《聖杯戦争その後》


「もういいかしら?」
「あ、ああ……」
 記憶の奔流に押し流されたままでいた俺に、キャスターが声をかける。
「気分はどう?」
 答えなくてもわかっているだろうことを敢えて尋ねている。
 どう、最悪でしょう? とその顔は言っている。
 ああ、その通りだよ、畜生。
 俺はなんだって、こんな大事なことを綺麗さっぱり忘れてしまっていたっていうんだ。
「せ、聖杯戦争は……どうなったんだ。おまえたちがいるってことは勝ったのはおまえたちなのか? じゃあ、他の……遠坂はどうなったんだ! 遠坂はっ!」
 遠坂が転校したということを思い出して、最後には詰問調になる。
 キャスターは俺のこの反応を予想していたのか、掴みかかろうとする手を避けて、距離を取っていた。
「そこまで教える義理は無いわ」
「だけどっ!」
「今まで安閑と暮らしてきたのだから、これからもそうすればいいじゃない」
「ふざけるなっ! それよりも遠坂はどうなったのか教えろ!」
 令呪がなくなっている腕を見れば、自分が負けたのはわかる。
 俺を倒したのは彼女だ。
 だが、今こうして俺の前にいるのはあいつとあのいけすかないアーチャーではなく、キャスターと呼ばれる女と、何故かいる葛木の二人だ。葛木が魔術師にはとうてい見えないが、キャスターの態度からして葛木がマスターなのは間違いは無いだろう。
「礼儀がなってないわね。ここまでしてもらって御礼の一つも言えない癖に、更に教えろ? 随分な―――」
「キャスター」
 そこで初めて葛木が口を挟んできた。
 距離はそのまま、俺たちから離れたところに立ったままでだ。
「宗一郎様」
「昼休みの残りはそう長くない。話して聞かすなら手短に話せ」
「えっ……」
 葛木の言葉は、キャスターが話を聞かせるという前提がある。
 これはそれとなく、俺を助けてくれたのか。
 いや、違う。
「わかりました。宗一郎様がそういうのでしたら」
 あっさりとキャスターが頷いた。
 最初から聞かせる気はあったのだ。
 単純に俺への嫌がらせの為にもったいぶっているに過ぎない。
 でなければ、俺がどれだけつっかかろうとも記憶を戻したりはしない。
 する必要が無いのだ。
「ふざけ―――いや、違う。話してくれ……頼む」
 自分の中で湧き上がってくる感情を必死で抑えながら、キャスターに頭を下げる。
 腸は煮えくり返っている。キャスターの態度もそうだが、それ以上に自分自身に。今までもこれからもどうすることもできないでいる自分に。
「今回の聖杯戦争は一応は終結したわ。勝者はなし。あるとするなら私達ということになるんでしょうけど、肝心の聖杯は手に入れていない。勝ち残りこそしたものの、それだけという状況よ」
 そんなパターンは以前にもあったと聞いたような―――そうだ、あの神父! あの糞神父から事情を聞いた時にそんな話をしていたんだった。教会に覚えがある筈だ。
 今頃気づいても遅いのだが、教会前での違和感を思い出していた。あの神父ではない人間が神父をしていたということは交代したのだろうか。まだ若かったしそう簡単に異動があるとも思えないのだが、聖杯戦争の期間限定とかだったのだろうか。有り得ない話じゃない。
「ああ、そうか……」
 じゃあ俺は聖杯戦争の爪痕の修復作業をしていたわけだ。そうとも知らず。間抜け面を晒して。何て、無様な話だ。
「それで……他の面子は皆おまえ達がやったのか?」
「まさか」
 まさかとは思ったが、やっぱりそれはなかったようだ。
 軽く肩を竦めただけの相手を目で促した。
「まず消えたのがセイバー。貴方のサーヴァントよ」
「……っ」
 覚悟はしていたとは言え、ショックは勿論あった。
 ランサーの攻撃から俺を救ってくれた少女。
 毅然として神々しかった彼女は、もういない。
 付き合いは短かった。
 遠坂がサーヴァント中最強だろうと言っていたし、その風格はあった。
 その反面、俺からの魔力供給ができなくて本来の力も出せなければ、消耗を抑えながら戦わなくてはいけないと注意されていた。
 それは俺が劣っていたせいで、ということなのか。
 俺は彼女を頼もしいと思う反面、傷つき苦しんでいる姿を見て、彼女に戦わせてはいけないとまで思っていた。
 苦労するのは俺一人でいい。戦うのは俺一人でいい。
 彼女にはただ、喜んで貰いたい。
 女の子に守られるのではなく、女の子を守る自分でいたい。
 彼女が願うからこそ聖杯を求め、その為に起きる人殺しは絶対に止め、出来る限り自分の手で事態を何とか解決したかった。
 結果は、彼女は戦う場を与えられることなく、俺のせいで敗れたということか。
 あの日、彼女は自分の不在は危機的状況だと訴えていた。俺は信じなかった。どんな状況かを理解していなかったというのもあるが、それ以上に今までの日常を信じていたし、劇的に変わった状況を信じていなかった。
 遠坂が敵になるなんて考えもしなかった。
 それは俺が悪かった、ということなのか。
 違う、あれは間違いだ。
 そう言いたいが、言う相手も、それを確認してくれる相手もいない。
 俺だけが、ここにいた。
 誰もを助けたいと思うだけで、何も出来なかった俺だけが。

「いいかしら?」
「あ、ああ」
「アーチャーのマスターがセイバーのマスターを倒して命呪を奪ったことで、そうなったのだそうだけど……その経緯はマスターの貴方が良く知ってるでしょう」
 キャスターの視線が痛い。何をやっていたのと聞いている気がする。
 被害妄想かもしれないが、そうとしか思えない。
 くっ。奥歯を噛み締めていた。反論できない。
「次に消えたのがライダー。マスター共々、バーサーカーに討たれたようね。どうもバーサーカーはアーチャーを追っていたらしいけど」
 あのイリヤとか呼ばれていた白い少女が再び遠坂を狙ったというのか。
 教会を出た後、路上で襲われた時に二人は知り合いのようだった。実際には家同士の因縁としての知り合いで面識があったとかいうわけではないらしかったが、対立していたのなら、その後も遠坂を襲おうとしていたのは理解できた。
 ライダーのマスターがどんな奴だったのかは知らないが、巻き込まれたのだとすれば運が無い。参加した時点で覚悟はしていたのだろうが、狙われたわけでもなく、たまたまでやられたのであれば救われない。
「次に消えたのが、バーサーカーとそのマスター」
「えっ!?」
「あら、知っているの?」
「いや……ああ、一度だけぶつかったから」
 あのバーサーカーの破壊力は竜巻のようなもので、生半可な形では対抗できないのは素人目にも分かる。セイバーだからこそ、やりあうことが出来たのだ。アーチャーだって、セイバーがいなければろくに手出しもできなかったに違いない。
「そう言えば、ヘラクレスと言っていた……」
 そんなバーサーカーを倒すとはどんな相手なんだ。
「相手は前の聖杯戦争のアーチャー。何故そんなのが出てきたのかはわからない。けれども、最悪最強の敵がそのせいで消えたのは間違いないわ」
「前のって、前の聖杯戦争のサーヴァントがいたって言うのか!?」
 あっさりと言ったが聞き逃せないところだった。
「そうみたいね。十年前の前回も中途半端な形で終わったらしいし、そういう存在が残っている可能性を考えておくべきだったわね」
「いや、そんなんじゃなくて、そんなのって可能なのか?」
「魔力さえあれば平気よ。現に私もそう。宗一郎様が魔術師でないことぐらい貴方でもわかるでしょう?」
「あ、ああ……」
「存在を続けられるだけの魔力を持っていれば、サーヴァントは滅ぼされない限りはこの世界に留まっていられるわ」
 誇らしげに、そして嬉しげにキャスターは言う。
「そうか……」
 その辺は良く分からないし、必要も無いので曖昧に返した。
 葛木はどう見ても魔術師には見えない。見えないだけなのかも知れないが、俺には遠坂のように確かめる術はない。どうやって供給源を得ているのか気になったが、今はそれよりも聞くことが沢山ある。
「あのバーサーカーが……って、待てよ。イリヤは? 彼女はどうなったんだ?」
「聞いてなかったの?」
「聞いてなかったって、消えたとは聞いたけど―――」
「死んだわ。逆に聖杯戦争に敗れた魔術師が生き残るなんてことは滅多に無いのだから当然よ」
「当然っておまえ―――あんな小さい子を殺したって言うのか!」
 年端も無い白い少女。
 無邪気そうで、それだからこそ怖いところもあったが所詮は子供だ。
 周りの大人の都合でいいように扱われ、バーサーカーという玩具を宛がわれているだけに過ぎない。していいことといけないことをきちんと教えさえすればきっと――
「彼女は魔術師よ」
「だからって―――」
 そんな理由で子供を殺すなんてことは絶対におかしい。
「今貴方はどれだけ彼女を侮辱した発言をしているのか自覚してる?」
「な―――」
「尤も、貴方がどう思おうとも彼女はこの聖杯戦争の為だけに作られた存在よ。喩え勝ち抜こうとも、聖杯はアインツベルンの連中にもたらされるだけで、彼女自身は道具としてお払い箱になる。もったとしても数年で朽ち果てる運命。そんな存在を人扱いしていいのかは疑問だけど―――」
「くっ」
 胸糞が悪い。
 無茶苦茶だ。
 どんな願いでも叶うという聖杯がどんなに凄いものかは理解できるし、それを得る為にそんなことでもするという連中がいるのもわかるが、そんなのはおかしい。
 認められないし、許される筈が無い。
「そして次に消えたのが……」
 俺の怒りを他所に、キャスターは続ける。
 沸騰しきった俺の頭にこんな女の言葉など入らないと思っていたのに、その予感は裏切られた。
「アーチャーのマスター」
 明瞭に届いていた。
「っ!」
 覚悟はしていたが、ショックなのはショックだった。
 そんなことは絶対にありえない―――そう口に出そうとするが、虚しさがそれを留めた。
 遠坂を信じての言葉ではなく、自分が信じたくないというだけだと気づいていたから。
「誰……が……」
「倒したのはランサーのマスター。何故アーチャーのマスターほどの者がそんな討たれ方をしたのかわからないけど、油断していたらしいわ」
「ランサーの?」
 ランサーには一度殺され、更にもう一回殺されそうになった。
 その時の俺は聖杯戦争に参加していない、ただの一般人という立場だった。
 目撃者を消す―――たったそれだけの理由で命を狙われたのだ。
 それがランサー自身の信条なのか、マスターの信条なのかはわからないが、少なくても遠坂なら絶対にそんな真似はしない。
 そんな連中が遠坂を―――
「大丈夫?」
「ああ。続けてくれ」
 少しも大丈夫ではなかったが、全て聞かなくてはならない。
 知れる限りは。
 そして覚えていなくてはいけない。
 死ぬまで、一生。
「けれどもアーチャーのマスターもランサーのマスターを逃さず相打ちに持ち込み、自動的にランサーも退場」
「ああ……」
 実に遠坂らしい。
 俺なんかの敵討ちなんか必要とせず、自分のケリは自分でつけたということか。
 遠坂凛という少女の本性に触れた機会は本当に僅かだったけれど、実にらしいと思えた。
「そして、ちょっとややこしいけどさっき言った前回のアーチャーは今回のアーチャーによって退場したわ。アーチャーはマスターがいなくても暫くは残っていられたらしくて、奇襲だったのですって」
 あの俺が生理的に受け付けなかった赤い騎士は、主がいなくなっても勤めを果たしていたのか。
 自分自身の為なのか、遠坂の意思を継いだのか。
 どちらにしろ、何かムカついた。
 理由は分かっている。
 嫉妬しているのだ、あいつに。
 遠坂のやろうとしたことを、遠坂がいなくなってまで続けていたことに。
「そしてそのアーチャーも、魔力切れで消失。私の目の前で消えたからこれは間違いはないわ。散々生意気な口をたたいていたけれども、遠吠えと思えば腹は立たなかったわね」
 それに、彼は私の為に道を拓いてくれたようなものだったしねと口元を綻ばせながら結んだ。
 さぞかし皮肉を込めて、気障ったらしくいなくなったことだろう。
 その様子が目に浮かぶようだ。
「じゃあ……」
「ええ。残ったのはキャスターである私だけで、今回の聖杯戦争は終了したの」
 ん? なんか端折られた気がしたが気のせいか?
 自分の中であれこれ考えていたせいで、聞き逃したこともあったかも知れない。
 そんな理由で聞き返すわけにもいかないから黙っていた。
 代わりに、
「で、その聖杯はどうなったんだ?」
 当然の質問をする。
「行方不明よ」
「はあ? ちょっと待て。それはおかしいんじゃないのか。自分以外のサーヴァントとマスターを全員倒すことで聖杯の中身は召還されるんだろう?」
 何か呼び出す為の儀式とか必要なのか。そうだとしたら聞いていないが。
「召還はされたらしいわ」
「じゃあ……」
「ところで、その聖杯の中身とやらを貴方は知らないのでしょう」
「それくらい知っている。サーヴァントとマスターそれぞれのどんな願いでも適う―――」
「それは効果の話。言い方が悪かったわね。つまり材料よ」
「そんなの知ってるわけがないだろう。おまえは知っているのか?」
「聖杯戦争……実に滑稽な話よね」
 キャスターは言う。
「戦争と銘打ちながら、ああだこうだと枠組みを用意し、ルールなんてものまで作ったのですもの。命を賭ける割には、随分と滑稽なものじゃなくて。7つのクラスに見合った英霊を呼び出す? 宝具としての武器は一つ? とっておきの令呪は三回まで? お笑い種よ。穴だらけのいい加減さばかりが目に付くお粗末なシステムでよくもまあ何度もこんな下らない物を続けていられたかと思うと、感心するわね」
「話をそらすな。聞いたことに答えてくれ」
「全ては誤魔化し。わからなくする為の装飾に過ぎないわ」
「おまえはそのからくりを知っているのか」
「聖杯の中身は召還された英霊の魂」
「っ!」
「六人分の英霊の魂だからこそ、あらかたの望みをかなえることのできるようになっている。最初はただ呼び出して聖杯に詰め込ませていただけらしいわ。けれどもそれは成功しなかった。聖杯を作った三家がそれぞれ争ったから。そしてじゃあ戦いで聖杯を得る者を決めようということで始まったのが聖杯戦争。三体じゃ足りないことや、協会や教会が首を突っ込んだりしたことで複雑化し、今のような形になったわけだけど、厳かな儀式とはどう考えても呼べないでしょう? 欲の皮の突っ張った連中の出し抜きあいよ」
「まるで他人事だな」
「当事者ではないわ。被害者ではあるけれど。貴方もそうでしょう?」
「……違う」
「あら、そう」
 キャスターの言う通り、被害者と言えば被害者だったかも知れない。
 でもそれは、教会で参加を誓う前までの話だ。
 参加すると決めた時から、この出来事は他人事ではなくなった。
 キャスターだって、傍にいる葛木だってそうだろう。
 被害者面するのは間違っている。
「六人という英霊の魂を求めながら、その魂の質を軽視している。七人も揃えば何とかなるだろうというだけで、魂として価値があれば六人、五人でも事足りる。聖杯は既にあり、必要なのは望みを適えることのできるだけの力。聖杯という容器に魂という水を溜めて、口一杯になるまでが必要なことで、あとは全て余計なことよ」
 聖杯そのものはサーヴァントが残り一人にならなければ現れないが、聖杯を降ろす器は初めから存在し、聖杯召喚の時まで英霊の魂を取り込み続ける。そしてその状態でもあらかたの望みを適えるだけの力があるのだと、キャスターは説明する。
「じゃあその、マスターが死ななくちゃいけないことは」
「ないわ。現に貴方は生きている。それに教会に逃げ込むという手段も一応はあるでしょう。参加資格さえ捨てればいいんだもの」
「じゃあ……」
 殺しあうことは無意味だったのか。
 いや、違う。
 けれど、絶対に殺し合いにしなくちゃいけないということはなかったんだ。
 俺はそれを目指していたのではないのか。
 そう望んでいたのではないのか。
 被害者の出ない、泣く人のいないような状況を求めていたのではないのか。
 誰もを救う正義の味方。
 正義の味方が救った側だけではない、正義の味方によって邪魔をされた側も救われるような究極の―――
「じゃあなんだ。聖杯を満たすだけのサーヴァントの魂は集まった。聖杯は出現した。けれども誰も望みをかなえることはできなかったというのか」
「ええ」
「そんなことが―――」
「何度も繰り返されてきたのではなくて」
「あ……」
 そうだった。
「十年前と同じ結果になっただけ」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ。聖杯は破壊された。アーチャーによって」
「アーチャーって、おいそれはおかしいだろ。あいつは退場したっておまえが言ったんじゃないか」
「ええ。最後に残ったのは私よ」
「だったらアーチャーが聖杯をどうこうすることなんて……」
「今回は五体で事足りたのよ」
「だからそうだとしてもセイバー、ライダー、バーサーカー、アーチャー、ランサーの五人だろ? あれ?」
「そう。前のアーチャーが数に入ったのよ」
「それだとしても、あれ……」
 何か変だ。数が合わない。いや五人でいいのなら合ってる筈だが。
「前回の生き残りのアーチャーを倒した彼は、完成寸前の聖杯を最後の力を全て使って破壊した」
「なっ!? どうしてそんな……」
「予想はつくけど、憶測は言わないことにするわ」
 遠坂が関係しているのか、あいつの意思か、全然わからない。
 けれども、あいつらなら聖杯を己の欲望を満たす為に使うとも思えなかったし、他の者がそうすることを許すとも思えない。壊すことは必然だったのかもしれない。
「あいつ……が……」
「そしてアーチャーは、事の次第を知って呆然とする私の前で散々愚痴やら皮肉を言いながら退場した。得心したかしら?」
「いや、まだだ。聖杯がないのにおまえはどうして存在しているんだ」
「だからさっき言った通り、問題はないの。聖杯に関係なく魔力の供給源さえあれば留まることができる」
「いや、そうじゃなくて……」
 英霊も目的があるから聖杯に呼び出されたのではないのか。
 その聖杯を失っても何でここでこうして―――あ、そうか。
 そこまで考え、漸く足りないものと、分からないものが繋がった。
「聖杯戦争は、終わってないんだな」
「……ええ」
 キャスターの雰囲気が少し変わったのがわかった。
「もう一人、サーヴァントがいる筈だ。今回の聖杯戦争の」
 そうでなくば数が合わないのだ。最初は聞き逃したのかと思っていたが、聖杯召還の話でやっと繋がった。
「アサシンのサーヴァントがいなくなったわ」
「いなくなったって、捕獲していたのか?」
「少し違うわね。アサシンは……」
 そこで少し言い澱んだ。葛木を横目で見る。が、当の本人は俺たちに無関心だった。
 何でここにいるのかもわからない。
「私のサーヴァントだったから」
「なっ」
「私も魔術師よ。サーヴァントの呼び出し方さえ知っていれば召還できる」
「そんなのってありか?」
「ルールに則れば反則行為なのかも知れないけど、別にこれはスポーツじゃないわ」
「なんだよ、それ」
 卑怯じゃないかと思う。けれどもキャスターの言い分は間違ってない。スポーツマンシップに則って正々堂々戦うものではない。出し抜き合い、騙し合いの殺し合いなのだ。勝つ為に必要ならそれぐらいはやってもおかしくない。
 さっきの態度はきっと葛木には内緒にしていたことなのだろうと思った。聖杯はサーヴァントとそのマスターに与えられる。キャスターがアサシンのマスターとして存在できるのなら、葛木の存在は浮くことになる。
「天秤にかけてたのか。それとも……」
「手駒を増やしただけ。あとは、単純に数を一つ減らしただけよ」
「それを信じろと」
「別に貴方に信じてもらうつもりはないわ。聞きたいのは貴方がそれに関わっているのかということと、手がかりの一つでも知っていないかということだったけれども……」
 無駄足を踏ませただけというわけだ。
 確かに、今の今まで俺は遠坂によって聖杯戦争から遠ざけられていたのだ。
 知るわけがない。

「そうか、遠坂は死んだのか……」

 聖杯戦争なんかどうでもいい。
 セイバーには悪いが、今の俺にとって一番悔いが残るのは遠坂のことだった。
 前から知っていたからとか、命を助けられたとかだけじゃない。
 何か大きなものを彼女によって、与えられたような奪われたような複雑な気分だった。
 そんな存在の彼女がもういないというのは信じたくなかった。



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