勝利すべき者


「―――投影トレース開始オン

 精神を即座に引き絞り、剣を創造する。
 小さな剣士がその両手で持っていた光り輝くあの剣を。
「――――っ!?」
 二度と忘れたくないと強く願った記憶は、細部までも細やかにする。
 焼き付けて損ねないようにと、幾度となく思い返した。
 何遍も何遍も。幾度も幾度も。
 彼女の姿形は勿論、その言動、一挙手一投足をも強く心に刻み込んだ。

 俺の不甲斐無さから別れることになった少女。
 その願いを適えさせることどころか、戦いきることなく、力を出すことなく敗れさせてしまった。
 教会の前で誓った約束を、俺の迂闊さから擲ってしまった。
 彼女と共に戦うことはもうできない。
 その願いを果たすことも、あの約束を守ることも何一つできない。

 俺だけがただ惨めに残っていた。
 護られるようにして。
 労われるようにして。

 こんな俺を気遣って処置してくれた少女。
 聖杯戦争に参加を表明しながらも、日常を捨てきれず、緩やかな日々の温もりに甘えていた俺を見かねて解放者となってくれた彼女。
 俺は彼女を遠くからただ何一つ秘めるものも知らずにその容姿に見蕩れ、きびきびとしたその姿に羨望し、一緒の場所に立つことができたと浮かれていただけだった。
 舞台から引き摺り下ろすことで、俺を未知の苦難から救おうとしてくれた。
 彼女は一人で戦い、数多の試練を乗り越えながらも斃れていった。
 誰も知ることなく、看取るものもなく。
 俺はその間、当然のように日々を感受し続けていただけだった。

 俺だけがただ惨めに残っていた。
 見放されるようにして。
 見捨てられるようにして。


 あの二人の気高さと強さの記憶を、俺は忘れない。
 抱え込み、こうして力にする為に。


「"勝利すべきカリ―――"」


 魔術に備えていたのか、腕を取ろうとしていたのか。
 どちらにしろその目論見は通じない。
 バゼットは慌てて構えを取ろうとする。
 が、間に合わせるつもりはない。
 決定的な実力差。
 けれども、二つの勝機がある。
 一つは、相手が本気を出してこその圧倒的な実力差であること。
 舐めてかかり、適当にあしらうぐらいの力であれば、それでも十分負けていたとしても圧倒的な差にはなりえない。
 そしてもう一つは、こいつは俺の実力を知らない。
 相手が思っている差と、俺が知っている差は決定的に違う。
 それが、勝機だ。


「"―――黄金の剣バーンっ!"」

 俺の記憶の中にも彼女が何者で、彼女が手にしたこの剣がどんな武器であるのか知らない筈だった。
 それなのに、投影した瞬間に分かってしまった。
 この黄金の刃は、何より今の俺に相応しい。
 約束された勝利など俺には無縁だ。
 俺は勝利すべき者であって、勝利を約束された者ではないのだから。


「く―――あ、ああああああああああああ…………っっ!!!!」


 吼えていた。
"勝利すべき黄金の剣カリバーン"
 これは生き残り続けた自身への断罪と夢への憧れ。
 こんな俺の全てはどれもが偽物で何もかもが借り物で全てが紛い物でしかなかったとしても、それが決して誰にも負けないモノになればいい。
 誰をも騙し、自分さえ騙しうるものであれば、それは既に誰もが否定できぬ最強の代物。なに、そこに辿り着くこと自体はそう難しい筈はない。不可能な事でもない。
 もとよりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路。
 己が剣となれば、為せぬことなど何もない。


 一振り。
 ただの一振りだった。
 手ごたえも何も無く、それは相手の胴を横薙ぎに斬り払う。
 防ごうとした腕も、避けようとした肩も逸れ、剥き出しの脇を通り、腹を潜り、腰を抜けていった。
 彼女は俺の接近に対して打ち払うことも、退避することもできた。
 ただ、どっちも選ばなかった。
 だからこそ、両断された。
 ただ一回の攻撃で。
 一度きりの失態で。
「―――俺は」
 刃で人を斬ったような手の感触はまるで覚えなかった。
 光の帯を放るようにして、その光に溶けるように相手は両断されていったのだ。
「……人を、斬った」
 既に死体だったとしても、人の体を斬った。
 相手の全てを奪い尽くした。
 この手で。
 この剣で。
「……っ」
 ガラスが砕けるような音と共に、手の中の剣が砕け散った。
 役目を終えたかのように。
 実際、もう武器は必要なかった。



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