『零れ落ちる笑みの中で』〜from TASOGARE〜   『おはよう、強化兵の諸君。    君達も知っての通り、諸君の同僚でもあり仲間でもある水戰試挑躰岩切花枝が行方   知れずになって一週間が経とうとしている。言うまでもないが君達強化兵は我が大日   本帝国の最重要機密兵器いわば秘密兵器的な存在である。その重要機密である君達の   仲間の一人である彼女が我が国の機密を狙う敵の手に落ちたとしても何の不自然なこ   とはあるまい。事実、彼女が失踪したとされる訓練施設付近で日本人らしからぬ振る   舞いの人影を多数見たとの現地人の情報もある。敵が我々の気づかぬうちに秘密裏に   上陸しているのであれば、脱出される危険性が非常に高い。    さて、強化兵の諸君。君らに与えられた使命は水戰試挑躰岩切花枝、もしくはその   遺体を敵の手から無事に奪い返し、研究施設ら調べ上げられたものの全てを破壊する   ことだ。例によって方法と動員する人選は全て君達に任せる。ただ、もちろん君ら強   化兵もしくは動員兵が捕らえられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないからそ   のつもりで。なお、この磁気録音機材は自動的に消滅する。成功を祈る』    そういうことで、蝉丸達3人は陸軍特殊部隊司令部の訓練施設を出て捜索活動にあ   たっていた。   「久しぶりの娑婆の空気はうめぇなあ……」    燦々と輝く太陽の陽射しのもとで、御堂が大きく伸びをする。    その後ろを俯いた状態で続く蝉丸と光岡。   「………」   「………」    共にその表情は冴えない。   「これで辛気臭ぇ顔のお前らと一緒じゃなければ最高なんだがな」   「御堂。火戰試挑躰のお前はいいかも知れないが元々我々の体内に植えられた仙命樹   は日光に弱いのだ。我慢してもらおう」   「そうだ、無理を言うな。遊びに出ているわけではないのだぞ」    蝉丸は既にうっすらと汗をかきながら地面を眺めていた顔を上げる。   「ケッ、エラそうに。いいか、別に俺はお前に従う必要はないのだぞ」   「そんなことは判っている。だが、俺達の使命は岩切を探し出すことだ。その為に必   要なことであれば何でも言うし、何でも聞くつもりでいる」   「フン」   「……蝉丸も御堂も落ちつけ。こんなところで言い争ったところで無益だ」    光岡が険悪なままの二人の間に割って入る。    御堂が蝉丸に突っかかり、光岡が間に入る。    訓練施設の中から続いていたこの調子が、今もなお続いていた。   「しかし手がかりも殆どない状態でどうやって探せば良いのだ?」   「地元住民の話ではこの山の奥に一見日本人風の団体の姿を見たとか」   「当てになるのか、そんなもんが?」    御堂の疑問は尤もだった。   「例え無駄足でも行ってみるしかあるまい。我々に他にアテがあるわけではないのだ   からな」   「人目につきやすい海岸沿いを歩くとも思えない。それに水の近くは岩切の得意な場   所なだけになるべく縁遠い地を選ぶのではないか?」   「ああ。目撃情報が正しいにしろ、そうでないにしろ山狩りは必要かもしれん」   「足跡でも見付かれば良いのだが……」    山に入ると、幾分木陰が多く出来るせいで蝉丸と光岡の表情も和らぐ。    そして身を屈めるようにして足跡など残っていないか目を光らせる。    一人あまりやる気のない御堂が大あくびをしながら、後に続く。   「大体、敵に浚われたとか……アイツの性格からして捕まるぐらいならとっくに自決   でもしてんじゃねーのか?」   「うむ。その可能性は否定できないな」    御堂の放言に、頷く蝉丸。そして光岡が口を開く。   「だとしても、その遺体を確認するまでは我々の命が解かれる事もあるまい」    その遺体が敵の手によって調べられる方が厄介かも知れぬ――そう付け加えて。   「光岡は岩切と親しかったようだし、俺よりも判っているのかもな」   「ケッ、あんないけ好かない女のどこがいいんだか。あんなあばずれ放っておけばい   い。もっとマシな女などいくらでも代わりなどいくらでもいるだろうに」   「御堂。それは差別というものだぞ。それに俺達が熱心なのは、同僚としてここまで   辛い訓練を共に乗り越えてきたからこそだ。男も女もない。なあ、蝉丸」    顔をあげて同意を求める光岡に蝉丸は深々と頷く。   「ああ。あれはあれで」   「「はあ?」」    蝉丸の言葉に怪訝な顔をする御堂と光岡。   「ん? 小生意気な女の身も心も汚しきって屈服させる愉悦について話していたので   はないのか?」   「「違うっ!!」」   「む。いつの間にハモるほど仲良く……」    一瞬怯む蝉丸に唖然とした顔をする御堂と、   「しれっとした顔でとんでもないこと考えてやがったな…」   「……好敵手として恥ずかしいぞ」    困った顔をする光岡。   「そうか?」   「うわ、全然堪えてねぇ」   「その思考はかなりまずいぞ」   「全く完全体様の考えることはわかりゃしねえな」   「そう二人して誉めるな、些か面映い」   「違うわっ!」   「この阿呆っ!」   「む」    二人に貶されて、流石に表情を強ばらせる。   「第一、俺達にはきよみがいるだろうがっ!」   「ああ、そうだな」    あっさりとその言葉に頷く。   「きよみ? ああ、あの昔時たま邪魔しにやってきていた杜若鷹翁の娘か?」   「ああ」   「俺達3人は幼なじみだった」    御堂の問いに昔のことを思い出すような表情を光岡は浮かべる。   「最近は見ねーな」   「ああ」   「ここ暫くは体調を崩していてな」   「ふん。従順そうな小娘だったしな。以前から病弱そうな顔していたし」    御堂が不貞腐れたように言うと、光岡の表情がキッと険しくなる。   「御堂! きよみを侮辱するな」   「ケッ、光岡。貴様だって結局は手前の都合の良い女が好きなんじゃねーか」   「違うっ!」   「ああ、光岡の言う通りだ。彼女はあれで相当のお転婆だぞ」    その蝉丸の言葉に何故かショックを受けたような顔をする光岡。   「………そう、なのか?」   「ああ。二人きりの時はな」    更に落ちこんだ表情になる光岡。   「………」   「………」   「…俺は、そんな彼女はあまり知らない……」   「む? そうだったか」    ポツリと呟いた光岡に蝉丸はしれっと答える。   「ケケケ、ざまあねえな」   「………」   「何を落ちこんでいるのか知らぬが心配するな。何があっても俺達3人は親友だ」    ポンと光岡の肩を叩きながら話しかける。   「ま、待て! 蝉丸。その言い方はまるで規定路線のように…」   「別にお前が俺達の引きたて役になっていても悲観することはない。お前ほどの美形   、上っ面だけを好む軽薄な婦女子の一人や二人……」   「だから待て! お前ときよみがくっつくと決まったわけじゃないのだろう!?」    ムキになって反論しかける光岡に、蝉丸は首を傾げた。   「光岡………何を言っているんだ、お前?」   「んな心の底から心外そうな顔をするなっ!」   「いいか光岡。お前が俺のきよみにどんな劣情を抱こうとも俺はお前を軽蔑したりは   しないが…」   「貴様! なにトンデモ妄想してやがるっ!」   「でもあのきよみって女。生物機械科の犬飼とかいうヤツとデキてるって噂だぜ」   「………」   「………」   「所詮は二人揃っていいお友達ってこっちゃねーのか? ひゃははは…」    大笑いしながら歩く御堂の後ろで、蝉丸はじっと海を見ながら呟く。   「あの女、調教してやる」   「待て! 蝉丸。今、何て口走った!!」   「む? 心配するな光岡。親友の誼でお前にも廻してやる」   「何をだっ! き、貴様……斬るっ!!」    思わず光岡は刀を抜きかける。   「そう興奮するな。戯言だ」   「………」   「それよりも岩切を探すのが先だ。あんなのでも生物学的には女だ」   「こ、こいつは……」   「体つきは悪くない。磨けば光るかもしれん」   「いーから貴様はもう黙れっ!」   「光岡……」   「な、何だ……」   「よく、聞け……。お前がいま感じている感情は精神的疾患の一しゅ――」   「違うわっ!!」   「流石にもういい加減にして、探そうぜ」   「なんだ御堂。疲れた顔して?」   「お前見てたら気ぃ抜けた」   「それはいかんな。老衰か?」   「………」    わざわざ御堂の顔を覗きこむようにして聞く蝉丸。   「いいから蝉丸、お前は黙れ」    光岡が止めに入ろうとする。   「ところで御堂、お前一体いくつだ?」   「………喧嘩売ってるのか、坂神」   「む。単純な知的好奇心の現れだ。その顔は人類学的に珍妙なものだと思えたのでな」   「てめえ……」   「だからもう喋るな」    頭を抱えながら、御堂を押し留める。   「しかし、岩切の奴は無事だろうか……」   「「唐突だな!!」」   「俺達はあいつを探し出すのが使命ではないのか」   「誰よりも忘れていたと思っていたぞ」   「失敬な。あの囚われの姫君を救出せねば帰還できないではないか」   「姫君ねぇ……あいつがそんなタマか」   「彼女以外、生存する女性の強化兵がいない以上、紅一点という言い方は出きるかも   知れんな」    光岡がフォローする。   「しかし前から思っていたのだが、自分から進んで強化兵になるなんて変わった女だ   と思わねぇか」    そんな御堂の言い方に、思わず聞き返す。   「む」   「どうしてだ?」   「はぁ。こんなモン、マトモな頭の持ち主なら嫌だろうが……最初は志願者を募ると   か言っていたくせに誰も集まらねぇから、無理矢理徴用されたのが殆どだぜ」   「………」   「………」   「強化兵なんて聞こえの良い言い方したって所詮は人体実験の材料だぜ。しかも自分   の身体にわけわかねーもんを寄生させんだ。真っ当な頭の奴ならまず嫌がるぞ」   「………」   「………」    急に二人揃って押し黙る。   「ま、まさかおめーら……」   「すまん、真っ先に志願した」   「悪かったな。俺もだ」   「馬鹿だろ、おめーら」    きっぱり言い放つ御堂。   「む。人外な顔で言われるとかなり傷つくぞ」   「蝉丸は黙れ。いや、そんなはずはない。志願者多数で選抜試験が行われた程だった   筈だ」   「ばーか。あれは全部サクラだよ」   「………」   「………」   「そうだったのか。随分と余裕綽々な連中だと思ったら……」   「知らなかった……確かにあの頃に見た連中で今強化兵として訓練している者は見た   ことがないな」    ショックを受ける二人。   「ひゃっはっは……ま、おめーらみたいな馬鹿がいるからこの国も安泰だ」   「そう誉めるな、照れるぞ」   「誉めてない誉めてない。で、御堂。そういうお前はどうして……」   「隊の上官と喧嘩して遂、殺しちまってな…処刑されるかここに来るしかなかった」   「そ、そうだったのか……」   「む。殺人犯だったのか。むむむ……」   「蝉丸。どうして俺の背中に隠れる」   「……恐いし」    光岡の背中に顔を半分だけ覗かせるようにして呟く蝉丸。   「てめぇ!」   「お前はっ!」    二人揃って蝉丸の頭をはたいた。   「うぐっ!」   「けっ……まあお前らは馬鹿だから、俺は罪を犯したからとそれぞれの理由があるが   ……あいつはどうなんだろうなと思ってな」   「その言い方には頷き難いものがあるが……確かに岩切はどうなんだろうな」    御堂の言葉に光岡も頷きながら顎に手を当てて考える。   「俺は知らん」    立ちあがりながら蝉丸が口を挟む。   「聞いてねぇ」   「黙れ」   「む」   「あいつ、ちょっと変わってるところがあるからな」   「変わっているというか…………ぷっ」   「?」   「くくくくくく!」    いきなり噴出した御堂は、目に涙をためるほど大笑いし始めた。   「どうした、黴菌でも脳に入ったか?」   「な、なんなんだ?」   「ああ、いや。思い出しちまってな。ちょっと聞けよ、あの女の伝説!」   「「でんせつ?」」    ハモる二人。   「あのよう、俺達が強化兵になりたての頃さ、訓練施設の競技場で軍事大臣らの視察   があったじゃんか?」   「ああ」   「確か強化された能力を見せつけて予算をせしめる為に行われたやつだな」    ナイフ一本同士の模擬戦を行ったり、射撃技術を披露したり、半裸になって肉体美   を見せつけたりと何故か関係者が券のようなものを持ちながら熱の篭った声援を戦う   蝉丸達に送っていたことを二人は思い出す。何故か札束をポケットに入れていた特殊   部隊司令部首脳だけがホクホク顔だった。    その頃は蝉丸と光岡は互いの存在は知っていたが、御堂ら他の強化兵とは殆ど口も   交わさない程の殺伐とした雰囲気だった。    一人脱落し、二人減りと次々に失敗作が倒れていく中で僅かに残った彼らだけが今   もなお日々の訓練を積める身になっていた。   「あの頃はまだ水戰試挑躰の実験が失敗続きで、負荷に強い女で試すとかいって集め   られていたヤツラは隅っこで見学していたんだ」   「ふむふむ」   「初めは周りの連中同様に遠くで大人しく見物していたらしーんだが、見辛かったん   だろうな。もっと間近で見たいとばかりに周りが止めるのも聞かずに合同演習の近く   まで一人やってきたのあいつだったんだ」   「血の気多そうな奴だからな。納得できる話だ」   「でもこっちはよっぽどの事がない限り死ぬことのない強化兵の集まりだ。多少の怪   我なんかすぐに治っちまうから放って置けとばかりに血や汗を飛び散らせながら暴れ   ていたもんだから、かぶりつきの席にいたあいつはそれらをモロにかぶっちまって」   「む」   「血のことなんかは機密で知る人もいねえもんだから、ただ女が一人返り血を浴びて   るってもんで、あいつが一人で飛び出していったのを慌てて捕まえに行った下士官や   同じ水戰試挑躰の実験材料の女達、捕まえた時にそいつの服に付いた血を指で拭って   調べたその直属の上司、あいつの身体に付いた血を拭った医師、騒ぎに駆け付けた連   中と次から次へと伝染して、気付けば宿舎の一角で当の大臣も混ざってあいつを中心   に大乱交になってたんだとよ!」   「「「ぬははははははは!」」」   「そう言えば俺も一度、あいつと共に訓練していた女に聞いたんだが――」   「ふむふむ」   「いつも気丈なあいつがいよいよ明日仙命樹を体内に取りこむという時になって、何   故か非常に浮かない顔をしているのに気付いたそうなんだ」   「ほお」   「で、流石に怖気づいたのかと思って聞いてみたら……自分は騙されたとか言ってい   たんだ」   「騙されただと?」   「それが自ら進んで人体実験に参加したのは、人魚になる為だったんだそうだ」   「「人魚?」」   「ああ。どうもあいつの頭の中では水戰試挑躰=人魚という構図があったらしい。だ   が意に反して全然そんなんじゃないから嫌だって泣き喚いて大暴れ」   「「「わはははははははは!」」」   「なるほど、それが花枝伝説か」   「……そう言えば俺が知っているものでも、面白い事があったぞ」   「何だ?」   「岩切が射撃訓練に勤しんでいて、最初はいい感じだったのだが……」    話し上手なのか、光岡の言葉に惹きつけられる御堂と蝉丸。   「上官の一言を境に見る見るうちに照準が定まらなくなって……」    身振り手振りを交え出す。   「的に当たるどころか、終いには逆上した上官にまで壁や天井に跳ねかえった弾が襲   いかかり…」    光岡の仕草に二人は身体を揺さぶり出す。   「岩切も岩切でムキになって撃ち続けるものだから、次から次へと弾を装弾しては撃   ち続け……」   「ははは、……大暴れしながら乱射してたんだろ?」   「ひゃっはっは あいつも懲りないやつだなぁ………」   「あはははは! …俺もなぁ、昔……」   「二人とも知ってるか? あの女な、最初の水中訓練の時も同じこと繰り返していた   んだぜ」   「「「あはははははははは」」」   「がはは、そんな話も施設中の噂になっていたな」   「そうそう、初めて御堂に会った時、あいつ泣きながら訓練所に戻ってきてだな」   「泣いて?」   「「あたしはやっぱり騙された、仙命樹は顔面を奇形にする!」って……あんまり言   うんで光岡呼びに言ったり……」   「ああ、あの時のだな」   「……って、俺は笑えねーぞ、それ」   「でも何度言っても「顔色皆悪いし! 顔面平たいし!」って信じなかったな」   「原画レベルの話だからな、普通はそんなことは言わぬものだがな」   「そうそう。初めて剣技を教える時にナイフを持たせて……」   「む。その時なんかあったか?」   「剣道三倍段と言って空手やってる者が剣道やってる者と互角に戦おうと思ったら三   倍の段位が必要になるって教えたんだ」   「確かにそう言われているな」   「それがある時、柔道の出稽古に参加した時……」   「国体の代表選手とか言う奴が岩切に目をつけたんだ。それでそいつがいっちょ揉ん   でって声をかけたら……」   「ああ、あの身体だけの馬鹿だな」   「何度か投げ飛ばされてもういいかって時に、あいつったら木刀持ち出して……」   「ぐわははは」   「負けず嫌いだからな、あいつ!」   「あの時の上官の顔ったら……二度と見れないぞ」   「変だ! やっぱりあいつは変だ!」   「凄い、凄いな『花枝伝説』!!」   「噂以上だな!」   「筋金入りだぜ!」   「今度きよみにも教えてやろう!」   「こんな大事な仲間だ! 絶対に見つけて帰らないと!!」   「おおっ!!」   「勿論だとも!!」   「貴様ら……言いたいことはそれだけか?」   「おお、無事だったか現代の水河童!」   「蘇る半魚人!」   「黒子岱婁断泥!」   「人が決死の脱出で落ち延びてきてみれば……何と言う放談を……」   「丁度良かった、聞いてくれ岩切! 俺達、お前のお蔭でこんなにも仲良く……」    ズバッ! ザシュ! ズブッ!    身体をそれぞれ17分割に切り刻まれた蝉丸達一行が復帰したのは、一週間後のこ   とで、結局この日のことは誰一人覚えていなかったらしい。   「私は……私より強い男に会いに行く……」    そのまま脱走した岩切を除いて。                                   完

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