ何年も食べなくても平気らしいし。構造
が人間とは違うんじゃないか?」
「新陳代謝が人間よりもずっと激しいはずですから、理屈の上では人間よりも大量にする
はずだと思うのですが」
「大量とか言うな」
「ペットボトルにして大体……」
「嫌な単位で量ろうともするな」


 志貴とシオンは、街に出ていた。
 シオンは、近くの大学に忍び込んで図書館で調べ物を。志貴はアルクェイドとデートの
約束がある。そこでシオンの調べ物の件も、ついでにまた頼み込もうという腹である。
 どうせだから途中まで一緒にということになり、その道すがら志貴はシオンに、その研
究や調査のための、今までの彼女の人生という長い旅の話を聞いていた。
「そう……そしてわたしはタタリを追い、また吸血鬼化の治療法を探すために様々な場所
を訪れ、多くの人々に会いました――」



「馬鹿な……まだ、終わってなかったっていうのか……」
「そうです。貞子さんの呪いを解く鍵は、もっと別のところにあるのです」(←シオン)


「犯人は、辰也君ではありません」
「どういうことですか、金田一さん!?」(←シオン)


「関口君。この世には――不思議な事など、何一つ無いのだよ」
「その通り。この世の事象の全ては、計算によって導き出すことが可能なのです」(←シオン)



「うそつけ」
「……………………」
 志貴の真剣な顔でのツッコミに、あくまでまじめな表情で視線を返すシオン。
「哀しいものですね……志貴との間には、深い信頼関係を築けたものと信じていましたが」
「信頼関係というのは、一方がとんでもない嘘ついてももう一方は疑わず盲信する関係の
ことを言うんじゃないぞ」
「それならば、志貴と琥珀との間にも信頼は無いということになりませんか?」
「え、何で……?」
「……」
「……」
「……いえ、まあどうでもいいことですね。志貴にとってもそのままの方が」
「いや、ちょっと! なにか知ってるなら教えてくれよ!」
「例えば、もう助からない末期の患者にそれを告げることは優しさなのかどうか……そん
なことを考えることがあります」
「な、何を急に関係ないことを……いや、もしかして関係あるの!? 俺のこと、ねえっ!?」
「だから、志貴。世の中には知らない方が幸せでいられることも、たくさんあるのです」
 縋り付く志貴をうるさげに振り払うシオン。端から見れば、振られ男が昔の女にみっと
もなくつきまとう姿、そのものであった。
 やがて二人の道が分かれる十字路に至って、二人の足が止まる。
「では志貴、この辺りで。真祖の液のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「液って言うな」
「液は水を表すさんずいに夜と書くのですね……つくづく、漢字というものは深いもので
す」
「……もう、いい。ま、頼むだけ頼んでみるよ」
「わたしの計算によれば、特殊なプレイを表現した映像媒体で真祖の好奇心を煽るのが最
も効果的と思われます。この方法を取ることにより、真祖液が手に入る可能性は5割を越
えます」
「造語すんな。あと、その映像媒体は俺の年齢ではまだ手に入らない」




 遠野家に向かう道すがらで、都古は志貴の姿を目にした。
 瞬時に肉体が反応し、飛びのいて物陰に隠れる。
 なぜだかわからないが、昔から都古は、志貴を見ると酷く緊張してしまう。
 向かい合ったりなんかしたら、言葉も上手く出なくなってしまうのである。
 住宅街と繁華街とを分ける十字路の一隅で、志貴は誰だか、志貴自身と同年代くらいに
うかがえる女性と話をしていた。
 同級生と立ち話、という雰囲気には見えない。
 何しろ、相手の女性は都古のみるところの、外人さんであるのだ。
 そして。なにより。
 都古の目が、その女性のある一点に注がれる。

……ぶるじょあだ

 大きく見開かれた眼とぽかんと開けられた口とが、都古のショックの大きさを表してい
た。

 おっぱいぶるじょあだ!


 とおの家には、おっぱいの大きい人がいない。
 だからお兄ちゃんは、おっぱいにうえてるんだ。
 テレビでヒーローが言ってたとおりだ。
 お金では買えないものもある。そして、そのお金で買えないものこそが、人間にとって
本当に大切なものなんだ! って。
 とおの家はお金持ちだ。
 だけど、おっぱいは買えない。人間にとって本当に大切な、おっぱいは。
 だからお兄ちゃんはおっぱい分(お兄ちゃんのひつようとする3大えいようそのひとつ)
が足りなくなっちゃって、ああやっておっぱいぶるじょあの人にほどこしをうけなきゃい
けなくなってるんだ。
 かわいそうなお兄ちゃん。
 きっととおの家になんきんされてるから、こんなことに……。
 なんとかして、お兄ちゃんを助けてあげなきゃ。
 でも、でもどうやって……。
 みやこは、しょうらいはすーぱーぼでぃになる(予定)けど、今はまだこどもだから、
おっぱいもおしりも足りないし……。


「物陰からこーっそり志貴をストークしちゃってる君は、誰かなぁ?」

「ひぁ!?」


 背後から首に手を回されてそっと頬を撫で上げられた都古は、驚いて背筋を張る。
 慌てて振り向くと、そこには、赤毛を長く腰まで伸ばした、ラフな格好の女性の姿があ
った。
 左手には、都古を丸ごと押し込められそうな、大きく古い旅行カバンを下げている。
「君、志貴の知り合い? お名前は?」
「あ……あ、う……」
「ご挨拶、出来ないのかなー?」
「……わたし達を覗き見していたのは、あなたですか?」
 新たな、声。
 混乱しているときにかかる、背中からの第三者の声に、都は顔を強張らせて背後に首を
曲げる。
 そこには、先ほど志貴と話し込んでいたおっぱいブルジョア外人の姿。
 混乱の二乗で、都古は目をくるくるとさせる。
 しかし相手の興味は都古から、すぐにその後ろの赤毛の女性に移った様子であった。

「……あなたは……確か。いえ、まさか……」

「ふーん。珍しいところでめずらしいモノに遭うわねえ。はじめまして、アトラスの錬金
術師。ご機嫌いかが?」





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