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21:50 すかいてんぷる 出入口前 The SKY TEMPLE entrance 21:50 PM  あれから、どれだけの時間が経ったのでしょうか…。  すかいてんぷるの慌ただしかった一日も、この三人組のお客様を最後に、終 わりを迎えようとしていました。 「ほなら、支払い頼むで詠美」 「なっ! ちょっ、ちょっとぉっ! なんでパンダのエサ代まで、アタシが払 うのよぉ!」 「ごちそうさまです、詠美ちゃん様」 「ふみゅっ! ア、アンタまでそんなこと言うのぉぉぉ!」 「ええやんええやん。この三人の中で、一番稼ぎがええのは詠美やし」 「ブルジョアですから」 「同人界の女王なんやろ? んなら、ここは一つ度量のデカイとこ、ドカーン と見せたってぇな」 「…う」 「な? な? なぁ?」 「そ、そこまで言われちゃ…そうね。たまには下々の者達に施しをするのも大 事よね」 「せやせや」 「ふふーん、いいわよ。じゃあ、ここの払いはアタシが持ってあげる。アンタ 達、目一杯夢一杯、感謝しなさいよね!」  ピロリロリロ♪  チャイムの音と共に、最後のお客様が出ていかれます。 「ありがとうございました」 「ありがとうございましたぁ」 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」  大空寺さん、玉野さんと一緒に、ドアの向こうへ恭しく頭を下げる私。 「さて、それではみなさん。閉店作業を始めましょうか?」 「今日は色々あって疲れたから、とっととクローズさせて上がるさ」 「御意!」  大空寺さん、玉野さんが後片付けを始めるのを手伝いながら、今日のことを 思い返します。  今日ほど店長として、いえ一人の人間として自分の未熟さを思い知らされた 日はありません。  この日を教訓を糧に今後はより一層励まなくてはなりません。 「そう言えば店長さん」  ほうきを持った玉野さんが、私の方に近寄ってきます。 「はい。なんでしょうか」 「今日は見慣れぬ店員さんがいたように思われるのですが……はっ!?」  自分で言いながら、何やら思い至ったようです。 「もしかして新しいバイトさんなんでしょうか。となるともしかしてせ、せ、 拙者はこの掃除を最後に用済みとか言われちゃうのでございましょうか……」  ガタガタと震えだす玉野さんは自分で悪い方向に悪い方向に考えが傾いてい るのが見ていて良くわかります。 「やはり常日頃からの数々度重なる失態の積み重ねが今日という日を迎えるに あたっての遠因であったり、でも、いやいやいや! うぅ……でもでも! 例 えそうだとしても、最後まで責任を全うしてこその……」 「何か誤解をなさっているようですが、そんなことはありませんよ」 「まことか!」  もう少し追い詰められた玉野さんを見ていたいという誘惑もありましたが、 可哀相に思えたので誤解を解きます。  ぱっと表情を変える玉野さんを見ていると……おっといけません。  気を引き締めなくてはいけません。 「それよりも今日は本当にお疲れ様でした。随分とお客様の入りが良くて大変 だったでしょう」 「いえー、回転はそれほどでしたので……と、おおっととと!」  また慌てて自分の口を抑えています。 「危ない危ない。これは先輩に口止めされていたのでした」  どうやら長居する客が多くて、店として回転率としてはさほどではないと言 う事を言いたかったみたいです。  大空寺さんも雇われ店長とは言え私に向かっては言いにくいことだと思った のでしょう。 「まゆまゆ! いつまで話してんのさ!!」 「はっ! ただい……ま゛っ!!」  ――がつんっ!  急に振り返って歩きかけた玉野さんは、腰骨のあたりをテーブルの角にぶつ けてしまい震えています。 「大丈夫ですか?」 「……ぐおおおおぅ!! へ、平気ですぅ〜」  あまり平気には思えませんでしたが、玉野さんは頑丈のようですし、度々今 のようなことはしているようなので、恐らく大丈夫なのでしょう。 「では引き続きフロアの掃除をお願いします。私は厨房の方を覗きに行きます ので」 「ぎょ、御意っ!」  おのれぇ〜、おんのれぇ〜と怨嗟の呟きを聞きつつ、私は騒ぎの中心になっ た厨房の方に足を運びました。  被害の大きさの割りには人的被害が殆ど無かったのは奇跡に近いです。  被害の方も当事者の方から名刺を戴きまして、弁済の目処はたっているので 金銭面に関してはそれほど心配ではありません。  問題は営業の方で、代わりの食器やフロアの修理などが終わるまでは休業を 余儀なくされるでしょうし、私も本部の方に事情を説明に行かなくてはいけま せん。  忙しい日々はまだまだ続きそうです。  ですが… 「鳴海君は一体どこに消えちゃったんでしょうねぇ……」 21:51 すかいてんぷる 出入口前 The SKY TEMPLE entrance 21:50 PM 「ありがとうございました」 「ありがとうございましたぁ」 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」  辛うじて破損を免れたレジで精算を済ませると、身体中を煤けさせてはいた が頑丈そうな店員達に見送られて、由宇達は足元のガラスの破片に注意しなが ら半日ぶりに外に出た。 「ふ、ふわわぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」  大欠伸と共に腕を突き上げるように伸ばす由宇。 「ん、んぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜」  その欠伸につられるように、同じように欠伸をする詠美。 「はふぅ」  彩も手で口元を隠しながら欠伸を堪える。 「眠いー 疲れたー」 「あー、うっさいわ」 「結局、殆ど進みませんでしたね」 「そやな」 「うー、首が痛い。腰が痛い。頭が痛い」  詠美のぼやきを耳障りと感じながらも、由宇も自分の頭が痛くなっているの を感じていた。  他の個所はいつものことなのでわかるのだが、頭の痛みだけはちょっと違っ ていた。  まるで誰かに殴られたかのような鈍痛がする。 「………?」  そっと手で痛む個所を触ってみるとタンコブができていた。  殴られたような心当たりは、ない。 「? ? ?」 「結局、ごーどーしはネタすら決まらなかったわね」 「そうですね、どうしましょうか?」 「ねえパンダ……ってどうしたの。いつになく間が抜けた顔して」 「アホ。いつになくは余計やねん」  詠美の言葉に反応しつつ、由宇は頭の膨らんだところを擦っていた。 「あーあ、いきなり目の前でとんでもないことでも起きないかしら」  ネタになるようなさ、という詠美に由宇は冷たい視線を向ける。 「そないな都合の良いことそうそうあるわけないやろ。あったら苦労せんわ」  普段なら手の一つでも出るところだが、それが出ないところを見ると由宇も それなりに疲れているのだろう。  彩もぼんやりとした頭のまま愛用のカートを引きながら、二人の横に並ぶ。 「………」 「なかったことにしちゃおっかー」 「あかん。一度決めたことはやり遂げるのが同人魂ってやつや」 「………」 「もう〆切まで時間ないし、無理よ無理」 「諦めたらあかん! もっと頭捻るんや」 「………」 「頭ひねるって言ってもさ……て、あれ? 彩」 「ん?」 「………」  二人で彩の顔を覗き込む。 『やぁ、彩ちゃん』 『彩ちゃん、彩ちゃん』 『今夜も楽しく遊ぼうよ』  みんな、お出迎えありがとう。  無口でいつもにこにこのとっぽさん  健康的で運動得意なゆーたろーくん  大人の女性の雰囲気溢れるルフィーさん  元気いっぱいガナンちゃん  ちょっと乱暴だけど力持ちなサルゴロス  悠然自若で世界を見守る三木衛門さん  みんな仲良し。  みんな夢の中でのお友達。  ○ょっこり○ょうたん島サイズなお友達  今日もみんなで歌おう、お話のはじまり 『『『『『きょ〜うのおはなし、なんだろな〜』』』』』  みんながてをつなぎ、わっかになって歌います。  わたしも一緒になって歌います。 『……きょうは、山下陸軍中尉のお話だぁ!』  ゆーたろーくんがそう言うと、  とっぽさんが昔、戦争をする時に着る軍服と言うのを着て現れました。  カーキーでポケットがいっぱいあって身体中に膨らみを感じるファッション です。 『題して……』  もんぺはかま姿になったガナンちゃん。  せんさいこじ、という格好です。  ぼうさいずきん、というのもかぶってます。  こっちもなかなかレトロなファッションです。 『『『『『「今夜、陛下と、からくり時計」』』』』』  三木衛門さんの白黒の写真が用意されました。  こっちは黒っぽい紺色の制服。  昭和の天さんのコスプレのようです。  ずり下がりかけた眼鏡が、いい味だしてます。  こうして今日も皆でわたしにお話を演じて聞かせてくれます。  因みに今日は、戦争物です。  ルフィーさんが男役で演じるアメリカのレッドという飛行機乗りが、空襲に 行った先の日本の神戸で日本の対空砲火によって撃ち落とされて、パラシュー トで脱出します。  そこで偶然、戦災孤児のガナンちゃん演じる智恵ちゃんと出会います。  そこから主人公の山下中尉とレッドの人種を超えた友情、憲兵隊員のサルゴ ロス演じる黒田からの逃避行、防空壕を襲ったミサイルから智恵ちゃんを救っ たのは額に入った一枚の……  激しい爆音。  空爆の始まりです。  警鐘が打ち鳴らされ、叫び声が轟く。 『『『『『「空襲だぁ、空襲だぁ」』』』』』 「起きなさいってば、彩」 「歩きながら寝るんやなぃ」  熟睡しながらも歩みを止めようとしない彩を両側から押え付けて、身体を揺 する詠美と由宇。 「ムニャムニャ、あんなところがからくり仕掛け……」 「は、はぁ?」 「何の夢見とるんやっ!!」  延髄チョップが彩に決まる。 「…はうっ!」 「ちょ、ちょっとパンダ!」 「あ、遂アンタ相手みたいにやってしもうたわー」  プルプルプルプルと小刻みに痙攣する彩を前に、アハハと笑う由宇に詠美が 食って掛かる。 「あたし相手って……あんたってば!」 「――ネタが降臨しました」 「ひっ」  いきなり目を覚まして耳元で囁かれ、仰け反る詠美。 「おおっ。ホンマか、彩ちゃん?」 「はい。これなら大ヒット間違いなし、です」 「び、びっくりさせないでよね」  心臓を押さえながら詠美が抗議するが、興奮した由宇と彩には届いていない ようだった。 「ちょ、ちょっと二人ともあた… 「そーか。そーか。流石は彩ちゃんや」 「はい」 「聞いて… 「じゃあ善は急げというしな、早速」 「はい」 「だからあ… 「ここから一番近いのは?」 「詠美さんの家です」 「そっか。なら決まりやな」 「聞きなさいよっ!」 「じゃあ行くで、詠美」 「へ?」 「ラストスパートです」 「へ? な、何…」  詠美の襟首を掴んだまま、引っ張っていく由宇。  愛用のカートを引いて続く彩。 「な、何? 何よ、一体どうしたっていうのよー」  詠美の叫びは届かない。 「ねえパンダ?」 「ふっふっふっ……」 「あ、彩?」 「すやすやすや……」 「ちょ……」  思わず頬が引きつる。 「ちょっと何なのか説明しなさ――――――――――っい!!!!!!!!」  連行される詠美の絶叫は夜の住宅街に響き渡る程だったが、遂に二人に届く ことはなかった。  そんな三人にとっては極当たり前の一日が、今日もまた過ぎていったであっ た……。                          SSパーティー4・完
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