Eclipse Prologue わたしは、 当たり前のように、堕ちた。 他人を浮かすのでさえ、暗示を与えていたのだ。 最初から信じることもせず、願いもせずにいた自分のこの重い躰が飛ぶわけは無かった。 わたしは浮くだけだった。 飛ぶ事もできず、浮いている事しかできなかった。 ずっと何処かに行きたい。 どこかに連れて行って欲しい。 何処までも、何処までも飛んで行きたい。 この数年、そんな事ばかり考え続けていたわたしの最後は、堕ちることだった。 人が落ちるのを見ることは珍しくなかった。 羨ましくも、わたしと違って自分で浮くことができた幾人かの少女たち。 無意識下で浮遊しているあの子達に浮いているわたしのことを気付いて欲しくて、ひと りひとりにそれを意識させるようにしてあげたら、その子達はパタパタと下に落ちていっ てしまったからだ。 あの子達はみんな、落ちて、潰れて、死んでいった。 一人も浮くことも無く、飛ぶことなんか勿論無く、死んでしまった。 わたしはあの子達が当たり前のように浮こうとして、そして落ちていくのを見詰めるこ としかできなかった。 巷では彼女達の結果を、飛び降り自殺ということにしてしまっていた。 気の毒なことをしたと思う。 けれどもわたしは、あの子たちに倣おうとしたんじゃなくて、別の理由があって堕ちる ことになった。 ――否。 わたしが堕ちることはもう必然になっていたのだ。 あの子に胸に刃物を突き刺され、ビルから落とされた時から。 全身を嘗め回した死の実感に、犯された時から。 止まることの無い悪寒に、歓喜を覚えてしまった時から。 あの一瞬、あの時に対してわたしは恋に堕ちていたのだから。 それに近づく為だけを考えると、堕ちることしか思いつかない。 だから、堕ちることになった。 それに、もしかしたらと思うではないか。 ―――今日は飛べるかもしれない、と。 私は人を殺してしまいました。 それも、二人殺してしまいました。 一人目は事故と言えるのかもしれません。 二人目は殺すことを受け入れてくれたのかもしれません。 でも、それが、なんになるというのでしょう。 私が、二人の人間の命を奪ったという事実は少しも揺るぐことはないのです。 二人とも生きていれば生きているだけ、多くの人を苦しませる害悪でしかなかったとい う言い訳も、意味を為しません。 私はそんなことを考えることも無く、殺してしまったのですから。 人を殺してしまった私は、もう、私ではなくなっていました。 そうすることで、今までの私という存在を護りたかったのかもしれません。 私は二人の人を殺した時から、私であるものを一つ一つ無くしていきました。 そして、身一つで飛び出していました。 ガランドウになった躰。 それが今の唯一の「私」という存在でした。 私は神も信仰も他のものと一緒に捨ててしまったというのに、積極的に死を選ぶことだ けはできませんでした。 いえ、その二つはもうとっくの昔に捨てていたのでしょう。 私は、告白しました。 私は強く、信じました。 私は深く、考えました。 この大事な三つのことを、神ではなく一人の人間に向けて行なった時点で、私の信仰は 終わっていたのです。縋ったのも、願ったのも、そして愛したのも全て。 形ばかりの信仰を苦々しく思っていたはずの私の信仰は、とっくに形骸化していたので す。祈るのも、告白するのも、信じるのも、私の中では一つの手段にまで低落しきってい たのです。そしてそのことに気付いたのは皮肉にも、今頃になっても手で十字を切る癖が 抜けない自分の無意識の動作の一つからでした。 それでも今もまだ、剣を取る者はみな剣で滅びます――と、そんな嘗て読んだ言葉を思 い出しながら、何処かで野たれ死にすることを望んでいたのかもしれません。 執拗に生き続けながら、死を望む。 滑稽で見苦しい矛盾です。 あの子にも笑われてしまうような境遇で、私は存在し続けています。 このことを私が贖罪と感じているのですから、どうやら私は本当に身勝手な人間という ものみたいなのです。 そしてまた、私はどうしていいのかわからなくて、祈ります。 心に残っているあの人の最後の言葉を思い出しながら。 ―――ならもう行きたまえ。君の用件は済んだんだ。 わたしは死にたくなかった。 何もしないままで消えたくなかった。 何も知らないまま終わりたくなかった。 痛い。 痛みを知らなかったわたしが知った痛みは、特別だった。 この痛みこそが、他の人が当たり前のように持っていて自分が持ち得なかったものだっ た。 それまで自分の痛みを人に伝えることのできなかったわたしは、それから初めて人に自 分の痛みを伝えることができるようになりました。 痛みを、与えることで。 殺されそうになって、死にたくなくて、怖くなって、逃げたくて、必死になった時に得 た、わたしの痛み。 その痛みを最初に伝えたのは、わたしに痛みを与えてくれた人達でした。 嬉しかったのかも知れません。 はしゃいでしまっていたのかも知れません。 わたしと同じ痛みを与えた人達が死んでいったのを見て、漸く自分がまだ生きているの だと実感できたのですから。 あんなに恐かったのに。 あんなにも恐ろしかったのに。 何も知らないまま終わろうとしていたことから逃れ出ただけで、新たなくびきを自分で 作ってしまったことにも気付かず、それを自分にとって必要なことだと思いこんでいまし た。 人を、殺すことを。 そして同時に、わたしは愉しみを識ってしまった。 自分の幸せを求めた結果、楽しいことを知ってしまった。 多くの人を殺めることで。 痛いと泣く人の顔を見て、わたしはわたしの痛みを思い出す。 人も世界も心も捩じれ、千切れ、消えていく。 おなかの疼きが強くなるたび、わたしは人を殺した。 人を殺し続ける為に、痛むことを選んだ心と身体。 わたしは――誰よりも凶ってしまっていた。 その事を気付かせてくれたのは…… ―――傷は耐えるものじゃない。痛みは訴えるものなんだよ、藤乃ちゃん。 礼園女学院。 そこは女達の園である。 端的な表現で言ってしまえば、その一言で足りえよう。 名門だとか全寮制だとかでもお金を積めば何でもOKだとかはどうでもいい。 年頃の若い女が集っている―――それ以上の説明が必要かい? その礼園女学院の寮の一室に風変わりな女がいた。 その名は浅上藤乃。 三度の飯より捻ることが大好き。 ダースの妹よりも、ママ先生達よりも、双子のフルハウスよりも、ボーイミーツガール も、勿論巫女みこナースよりも、福砂屋のカステラの端っこを集めて袋売りしているもの よりも、松翁軒のチョコラーテよりも好きだったりしました。 ローマ字で言えばDAISUKI。 一文字変えるとDAISUKEになって野球選手で多そうな名前になってしまうから要 注意。ここテストに出るところだかナー、チェックしとけよー。はーい。そんな先生と小 学生達の熱血リコーダー練習。せんせい、ほうかごもふたりだけでいっしょにれんしゅう しよ♪ はさておいて、浅上藤乃という少女がいました。 そんな彼女が、同居人に声をかけたところからこの物語が、始まる……。 「浅上藤乃の秘密の花園 第三十七話『もう妄想だけじゃ我慢できないの!』の巻!」 「……黄路先輩」 「ふぁい?」 藤乃は自分の部屋に住む美沙夜に声を掛ける。 耳元で聞こえてくる声色を微妙に変えた間抜けなナレーションがいつまでも終わらなさ そうで、仕方がなかった。 黄路美沙夜。 この名前を礼園女学院で知らないものはいないだろう。 厳格で融通の利かない生徒会長として辣腕を振るう一方で、敬虔なクリスチャン。 自分にも人にも厳しいが、人を労わり思いやるところも人一倍。 全員養子で固められていながらも黄路財閥の次女という微妙な立場に悩むでもなく、理 事長に対しても臆することも無く、常に我が意のままに振る舞い続けたその姿はまさに暴 君。学院のシスターなんかは彼女にしてみれば、太刀打ちどころかマトモに相手ができる 者もいなかったぐらいで、特に親しくも無ければ縁も無い藤乃にしてみれば雲の上とまで はいかなくても遠い世界の人間だった。 だが今の彼女は、その頃の面影がまるでない。 ベッドの下に隠された少女漫画を山積みにし、これまた隠してあったお菓子を口に咥え ながら鼻歌交じりに寝そべって漫画を読んでいる。 彼女を知る人の十人が十人否定するであろう黄路美沙夜の姿だった。 彼女が突如として、学院から姿を消していたのは今から少し前のことだった。藤乃が人 生観が変わる体験をして入院していた病院から出て学院の寮に戻ってきて暫くしてからの ことだったのだが、彼女はその正確な時期は知らなかった。 唯一いたそれなりの年齢の男性教諭が外国に渡ってしまったと知らされたり、彼の担当 していた一年四組の生徒が集団夢遊病を起こしていたりと、人里離れた厳かなる学院がち ょっとした娯楽に飢えた生徒達の噂話にはもってこいの騒ぎを多発していたこともあって、 生徒の殆どは口煩かったかつての元生徒会長の不在にまで気が回らずにいて、自然藤乃も 知ることがなかった。 暫くたってから留学したのではないかという噂が流れたが、藤乃はその話を学院からの 最低限目を通していく程度のパンフレットと同程度の感覚で聞いていて、他人事でしか記 憶していなかった。 その彼女がいつしか藤乃の部屋に住み着いていた。 彼女が言うには藤乃の部屋が個室だったのが決め手らしい。基本的に寮は二人一組なの だが、浅上建設の令嬢という表向きの顔である藤乃はそのふんだんに支払われている寄付 金によって個室を貰っていた。 藤乃が聞いたところ、美沙夜は自分では学院の籍を抜いたつもりでいて、黄路の家から も縁を切られたつもりでいるらしく、彼女一人身一つで行くところも頼るところも無いの で、藤乃の部屋に住まわせて欲しいと勝手に部屋に入り込んで今日に至っていた。 実際のところは藤乃の部屋に住み着いている美沙夜の姿は多くのシスターや生徒達に目 撃されていて、内緒で潜んでいるつもりなのは当人だけなのだが、黄路家の力や彼女自身 のおっかなさを知っているので目撃した人はみんなして見て見ぬふりをしていているので 今のところ全く問題にはなっていない。 だが、藤乃自身はその影響で色々と面倒で厄介なことになっていが。 一つはすっかり美沙夜が変貌していたことだった。 以前のような小姑及び行かず後家選手権万年シード候補選手であった彼女から、真面目 の三文字の頭に不の一文字がどうやら張り付いてしまったらしく、年中ゴロゴロしている は、人のものは勝手に漁るは、話は聞いてくれないわでどうしようもない人間になってし まっていた。それなのに何故か傲慢なところだけは全く変わっていなかったので、藤乃の 迷惑を知らん顔でやり過ごして勝手に住み着き続けている。 そして彼女の他にもう一人、藤乃の部屋には同居人が増えていた。 安らぎの場所であるはずの自分の部屋に変人が住み着いてしまったので、気晴らしにと 藤乃が街を歩いていた時に拾ってしまったものだった。 薄手の華やかな白い衣を纏い、腰まで伸びた長く艶やかな黒髪の女性。 二十歳を幾つか越えたあたりの大人びた雰囲気の容姿の彼女は、優雅に両腕を広げて風 にはためくようにしてそこにいた。 路上の真ん中に。 藤乃は初め、ホログラフィーか何かかと思っていた。 誰もその存在を気に留めず、素通りして通り過ぎていく光景。 そして半透明で僅かに地面から浮いているその姿は、幻想的で幽玄の美を感じさせる人 工物のように見えたからだ。 それが、他の人と同じように身体を素通りするのを躊躇い、避けるようにして横を通り 過ぎようとした藤乃の耳元で喋るまでは。 「女子高生とか好きだから!」 瞬間、藤乃はあとずさった。 「な、な……」 あまりのことに言葉の出ない彼女と、そんな藤乃の様子をおかしそうに静かに微笑む女 性。 「あなた、やっぱりわたしが見えるのね」 「……っ!」 「感じて避けているんじゃなくて、見て避けているようだったから声を掛けてみたんだけ ど……」 更に話しかけられてたじろぐ藤乃。 慌てて周囲を見回すと、怪訝そうに彼女を見るものはいるものの、誰も藤乃の目の前の 存在に気付いているものはいないように見えた。 「え? え?」 「なに? その……変装した飼い主を見て首を傾げる犬のような顔……」 「そ、それは一体、どんな顔なのですか……」 藤乃は驚きながらも、笑うと少し子供っぽい顔になるんだなあと妙なところで感心して しまっていた。 「初めまして、礼園女学院の学生さん。宜しければわたしの退屈に付き合って下さらない かしら」 巫条霧絵。 不治の難病の果てに飛び降り自殺した浮遊霊の彼女は、何故かそのまま藤乃にくっつい てきてしまったのだ。しかも美沙夜にも彼女が見え、果てには意気投合までしてしまって すっかりと居座ってしまっていた。 因みに冒頭のナレーションやら嘘タイトルやらは彼女が行なっていた。 「わたしを助けたのが運の尽きよ。大人しく幸せになりなさい」 「助けていませんし、幸せにもなれそうにありませんが……」 明後日の方向を見ながら何故か偉そうに言う霧絵。 何でも浮遊霊になってからはそれまで見ることのできなかった場所を好き勝手に心ゆく まで巡り巡ってきたらしく、微妙に要らん知識を仕入れてしまっていた。 「全ての一般的な事象には、必ず例外という物が存在する。それだけよ」 藤乃が何を聞いてもその一点張りでろくに答えてくれない。 辛うじて聞けたことは、実際に死ぬ以上の死に対する壮絶な体験をしてしまい、飛び降 り自殺をしてもその快感は得られずに心残りとなって、その未練が霊として自分をここに 留めてしまったのだという何故か自慢するような口調での説明と、今まで何も無い病室と 病室の窓から覗ける景色だけが自分の世界だったものが、一気に広がったことで嬉しくて あちこち浮遊しまくってこの世を謳歌していたのだと頬を赤らめて嬉しげに語る内容ぐら いで、藤乃が聞くこれからどうするつもりだという建設的な意見やいつまでいるつもりだ という展望的な意見に関してははぐらかしと無視で応じていた。 すっかり仲良くなっている美沙夜によると、それは生前の性格ではなく、一人暮らしの PCだけが友達っぽい雰囲気の青年の部屋にこっそり勝手に居座って観察をし続けた時に 何かを悟った結果だという。 そんな調子なので、部屋に住み着いたことに対しても「一人も二人も一緒」「霊体だか ら食費かからないし」「じゃあ最後は多数決で」と美沙夜と二人掛りで説得という名のご り押しをされてしまっては本来、それほど気の強さに縁の無い藤乃に勝ち目は無かった。 「わたしの存在価値なんて……この世のどこにも、かけらさえ無いのよ」 「いやだから、そう思うなら迷わず成仏してください」 「まあ浅上さん。あなた、仏教徒なの?」 漫画に没頭していた筈の美沙夜が口をはさむ。 「いいえ……」 藤乃は先日、鮮花の知り合いの未来視の少女に「大変でしょうが、頑張って生きてくだ さい!」と唐突に励まされたことを思い出す。 てっきり、それまでの自分の境遇に対しての言葉かと思っていたのだが、どうやらこの 状況のことを指していたらしいと今ごろになって理解した。 「はぁ……」 「駄目よ、藤乃。ため息の数だけ幸せが逃げていくと言うじゃない」 「流石、霧絵さん。博識ですわね」 俗説とも言い難い霧絵の他愛ない言葉に、妙に納得する美沙夜。 「……美沙夜。あなたは素直で良い子ね」 「そ、そんな霧絵さん……」 霧絵の言葉を賛辞と受け取った美沙夜は顔を赤くし、自分の髪を指で弄っていた。 一度短く切って、それを気にしていた時からの癖だったのだが、手入れを欠かさなかっ た頃の長さに戻って以降も残ってしまったようだった。 「はぁ……」 藤乃は目の前のもの全てを捻じ切ったらどんなに愉快だろうと想像する。 想像するだけに留めて置くのが彼女の奥床しさであり、限界でもあった。 「鮮花さんなら、やっているのでしょうね」 溌剌として毅然として冷静な一方で、激高しやすい親友の顔を思い出して知らずに呟い ていた。 「ちょっと散歩に出てきます……」 部屋が安らぎの場所で無い以上、藤乃が安らげるのは外しかない。 特別扱いで咎められない事をいいことに、軟禁同然の他の生徒に気付かれないように藤 乃は寮を出た。 「あら、また徘徊?」 「……散歩です」 ―――母さま、藤乃はくじけてもいいですか。 最近、泣きが入ってばかりの藤乃の心の叫びは何処にも届かなかった。 「……ですから、どうしてついて来るんですか」 「私も外の空気を吸いたくなりましたの」 「そんなこと言っていますが、美沙夜はあなたのことを心配しているのよ。顔色も良くな いみたいですし」 当事者たちはその原因が思い当たらないらしく、気遣い顔で藤乃を見る。 「藤乃さん。貴女、何か悩み事でもあるの。もし良かったら力になりますわよ」 ただでさえ街中では異質な西洋風デザインな礼園女学院の制服を女子生徒の二人組は目 立つらしく、歩いているとどうしても通行人の目を引く。 「大丈夫です。お気になさらず」 だからとっと消えてくれと言えない自分を嘆きつつ、藤乃は取り繕った笑顔で答える。 「遠慮しないの。同じ男を好きになった仲じゃない」 「……っ!」 霧絵のその言葉に、固まる藤乃。 「あら、そうなんですの」 「それがね……」 「ふ、巫条さん!」 「これぐらいで動揺してちゃ、あの子には勝てないわよ……」 藤乃の想い人が自分の親友の鮮花の兄の黒桐幹也であったとか、彼が自分と戦った両儀 式にぞっこんだとか、知りたかったけど知ったらめげるような話を藤乃は霧絵から聞かさ れていた。自分もその二人に縁があったのだと藤乃に対して言っていた彼女だったが、藤 乃にしてみればこうして雑談として喋られるのには抵抗があった。 「男の人はね、女の人に母親であり、妹であり、恋人であり、娼婦であって欲しいのよ… …わたしなら、なれるわよ」 そう蕩けたような笑顔で言う彼女に「その前にあなた人間じゃないじゃん」とツッコミ を入れられるような人間はこの場には居なかった。 「それでは普段お世話になりっぱなしの藤乃さんへ恩を返すためにも、一肌脱ぐことにし ましょう」 「あの、そんなことに気を遣うぐらいでしたら……」 「恋愛成就を祈ってまずはお茶しましょう。アーネンエルベでいいかしら?」 「ええと、あの……」 「あのほの暗く落ち着いた雰囲気のお気に入りの喫茶店ね。いいんじゃないかしら」 「その……」 「私は辛い恋が終わってしまったばかりですけど、藤乃さんにはそんな思いは決してさせ ませんわ」 「夜空に星が瞬くように 溶けた心は離れない たとえこの手が離れても 二人がそれを 忘れぬ限り……素敵ね」 「……いい加減、捻りますよ」 そんな勝手なことを言い合う二人を藤乃が追う。 今、アーネンエルベを求めて小走りしている彼女たちは、 礼園女学院に通うごく一般的な女の子。 強いて違うところをあげるとすれば、 霊感が強いってとこかナ…… 名前は浅上藤乃と黄路美沙夜。 「…?」 ふと見ると、ベンチに一人の若い女が座っていた。 「ウホッ! いいお……」 「やめんか!」 一人ナレーションをしていた霧絵が、鞄で叩かれていた。 「……え?」 「霧絵さん!」 他の人からはベンチに座っていた女がいきなり立ち上がってただ鞄を振り回したように しか見えなかった筈だが、二人には霊体である霧絵がその鞄で叩かれたことに驚いていた。 「全く、久しぶりの再会だというのに……すっかり変わったなあ」 「貴女は少しも御変わりなく」 叩かれたとはいえダメージはないらしく、平然と立ち上がって女に微笑む霧絵。 女に面識のない藤乃と美沙夜はそんな二人を怪訝そうに見比べた。 「まあいい。正直なところ用件は似たようなもんだ」 「え?」 その若い女――青崎橙子は再びどっかとベンチに腰を下ろして脚を組むと、三人を舐る ように見下ろして、言った。 「やらないか?」 |