「それは興味深い症状です」
 翌朝、朝のHR前の短い時間に手鞠を捕まえて相談してみる。昨日は結局もやもやした気分が残ってあまりよく眠れなかった。
「事例が無いのでわかりませんがそれはトライオンのし過ぎによる、一時的な感覚の麻痺状態なのかも知れません」
「麻痺……ねぇ?」
「はい。慎一郎さんが先天的に他人に依存する性質を持っているのなら別ですが、そうではない以上、その芹菜さんの手を所構わず握ってしまうというのは……」
「悪い。その言い方は何とかならないか」
「気がついたら握っていたというのは性犯罪者の言い訳としても正直どうかと……」
「ごめんなさいごめんなさい」
 何故かご機嫌斜めらしき手鞠を宥めるのに苦労する。鷹子先輩がここにいなくて良かった。
「ところで慎一郎さん」
「なんだ」
「私の手、握ってみませんか」
「なんでっ!?」
「毎日指先は鍛えられていますが、小さくて柔らかいと鷹ちゃんにも評判のてまりんお手々です」
「はあ」
 鷹子先輩には評判って、他に吹聴する人いないような。でもまあ確かに目の前でかざされた手鞠の手は華奢で綺麗だった。
「触ってみたくなりましたか?」
「いいや」
「がーん」
 口に出してショックを受けたような素振りを見せるが、このままだと話が進まないので先を促す。
「結局、トライオンが原因で間違いは無いか」
「今のところは、それが一番妥当だと考えられます。慎一郎さんもそう思ったからこそ、私のところに来たのではないですか」
「ああ。でもまあそうでなくても、まず手鞠に相談したけどな」
「ぐっ」
「え?」
「いえ、それは光栄です」
 周りは冷やかし専門なので、他に相談事ができる相手というのが限られているというのもある。そしてそれを軽くこぶしを握った今の手鞠に言わないほうがいいというぐらいの判断力はあった。
「じゃあ今後は芹菜さんとはトライオンしない方がいいのかも知れないな」
 所構わず手を握ってしまうというのは問題だ。なるべく回避する為にもきっかけを少なくしたほうがいい。昨日はトライオンメンバーが一人増えたということになったが、避けた方が賢いだろう。
「いえ、逆です。機会があればじゃんじゃんやりまくってください」
「え?」
 しかし手鞠はその考えを全面的に否定する。
「別に中毒とかそういうものではありません。原因として考えられるのがトライオンによるものであればそうした方がいいでしょう」
「そうなのか?」
「私は一度しか経験がありませんが、慎一郎さん。トライオンした時のことを思い出してみてください。精神的接触、互いの心が触れ合うような、気持ちが重なり合うような特殊な感覚だったと思います」
「ああ」
 トライオンはお互いの感情や思考すらも伝えてしまう。ただ俺の中の何が伝わり、相手の何を受け取っているのかがはっきりと覚えていることはそうない。その中にある本質だけはトライオンが終わった後も確りと心の中に残っていたが。
「恐らくはトライオンを短期間に何度も続けたことで、一気にその感覚が膨れ上がって互いの中で一時的にあやふやな感情となってが出てしまっているものと思われます。それは自然霧消するものではありません」
「でもそんな状態で更に繰り返せば余計に酷くならないか?」
「言い方が難しいですが……そうですね。言わば慎一郎さん達の心の中であやふやになっているものは現実とトライオン状態の区別がついていないものとして考えてください」
「夢と現実がごっちゃになってるみたいな感じか?」
「はい。相手に触れ合う行為はトライオンの延長線上、代謝行為としてトライオン後の状態に戻りきれていない身体が求めているからだと思われます」
「身体がトライオン状態を求めているということか」
「いいえ、どちらかと言えば逆です。トライオン時の状態から現実を分け隔てたいのに、そうなりきれているという確信が持てていないという不安が、無意識のうちにそうさせているのだと思います」
「すまん。よくわからない」
 聞いていてややこしい。仮説の上の仮説だからなのか、理解力が足りないのか。
「まあ慎一郎さん達は更に何度かトライオンをすることで、トライオンの中でそれがトライオンでの状態だということを身体共に自覚させてやることが最短の解決方法だと思われます」
「それは条件付けというやつか」
「はい。トライオンで起こされた衝動や突き動かされた感情に、頭がついていっていないだけです。そこで理解することで―――
「無意識で求め合うようなことはなくなるというわけね」
 手鞠の言葉を引き取ったのは、芹菜さんだった。
「芹菜さん!?」
「おはよう、鷲塚くん、手鞠ちゃん」
「おはようございます、芹菜さん」
「私も手鞠ちゃんに聞いておこうと思ったのだけれども、先を越されたみたいね」
「……っ」
 すぐ隣で嘆息する芹菜さんの息がやけに近く感じて、意識してしまう。なんてことはない仕草なのに、妙に目に付いて離れない。
「慎一郎さんにも話しましたが、その現象はトライオン中の感覚の影響がトライオンを終えた後も引き摺っていると考えられます」
「あ、じゃあ俺はこれで……」
「え?」
 これ以上、意識することに耐えられなくなって席を立った。慌しく音を立てたせいか、手鞠のクラスメイトらに注目されてしまった気がする。
「あ、はい。慎一郎さん。また放課後にでも」
「ああ、じゃあ」
 時計を見るとHRの時間まであまりなかったが、芹菜さんにも同じ話をするのだろうか。
 そんなことを思いながら、俺は教室に戻った。


「慎一郎さん、至急トライオンポイントにお願いします」
「わかった……ええと、芹菜さん」
「ええ、今準備するから少し待っててくれる」
「はい、すみません」
 基本的に後方指揮担当の芹菜さんを呼び出すのは心苦しいが、これもトライオン麻痺を一刻も早く回復させる為ということで、あれからは可能な限りトライオンは芹菜さんと行っている。会長以下、冷やかされたり囃されたりしたが、その度に芹菜さんが黙らせることを繰り返したせいか、最近は特に言われることはなくなっていた。
「トライ……オン!」
 そして今日も二人で現場に駆けつけると、すぐさまトライオンを開始する。
「(っ……)」
 重なり合わさった手から、俺の意識が芹菜さんへと流れていく。
 同時に芹菜さんの意識も、俺の中へと押し寄せてくる。
「(ぁっ……)」
 撹拌する様に意識が絡み合って、蕩けるようにして―――

 悔悟。

「(あ……)」

 諦め。
 脱力。
 無力。
 諦観。
 悔しさ。
 怒り。
 憤り。

 何か一つの事柄に関する負の感情が様々な形で浮かび上がっていく。
 トライオンの度に掘り起こされていく感覚。
「(……っ)」
「(また……)」
 そして脳裏に時折、もしかしたら初めから浮かび上がってくる同じ状況。以前は形にもならずにいたそれは、徐々に何かを見せるようになっていた。
「(……)」
「(ぁ……)」
 そして急激に冷えてくる感情。これは通過したもの。過ぎ去ったもの。そして飲み込んでしまったもの。だけれども、
「(あっ……)」
「(……っ)」

 足音高く、やってきたそれが一面を真っ赤に―――

「(ま……た……)」
 急激に押し寄せる倦怠感。
 同時に睡魔が押し寄せてくる。
「鷲塚くん?」
「あ、は、はいっ!」
 何故か芹菜さんとトライオンをすると、喪失感と共に目覚める。
 他の皆との時にはないことだった。
「トライオン、終了したわ」
「はい。こちらでも確認しました。お二人とも、お疲れ様です」
 気が付くと、ピタリーダーで芹菜さんと手鞠が会話しているようだった。芹菜さんとのトライオンは覚醒がいつも彼女より少し遅れる。
「芹菜さん」
「なに、鷲塚くん?」
 芹菜さんとトライオンをすることで、少しづつ彼女との距離が近づいていくんじゃないかなんて漠然と思っていたけれども、実際は逆だった。
 以前の方がまだ、彼女を近くに感じていた気がする。
 トライオンの間に意識が重なり合う分、終わった時に突き放されるような感覚が辛い。
「いえ、何でもありません」
「そう。じゃあ皆のところに戻りましょう」
「はい」
 軽く会話を交わしながら戻る俺たちの手は繋がれていない。元々、一時的なものだったのかも知れないと今では思うようになっていた。手鞠の意見で暫くは続けることになっていたが、どうなのだろう。
 もはや理由を失った目的に、意味があるのか。


 そう思った俺は、次のトライオンの機会に早速行動を起こしていた。
「今回のトライオンポイントは白波寮でのシステムトラブルに関するものです。非常用倉庫の一角に未知の、恐らくは旧型トライオンポイントが発見されましたので、慎一郎さんお願いします」
 非常召集された生徒会室で手鞠から、俺たちは今回の事態の説明を一通り受ける。芹菜さんは会長と共に、各方面への指示や準備に追われていた。
「ああ。わかった……夏海」
「ん、何?」
「トライオンするから一緒に来てくれ」
「……え?」
 その声は夏海のものだったが、その意識はどうも獅子ヶ崎トライオン全員のものだったらしい。この場にいる全員が、俺の方を向いていた。
「あ、いえ。何度かやっててもうそろそろ大丈夫そうですし、いつまでも副会長に現場まで来てもらうのは悪いかなって思いまして」
 自然と口を付いて出るのはあれからずっと考えて用意していた言い訳。本来の形に戻るだけという意味を強く含ませる。
「……そうね。今日はどっちにしろ夏海ちゃんを一緒に寮まで行って貰うつもりでいたし、芹菜が問題なければその方が人員的にはベストだものね」
 手鞠がトライオンのバックアップに入る分、出動中の雑用を一手に引き受けざるを得なかった立場の会長がいち早く、賛同する。
「芹菜はどう? 鷲塚くんは大丈夫だと思っているみたいだけど」
「そうね。元に戻してみて、またおかしかったらその時考えればいいんだし、いいんじゃないかしら」
「OK じゃあベスト布陣に戻ったところで、獅子ヶ崎トライオン、活動開始!」
「「「「「はいっ」」」」」

 そして二人して現場に駆けつけると早速、トライオンを開始する。
「いくぞ、夏海!」
「うんっ!」
「とらーい!」
「おん!」
 夏海とのトライオンは最初にやった時からずっと、変身ヒーローのような掛け声で行っている。そして芹菜さんの時のような後味がすっきりしないことはない。
「ねえ、慎一郎」
「なんだ?」
 手鞠への報告も済ませ、トラブルも解消してこのまま直帰で構わないとの旨を受けたので二人で離れの倉庫から寮に戻る途中に少し真面目な顔で夏海に問いかけられる。
「今日のトライオン、本当に私で良かったの?」
「芹菜さん、いつもトライオンの後も生徒会室に戻って本来の仕事もしてたしな。現場と本部の両方の兼任は大変だろ」
「まあ私としては若干、暇気味だったからいいんだけど……」
「俺たちじゃ、あっちじゃあんまりやれること無いからな」
 単純な書類整理以外は全て会長の指示を貰わないと、分からないことばかりだ。その意味でもこの体制の方がいい。
「だから俺の方の問題さえ解決していれば、連れ回し続けるのは芹菜さんに悪いじゃないか」
「えー、何それ」
「何それって……」
 十分立派な理屈じゃないか。何故そこで不服そうな顔になる。
「全く、慎一郎はシャイボーイだなあ」
「はあ?」
 夏海がやれやれという顔をするが、何故なのか全くわからない。
「芹菜さんが嫌々なわけないじゃん。そりゃあ最初はいきなりだったから否応無くだったかも知れないけど、今まで一度だって嫌がる素振り見せなかったじゃん」
「いやそれはお前……言っただろ。俺たちは―――
 仕方が無い事情があった。けれど、それはただのきっかけ。
「トライオンって、お互いの意識の全てを曝け出しちゃうんだよ。嫌な人相手には一回でも少しでも嫌に決まってるじゃん」
「いや、嫌がられているとかじゃなくて、迷惑をかけているという話でだな」
 俺が言わなくてもいつか彼女から、いや俺が言い出すのを待っていたのかも知れない。
「一緒だって。今日だって芹菜さん、準備済ませてたんだから慎一郎とのトライオンを迷惑に思っていた筈なんてないよ」
「俺は別に芹菜さんに嫌われてると思ったから避けたわけじゃ……」
 何か違う。何かがおかしい。
「むしろ慎一郎の方が、芹菜さんとのトライオンを嫌がったんじゃないかって思っちゃったよ」
「なっ!? そんなわけがないだろう」
「そうだよね、だから今日はビックリしちゃった」
 ドキリとさせることをあっさり言ってのける。
 だが、そうなのか。本当にそうなのか。俺は本当は嫌になっていたんじゃないか。
 違う。嫌ではなく、恐れ。
 俺は恐れていた気がする。
「あ、そうか」
 すんなり納得した。そうだったんだ。
「? どうしたの、慎一郎」
「そうか、そうだったんだ!」
 だから、俺は怖かったんだ。
「もしもーし」
「悪ぃ、夏海。先帰っててくれ。俺は用事ができた!」
 一つの結論に達した俺は、思わず駆け出していた。
 その予想が正しいか間違っているかはわからない。
 ただ、俺がしていたことは、きっと……。

「あーあ。何か、気づかせちゃったかなぁ……」
 取り残された夏海がポツリとそう、呟いていた。


 どうして恐れていたのか。
 トライオンで拒絶されたから。
 違う。
 拒絶されたことは無い。


「どうしたの、鷲塚くん。帰ってたんじゃないの?」
 生徒会室に駆け込むと、会長と手鞠が打ち合わせをしている真っ最中だった。
「芹菜さんは?」
「芹菜だったら職員室に報告に行っているけど……」
「そうですか、どうも失礼します」
 気もそぞろに、慌しくその場を後にする。


 意識はいつも繋がっていた。
 一度だって抵抗されたことも、渋られたこともない。
 それだけトライオンが特別だからなのか。
 違う。
 そんなもので、続くはずが無い。


「ねえ、てまりん」
「何ですか、会長」
「どう思う、今の」
「イーブンイーブンでしょうか」
「そんなものかしら」
「はい。慎一郎さんは少しニブいところがありますから」
「うーん、そうねえ」
 立ち去った後に二人が交わした会話は俺が知る由も無かった。


 芹菜さんに嫌がられていたわけじゃない。
 それならきっと彼女はそう言う。夏海の言うとおり。
 それこそ俺のようにもう必要ないからという理由で、納得づくで解消できる。
 だとすればどうして、彼女はそれを言わなかった?
 何故。
 俺は、それを―――


「芹菜さん!」
「あら、鷲塚くん」
 丁度、職員室から出てきた芹菜さんを捕まえる。
「どうしたの? そんなに急いで、何かあったの?」
「その……すみませんでしたっ!」
「え?」
 彼女の前まで駆け寄ると、ほぼ90度に腰を曲げて全力で謝った。
「俺、自分のことばかりで、全然身勝手で……でも、俺……」
「ちょ、鷲塚くん……」
 慌てた様子で、芹菜さんが頭を下げ続ける俺を宥めようと手を伸ばす。
「でも俺、芹菜さんのこと、知りたいんです!」
 言った。
 言い切った。
 そして改めて、自分で納得した。
 俺は、きっと……
「っ……」
 大きな音を立てて、ファイルの詰まった書類ケースが廊下に落ちる。
 芹菜さんが抱えていたものだった。
「え、ええと……」
 宥めようとしていた芹菜さんがすぐ間近にいた。
 互いの顔が近い。
 言葉が、思いが、溢れかえって詰まってしまって出てこない。
「……」
「……」
 その直後、
「もしもーし」
「「っ!!」」
 その声に慌てて、距離を取った。
「あらあら、一体何があったのかは個人的には興味津々だけれども、他の人の目もあるし、ここでするのは止めてね〜」
「ふ……藤ヶ峰先生」
「なずな先生……」
 なずな先生が芹菜さんが落としてしまっていたケースを拾って、彼女に手渡す。同時に何か囁いて、芹菜さんを絶句させていた。何を言ったのだろうと思った俺に意味有り気なウインクをして、そのまま職員室に入っていってしまった。それでハタと我に返って周囲を見渡すと、近くにいた若干の生徒全てからの注目を集めていた。
「あ、いや、その、そうじゃなくて、ええと、その!」
「鷲塚くん、おろおろしない!」
「はいっ!」
 直立不動になる。
「そうやって挙動不審になっている方が、あれこれと勘繰られるわよ」
「あ、はい……」
 芹菜さんは既に立ち直っていたのか、赤面したままの俺とは対照的に、注目を浴びたことに対して嘆いて見せていた。
「全く……」
「すみません」
 感極まって言ってしまったが、この場所でするのは考えなしだった。猛省する。
 周りの生徒達も、この空気に耐え切れなくなったのか、俺たちを避けるようにして消えていった。それでも後日の噂に上るのが怖い。実に良くなかった。
「あの、その……」
「……ふぅ」
 小さなため息。
 その息が、何故か脳裏に残っている何かと重なる。
 デジャヴュ。
 いや、それは―――

「そうね、この時間なら人もいないでしょうし、屋上に行きましょう」
 話の続きはそこで、というニュアンスなのか、彼女はそう言ってから先を歩いていった。
 先行する彼女の後ろを歩きながら、これで良かったのかと躊躇いの気持ちが芽生える。
 それでも、ここまで来てしまった以上、とことん思いのままに突き進む覚悟を決める。中途半端はしたくなかった。


 屋上に出ると日中は長い癖に、ひとたび日が傾き始めると空は真っ赤に染まっていた。
 その赤い景色の中を芹菜さんがゆっくりと歩いていく。
 彼女の歩幅に合わせつつ、二人して屋上の周囲を囲う手摺の側まできて、彼女はゆっくりと振り返って俺を見た。
「―――っ」
 息を呑む。
 目の前にいる芹菜さんが、今までとはまるで違った人に見える。
 ここのところずっと見ていた人。
 側にいた人。
 手を重ね、意識を繋ぎ合わせていた人。
 どれだけ近づいても気づけなかった彼女が、今、目の前にいる。
 そんな気がしていた。
「あ、あの……俺、改めて芹菜さんに謝らないといけないです」
 このまま見蕩れていると、言葉が出なくなる。そう思った俺は、慌てるように口を開く。
「さっきのこと? だったら……」
「いえ、今日のトライオン、芹菜さんを避けるような形にしてしまって」
「あら、でもそれは……」
「違うんです」
 彼女を制して、続ける。
「俺、芹菜さんのこと、避けようとしてました」
 一番隠したかったこと、言いたくないと思ったことから口に出していた。
「芹菜さんとのトライオンで、俺、拒絶されてるって思ったんです」
「……」
「だから芹菜さんが俺とのトライオンをいつか嫌がるんじゃないかって、そうなる前に自分から止めておけばいいんじゃないかって」
 次が弱音、泣き言の類。内容よりも、口にすることの方が軽蔑されるかも知れない言い訳。
「でもそうじゃない。拒絶されているのは俺が探っていたんじゃないかって、芹菜さんのことをトライオンを通じて知りたがっていたんじゃないかって……」
「ストップ。ちょっと落ち着きなさい、鷲塚くん」
「あ……は、はい。すみません」
 雄弁になっていく自分を芹菜さんが止める。苦笑していた。
「鷲塚くんって……本当に、素直なのね」
「え」
「仮にそう思っても、なかなか口に出して言う人はいないわよ」
「でもそれって身勝手で図々しいだけですよね」
「そうね。鷲塚くんは自分の都合と思いで、話を進めているわね」
「っ!」
 わかっていてもそうはっきりと言われると、堪える。
「トライオンで気になったから私を知りたい。でも結局知ることが出来なかったから、こうして直接知りたい」
「はい」
 全くその通りで、言葉が無い。
「もう……」
 俺が漠然と思っていたよりも、俺が言ったことは彼女にとって不遜だったのか。
「全く、本当に……」
 俯いて芹菜さんが震えている。怒りからなのか、それ以外の感情なのか、わからない。
 触れ合えないでいるからわからない。俺は、今とても彼女を知りたい。
「だから私は、そんな鷲塚くんとのトライオンが嫌いじゃなかったわよ」
「え……」
 顔を上げた彼女は、笑顔だった。
「せっかくだから話しておくわ。多分、鷲塚くんが一番気になっていて、知りたいことだと思うもの」
 いつも背筋をピンと伸ばしている印象の強い彼女が、手摺を背に寄りかかっている姿が何だかおかしいもののように見える。
「そうね、話してしまいたい、こと、なのかしらね」
 その姿勢のまま、わざわざ言い直した。意味のあることなのだろう。それだけ、それは彼女の中では重いこと。

 笑顔のまま、語られたのは二年前の話。
 この学園で二年前と言えば、無条件に浮かぶのは一つしかない。
 ハリケーンブラック。
 この学園が終焉の危機を迎えた出来事。
 そして彼女の話は、その直後の物語だった。


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