『ココロ・アキュムレーション』



「うわぁぁぁぁ」
「ガードロボが出たぞー」
「野良ガードロボだー」
「ガル、ガルガルッ!」
「ガル! ガル! ガル!」

「ごっきげ〜〜ん……くるっく―――!! さあぁぁぁぁて、今日も今日とて皆さんお馴染みの『ごきげんくるっくー!』のお時間ですが、さぁぁぁぁっそく!、臨時ニュースが入っております!」
 喧騒の中、鳩子がいつものポーズを取りながらTVカメラの前で放送を行っている。
「今回、唯今、今現在、この獅子ヶ崎ロードでは立ち入り禁止区域の森の奥からやってきた学園の制御を離れた野良ガードロボが縦横無尽に暴れまわっている真っ最中です。何ゆえかは原因が分かっていませんが、森の中を徘徊するだけだった彼らが山を越え、谷を越え、私達の学園へとやってまいりました! むしろ戻ってきたという表現が正しいのか! 獅子ヶ崎学園よ! 私達は帰ってきた! でも何しに!? 生徒会の指揮の元、学園総合警備部が出動中です。今のところ生徒に被害は及んでおりませんが、彼らは学園のシステム制御を拒んだはぐれガードロボット! 危険ですので一般生徒は建物の外に出ないように、あわわわわわわわ―――っ」
「ガルルルルル――ッ!」
「ガルル! ガル、ガルル!」
 ガードロボットの集団に飲み込まれていく鳩子。カメラマンも飲み込まれたらしく、映像が傾いて、直後に消えた。


「こらー、そこのガードロボ、止まりなさーい!」
「まるで人家にやってくる山の野生動物みたいですね」
 そして手鞠は鈴姫と協力して、商店街を疾走する野良ガードロボ達の動きを制御するべく騒ぎの商店街にやってきていた。
「食糧不足や住処を追われたわけでもあるまいし……全く迷惑な。第一勝手に森に逃げ込んだ癖に!」
「森の中にまだ見ぬトライオンポイントでもあるんでしょうか。まあその行動の謎はさておいて、こうして降りてきたのは案外商店街を狙ったのは電力という餌を求めての行動かも知れませんよ」
「何にしても学園の治安を預かる者として、放置するわけにはいきません。行きますよ!」
「はい。胡桃沢さんもガードロボの指揮、お願いします。決して逆に説得されたりしないようちゃんとして下さいね」
「しません! ピタリーダー、タッチリード! オーダー! モード・アラート!」
「がるぅ、がるぅ」
 鈴姫がピタリーダーを操作すると、学園配置のガードロボ達が鈴姫の命令に従ってやってくる。
「ガルゥ?」
「がるっ、がるるるるるるっ!」
 その動きに、商店街を荒らしていた一体の野良ガードロボが鈴姫に注意を向ける。
「学園総合警備部部長、胡桃沢鈴姫! 獅子ヶ崎の平和を守る為、あなたを逮捕します!」
「ガルルル? ガルル!」
 手鞠がピタリーダーを介してハッキングを行い、停止させた野良ガードロボを学警が制御しているガードロボとそれに命令を送る鈴姫が協力して拘束して、格納庫に放り込む。
「拘束!」
「ガガウッ!?」
「ハッキング開始!」
「ガウーン!」
「よし、運んで」
「がるっ」
 野良ガードロボの命令の再書き換えは、後日手段が見つかったらとのことで暫定的処置ではあるが、仕方が無い。一体一体に行うので非常に手間隙がかかる。


「しかし、鈴姫と手鞠とは珍しい組み合わせですね」
「単純に戦力的な組み合わせね。鷹子は一人でガードロボを拘束できるし、逃げ遅れた生徒の誘導と避難経路の確保は騎士くん達、他の学警スタッフにお願いしてるから」
 生徒会室では前線に出ている皆の活動報告を聞きながら指示を送る芹菜と、彼女に呼び出されたまま待機していた慎一郎が残っていた。
「全く……会長がいない時にまで、トラブルが発生しなくてもいいのに」
 芹菜さんは通信機器を傍に置いたまま映像を中央スクリーンに映し出し、あちこちから入ってくる連絡に応対している。その間も手はノートパソコンから離れない。普段なら手鞠と会長と三人で分担する作業を一人で行っているのだから恐れ入る。
「会長もきっと不在だったことを悔しがりますよ」
「そうね、一乃はどんなことでも常に自分が中心でいたいところあるから……まあこんなトラブル程度ならそれほど残念がらないかも知れないけど」
 彼女はそうは言うものの、転校したての俺からすれば今日の騒動もそれなりに大変な事態だった。それがこの程度扱いなのだから、彼女たちはこれまでどれだけのトラブルを乗り越えてきたのだろう。
「でも会長がいなくても芹菜さんの支持が的確なお陰で助かりますよ」
 普段は徹底して裏方に回っているが、必要な時はリーダシップも取れる。それが藤ヶ峰芹菜という人なのだろう。
「フフ、これでも一応生徒会長を目指したことがあるもの」
「え?」
 それは初耳だ。
「その話はまたいずれ機会があったらね。まずは慎一郎くんに来て貰ったのは他でもないわ」
「はい」
 そう言ってから漸く、彼女が作業中のノートパソコンから顔を上げてこっちを見た。
 そのいつもの細められた目からは、彼女の表情が容易く窺えない。
「慎一郎くんには夏海ちゃんを、救いに行って欲しいの」
「え?」
 素で、問い返していた。


「おーい、なーつーみー!」
 そうして表の騒動を他所に、俺は夏海を探すべく商店街の隅にぽっかりと開いた地下通路に来ていた。
「芹菜さんの話じゃ、野良ガードロボが湧いた前後に出現していたらしいが……全く夏海の奴……」
 この先の分からない通路を一人で行っただろう夏海に愚痴ろうとしたところで、腰につけた携帯電話から特徴的な着信音が鳴る。
『慎一郎さん、聞こえますか?』
「手鞠か」
 てまりんボイスの着信音なので手鞠からの通信以外有り得ないのだが、習性として聞いてしまう。
『はい。貴方のお供にてまりんです』
「表の騒ぎの方はどうなってる?」
 まず一番最初に気になっていることを聞く。
『獅子ヶ崎ロードを中心にそれぞれ好き勝手に徘徊して回っているだけで、それ以上のことはしてきていません。はとぴーが小さな集団に飲み込まれたもののすぐに開放されていますし、今のところ意図が不明です。捕獲した機体からどんな行動命令が出ているのか調べてみたいのですが……何せ数が多くて今は駆除の方にかかりっきりです』
「そうか……で、今は大丈夫なのか?」
『連行したガードロボ達が格納庫から戻るまでしばしの休憩です。胡桃沢さんなんかそこで大の字になって寝ていますよ「そんなことしてません!」』
「他はどうだ?」
 鈴姫の抗議の声が聞こえたが、無視して先を促す。
『それは対策本部の方で把握していると思います。芹菜さんに聞いて下さい』
「わかった。それでこっちの状況だけれども……」
『未知のトライオンポイントについては既に確認済みです。夏海ちゃんはそのトライオンポイントの元に居ると思われます』
「そっか……じゃあ俺はこのまま突き進んでいけばいいんだな」
『はい。ただこちらからはその場所自体は把握しているものの、通路の存在自体がデータに存在しません。気をつけて行って下さい』
「ああ、じゃあそっちも頑張ってくれ」
 そう言って通信を切った。人手が足りない。
 本来奔走する側の夏海がこうして行方不明で、獅子ヶ崎トライオンメンバーで言えば本来陣頭指揮を執るべき会長がたまたま不在だった。病欠ではなく、近隣の学校との交流活動についての話し合いになずな先生と共に朝から出かけていたのだった。
「まあウチがこんな特殊過ぎる学校だからなぁ……」
 なかなか一般からの理解は受け入れがたい校風だ。実験的な校舎施設の元、自給自足がモットーであり活動が学生主導でもあり、
「そしてこうしてトラブルが一杯だ」
 地元こそ全面協力を取り付けているが、周辺地域となるとまた違った反応がある。好き好んで入った生徒自身はいいが、端から見ていると迷惑を周囲に及ぼさないか、不祥事を学園外まで出さないか、不安だらけなのだろう。まず他では見られない試みなだけに、周りへの理解はなかなか得られない。それどころか言い掛かりや、憶測での中傷も受けかねないだけに、地道に学園のアピールをするべく会長は動いていた。このことに関しては『一乃はこの学校が大好きだから』と言い切る芹菜さんも同じ気持ちなのだろう。他の皆も、そして俺も同じ気持ちだ。だからこそ、
「その会長の留守を守る俺たちが……」
 足を引っ張るわけには、いかない。
 芹菜さんは生徒会室で会長代行として指揮を執りつつ、教職員への連絡も欠かさない。
 鈴姫は学警部長として、ガードロボを停止させることの出来る手鞠や鷹子先輩ら生徒会メンバーは協力しつつ騎士や瀬名らと共に目の前の事態収拾に奔走していた。
 そして俺もその一員に夏海と加わるつもりだったのだが、呼び出されてみるとその夏海が行方不明になっていた。
「慎一郎、ごめんねぇ……」
 歩いて十数分、その当の夏海は見つけた時には流石に凹んでいるような声をあげていた。
 が、顔は見えない。
「いや、まずは無事で良かった」
 俺たちの間には鉄製の扉が無慈悲に閉まっていた。襖のように真ん中から閉じられていて、鍵がかかっている。その癖防音もしっかりしていて扉越しからは声が届かず、すぐ側に居るだろうにわざわざ会話は携帯でするしかなかった。
「しかし……どうして……」
「それがよくわかんないの。入った時はすんなり入れたのに、急にドアががしゃーんって閉まっちゃって。ややっ、閉じ込められたって焦ったんだけどそれから何も起きなくて」
「起きたら困るだろ」
「まあそうなんだけど……んー、本能的な危機は感じなかったと言うか……」
 海から引き返す途中、ピタリーダーにトライオン反応を発見して、発信源を探るままここまで来てしまったのだそうだ。
「手鞠に報告したらまずは引き返せよ。何があるかわかんないだろう」
「そうだけどさー、怪しげな地下迷宮が急に目の前に現れたらだよ、そりゃあ人として入っちゃうじゃない?」
「入りません」
 それで命を落としかねない危険は、親父との旅の間に嫌と言うほど知っている。うっかりは命に関わる、ホントに。
「うー、慎一郎はロマンがないなぁ」
「しかも上では野良ガードロボがやって来て大騒ぎだっていうのに」
「あー、何かそうらしいねえ。後で皆にも謝らないと」
 流石に反省しきりのようなので、あまり言い過ぎるのもどうかと思ったので止めておく。
「それでこの扉だけど……」
 鍵のないその扉の脇には台座があり、半球体――トライオンポイントが鎮座していた。
「これがトライオンポイントなのか?」
「うーん、それがねえ」
 夏海の反応は、聊か鈍い。
「なんだ?」
「どうも、トライオンの反応が一杯というか……」
「は?」
「こっちからじゃ良く分からないんだけど、四つ五つぐらいトライオンポイントが重なっているような反応なんだよ」
「なんだって?」
 しかし目の前の扉からは一つの半球体しか見えない。
「もしかして何か仕掛けでもあるのか」
「そうかも知れない……でも、何かよくわからないんだ」
 何か一人で夢中になって探しているうちに訳が分からなくなったらしい。
「もともと、こういう分野はてまりんに任せておけばよかったよ」
「最初から任せような、次からな」
 言いながら自分でも台座を調べてみるが、特に今までと変わったもののようには見えない。
「えーでも、もし秘宝とか黄金とかだったら第一発見者に……」
「いやその場合も学園の財産だろ、多分」
 そんな戯言を続けていると、
『そろそろいいかしら?』
 俺のピタリーダーから芹菜さんからの通信が割り込んできた。
「わっ、すみません」
『状況を聞く限り、夏海さんは無事なのね』
「ええ。ただ俺の位置からは扉一枚だからなのか何とかこうして携帯で会話はできるんですが、俺以外には夏海からは連絡が取れないみたいです」
 さっきから試してみているが、上手く行かない。この扉の作用だろうか。
『それで夏海ちゃんはどうなの?』
 目の前の扉はピタリーダーでも通信不可にさせるらしい。なので芹菜さんが俺を通して夏海に尋ねると、
「大丈夫だよ、慎一郎。出られないけど今のところは何かあるわけでもないし、暫くならここで頑張れるから」
「……とのことです」
 そうは言えども、実際は負い目からの強がりかも知れないので鵜呑みにはし辛い。その旨を芹菜さんにだけ伝えると、彼女も同意してくれた。
『そうね。こっちの人員は大丈夫だから貴方はそこにいてくれるかしら。手が空き次第、手鞠ちゃんか鈴姫ちゃんを廻すようにするわ』
「お願いします」
 目の前の扉がトライオンによって開閉するものなら、開ける資格を持つ四人の人間でなくてはならない。その一人が扉の向こうに居る夏海なのでもう一人の会長が不在な今、その二人が頼りだ。
「あー、しんいちろーう」
「なんだ」
「ううん、なんでもない」
「よっこらしょっと」
 指揮に戻ったと思われる芹菜さんをいつまでも繋ぎとめておくわけには行かないので、通信を切った俺は、扉に背を預けるようにしてその場に腰を下ろす。
「あのさ、慎一郎……」
「なんだ」
 二度目の呼びかけ。携帯越しなのにも関わらず、すぐ側で呟いているように聞こえる。
「ごめんね。足引っ張っちゃって……」
「結果的にはそうなるかも知れないが、それだけじゃないだろ」
 後頭部を扉に軽くぶつけつつ、言葉を捜す。
「夏海はここが危険かどうか気になったから入っていったんだろ。確かに軽率だったかも知れないが、遊んでたわけじゃないし……」
 言葉を選んでいることに気づいたのか、クスリと笑うような気配がする。
「慎一郎は優しいね」
「そうか? まあ鈴姫あたりはカンカンになるだろうから、覚悟はしておけよ」
「うん、そうする」
 何だか大人しい夏海に、慣れない。
 やはり閉じ込められているというのは精神的に堪えるのかもしれない。
「ねえ」
「ん?」
「今度の騒動って、ここのトライオンポイントと関係があるのかなぁ」
「タイミング的にはその可能性はあるな」
 ただ問題の野良ガードロボ達はここに来ることも無く、商店街を徘徊しているだけだ。繋がりがあるにしてはどうもよく分からない。
「うーん、慎一郎もこっちに来られればいいのに」
「いや、この扉が開くのなら一先ず撤退が先だろう」
「あ、そうか」
 いや、マジで頼むよ。
「夏海、そこを動くなよ」
 不安になったので念を押しかけると、
「うん、わかってるって……あぅ!」
「なんだ、どうした!?」
「う、ううん。なんでもない」
「いや、何でもないって感じじゃ……」
「あ、ちょっと待ってて! 今ちょっと……」
「は? 言った側からかよっ! おい、夏海っ!」
 突然、夏海からの通信が途切れる。扉から離れたせいなのかもしれない。
「待てって! おい!」
 扉を叩くが、その音が届いているような気すらしなかった。思ったよりも厚いのかそういう仕組みになっているのか。
「くそっ、芹菜さん! 夏海が……」
 結局俺に出来ることは、助けを求めることぐらいだった。


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