"The holidays before several weeks holding with COMIPA..." (こみパ開催数週間前の休日…) 「な? な? どやった? 今回のウチの話。自分でも、なかなかイケてる出 来やと思うとるんやけど」  まだ正午にもなってない時間、某所にある喫茶店の店内の中に、由宇、彩、 詠美の姿があった。  三人は、入り口からもっとも遠い窓際の席に腰掛けていた。  座席の位置関係は、由宇が一人で座り、対面に窓際から詠美、彩といった感 じである。  テーブルの上には、各々が頼んだドリンク。  由宇がアイスティー、彩がアイスコーヒー、詠美がオレンジジュースだ。  テーブルにはドリンクの他にも、同人誌一冊分の原稿が置いてあった。  タイトルには、『風呂場はいつだって戦場だ 〜辛味亭〜』の文字。  由宇が、今回のこみパ用に描き上げた同人漫画である。  今回、三人は各々の描いた漫画を互いに見せ合い、意見交換する目的で集ま っていた。  ちなみに、言い出したのは彩。  普段はオリジナルで攻めてくる彼女だが、今回のこみパでは珍しく二次創作 での参加を考えていたため、その筋では有名で、且つ身近な二人に意見を聞き たいとのことであった。  なら、互いの漫画を見せ合おうということになり、こうして集まった次第だ。 「まー、あたしほどじゃないけど、パンダにしちゃあ良く出来た話よねー」  ストローに口を付けながら、詠美が言った。 「アホ、素直にウチの実力を認めんかい」  テーブルの上にある自分の原稿を手に取り、上でトントンと端を揃えながら 由宇が言う。 「わたしは…面白かったと思いますが…」  自分の前にあるアイスコーヒーに刺さっているストローを弄びながら、彩が 控えめに言う。 「せやろ? せやろ? やーっぱ、彩は判ってるで」  由宇は満面の笑みを浮かべつつ、自分の手荷物から厚紙で拵えられた原稿用 の大きな封筒を取り出すと、その中へ自分の描いた原稿を戻していく。 「へへーんだ。その程度の話なんて、この詠美ちゃん様ならブリッジしながら でも描けるわよ!」 「ふん、随分とでかい口叩くやないか、え?」 「あったり前じゃない! 第一、とらハだったら、この前のネットでやってた グランプリだって、あんたのよりあたしのに票が集まってたじゃない!」  ビシッ、と詠美は由宇目がけて勢いよく指を突き出した。  途端に、逃げの姿勢で悶え苦しむ由宇。 「うぐぅ…。い、痛いところを…。確かにな…。やっぱ、笑いを取ろう思うて、 脇役の端島大輔で行ったのが敗因やろか…」 「違うわ、実力よ! じ・つ・りょ・く! あんたとあたしの間には、決して 埋めることの出来ない実力差があるのよ!」  腰に手を当て、胸を大きく反らしながら自信満々に言う詠美。  迎え撃つ由宇は、ずれた眼鏡を直しながら意味深に笑った。 「そこまで言うからには、今回の詠美の漫画はすっごい出来なんやろうな」 「当然! もちのロンロンよ! こみパのじょーおーたるこのあたしが描くの よ? 物凄い出来に決まってるじゃないのよ!」  キラリ。  由宇のレンズが一瞬輝く。 「よっしゃ! そこまで見栄を切るなら、もし詠美の漫画がしょぼかった時は、 ここの払いはアンタ持ちな」 「ちょっとぉ! なんでそうなるのよ!」 「なんでって、自信…あるんやろ?」 「とーぜんよ!」 「ならええやん、な? 彩」 「了承」 「あうー…わ、判ったわよ…」  どこか釈然としない物を感じながらも、渋々と出された条件を飲む詠美。  相変わらず、由宇に乗せられる娘だ。 「じゃあ、あたしの漫画が面白かったら…面白いに決まってるけど、とにかく 面白かったら、パンダの奢りだからね!」  しかし、彼女との付き合いも早数年。  やや遅すぎる感がしないでもないが、最近では詠美にも耐性が生まれ、段々 とタダでは転ばなくなってきている。 「ウチと勝負やて? はっ、上等やで詠美! 望み通り受けてやるわい!」 「吠え面をかかせてやるわ! この温泉パンダ!」 「あんたの辞世の句なら、その程度がええところや!」  バチバチと視線の火花を散らす由宇と詠美。  だが、このとき二人は気付いていない。  どちらが勝っても、どちらが負けても、一番得をするのは彩であるというこ とに。  そのことを知ってか知らずか、彩はいつもと変わらぬ静かな表情のままで、 手持ちぶさたにストローを弄んでいた。  視線でのバトルが一段落した頃、由宇は「さて…」と居住まいを正しつつ、 詠美に向けて手を差し出した。 「ほなら、あんたの漫画…見せてもらおうか?」 「ふふん、慌てるパンダはエサが少ないわよ」  詠美は自信たっぷりの笑みを浮かべて、由宇の手をピンっと弾く。 「なんや、そのへんちくりんな例えは…」 「物事には順番があるの。同人漫画界のくいーんおぶくいーんずたる、この詠 美ちゃん様は一番最後、オーラスよ! 真打ちなのよ! だから、次はあんた の漫画、見せないさいよ」  そう言って、いきなり彩へ振る詠美。 「わたし…ですか?」 「せやな…。元々、今回の言い出しっぺは彩やし…」  これには、珍しく由宇が同調した。 「……」  彩は、自分の分のアイスコーヒーが入っているグラスを両手で持つと、おも むろにそこから伸びているストローを口に含み、一気に中身を吸った。  ち…ちぃぅぅぅ…ず…ずずず…ずごごご…。 「ひぃぃぃっ!」 「あ、彩?」  その奇行とも言える飲み方に、さしもの詠美と由宇も怯む。  やがて、グラスの中の液体全てを飲み尽くした彩は、「ふぅ」と可愛らしい 息をついたのち、己の手荷物から原稿の入っている厚手の封筒を取り出して、 テーブルの上に置いた。 「どうぞ、お改め下さい」

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