「…………なあ、彩。ひとつ訊いてもええか?」  珍しく神妙な顔つきの由宇が、原稿をそそくさと仕舞う彩に話しかける。 「はい…」 「彩は、どんなゲームが好きなん?」 「あの…」 「ホントよねぇ。ちょーマニーなせれくしょんよねー……ほんなっひゃ?」  由宇は詠美の口をつねりながら、彩の返答を待つ。 「うー、はなひなはいよ。おんへんはんらー!!」 「ちっとは静かにしい。彩が話されへんやろが」 「このへーみしゃんしゃまほ……?」 「あー? なんやて何言うてるかわからへ……?」  ごりぼりごりぼり……。 「「…………?」」  詠美と由宇が、『はっ!』と何かに気づいたように通路側を見ると『不思議 さん』を見るように二人を眺める彩の姿があった。ぼりぼりと音を立てながら 氷をかみ砕いていた彼女は、二人の無言の圧力を察したのか、ぼそぼそと話し はじめる。 「あの…雫とかさよならを教えてとか……が……」 「……で、電波系やな、自分……」 「ま、パンダ系よりはましよねー」 「わけわからん、ボケすんなや!」  うー、と威嚇しながら睨み合う二人をよそに彩はアイスコーヒーのおかわり を注いでもらっていた。 「あー、いいなあ、あたしもオレンジジュースのおかわりほしい!!」 「あの…おかわり自由はコーヒーと紅茶のみとなっているようです…」  勢いよく残っていたオレンジジュースを飲み干し、空のグラスを差し出す詠 美に彩が冷静に答える。 「残念やったな詠美。ウチはアイスティーやからおかわりできるけどなぁ」 「ただ、ドリンク――」 「――うきぃぃぃぃ! 温泉パンダのくせに! 温泉パンダのくせにぃ!!」 「お子ちゃまみたいなもん飲んどるからやわ。まー、詠美ちゃんは正真正銘お 子ちゃまやけどなー」  いまにも癇癪を起こしそうな感じの詠美だったが、『フン♪』と鼻で笑うと 腕組みし、うんうんと頷く。 「そうよ、そうなのよ。詠美ちゃんってば、あったまいいっ」 「なんや、またしょーもない事思いつきよったんか?」 「あの…バーなら…」  自身たっぷりに笑みを浮かべる詠美に、疑いの眼差しを向けながらも由宇は 興味ありげな様子だ。彩も、表面上は『わたし、この人たちとは無関係。赤の 他人です』という表情を装いながらも、何か言いたそうに視線をちらちらと詠 美に注いでいる。 「聞いて驚きなさいよ。この詠美ちゃん様のでりーしゃすなアイデアを」 「デリーシャスってなぁ…」 「しゃーらっぷ」  コホン、とわざとらしい咳をしてみせる詠美。 「発表します。飲み物はみんなドリンクバーにして、おかわり自由にします。 詠美ちゃんってば、かしこーい。ブラボー!!」  ずずずずっ。  アイスティーとアイスコーヒーを無言で飲む由宇と彩。 「あーはいはい、ほなら話を戻そか」 「むきぃぃぃ。見てなさいよっ、この詠美ちゃん様の実力を!!」  そう言い残し、厨房の方へと消えていく詠美。 「あの……止めなくてよかったのでしょうか?」 「まあ、詠美には社会の厳しさを教えるええ機会やろ」  だが、しばらくして席に戻ってきた詠美の手には新しいオレンジジュースが 握られており、その顔は鼻息が聞こえそうなくらいに自信に満ちあふれていた。 「こらっ! 詠美、勝手に注いできたんやないやろな?」 「フン…言いたいことはそれだけ?」 「な、なんや…その態度は……まさかっ!?」  パチン――と、指を鳴らす(したつもりの)詠美。 「あちらにちゅーもっく!! あれが、ドリンクバーってものよ!!」 「なんやとぉ!? そんな…アホな……そないなことが!?」  詠美の指差す方向には、こぢんまりとしながらも『ドリンクバー』と書いて あるワゴンがあった。 「うふふふふふふ、おんへんはんらひゃふれたひっ!!」  ストローを口にくわえながら片手を腰に当て、詠美が勝ち名乗りを挙げる。 「こ、これは夢や……目が覚めたら……いつものウチが…いつものウチが居る んや……はは…あはは…」  茫然自失になっている由宇は、脇腹をつつかれる感覚で正気を取り戻す。 「んっ、なんや彩?」 「ここに…載ってます…」  彩が示したメニューの裏表紙裏には、『ドリンクバーはじめました』の文字 が踊っていた。 「ウチとしたことが…こんなもんを見落とすなんて」 「どう? 詠美ちゃん様にあやまってみたくなった?」 「ちなみに……オレンジジュースはドリンクバー対象外です…」 「「へっ!?」」  彩の遅すぎる告白に、詠美と由宇の二人は同時に硬直した。 「まさか……とは思うけど……やっぱり! こんのおおバカ詠美!! そのオ レンジジュースはちゃんと二杯目にカウントされとるやないけっ!!」 「ふみゅーん、だってだって…」 「まあええわ、ほならウチもイチゴパフェ追加や!!」 「あ、あたしも、マンゴプリン追加ぁ!!」 「くっくっくっく」 「ふふふふふーん」  不敵に笑い合う由宇と詠美。 「さっきの約束、忘れとらんやろな」 「へへーんだ。どーせ、パンダのおごりになるんだからー」  詠美は『CAT OR FISH!?』と装飾文字で彩られた角形の封筒を 取り出して見せる。すかさず、彩がテーブルの上をティッシュで拭くと、彼女 はこれ見よがしに由宇の目の前にそれを置いた。 「さあっ! この同人漫画界のくいーんおぶくいーんずたる、詠美ちゃん様の 生原稿。しっかとその目に焼きつけなさーいっ!!」

Go next.