「みんな、私の不在中ご苦労様。本当にご苦労様な事態になるとは思わなかったけど、大丈夫だった?」
「はい。既に報告にある通り、副会長を中心に無事乗り切りました」
「それは良かったわ」
「副会長の指揮は適切かつ迅速で、非常に普段よりスムーズに事が運びました」
「うんうん、流石は私が見込んだ芹菜ね」
「芹菜さんの本当に凄いところは普段からそう見せないところだと、今回まさに実感しました」
「そ、そう……」
「そうそう、芹菜さんなら例えどんなことがあっても任せられるって安心感があったよね」
「わ、私だって、その……」
「みんな、ありがとう。でも一応生徒会長の前よ」
「「「「「はーい」」」」」
「くぅぅぅぅ、まるで私じゃ駄目みたいな物言いしないでーっ!」
「冗談ですって、冗談」
「はい。ちょっと皆で息抜きに会長を弄ってみました」
「慌てて交通手段乗り継いで戻ってきた私にその仕打ちは酷くない!?」
「一乃、普段から確りやっているという自覚さえあれば何も気にすることなどないぞ」
 その場に居ながら参加しなかった鷹子さんの一言で、会長弄りを止めて会議に移る。
「正論が何か一番クる……なんでかしら?」
「はいはい。そろそろ始めましょう」
「コホン。それでさっそくだけど改めて結果を報告して頂戴」
 その日の午後、予定よりも早く学園に戻ってきた会長が生徒会室に皆を集めて情報整理にあたっていた。会長が少し気負いこんで戻ってきたのを見て、こうして皆でちょっと即興で空気を和らげた訳だが、打ち合わせもせずに皆と一緒にノれたことが俺もこの場所に慣れたのだと実感できて少し嬉しかった。軽い笑いの後で、全員が気を引き締め直す。
「じゃあまずは私の方から。発生した野良ガードロボについてですけど……」
 鈴姫から順に一つ一つ報告を始める。そして最後に手鞠が、現状を交えて報告していく。
「今回獅子ヶ崎ロードに出現した野良ガードロボは、元々はその管制室の施設周辺を警護するガードロボだったことが判明しました」
「やっぱり関係あったんだ」
 暢気な夏海の相槌に、戻ってから散々彼女を絞っていた鈴姫はちょっと何か言おうとするが、自分でもくどいと思ったのかそれ以上は言わなかった。
「だがそうだったら、何故そこに行かず商店街をうろうろしていたんだ?」
「あの場所は学園のデータに残っていなかったように、開発元でも既に存在しないことにされていました。なので目的はあれどもその守るべき目標の場所を失った彼らは延々と迷走していたものと思われます」
 鷹子の疑問に手鞠が答える。
「あの施設はどういうものなの?」
「リゾート施設時代の管制室と同時にピタシステムのテストモデルとして開発された場所でした。ただ父や宗鉄さんとしてはあくまで暫定的なものであり、不十分として満足のいかないものだったようで正式に学園施設を作る際に廃棄扱いになっていたようです。リゾート予定地から学園建設へとシフトしていった当時の状況を考えると、実際に使用されたことは全くなく、テストでも殆どなかったたんじゃないでしょうか」
 取り壊されて埋め立てられた筈のものがまんま忘れられていたのだろうと手鞠が推測する。二人の性格からすれば十分有り得る。だから現在の地図やデータには残っていなかったのだそうだ。
「もしかしたら二人以外の関係者が、勿体無がったか何らかの理由で敢えて残した可能性も一応ありますが……」
「まあその辺の事情は、どうでもいいわ。大事なのは今の私達にとって有益なものなのか不利益なものなのかってことね」
 逸れそうな話を会長がすぐ本筋に戻す。
「現状では安全面からしてあの施設を利用するのは、推奨できません。改めて埋め立てはしなくても完全に電源を切って眠らせたまま、閉鎖しておくのがいいと思います」
 わからないまま動かす程の価値はないし、下手に手を出すと今回のような事故に繋がりかねない。納得だ。
「そうね……手鞠がそう言うのなら間違いはないと思うわ。皆はどう?」
「異論なーし」
「ええ、ありません」
 夏海らが、同意する。そして改めてあの施設は封印されることになった。
「あとは……野良ガードロボの調整は?」
「いずれしますが、今はシステムダウンさせたままにしています」
「なんで? せっかく数が増えたんだから再利用した方がいいんじゃない?」
「それが現在ガードロボを動かすだけの電力はあまり余裕がない状態なんです。逆に数を減したいぐらいなのが実情らしくて……手は全然足りてないんですけどね」
 実情を知っているらしい鈴姫が手鞠に代わって答えていると、
「実は本題はこれからです」
 その手鞠が口を挟む。
「あの施設を調べてみると、意外なところに電源が流れている事実が判明しました」
「電源?」
 まさにその問題に当面していた鈴姫がいち早く反応する。
「はい。昔の資料は見つけられませんでしたが、現在の地下通路並びに電気水道の配線図から照らし合わせてこの施設の形状の特定を測定していました」
 言いながらモニターに今日俺たちがいた管制室の立体図が映し出される。
「うんうん。こんな形だった」
「ここが廃棄されていた施設ということで新たに建設する際に配線にも気を使わなかったのか、この管制施設に繋がっている配線に今現在使われている配線が一部流用されていまして、その幾つかの流れを辿った結果、第一校舎に多くの電気が流れ込んでいるということがわかりました」
「第一……校舎?」
 全員が疑問の声を上げる。ただ会長だけが、他の皆とは少し違って固い表情になっていた。
「第一校舎って今沈んでる校舎のことですよね」
「うむ、私達が一年の頃、使っていた校舎だ」
 鷹子先輩が俺の問いに答える。二年前のハリケーンブラックの最大の被害とも言える旧校舎が第一校舎だとすれば、当時も陣頭指揮を執っただろう会長の表情が変わるのも無理は無い。深く考えないことにした。
「第一校舎ってことはガードロボの格納庫ですか?」
 そう言えばロボット格納庫も第一校舎だった。
「いいえ。ロボットを制御する管理施設は場所こそ第一校舎にあるのですが、安全上の理由であらゆる面で別箇独立しています。電源も然りでして、今回の発見とは関わりはありません」
 鈴姫と共にガードロボ騒ぎに対応していた手鞠だけに、その疑問も織り込み済みだったようで、すぐに否定する。
「手鞠ちゃん、その第一校舎に流れている電力はどのぐらいなの?」
「規模はまだ調査中です。ですが少なく見積もっても現在の電力不足を大幅に解消するだけの量だと予想できます」
 言いながら、中央モニターにその試算や表、グラフが次々と開かれていく。
「ただ現在、第一校舎は退避モードのまま封印されています。こちらから制御することができません。それなのにも関わらず、電力が流れ込まれているということはこちらが把握できていない裏で何かが起き続いている可能性が高いです」
 そして暫く俺たちは、その電力について話し合った後、芹菜さんと手鞠が会議を纏める。
「第一校舎そのものの復旧を優先するか……」
「それとも電気の流れを変えることで電力不足の問題を片付けるのを優先するかは会長の判断に委ねたいと思います」
「そうね……」
 会長はちょっと気になるほど溜めた後に、
「第一校舎そのものに対する判断材料が乏しいわ。当面は静観。手鞠は第一校舎を内部から探ってみて。芹菜は当時の資料の調査をお願い。その上で改めて判断する」
 意外にも判断を保留した。ただ会長にしては意外だったというだけで、普通に考えればおかしくないだけに、
「そうですね。速断するには早いかもしれません」
「わかりました。更に調査を続けたいと思います」
 手鞠も芹菜さんも、異論なく頷いた。他の皆も同様だ。
「お願いね、手鞠ちゃん。じゃあ今日はこれで終わりかしら」
 ホッとした空気が流れる中、ノートパソコンを叩いていた手鞠の手が止まる。
「あ、最後にもう一つ検証したいことがありました」
「あら、まだあったの?」
 嫌そうな顔を見せずに尋ねる会長。
「はい。皆さんお疲れのところ済みませんが、もう一つだけ付き合ってください」
「それは構わないですけど、一体何ですか」
 鈴姫の声に促されたわけではないだろうが、
「慎一郎さん」
「ん?」
「芹菜さん」
「何かしら」
 俺たち二人が手鞠に呼びかけられる。
「お二人は今日トライオンをしたわけですが、ここでもう一度トライオンを試してもらっていいでしょうか?」
「それは構わないが……」
 戸惑いつつ、芹菜さんを見る。彼女も小首を傾げつつも席から立ち上がって俺の方に来る。
「何? 何? 何がはじまるの」
 夏海が疲れも見せずに面白がる中、会長も加わる。
「そう言えば、そうだったわね。でももう芹菜のIDは……」
「はい。その実験です。気になることがありまして」
「?」
 変な空気のまま、二人して皆の注目を受ける。
「何かこう注目されると妙に……」
「あら、二人きりだった時の方が良かった?」
「芹菜さん!」
 からかわれているとわかっていても、赤面する。
「ちょ、お二人で何をしていたんですか!」
「ひゅー、ひゅー」
「もう、亭主の留守に妻が浮気だなんて……許せないわね〜」
「略奪愛だ」
「織原先輩!」
 何となく浮かれたような空気の中、さっさと終わらせたくて自分から芹菜の手を取る。
「おおっと!」
「ちょ、鷲塚くん!」
「あら積極的ね」
 身を乗り出す驚く夏海と会長とは対象に、もう一方の手で前髪を掻き揚げる仕草をする芹菜さんは余裕そうだ。意識しているのが俺だけだと思うと恥ずかしい。
「も、もういきますよ! トライ……オン!」
 からかわれる空気のまま、トライオンを開始した。


 >PITA System... Boot OK□
 >Link Pint...   Clear□
 >Condition... All Green□
 >Access...    Start□

 >Try On!▽


 九度目だったか十度目だったか、もう何度目かわからないトライオン。
「(まだ、どきどきしている……)」
 重ね合わせた手もしっくりときすぎていたし、何よりこの方が全身が休まるような、互いの体温に溶けて交じり合うような錯覚を起こしていた。
「(でも波が引くように収まっていく……興奮から醒めたから? それとも……)」
 何かが二人の間を通り抜ける。嫌な気分ではなかった。
「(ふふ、そうね。ここは落ち着くものね)」
 ふたつではなく、ひとつになりかけの存在がこの空間では出来上がっている。
「(これなら……るで……)」
 何か大きくて厚い、白い靄のようなものに生身が包まれていくような……あれ?
 なんか眠い……
「……かくんっ! わし……」
 何度か呼びかけている芹菜さんの声が、却って心地よくて眠くなる気分になってくる。
「鷲塚くんっ!」
「はっ」
「確りしなさい!」
 気がつくと、すぐ目の前に芹菜さんの顔が――

「す、すみませんっ!」
 怒られたまま、視界が元の生徒会室に戻った。
「慎一郎、何で謝ってるの?」
「ちょっと鷲塚くん、私の芹菜になにかしたのっ!?」
「いや、その……」
 割って入るように乗り出してきた夏海と会長の迫力に押されて、仰け反る。
「うたた寝しそうになってたから起こしただけですよ」
 二人の背後から少々ムッとした表情の芹菜さん。ただ若干顔が火照っているような感じがした。繋いだままの手からも彼女の体温が感じられる。自分の手の平も同様に熱い。
「鷲塚先輩。いくら疲れているからって……」
「でもなんか分かる気もするよ。気持ちいいよね、トライオンって」
「……っ」
「……」
 その夏海のはっきりとした物言いに何も言葉が返せない。気がつくと俺だけでなく、何故か芹菜さんも口篭っていた。
「やっぱり、トライオンが成立しましたか」
 手鞠の納得したような声に我に返る。
「そう言えば芹菜のレベル3権限は元に戻しているのに、どうしてなの?」
 無事にというかあっさりとトライオンできた俺たち二人に改めて皆が驚いていると、
「どうやら今日の一件で、認可IDが異なる全ての扉を全て副会長のIDで開けた事で、ピタシステムが副会長を私たち四人と同等かそれ以上の存在と認識しているようです」
 そう手鞠が説明する。
「つまりそれって……」
「はい。こうして慎一郎さんとトライオンできる事でわかる通り、ピタシステムが副会長のIDを正式にレベル3以上、恐らくはレベル4並の権限を認めたことになります」
 これが隔絶されていた筈の旧施設のトライポイントが原因だったのかは、調べてみますと付け加えた。
「と、言っても慎一郎さんがいないとトライオン出来ないのにはかわりはありません。今回は確認だけですが、これでひとまず私からは終了です」
「そう? じゃあええと……他にはもうないわね?」
「今日の事件に関する報告書の方は既に纏めてありますので、会長は確認の方お願いします。それで問題が無ければ、出張の方の書類と一緒に教員への提出、お願いします」
「うへー、そうだった……」
「ほら、最後までしゃんとする。だらしがないわよ」
「そうね、コホン。じゃあ今日はこれで解散。遅くまでみんなご苦労様」
「はいっ」
 最後に会長の一言で今日の会議は終了した。


「鷲塚くん、ちょっといいかしら?」
 各々生徒会室を出て解散していると、一足遅れて部屋を出たらしい芹菜さんに呼び止められる。
「あ、芹菜さん。どうしました?」
「実はさっきのことだけど、ごめんなさいね」
「え?」
 いきなり謝られても、困惑する。
「いや、そのなんですか? 謝られるようなことありましたっけ?」
「トライオンの時、怒鳴っちゃって……」
「あ、いや。俺の方こそ、芹菜さんとのトライオン中なのにとんだ粗相を」
 怒鳴られたというか、起こされたわけだがそうでなければあのまま眠ってしまったかも知れない。謝られるどころか、こっちが謝らなくてはいけない。
「それなんだけど。そうなんだけど、そうじゃないって言うか……」
 だが俺の謝罪にますます芹菜さんが申し訳なさそうな顔になる。その口ぶりもいつもの整然としたものがない。
「芹菜さん?」
「単刀直入に聞くけど」
「はい!」
「鷲塚くん、あの時突然眠くならなかった?」
「あ、はい。まるで沸いたような睡魔でしたけど……え、芹菜さん?」
 俺の答えが予想できたらしく芹菜さんは軽く頭を抱えると、
「本当にごめんなさい」
 俺の肩に手を当てて改めて謝ってきた。
「その睡魔、きっと私の眠気なの」
「へ?」
 彼女が言うには、会長不在に備えて前日から色々と準備をして徹夜になったのに加えて、あの騒動で動き回ってかなり疲れていたらしい。
「でもそういうことってあるんですかね」
「手鞠ちゃんにちょっと聞いてみたんだけれど……」
 トライオン中はリンクしている分、感情や思考が非常に伝わりやすく、彼女の強い眠気も共に俺に流れ込んだ可能性はあるということだった。
「だから本当にごめんなさいね」
「いいえ、でももしそれが原因でも、寝そうになったのはやっぱり俺の責任です。それにちゃんと芹菜さんに起こしてもらったわけですから」
 しかし引き摺られて眠くなったのだとしても芹菜さんは起きていたわけだから、俺って精神力で彼女より大きく劣っていたということなのだろうか。少し情けない。
「ま、まあ本当に気にしていませんから。ところで芹菜さんは今から寮に戻るんですか?」
 珍しく一人で出てきて帰ろうとする俺と共に歩いているのを見ると、生徒会室に戻るつもりはないようだ。
「ええ。部屋で少し休んでからにしようと思って」
「じゃあ送って行きますよ。あ、でもいいんですか?」
 生徒会室では会長がまだ一人残っているようだった。
「ああ、それならいいの。外出先の出来事に関する提出書類は一乃自身しか書けないし、それを待っていたら遅くなっちゃうわ。それだったら……あ、ううん。何でもないわ」
「後で何か持っていくとか」
「あら、そこまで優しくないわよ」
 そう言いながらも、そうしようとしている芹菜さんの気持ちが読めたことが少し嬉しかった。

 寮の女子の階まで階段を上ったところで、一度立ち止まる。
「改めて、今日はお疲れ様でした」
「鷲塚くんもね」
「それじゃあ、ここで」
「ええ、お疲れ様。お休みなさ……鷲塚くん?」
「え? うわぁっ!?」
 別れようとして、ここまで芹菜さんの手を確り繋いでいたことに初めて気づく。
「え、あれ? え?」
「鷲塚くんって、奥手だと思っていたのだけれども意外と大胆なのね。認識改めないといけないかしら」
 わざとらしく難しい顔を作って悩んでみせる芹菜さんに慌てて弁明する。
「い、いや、これはっ……」
「もう。駄目よ。黙って女の子の手を握るなんて」
「違います、違いますって」
 クスクスと笑っているようだったが、どことなくぎこちなさが感じられた。顔も明らかに赤い。
「芹菜さん?」
「じゃあ、改めて、おやすみなさい」
「は、はい!」
 唐突だったが、いきなりそう言われたら応じるしかない。あたふたと頭を下げる。
「え」
「きゃっ」
 頭を下げたままでいると、突然前に引っ張られてバランスを崩す。
 顔を上げると、立ち去ろうとしていた芹菜さんに手を引っ張られていた。
 

・・・。


 何とも言いがたい空気が俺たちの間に流れた。
「芹菜、さん?」
「ええと、慎一郎君。これは……」
 悪戯をしたようにも思えない。かといって、わざわざ繋ぎ直す意味が無い。
「その……」
「実はさっきも思ったのだけれど、鷲塚くん。手を繋いだ、もしくは繋がれたって感覚あったかしら?」
「そう言えば」
 気づいたら繋がっていた。
 こうして手のひらを重ね合わせているのだから、その感覚ははっきりしている。
 今もこうして副会長の柔らかい手の実感がある。
「おかしいですよね」
 少なくても生徒会室でトライオンした後、手を離している。廊下で呼び止められてから、ここまで来る間に改めて繋いだと考えるのが妥当だが、わざわざ手を繋ぐような行為をした記憶は無い。
「ちょっと気になりますね」
「そうね。トライオンの影響かしら……とりあえず明日にしましょう」
「はい」
 今日も色々なことが起き過ぎた。疲労が溜まっている。今はゆっくり休みたい。
「こ、今度こそ」
「え、ええ」
 こわごわと、改めて手が離れていることを確りと確認しながら俺たちは改めて別れたのだった。


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