《幕間/意思確認》


 柳洞寺は円蔵山の中腹に建っている山寺だ。
 五十人前後もの修行僧が寝起きするその場所は、地方の山寺という見方では括ることの出来ない一つの勢力であり、圧力でもあった。
 住職は柳洞家の一族が開山以来代々勤め、広大な霊園を持つことでこの土地に対して並々ならぬ影響力と支配力を有していた。
「私はこの土地には入れないから」
 だから、山門の前に佇んでいた。
 呆れる程の長さの石段を上がり、天嶮の結界の中に溶けた相手を待ち続けた。
「そうか」
 応じる者が、短く答えた。
 彼は逃げることも隠れることも経験したことが無い。
 必要とされて求められれば、彼はいつだって応えるだけだ。

 だからこそ、当然のように黒ずくめの少女の前に葛木宗一郎は立っていた。
「―――彪火あやかか」
 突然の事に対しても、動じた素振りも無い。
「宗一郎、久しかった」
「おまえにとってはこの僅かな時でさえも久しいとなるのか」
「僅かでも、久しいと思う」
 彼は自分がないのではない。
 自分の意思で、彼は流れている。
 その一方で偏ることも躊躇わず、染まることに迷いは無い。
 だからこそ、キャスターの求めに理由も問わず、願いも持たずに付き合った後はそれがどんな非道や悪辣なことでも、目的を果たす為に最善であるなら止めることはなかった。
 ではそういう人間なのかと言えば、いつでもまた元のままの自分に戻ることが出来る。そして誰かの求めに応じてその色に染まるまでは、染まらないままの自分を維持し続けるのだ。
 望みを持たず、目的を持たず、考えを持たず、ただ流れることを選んだ者。
 葛木宗一郎とは、そんな稀有な人間であった。
「……」
 それが生来のものであるのか、転機を経てそうなったのかは和田は分からない。
 どちらにしろ彼女の知るこの男はこうでしかなかった。
 そのことに興味も無いが、それ以上に意味が無かった。
 彼女は彼の過去を欲するわけではなく、彼の今を欲する側の人間だったのだから。
「それでおまえが自らやってきた理由を聞こう」
「理由? そんなのわかってるでしょ? 何を今更……」
「うむ。今更とおまえは言うが、既にあの老人が来ているのにおまえがいる理由がわからない」
「宗一郎、どうしたの? そんなことを考えるなんて。聞くなんて」
 少女は首を傾げる。彼女の知る葛木はそうではないらしい。
「宗一郎はただ黙って頷いて行動するだけじゃない。生意気」
 表情こそ変わらないが、少し不機嫌そうな口調だった。
「聞いているのは、必要だからだ。邪魔になるのであれば、払うからだ」
「邪魔? 私が、邪魔? 爺じゃなくて、私が? わざわざ来た私が? へぇ……あははは。あは、あはは。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
 笑っているのに、頬はピクリとも動かない。
 無表情で、声でだけ笑っていた。
 静寂な山の中、彼女の無機質な笑い声だけが響いていた。
「ふうん。宗一郎はもう、そういう宗一郎になってたんだ」
 笑い声を納めると、納得したと呟く。
「ならば改めて問う。何故、来た?」
「見届ける為」
 篭りの無い静かな問いに、深みの無い静かな答え。
「何故、来た?」
「引き止める為」
 重みの無い静かな問いに、陰りの無い静かな答え。
「何故、来た?」
「正しく語り継いでいく為」
 起伏の無い静かな問いに、曲りの無い静かな答え。
「そうか。ならば勝手にするがいい」
「最初からそうするつもりだってば。何を豪そうに」
「……」
「一つだけ教えて。彪火あやかに何か言うことは無い?」
「あるはずが無い」
「薄情者」
 既に意味を無くしている形ばかりの問答。
「ならばこちらも聞こう」
「いいよ。邪魔なんでしょ?」
 葛木に最後まで言わせずに、和田は返事をした。
 会話の中で一切の感情を感じ取れなかった彼女の、唯一の感情らしき部分だった。
 これだけでこの場に近寄ることさえも出来ないでいる者の処遇は決した。
 目的が違うのだから、当然ともいえる。
「爺も彪火あやかなんかどうでもいいのよ。ただ恥をかかされたことが赦せないだけ。若いよね」
「……」
 先ほど引き止めると言った癖にその気が感じられない、突き放したような和田の言葉に葛木は反応しない。
 彼女らの集落で、葛木が腰を落ち着けていたのは僅かな時間。その間にいかようなことがあったのかは、語られることは無い。
 葛木はそこに変わらぬまま変わらぬまま出ていった。
 残されたのは変わらぬ者達と変えられた者達。
 葛木を連れ戻すという名目で飛び出した老人達は変えられた者で、ここにいる和田は変わらぬ者であった。
 どちらも葛木が関わった十数日間の過去。
 だが、そんな者がどれだけ居ようとも、この朽ち果てた殺人者は、自己に埋没することなど無い。
 ただ一つ、今の自分に課した役目を全うするだけだ。
 彼女は既に障害でも、邪魔者でもないと確信している。
 それでも、構えを解く解かないの材料には成り得ない。
 最初からそうなのだろう。
「あ――――帰る」
 一言そう言って、和田は石段を避けるようにして森の木々の中に飛び込んでいった。
 背中から穿たれることを懼れるように、背を丸めながら疾走する。
「命は別にそれほどは惜しくない。でもまだ終わってないから」
 その言葉を届けて、和田と自分を呼ぶ少女は姿を消した。

「―――宗一郎様、今のは?」
 入れ替わるようにして、目尻を吊り上げた魔術師が葛木の直ぐ隣に姿を現した。
 空間から湧き出るように、いきなり現れたのにも関わらず葛木は自若したままだった。それは彼女の出現を予想していたからではなく、ただ驚く必要を感じなかっただけだからだ。彼は今しがた去った彼女ほど魔力に敏くない。
「昔の雇い主だ」
「あの老人の仲間ですか?」
 屋上での一件以来、キャスターは葛木にその辺を質している。
 この町に居つく前に流れていた頃、吉野の山に住む一族に雇われていたこと。
 敵対する勢力の襲撃から守る為として、一族の当主の娘の側付きにされたこと。
 雇われた役目を果たしたことで、そこを後にしたこと。
 老人は葛木が雇われる前までずっと娘の護衛として、腕が立つことから一族の中でも重きをなしていた存在だったらしい。
 葛木の力をこれからもずっと欲して、去っていった彼を今更になって連れ戻そうということなのだろう。去って行かれてから追いかけるなんて随分間抜け過ぎる。
 どうにしろただの人であるのならキャスターにとって脅威ではない。
 予想外の存在だが、知れてしまえばどうとでも扱いが利く。
「私は寝るが、それでいいのか」
 必要なことだけ話し終えると、葛木は根掘り葉掘り聞いてきたキャスターに対してそれだけを尋ねた。
「あ、はい。私は……もう少しここにいます」
「そうか」
 そう一言言って、葛木はそのまま寺に用意されている彼の部屋へと引き返していった。その場に残ったキャスターに対して、彼は一度も振り返ることはしなかった。
 全幅の信頼を得ているからこそのその背中だったらどんなに良かっただろうとキャスターは思う。だが、それは違う。彼は彼女の行動に興味もなければ、彼女の安全にも関心が無いのだ。確かにキャスターが窮地に陥れば救いの手を差し伸べてくれるだろう。助けを呼べば駆けつけてくれるだろう。けれども、それだけだ。
「……」
 キャスターはそんな彼の背中を、いつまでもずっと見つめていた。わざわざ自分の目で追いかけなくても、この寺の敷地内はどこであろうと彼女の視線を逃れることは出来ないのだから、そうする必要はない。望めば、この場にいながらにして彼が着替えて敷いてある蒲団に潜って就寝するまでの全てを見守ることが出来る。
 しかしそのことこそが意味を持たないことを彼女は当然知っていた。
「はぁ……」
 虫の鳴き声一つ聞こえない静寂の中、キャスターの溜め息だけが音として漏れた。
 意味があって残ったわけではない。必要があって佇んでいるわけではない。
 ただ、姿を消した少女といた葛木は、自分の知らない葛木だという思いが、自分でも説明の取れない行為に走らせていた。
 別に葛木は自分の知る葛木と変わらない彼のままで、会話の内容も聞き取った限りでは別段自分が苛立つ理由など何一つないものだった。
 何も無いことがまた悔しいような、どんな些細なことでも自分が関わっていないということが悲しいような、落ち着きの無い感情がやり場の無さから発散することも出来ずに渦巻いている。
 こんな時はただ黙って一緒にいればいいのだ。今の自分はそれができる。
 頭では分かっていても、行動することができない。
 誰も見ていないのに毅然とした自分を取り繕うことに必死になる。
 それはとても、惨めなことだった。
 この場合、側に居て欲しいと甘えることの出来ない自分を呪うべきなのか、言わずとも気づいてくれるということのない男の鈍感を恨むべきなのか判断がつかない。
「宗一郎様……」
 微かな嘆息を漏らして、彼女は目を瞑った。

 聖杯よって召喚されてから既に二月が経つ。
 自分を呼び寄せた聖杯は既になく、目的である聖杯争奪の為の敵も消え、ただ残っただけの自分達には何もすべき事が残っていなかった。今の自分はさしずめルール違反の不法滞在者というところだろうか。
 聖杯を目指す為だけに、マスターのサポートをする為だけに生まれたサーヴァントという立場から考えれば、今の自分は何なのだろうと思う。
 キャスターは口八丁で、自分達が継続する為の理由を並べ立てているが葛木に通じているとは思えない。案外、全て信じているのかも知れないが、そっちの方がより辛い。主を騙しているという申し訳なさなどではなく、自分が嘘をつこうがつくまいが彼にとって最初からどうでもよかったことを実証するだけのことだからだ。
 この二ヶ月、自分たちは勝利という名目の元、共に行動する機会を得た。
 実際、キャスターは勝つ為に何でもした。
 禁忌として一生使うことなく、これからも使うつもりのなかった多くの魔術を惜しみなく揮った。
 先ほどはこの寺の中は全て見ることができると言ったが、その範囲は市内にも及んでいる。完全ではないが、耳目とするべく張り巡らせた魔力の糸は深山町と新都を合わせた冬木市全体に及んでいる。そして魔術回路どころか素養すらない一般人であるマスターの不足を補うために、人の集まる場所を狙って精力を極限まで奪い、魔力を蓄えてきた。そして人柱いけにえを用いて地脈さえも操作した。最大のものは、市を囲むようにして作り上げた結界だ。小規模にいちいち市民から搾取してきた精力を市全体の生き物から広く浅く吸い上げることができる。聖杯戦争中は未完成だったが、今は完全な形で機能している。これで最早彼女は聖杯の力を借りず居続けながら、最大限には程遠いまでも魔術師としての魔力を行使することができる。そのどれもが彼女の魔女と蔑んできた者たちへの意地から封じてきたものばかりだった。
 全て、自分達が勝つ為にしてきたこと。
 けれども、彼女は必勝を願っていない。
 その理由はまず聖杯そのものへの不信、聖杯戦争というものへの不信という自分の以外の事から、目的というものを持っているようで持っていなかった自分のことまで幾つか当てはまる。
 聖杯そのものを信じていない。
 確かに、この街に現れる聖杯ならば大抵の願いは叶うだろう。彼女を霊体としてではなく実体としてこの世に押し留め、人の世に干渉できる『人間』として第二の生さえ与えてくれる。
 だが、自分のようなモノをわざわざ召還した聖杯によって叶えられる望みは、きっとそう定められていたかのように彼女の手から零れ落ちるだろう。
 聖杯に満たされていくモノの正体は神々しい奇跡などではなく、黒くドロドロとした禍々しい怨念の渦だ。アレの力を頼ることは神の御手ではなく悪魔の尻尾を握るような羽目に陥りかねない。それは三度目の聖杯戦争で一人の間抜けが呼び込んではいけないモノを呼んでしまってからそうなった。決め事から出し抜こうとし、乏しい知恵を振りかざすからこんなことになるのだ。聖杯を破壊したアーチャーの決断は正しいといえる。前回の聖杯戦争のマスターもそうしたらしいが、彼らの行動に比べるとまたしても聖杯を呼び出そうとする今回の連中がいかに愚かであるかわかるというものだ。彼らの抱える分不相応な欲がそうさせるのだろうか。
 道具としてシステムとして役割としてだけ存在を肯定された彼女は、そう貶めた者達への復讐心だけで生きてきたのだ。盲目になるほどの欲など、幾たびも騙され裏切られ、捨てられてきた彼女は持ちようが無い。どんなに大事に抱え込んでも引っ手繰られて、投げ捨てられると分かっていれば手を出す気にはなれない。
 そして聖杯に問題がなかったとしても、聖杯はキャスターにとってそれほど魅力のあるものではなかった。
 運命に翻弄されたなどという言葉すら生温い生き方を無理矢理させられた彼女には既に自分自身などというものは存在していなかった。そんな彼女に今更、好きなことを好きなようになどという欲を餌にされても食いつくことなど有り得ないのだ。
 望んで呼ばれたわけではない。そういう役目に選ばれたのだから、そんな理由で彼女は聖杯に召還された。
 だからというわけではないが、道具でしかない彼女は、聖杯がどういう道具であるかほぼ正確に理解していた。システムでしかない彼女は、聖杯がどういうシステムであるかほぼ把握していた。役割でしかない彼女は、聖杯がどういう役割なのかもほぼ承知していた。
 それもあって彼女は必勝を求めていない。
 自分が行う役割は聖杯戦争中も道具としてシステムとして動きながら、それをどうにかして出し抜こうとして、裏をかいたつもりになって、己が復讐に少しでも近づけるべく勝利を目指し、結局は何一つ成すことなく消えていくことぐらいだ。そしてそれを受け入れることが自分の存在理由だと諦めきってもいた。彼女にとって人生とは大きな存在の掌に踊ることであって、自らが切り拓けるものではなかった。希望というのは後の裏切りを効果的にする為の感情で、夢というのは愚行を肯定する為の理由付けで、信念というのは我侭を貫き通す為の言い訳である。
 そんなキャスターがただ一つ持ち続けることを許されたのは諦念であった。
 それだけが慰めであり、縋れるものだった。
 かつての恨みつらみも復讐心も、自分の根源さえ認めてしまえば、己を嘲笑うことで事足りてしまう。考えれば考えるほどに意味はなく、だからこそ抗うこともせずにそうしろと言われた通りに動くだけで、全うするしかなかった。
 それでもいつか、その諦めの連鎖が終わることを願いながら。
 弱き者よ、汝の名は女なり。
 災厄ばかりが詰め込まれたパンドラの箱でさえ希望とやらが残っていたのだ。
 稀に見る新しいもの、変わったもの、今までと違うものに期待をすることぐらいは続けてもいいだろう。諦めとはその事が終わってから初めてするものなのだから。
 彼女は今、それを葛木宗一郎という男に向けていた。
 葛木がキャスターのマスターになった経緯はかなり特殊だった。本来のマスターを殺したことで魔力の供給源を失い、消えるだけしかなかった彼女を偶然救ったのが彼だった。
 彼という人間に出会えたのは大変な奇跡と言っていい。
 本来なら有り得ないことが立て続けに起きた。
 その一つ一つは全て、彼という人間だからこそ実現したことだ。
 幾つもの奇蹟が彼女を支えて、こうして今に繋がっている。
 それらの奇跡は今更思い返すには至らない。その一つ一つはなければないで構わない程度のものだった。
 ただただ彼という人間に出会えたという以上のものは何一つなかった。
 不思議な男だった。生きながらにして死んでいた。そこに存在する理由もないが、存在しない理由もない。ただ凡庸とそこに在り、在るからには与えられた事を成す。
 葛木は聖杯どころか勝つことすら興味が無い。ただ求めたから応じ、それを果たすだけだ。彼はキャスターが望むことは全て、叶えてくれた。
 ただキャスターが本当に望むのは聖杯でも勝利でもない。
 それを彼は知っているのだろうか。考えてくれたことがあるのだろうか。
 恐らくはあるまい。
 聖杯を手に入れ、聖杯戦争の勝者となる。
 そんな終わりこそ、彼女は望んではいなかった。
 こうして今があり続けることが、何よりも彼女にとって尊い。
 終わりたくないのだ。
 彼と自分の関係だけは。
 だからこそ聖杯が壊されようとも聖杯戦争が終わっていないという嘘までつき、自分が存在し続けられるようにと市全体を彼女の魔力の狩場にした。結果的に、今まで彼女に集中的に吸い上げられ続けてきた者達も過度の負担から解放されて次第に回復してきている。市を監視する存在に対しても手を打ったことで、この市は彼女の巣として支配下に置くことに成功した。彼と共に生きる為の手を尽くしている。
 これはきっと裏切りだろう。
 それでも、止めることは出来なかった。いや、一度も止めたことなどない。
 騙され、操られ、裏切られ続けた時から、一度たりとも失敗するまで手を休めたことなど無いのだ。失敗し、項垂れて諦めるのはいつもその後なのだ。
「……ふぅ」
 何度目かの溜め息をついて、キャスターは目蓋を閉じた。
 なんのことはない。
 諦めながらも、自分は今度こそはといつも思っているのだ。
 だから今回もそうだ。
 願わくば、この奇跡が続くことを。
 諦めの輪廻が途切れることを。
 日に日に彼という人間と共にいるたびに、その想いが膨らんでいった。
「……」
 つい先ほどのことに思考が戻る。
 葛木の言葉はいつも少ない。無駄を省き、必要なことだけを簡潔にただ語るだけなので、情報伝達以上の意味を持っていない。
 そんなのは初めから知っていたことだ。今更、違う彼を望むのは傲慢だろう。
 一つのことだけで満足できたのに、時が経つにつれ少しづつ欲が膨らんでいくのが分かった。初めて、他人の欲望に理解が出来たといってもいい。
「―――聖杯など、何の役にも立たない」
 彼を手に入れることには。
 自分が信じられるのは彼一人なのだ。
 失敗の二文字が魂にまで刻み込まれている自分自身よりも信が置ける。
「――――馬鹿ね。そんな事は、とうにわかっていたでしょうに」
 聖杯戦争が続いている嘘は、アサシンを奪われた上に本当に聖杯の破片を持っているとされる連中が動き出したことで本当のこととなった。
 嘘であれば終わらせるのは自分の問題で済んだが、明確な相手が出来てしまえばそうはいかない。
 彼らを倒せば、そこで終わってしまうのだ。
 その前に、何とかしなくてはいけない。
 この関係が続くように。
 いつまでも。出来る限り。
「―――」
 やり方は知っている。
 ただ、勇気が無いだけ。
「ふぅ……」
 また失敗し、諦める。
 それが怖くて、踏み出せない。
 このまま終わってしまう方が辛いことなのに。
 キャスターは悩めることすら贅沢なのだと知りながら、ずっとその場に立ち尽くしたまま夜を過ごした。
 誰一人いない場所で。
 ただ一人で。



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