もらとり庵 ゲストの小説

「退屈なロジック」Chapter-Final:Friend

by 久々野 彰

 どうやら、マルチさんは素敵な恋をしています。


 相手に何かを望む恋でなく、相手に何かをしてあげる恋を。


 ――彼女らしい


 私はこう思いました。

 ただ、初めの頃の私なら、こう思えたでしょうか
 不思議に思ったのではないでしょうか
 考えることすら、出来なかったのではないでしょうか


 私は、どうやら少しずつ、変わったようです。







「今日、決定が出たよ」


 私に告げたその声は、淡々としていたでしょうか。
 延長していた実験も、恙無く完了し、量産用プログラムの原盤の開発も進み、プロトタイプボディの作り手であるハード部門への引き渡しが迫っていました。


「君の意志を尊重したいと思っている」


 ――私の意志


 私の意志とはどれほどのものなのでしょうか。
 どれほど、大切なものなのでしょうか。
 人でなく、生き物でなく、
 作られしもの、である私に。


 ですが――

 私はその時、


 沢山の知識と共に得た記憶。


 無自覚の内に、頭の中で再生していました。


 そして・・・。


「うしないたくない」
「なくしたくない」
「わすれたくない」


「きえたくない」


 こんな否定的な思考が浮かぶのは、不思議です。

 他の人にだけでなく、自分自身の命令にも逆らっているようです

 デリートを押せない。
 バックスペースが動かない。

 止められない。
 止まらない。


 ――私の中にあるこの違和感。
 ――不思議な感覚。

 ――痛み。

 ――そう、まるでこの感覚は痛さを感じている。
 ――私は痛みを感じている。

 ――どうして?


 ロボットに、「想い」はあるのでしょうか。
 わたしに、「想い」はあるのでしょうか。


 これは、私の「意志」なのでしょうか。
 これが、「私の意志」なのでしょうか。


 私は、今まで私と共に過ごし、生きてきた皆様を見ました。
 皆さん、私を見つめていらっしゃいます。
 私は、見つめられています。


 今まで、私は実験体として多くの方達に見つめられてきました。
 スポンサーなどの協賛の企業、国や自治体の政治家や監察官、そして開発陣の皆様など・・・

 私を作った方達。
 私を造った方達。
 私を創った方達。

 「わたし」をつくりあげてきてくださった皆様。

 わたしは、生まれました。
 ここに。

 別にわたしが望んだ訳ではありません。
 でも、わたしは望まれていました。
 そして、そんな方達がいなければわたしはここにいませんでした。


 ――わたしはここにいます。


 私の「想い」とは「意志」とは

 そう。

 これくらいのことではないでしょうか・・・。


 これこそが、そうなのではないでしょうか。


 私は、皆さんを見て言いました。


「――私は・・・」


<完>





初出:1998年10月05日(月)

Last Update : 2000/08/24