『SSパーティー』

〜Syumatuno Sugoshikata〜






(ピンポンパンポーン)



『このSSはフィクションであり、登場する人物と現存するSS作家の間には、なんの繋がりもありません。

深読み、気にしすぎは身体に毒です。

…また、本作品は某同人誌のパロディではありますが、元の作品を知らなくても楽しめると思います』



(ピンポンパンポーン)












  ――次の週末に人類は滅亡だ。











《月曜日――Monday――》




 …ヒューン…ザー…ザッ、ザザッ……ヒューン……。

「…桜井あさひのハートフルカフェ! …はい、遂に終末まであと一週間にな
ってしまいましたね〜。一体どうなっちゃうんでしょ……。電気や水道はまだ
使えますけど、電車とかの交通網は完全にストップしちゃってるみたいです。
この放送もいつまで出来るか判らないですけど、可能な限りやっていきたいと
思いますので、皆さんよろしくお願いしま〜すっ!! …それじゃ、今日の一
曲目……」



 今度の週末で人の歴史が終わるらしい。
 具体的内容は発表されていないが、人類滅亡は避けられない現実のようであ
る。
 核戦争勃発、外宇宙知的生命体の襲来、隕石群の落下、病気の蔓延、大地震、
大洪水――。
 それが公表された半年前は、様々な滅亡シナリオが人々の間を駆けめぐり、
全世界を上げての大混乱だったが、今では諦めムードに似た気怠い空気が世の
中を支配している。

 ――たかだか半年間で、なにが出来る?

 人々は、ボーリング場のレーンに並べられたピンの様に、ただ“終末”とい
うボールが転がってくるのを、黙って待つことしか出来ないという事を知った
からだ。



 かり…かりかりかり……かりかり……。
 しゃっ、しゃっ、しゃっ……。
 かりかりかり……かり…かり……。

 大庭詠美は、いつものように自室で漫画を書いていた。今度のこみパ用の原
稿だ。
 原稿用紙の上を走るペンの音が何処か物悲しいのは、彼女が使っている道具
達にも、終末が迫っていることが判っているせいであろうか。

 奇しくも、今度のこみパは“終末の日”と重なっていた。
 今のところ開催するかどうかは未定らしい。
 それでも、詠美はひたすらに書き続けた。
 それは現実逃避か、それとも、もう二度と戻らない、代わり映えのない日常
への郷愁か――。
 
 黙々とペンを動かし続ける詠美。

 詠美の両親は“滅亡宣言”の直前、夫婦水入らずで海外へと旅行に出かけた。
 しかし、旅行先で人類滅亡が発表され、その混乱のせいで二人は日本に戻れな
くなってしまった。
 両親との最後の会話は、国際電話が通じている間に済ませていた。
 その夜、詠美は大声で泣いた。
 泣いても泣いても、涙は止まることなく溢れ続けた。
 だがどんなに泣き叫ぼうとも、現実は変わることなく、無情にも時間だけが音
もなく流れてゆく。
 いつしか詠美は泣くのを止め、机に向かって漫画を書き始める。
 この世で最後に書く漫画を――。



 トゥルルルルル…トゥルルルルル…。

 電話が鳴った。半月ぶりくらいだろうか。
 慌てて電話の所へ駆けていく詠美。両親からではないのは判っている。なに
せ国際電話網はすでに機能していないのだから。
 それでも詠美は駆けた。無性に、自分以外の誰かの声が聴きたかった。

「は、はい! お、大庭ですっ!!」
 受話器に向かって話す声が上擦っていた。
『お!? 詠美か!? ウチや、ウチ』
 電話の向こうから聞こえてきたのは、特徴的なイントネーションの声だった。
 詠美の知り合いで、自分のことを「ウチ」と呼ぶ奴は一人しかいない。

「なっ! なななななっ! なんで、電話からパンダの声が聞こえんのよ〜!」
 ――嘘!? どうして由宇が!?
『なんや、ご挨拶やな。せっかくウチが遠路はるばる、アンタに会いに来てや
ったちゅうのに…』
 ――会いに来た!? あたしに!?
『ほんま、エライ大変やったんやで。なんせ電車とか止まっとるさかい、ヒッ
チハイクしたり、歩いたり、エトセトラエトセトラ…」
 ――なんで? なんでなの?
『ほら、もうすぐこみパやろ? 多分、今度のこみパが人生最後の即売会にな
る。…だからな、昔みたいにアンタと一緒にやろ思ぅてな……』
 ――そんな…やるかどうかも判らないのに……。
「ふ、ふ〜ん…ようは寂しかったんだ〜。ははぁん、いーわよ。しょーがない
から、この詠美ちゃん様が一緒にやってあげるわよ。感謝しなさい、特別なん
だからね!」
 ――ううん、寂しかったのはあたし。とっても心細くて、怖くて……。
『相変わらずやな〜。ま、そうゆうことにしといたるわ。…っと! そうそう、
ここに来る途中で彩を見かけたから、一緒に連れてきたで。…知っとるやろ?
長谷部彩』
 ――彩もいるの!?
『…あの……お邪魔してもいい…ですか?』
 受話器の向こう側の声が、今にも消えそうなか細い声に変わった。
「しもじもの者達のめんどーを見るのは、じょーおーの義務だから…いいわよ
……。みんな…グスッ……まとめて…ヒック……めんどー見たげるから、早く
きなさいよね!!」

 べそをかきながら、嬉しそうに笑う詠美。
 詠美の目から溢れた輝く水滴が、ポタポタと電話機を濡らしていた。





《火曜日――Tuesday》




 …ヒューン…ザー…ザッ、ザザッ……ヒューン……。

「…桜井あさひのハートフルカフェ! …はぁい、皆さん、元気にしてました
か? 今日もこの時間がやって参りました!! もう終末の予定は決まりまし
た? あたしは、そうですねぇ…やっぱり恋人と一緒に迎えたいですね…って、
そんな人いませんけど、あははは…。…それじゃ今日の一曲目……」



 あれから、三人の奇妙な同居生活が詠美の家で始まった。

 今日は朝から居間で、それぞれが持参した原稿にペンを走らせていた。
 正午を少し回った頃、三人で昼食を食べた。メニューはチャーハン。
 くじ引きで詠美が作る事になった。
 慣れない手つきで、彼女なりに一生懸命作ったつもりだったが、食後の評判
は今一つだった。

 その後、由宇の提案で詠美の部屋に遊びに行くことが決まった。



「お…なんや!? これは?」
 部屋の中を物色していた由宇が、机の上に置いてある一台のパソコンを見つ
けた。
 半透明のブルーが目に鮮やかな、一体型パソコンだった。
「詠美! アンタ! パソコン買ったんか!?」
「まぁね」
 エヘンと胸を張る詠美。
「やっぱりぃ、じょーおーとしては、パソコンの一つや二つ使えないと絵にな
らないでしょ」
 しかし、そんな詠美の変なこだわりなど気にも止めず、
「どれどれ、すこぉしオイチャンに触らせてみ!」
 と由宇はパソコンの電源を入れた。

 ポーン……。

 それが起動音だった。

「こんのっ! おーばか詠美っ!!」

 スパァァァァァンッ!!

 何処からともなくハリセンを取り出し、詠美の頭を叩く由宇。
 歯切れの良い軽快な音が部屋の空気を震わす。
「いったぁ〜! な、なにすんのよっ! ぼーりょくパンダ!!」
「アンタ! これiヤックやないのっ!! なんでこんなマシン買ったんや!
ええ!? 返答次第によっちゃタダじゃ済まさへんで!!」
 物凄い剣幕で捲し立てる由宇。
「それは、その…なんとなく……可愛かったから……」
 拗ねたように上目遣いで由宇を見ながら、詠美はポツポツと言う。

 スパァァァァァンッ!!

 もう一度ハリセンが唸った。
「うにゅう〜…」
「こんのアマチュアがぁぁぁっ!! デザインでパソコン選ぶな!! どうせ
一体型買うなら、なんでソーデッカのヤツにせぇへんかったんや!!」
「だってぇ〜……」
 由宇に叩かれた所をさすりながら、口を尖らす詠美。
「だってやあらへん!! まったく、このお子ちゃまは〜…」
 額に手を当てながら、はぁ、と大げさに溜息を吐く由宇。
「使いにくいマウス! プリインストールされとるOSがやたらと重たいクセ
に32Mしかない搭載メモリ! ADPポートやシリアルポート、それにSC
SIポートが削除されとるから、昔の周辺機器が全部使えへんし、あと、この
色! 素直に赤とか青とか言えばいいのに、やれストロベリーだ、やれブルー
ベリーだと、わざわざ果物から取ってきよってからに…。大体、タンジェリン
ってなに? オレンジじゃイカンのかい!! おまけに」
 とそこで、ビシッ! とハリセンで詠美を指す由宇。
「…なによぉ……」
「このパソコンだと、一連の18禁ゲームが出来へんやないの!!」
「うにゅう〜…」
「おおかた、電気街で安売りしてたのを、デザインが可愛いかったから買って
きたってトコやろ。しかも、買ったのはいいが、使い方が判らずに部屋のオブ
ジェと化している……。違うか?」
「うにゅにゅ〜ん…」
 一言も言い返せない詠美。
 どうやら、その瞳が涙で潤んでいるのは、由宇に叩かれただけではなさそう
である。

「…まったく、最近あそこのメーカーおかしいんちゃう、なに考えてんのか知
らへんけど!」
「それ以上は、色々マズイと思います…」
 由宇の批判がメーカーに及び始めた時、今まで二人のやり取りを黙ってみて
いた彩が、彼女を羽交い締めにする。
「あ、彩っ! …っくっ!! 離せ! 離さんかい!! メーカーが怖くて同
人屋が務まるかい!! 丁度ええ機会や! 今ココで、あそこんトコのマル秘
話を暴露しまくったる!! 大体、あそこんトコはな……」
 ギャーギャー喚き散らす由宇を、彩は羽交い締めにしたまま部屋の外へ連れ
出して行く。

 暫くは部屋の外でも騒いでいた由宇だったが、やがて、
「……ギャッ!!」
 と車に引かれたヒキガエルのような悲鳴を上げたかと思うと、それっきり静
かになった。

 詠美は、彩の知られざる一面を垣間見た気がして、背筋が寒くなるのを感じ
た。



 夕食の時間になった。

 今日のメニューは、由宇が来る途中に仕入れてきたうどんだった。
 三人は、それを煮込みうどんにして食べることにした。
 昼食と同じように、作る係はくじ引きで決め、栄えある料理人に選ばれたの
は由宇だった。

 ダイニングのテーブルの上に、湯気の立つ丼が三つ並べられた。

「それじゃ、いただきます!」
 ずるずると勢い良くうどんを啜る由宇。
 詠美は、ふぅふぅと冷ましながらうどんを口に運び、彩は一本一本、箸で摘
みながら食べていた。

「…もうちょっと…コシが欲しい…かも……」
 ふと、彩がそんな事を言った。
「ん〜、ちょっと煮すぎたかもな……」
 奥歯でうどんを噛みながら、由宇が答える。
 ――と、
「せや!」
 いきなり由宇は立ち上がり、部屋の隅にあった古新聞や古雑誌の束を取り、
それを彩に手渡す。
 そして、キョトンとしている彼女に、こう言った。
「コシが欲しいんやろ? ほら、古紙……なんてな、はは」

 ひゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。

 冷たいすきま風が吹いた。

 彩はユラリと、まるでベターマンを見つけたカンケルの如く立ち上がり、由
宇の首根っこを掴んで、そのまま廊下の方へと引きずって行く。
「あ、じょ、冗談や冗談! 上段回し蹴りや、なぁんて……」

 乾いた音がして、彩のこめかみに筋が浮く。
 彩は怒っていた。いつもの、あの大人しい子犬のような顔の代わりに、殺意
を剥き出しにした闘犬を彷彿させる表情が、その相貌に浮かんでいた。

「もしもし、彩ちゃん…。あ、あのな、その…なんや……」

 二人の姿は部屋の外へと消え、バタンとドアが閉じられた。



「おう、ずいぶんと面白いこと言ってくれたな! ええ、由宇ちゃんよぉ! 
一遍その耳の中に小指を突っ込んで、脳味噌かき回したろか? んん〜?」
「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」



 彩だけは怒らせないようにしよう。
 一人部屋に残された詠美は、そう心に決めるのだった。






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