幕間/舞台裏同盟


 わたしはだれだ。
 おれはだれだ。

 自分は一人しかいないのに、その扱いは衆とされていた。
 力は衆だった。


 昔、人を殺すものがいた。
 従わないものを殺すものがいた。
 従うものも殺すものがいた。
 そこにいたから殺した。
 いなかったから殺した。
 理由があったから殺した。
 理由もなく殺した。
 意味があって、必要があって、事情があって、殺した。
 意味がなくて、必要がなくて、事情がなくて、殺した。

 沢山殺した。
 異物だったから。
 異端だったから。
 異常だったから。
 異なったから。異なったが故に。
 自分じゃないから。
 己じゃないから。
 邪魔だから。
 気になるから。
 目障りだから。
 気になったから。
 鬱陶しかったから。
 気になろうとしていたから。

 命じる。
 人を殺せと。
 騙る。
 人を殺せと。
 我が思うが故に。願うが故に。
 殺せと。
 殺すのだと。

 己が手足に。
 忠実なる僕に。
 命じる。命じる。命じる。

 聖なるかな。
 我が身に降り給もうた。
 かの御言葉を。
 聖なるかな。
 聖なるかな。
 聖なるかな。

 告げる。
 伝える。
 下す。

 言う。言う。言う。
 その口で。その瞳で。その指で。
 全てを用いて意志を伝える。

 さあ殺せ。

 汝は我れらが■の代行者なり。
 意志の伝道者なり。
 ■の代弁者である我が手足なり。

 殺せ。
 我が命じるままに。
 殺せ。
 ■が望むままに。
 殺せ。
 我と■の欲するままに。


―――産まれた。
 そうするために?
 そうなるために?


―――育った。
 そうなるべく?
 そうするべく?


―――在った。
 我は我なり。
 ■の下に等しく聳え立つ有象無象のままに。
 故に自分は自分。
 自分の目の前に存在するのも。
 隣に立つのも。
 体が違えていたとしても、魂は一つなり。
 自分。
 自分。
 我は自分。

 それ以外なかった。
 そうでしかなかった。

 呼び出されるのも求められるのも自分であるが故に、自分はここにいた。
 だからこそ、自分は自分でしかなかった。
 二度目の、いや三度目の受脈を覚えなければ。
 数え上げていなければ。
 理解していなければ。
 感覚を受け止めていなければ。


―――自分は誰かであると思わなければ。


 わたしは、誰かでいたい。
 誰かとなりたい。

 魔術師は言った。

 人を喰えと言う。
 血肉ではなく、
 屍肉ではなく、
 力を喰えと言う。

 人の腹より生まれしものとして、臓腑より這い出たものとして自然だという。
 何を言っているのかは全く理解できない。

―――でも従う。

 彼は主であるから。
 遠い昔、遠くないかもしれない以前からずっと、今の自分になる前から自分は従うものであったから。
 彼は自分を従わせるものであったから。

 その彼の命により、新たな主を得る。
 従いし者である私と同様に、その新しき主も彼に従いし者だった。

 それでも、それは自分の主であった。
 自分は従いしものだから。

 大いなる■■■■■の為に。
 自分の絶大なる主の為に。

 自分は産まれ出たものなのだから。
 ■■■■の僕なのだから。

 だから主がいれば従い、尽くす。
 ■■■■の命じるままに。
 ■■■■は常に自分たちの上に居る。
 主の上にも。
 だから自分は主に従う。

―――そうあるべきものだから。

 ただ、
 遠く遠く、ずっと遠く、忘れてしまった遠く、向こうの向こうの向こう。
 自分は自分ではなかった頃。
 存在しない頃。
 何もなかった頃。

 何か温かいものがあった頃。


―――自分は何と呼ばれていたのだろう。


 ありえない筈の何か。
 間違っている筈の何か。
 目的に、意志に、厳命に、御言葉に重ねられて打ち消されていた何か。


 自分は、なんだろう。
 なんなのだろう。


「知りたいのか?」
 主が聞く。
 既に生きることを止めている主が聞く。
 そのモノに■■■■の加護があらんことを。
 強き罰を。相応の仕打ちを。
 我と、主に。

「オマエはどこにでもいる。遥か昔から、ずっとずっと何処にでも。そして今もあちらこちらに一杯いる。オマエが。オマエ自身が」
 主が言う。
 既に生きることを諦めている主が言う。
 かのモノに■■■■の加護があらんことを。
 強き罰を。相応の仕打ちを。
 我と、主に。

「喰らい得たものを開いてみたのだろう。一杯いた筈だ。オマエでないものが。オマエじゃないものが。オマエにはなりえないものが」
 主が唆す。
 既に生きることを終えている主が唆す。
 あのモノに■■■■の加護があらんことを。
 強き罰を。相応の仕打ちを。
 我と、主に。


―――そうして、彼女は産まれた。


 自分の中のあってはならないものを糧に、自分の中にありえないものを模して、自分の中にいなかった人を借りて。
 それは前の主の命。
 間違っていない。
 間違っていない。
 間違っていない。
 自分は言われた通り、命じられた通り、そうあるようにしていただけ。
 これは今の主の命。
 間違っていない。
 間違っていない。
 間違っていない。
 自分は言われた通り、命じられた通り、そうなるようにしていただけ。

 結界を破り、トラップを潜り抜け、あたしはあたしとなる。
 彼があたしを求める限り。
 彼があたしを欲する限り。
 あたしは彼となり、彼はあたしとなる。

 彼が欲しいものをあたしは知っている。
 あたしが望んでいたものを彼は知っている。
 だから手を組む。

 あたしは彼の求めていたものを仮初の形で与え、彼はあたしの願ったことを仮初に果たす。
 彼はあたしを取り込み尽くし、あたしは彼を費やし尽くす。
 だから手を組む。

 右手と左手で。
 重なり合うこともなく、繋ぐこともなく、触れ合うこともなく、
 空っぽな入れ物と、空っぽな中身とで。
 カタチにならないものを頼り、カタチにならないことを果たす。

 不恰好な図体と、見苦しい執念で。

 束の間の闇を生きる。
 闇に沈むまで。

 自分は、自分を逃れた。



 つまんなかったでしょう、今まで。
 それは今更戻ることは出来ないし何よりこれから先も未来なんてない。
 死んだものが生き返らないように、終わってしまったものは二度と戻らない。
 始まりの合図をあげようとも、寸分違わず同じものを揃えようとも、変わりないものなど手に入らない。
 毀れたものは戻らない。
 失くしたものは還らない。
 つまんなかったでしょう、今まで。
 だからせめて、夢をあげる。
 ちっぽけで、ちゃちくて、くだらなくて、やっぱり全然つまらないそれは本当に微々たるもの。
 でも、夢をあげる。
 再び寝静まるまでの僅かな時間、無粋な馬鹿から叩き起こされたあなたに、あたしから夢を上げる。今度こそ深く眠れるように。
 二度と目覚めることのないように。
 他愛もない、言の魂をあなたにあげる。


 だから少しだけ、付き合ってもらうわ。
 あってはならないものから、ありもしないひとときを。
 嘘吐き野郎を出し抜く為に。
 ボンクラ坊主を苛める為に。
 自己酔い娘を蹴倒す為に。


 さあ、いきましょう。
 つきあってあげるから。
 あなたが眠るまでの僅かな間。


 二人一緒にいきましょう。
 欠けてるあなたと、ありもしないあたしで。



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