『跡始末』
 


このSSは『消えゆく夜の灯火の光 〜Never ending ghost story.』の続編に位置づいております。

「今日は来てよかった。これで思い残すことは…」
 そう小声で呟くあかり。その声を聞き咎めて聞き返す浩之を、
「ううん、なんでもない、こっちの話」
 と、あかりは軽く誤魔化した。

 その後、遅刻してきた芹香と綾香が屋上に現れて来て、皆でワイワイとそれなりに
盛り上がって騒いでから、それぞれ別れて帰っていった。

「ふぅ……」
「……楽しかった?」
 あかりの家の前で浩之と別れ、ホッと胸を撫で下ろしていたあかりの前に一人の女
生徒が腕組みをして待ちかまえていた。
「ぶ……部長……」
 あかりが呟く。

 長い黒髪をポニーテールでまとめ、綾香と言うよりもつり目ながら少し日本人形に
似た風貌の美人が、あかりの家の塀に黒いストッキングに包まれた脚を優雅に組んで
腰掛けていた。
「………はい」
 あかりは、いや、あかりだったのもの輪郭がぼやけていき、制服は同じながらも別
の顔をした女性になって、深く頷いた。
「そう……良かったわね」
 美人がニッコリと微笑む。
「ええ……ちょっと怖かったけど」
「……おい」
 自分も幽霊でしょうが、と言いかけて止める。別に、今となってはどうでもいいこ
とだ。
「部長……見守っててくれたんですか?」
「……ええ」
 今度はあかりに扮していた女の子の方から質問してきた。
「藤田さん……気付いてませんよね」
「多分ね。でも、それでいいの?」
「はい……いいんです」
「そう……それでいいの……」
「はい。私、それで嬉しいんです。満足なんです」
 女の子はそうはっきりと言った。
 晴れ晴れとした笑顔で。

「多分……神岸さんと会ったときにバレちゃうでしょうけど……私、自然な藤田さん
と一緒にいたかったから……それだけで嬉しかったから……」
 そう言う女の子の全ての輪郭が徐々にぼやけてくる。所々、透き通っているように
も見える。
「だから……部長。お願いです」
「お願い?」
「後のこと、お願いできませんか?」
「あなた……本当に、満足したのね……」
「はい……」
 ニッコリと笑うその女の子を見て、部長と呼ばれている美人が多少複雑そうな顔を
して、
「わかったわ。私と芹香で何とかしてあげる。だからあなたは……」
「はい。成仏します。部長、ご迷惑をかけて御免なさい……それと……」
 まるで画像処理でも行っているようにジワジワと喋っている女の子の姿が消えて見
えなくなっていく。
「ありがとうございました……」

 そう言って、消えた。

 藤田浩之をひっそりと恋した、一人の女の子が。
 女の子だった幽霊が。


『跡始末』


「写真見るまで、気付かなかったわけね?」
「ああ、気付かなかった」
 浩之は理緒達と共に写真を見て青くなってから、卒倒したあかりを保健室に運び、
騒ぎ出す志保を無視して、一目散にこのオカルト研究会の部室に来ていた。
 そこで待ちかまえていたのが、この研究会の部長でもある彼女だった。

「良かった」
「良くねえよ。皆、かなりビビってたぞ。あかりの奴は気絶しちまうし……」
 ホッと胸を撫で下ろしていた部長に、浩之が文句を言う。
「せめて一言断ってからにしてくれよ……」
「だって……こっちだけ急にだったんだもの」
「計画的じゃないのか?。都合良くあかりの奴を……」
「それは違うわよ。少なくても、私たちはね」
 軽く睨み付ける浩之に、即座に比定する部長。
「こっちはいきなり芹香から、自分たちは遅れそうだからかわりに幽霊役をしてくれ
って頼まれて、それで準備してたんだから……」
「ああ、だから志保の奴……」
「御免ね。皆、悪のりしちゃったみたいで……」
「それについては別にいいんだ。構わない」
 あっさりと言ってのける浩之に、部長は苦笑して呟く。
「差別してるのね」
「うるせ」

 そしてから、暫く二人して黙り込む。

「……いつから気付いていたんだ?」
「私? 藤田君の様子を窺ったときににね。神岸さんの気がいつもの彼女のじゃない
から……で、ちょっと抜け出して彼女の家に行ったら案の定、風邪で寝込んでいるじ
ゃないの。そこでピンと来たわけ」
「そっか……それで、彼女は?」
「満足してたわ。「ありがとう」って……」
「そっか……あれで……良かったのか?」
 ちょっと不安そうに訊ねる浩之。
「多分ね」
「………そうか……」
「………」
「………」
「オレ、そんなにいい奴じゃないぜ」
「そうよね」
 あっさりと肯定する部長。
「何でなんだ?」
「……フェロモンが強いとか」
「おいおい……」
「ふふふ……でも、私も藤田君、好きよ」
「え……?」
 浩之は顔を上げて、部長の顔を見る。
「別に、いいじゃない。それだけ。それだけなんだから……」
 クスクス笑って、軽く浩之の額を人差し指で押す仕草をする。
「…………」
「…………」
「なあ」
「ん?」
「………いや……」
「それより、授業いいの?」
「次、自習だから」
「あそ。で?」


「………先輩が卒業したら、お前ら、どうするんだ?」


「…………」
「先輩がいなくなったら、ここ間違いなくなくなるだろ?」
「……そうね」
 部長は向かい合って座っていた椅子から立ち上がり、浩之の斜め後ろにしゃがんで
「心配してくれてるんだ」
 と、腕を浩之の首に絡ませてくる。
「……いや、気になって……さ」
 ちょっとだけ抵抗しようとするが、浩之の腕は素通りしてしまい、諦める。
「大丈夫よ。元々、学校ってのは……幽霊の住み易い場所なんだし……それに……」
「それに?」
「実はね、芹香がその事考えていて……」
「先輩が?」
 顔を動かそうとするが、しっかりと腕で固められて正面を向いたまま、聞き返す。
「ええ。私たちに自分の家に来ないかって?。広い家だから……いくらでも場所はあ
るっていうのよ」
「そっか……それなら、安心だな」
「それに……色々書物とか、あるからね……あそこには……」
「最良の環境って訳だ」
「……そうね……」
「何か、浮かねえけど、何か不満でもあるのか?」
「番犬のセバスチャンが怖くて……」
「…………」
「嘘よ」
「おい……」
 身体を押しつけるような姿勢で、更に身体を密着させてくる。しっかりの部長の身
体の感触が伝わってくる。体温こそないのだが。だが、腕でしっかり固められている
せいで顔が動かずに、その表情は見えない。
「………」
「成仏……したいな」
「………」
「たまに、そう思うんだ……たまに……ね」
「だったら……」
「協力してくれる?」
「え……ま、まあ……オレに出来ることなら」

「……藤田君」
「何だ?」


「だから……好かれるのよ」

 そこで急に戒めが解かれたように、浩之の身体の自由が戻るようになる。

「え……?」

 浩之が気がつくと、再び、正面に部長が立っていた。
 いや、浮かんでいた。

「そーゆーところが、好かれる理由よ。わかった?」

 そう言って、部長はニヤリと笑った。
 外見上の年相応な、悪戯っぽい微笑みだった。

「お……おい……」
「そーゆーこと。分かったかしら。モテモテクン」
 笑顔を絶やさない部長に、浩之はもう一度聞いた。
「……どーすんだ?」
「さあ、どうしようかしら?」
 そう言って、小首を傾げる仕草をすると、
「少なくても、藤田君が卒業するまでは学校にいるつもりだから……宜しくね」
 そしてウインクと共に、姿を消した。

「ったく……」

 そう言いつつ浩之も、苦笑するしかなかった。
 今、彼に出来ることはそれぐらいしかなかったから。




                           <完>