もらとり庵 ゲストの小説

「退屈なロジック」Chapter-7:しあわせのかたち

by 久々野 彰

 ――ロボットにとって幸せとは、何でしょうか?


 我々ロボットは人の手によって作られた存在です。


 人が幸せならば、私たちも幸せなのでしょうか?


 人が喜ぶ姿を見て、気分が悪くなることはありません。
 そしてその喜びに、自分が少しでも関われたとなれば、尚更です。


 人の役に立つために生まれた、人の手助けするために存在する私たちにとって、その意義に関わる問題です。


 しかし、私たちの幸せとは、それだけではないような気がするのですが・・・。



「セリオさん、どんな気持ちですかぁ?・・・」

 以前、マルチさんが御自分の体験を私に伝えようとしてくれたことがあります。


  なで、なで

 マルチさんはこうして頭を撫でられた時、今までに感じたことのない様な気持ちになったそうですが・・・。


「――別に・・・何とも・・・」

 その時、私はその行為に関して、頭髪が擦られる感触以外、何も感じ取る事は出来ませんでした。


「そうですかぁ・・・」

 マルチさんはもの凄く、残念そうに下を向いてしまったのを今でも覚えています。
 私も、何か損をしたような気分になりました。
 マルチさんに一歩、置いて行かれたような心境になりました。


 マルチさんが感じたことは、一体何だったのでしょう。
 人に奉仕することをこの上なく喜びと感じているマルチさん。
 頭を撫でるというのはその行為に対してのその方の賞讃の形なのでしょうが、それだけのことです。


 それなのに、何故、マルチさんは今までにないものを感じたのか不思議でなりませんでした。


 私たちは人のお役に立つために作られました。
 人を歓ばす為に出来ることを、様々な働きを成し遂げます。

 それは、当然の事であるから。
 誉められる類のことではないのに。

 その矛盾が、関係しているような気がしてなりませんでした。



「――セリオ、今日も遅くまでご苦労さん」

 今日も長時間、様々な駆動系のシステムの実験に追われ、私の業務を終了した時、よくこうして頭を触られます。
 マルチさんの時と違い、髪の毛を軽く掴むように、くしゃくしゃっと指を髪の毛の中に通します。
 髪が乱れるだけで、あまり意味のない様な行為ですが、それをしてくれる事で何処か安堵する自分を感じます。
 本当に、不思議ですが・・・。


 私は少しだけ、マルチさんに近付けたでしょうか・・・。


<完>





初出:1998年08月31日(月)


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Last Update : 2000/08/24