よく解る○○シリーズ


2001/11/23

その1
その2
その3






































 最近アルクェイドと会わない。登校途中の路上でよく待ち伏せなどしていたものだが、ここ数日はとんと姿を見せていなかった。寂しくもあるが平和が続いているので、暫くはこのままでいいかなとも思う。
「さて俺はもう寝るよ」
「そうですか。では私も休むことにします」
 居間にいる秋葉に就寝の挨拶をし私室に向かう。もう晩秋なので空調のない廊下に一歩出ただけで体は寒さに熱を奪われる。
「もうすぐ冬だなぁ」
 今夜はちょっと冷えそうだ。もしかしたら朝方初霜になるかもしれない。布団に入っても暫くは温かくならないだろう。
 早足で階段を駆け上がり一目散にドアを開けた。そしてわき目もふらずにベッドへ潜り込む。
「あれ?」
 凍える覚悟をしていたのに、白いシーツはほんのり温かい。電気毛布などの均等な熱ではなく、湯たんぽに似たほんのりとかたまった緩やかさだ。
「ああ、レン。レンか?」
 これだけ気温が下がると猫には屋外で寝るのは辛いだろう。炬燵は琥珀さんの部屋にしかないし暖炉の前は秋葉の目があって安心して丸まっていられない。消去法で俺のベッドしか無い故に来たのかもしれないが、それでもこれはありがたい。
 足を伸ばすと何かに当たった。ふわふわする毛の感触だ。
「布団に潜って寝ると息が苦しいぞ。ほら出ておいで」
 俺は布団をめくって抱いてやろうとしたが、その前に視線に入るモノがあった。部屋の隅でガタガタと震えて命乞いでもしているかのよう。
「……どうしたんだレン、そんなところで」
 布団の中に居るものだとばかり思っていた黒猫は何故だかベッドから一番離れた所にいる。そんな場所にいたら寒いだろうに。いや待て。すると俺の足に当たっているコレは?
「志貴ー! こんばんはにゃ〜の!」
 ……にゃ〜の?
 がばぁっと掛け布団を跳ね上げて、ネコミミ装備の誰かさんは元気に挨拶する。何故か翡翠の着ていたメイド服装備だ。隅にいたレンが毛を逆立ててフゥーッと唸る。
「……志貴、驚かないにゃ」
「何度も何度も前触れもなく窓から進入してくる奴の行動にはいちいち驚かないよ」
 はっきり言って気分は冷めてしまっていた。
「それはいいとしてぇ」
 いいのか?
「志貴はご主人様にゃ〜の」
「はいはい」
「あるくは異世界から来た、なんと! 王国のお姫様にゃ〜の」
「それで?」
「魔法も使える少女猫にゃ〜の」
「じゃ、おやすみ。さっさと帰れよ」
 2・3日会わないと思ったら妙な知識を付けていたらしい。恐らくテレビとビデオを買い込んでずっと見ていたのだろう。しかもアニメらしい。声まで変えて、しっかり望月久代だ(何故もっちーのコトまで知ってるオレ?)。ここは一つ、その特技を生かして銀河万丈ギレンチックで「にゃ〜の」とやってほしくもあるがやっぱ寝る。
「むぅー何言ってんのよ志貴ー」
「何、って何が?」
「志貴はあるくのご主人なのよ」
「だから?」
「あるくは猫だからご主人と一緒に寝るにゃ〜の!」
「うわっ待てっ!」
 本物の猫のようにすりすりと寄って来やがる。またレンが威嚇しようと鳴いた。
「お待ちなさいっ!」
 どこーんと派手な音がしてドアが開く。お約束だがやはり見つかったか。怒れる家主がつかつか歩いてくるのが振り向かなくても判る。
「妹ーこんばんはにゃ〜の」
「にゃ〜の、じゃありません! まったく貴方って人はどこまで非常識な……」
 もういい加減秋葉も慣れていると思ったのに、やはり無断侵入者の存在はいつまで経っても許せないらしい。後はいつも通り秋葉が説教してアルクがぶーたれて帰って……
「その役は私ですシャーッの!」
 シャーッの! って……
 俺は振り向く。白装束、斜め上に広げた両手、威嚇するようなかぎ爪、ヒゲメイク、そしてネコミミ。
「秋葉、なんだそりゃあ!?」
「何だ? って兄さん、これは学園祭の時の恰好シャーッの」
 解っているけどそれは魔法少女猫じゃなくて妖怪少女猫いわば猫目小娘なんだけど。猫目ジャンプとか猫目キックとか見せてくれそうな独りぼっちの頑張りやさん。
「というわけでアルクェイドさん、魔法少女猫はこのあきはがしますのでさっさと野宿に行ってくださいシャーッの」
 シャーッという度にいちいち構えるところが修練の結果かもしれない。それより、このままだとまた闘争に発展しそうだ。明日は一時限目から体育があるから早く休みたいんだけどなぁ。
「あー妹には別の役があるにゃ〜の」
「別の?」
「そうそう。あるくの友達で血統書付きの猫」
「ま、まぁ育ちが良いのは私向きですけど」
「いぢわるで野良」
「巫山戯ないでくださいシャーッの!」
 アルクはマジ顔で「えーどうしてー?」などと困惑している。俺はそんなやりとり相手にしてられなくて、背を向けてさっさと寝に入る。
「じゃあ、居ても居なくても変わらない日本猫の友達は?」
「それでは意味無いでしょう!」
「妙な呪術を使う悪戯猫」
「誰が妙ですか!?」
「ちょっとスカした探偵物語松田優作風オス猫」
「私は女です!」
「あるくを守って自爆する寂れた婆っちゃん猫」
「どうして私が貴方のために死ななければならないのですか!?」
「じゃあ知的だけど眼鏡で運動不足の巨乳猫」
「誰が巨乳で…………それにしましょう」
 ぶはぁっ!
「あら兄さん、どうかしましたか?」
「い、いや何でも」
 た、単なる雑談のはずだ。俺は関係ない、俺は関係ない……。
「それで、その巨乳さんはどんな役なのですか?」
 眼鏡とか言わずにそっちを強調している。こういうのも現実逃避に入るのだろうか?
「あるくが困った時に相談しに行く相手にゃ〜の。頭良いお姉さんだしイロイロと知ってるから」
「ふっ、運動不足と脇役以外は私にぴったりな役ですのね」
 そう自負している生徒会役員は得てして一般学生を衆愚と見下すものだ。
「じゃあ早速あるくが相談するにゃ〜の」
「はい、あるくにゃ〜のさん、今日はどの様なお困りごとが?」
「えーとね、えーとね、あるくはお姫様にゃ〜の」
「ふんふん」
 秋葉、ノリノリである。やはり身体的特徴を記述する漢字二文字がよほど気に入ったのだろう。
「それでね、それでね、姫として真祖を滅ぼすため城に帰るか……志貴と結婚してここにずっといるか、どっちにすればいいにゃ〜の?」
「貴方の言う姫が王族の一員であることを表すのなら、まずはその国家の名称・イデオロギー・市場経済及び政治形態あるいは官僚機構を明確にしさらにいかなる強国の支配下つまり属国かどうかを確認しなければなりません。その旨で主権がどちらか、王侯にあるのか象徴に過ぎないのかにより課される義務が違いますので貴方が言った真祖を滅ぼすという行為が強制であるか自由意志であるか、また選択あるいは変更、放棄の可能性も含めて過去からの実例を調べなければなりません。それはこれから貴方がすべき事を分解析により導き出すには必要不可欠だからです。以上から客観的立場として提案すると……兄さんと結婚なんて以ての外ですからとっとと国に帰りなさい」
「むーっ、それって前口上と全然関係ないにゃ〜の。単なる妹の要望にゃ〜の」
「当然です」
「妹、横暴にゃ〜の!」
「それがどうかしましたか?」
「フゥーッ!」
「シャーッ!」
 俺は無言でそっとベッドから離れた。やはり最後はこうなるらしい。部屋の隅に向かってチョイチョイと手招きしてやると、黒い毛玉が素速く胸に飛び込んでくる。
「居間で寝ようか」
 レンはすりすり頭をなでつけてくる。俺は静かに部屋を出て階段を下った。後ろからは派手に家具とかを破壊する音が聞こえてきている。
「にゃむとらやーやー! 空気よ刃になれ〜!」
 そんなことで空想具現化能力乱発するなよな……。魔法呪文風に可愛く言っても結果は同じなんだから。
 俺は振り返らず居間のドアを閉めた。明日もまた授業中に寝てしまいそうだ。


             『よく解る! 魔法少女猫たると』終わり

























 最近アルクェイドを見かけない。固有結界で作った城とやらに帰った訳でも無さそうだし、ましてやシエル先輩にトドメを刺されるなど考えられない。どうせ何か妙なことに興味を持ってハマっている最中なのだろう。
「さて俺はもう寝るよ」
「そうですか。では私も休むことにします」
 秋葉が居間から出て寝室に向かったのを確認し、俺も一端部屋に戻る。今日はどうしてか寝る気が起きない。俺にとって睡眠は、持病の貧血や魔眼による副作用である頭痛から解放される唯一安息の場だ。だから許されるのなら夢の世界を選ぶことはやぶさかではない。それなのに今夜に限って目が冴えて仕方がなかった。
「散歩でもするか」
 体を動かして疲れればすぐにでも睡魔はやってくるだろう。そう考えて俺はこっそり窓から外に出た。監視カメラの位置は先日確認済み、死角になっている場所から塀を越える。
「むっ!?」
 道路に降り立った途端に悪寒が走った。いやこれは殺気? それも厳密ではない。暗闇に対する恐怖に似た戦慄が全身を走る。
 振り向くとそこには一人の男が立っていた。虚ろに開かれた瞳には正気が宿っていない。それはただ殺戮だけを好む目だ。
 俺は本能的にポケットのナイフを出した。正面に構えて防御を主にした威嚇をする。だがそいつは、光る切っ先を見ると乾いた笑いを一つして猛然と襲いかかってきた。
「くっ!」
 眼鏡をずらし線を見る。左肩から右脇にかけて鮮明に浮かんでいる黒い線、それに向かって俺は……。
 ガツッ!
「ぐぅっ!」
 見えることと切ることは違う。俺はその必殺の線を見てはいたが、振るったナイフは奴を捉えることは出来なかった。圧倒的な差だ。レシプロとジェットの差だ。自転車とMBTの差だ。弱点なんて分かっていても知っていても何の役にも立たないほどの。
 これがアルクやシエル先輩に聞いていた死徒27祖の一人、混沌のネロ・カオスなのか。
 それでも十数秒くらいは何とか凌いでいた。だが結果は歴然と今から言ってしまって良いほどはっきりしているようだ。絶対に勝てない。少なくとも今の俺では太刀打ちできそうもない。七夜の人格が出てくれば道は開けるかもしれないが、そんな都合良くチェンジ出来るほど器用ではないし慣れてもいなかった。
「がはっ!」
 ついに強烈な一撃を背中に受ける。もんどり打って倒れる途中に今度は腹に打撃が入った。そして地面を舐める直前に顔面へ蹴りらしきが飛んできた。
 この死徒は666匹の魔獣を体内に飼い、生物を取り込めるのだそうだ。しかしまだその能力すら使っていない。単なる打撃だけで俺は窮地に追い込まれてしまったのだ。
 動けなくなった俺の前に奴が立つ。ゆっくりと開いたコートの中には死の点が無数に見えた。その混沌の中へ俺を取り込むつもりだ。渦のようにうねる漆黒から何かが飛び出してくる。動物のカタチをしたそれらは、顎を開いて俺の手足に牙を突き立てようとした。
 ドガァッ!
 死を覚悟していた俺の前から突然魔獣の群れは消えた。いや吹っ飛ばされた。
「愛した男は極道だった……」
 木々の合間、電灯の光が届かぬ場所からそれは聞こえた。ネロの居た場所の空間が奇妙に歪んでいる。空想具現化による攻撃の一形態だろう。
「アルクか?」
「ええ、大丈夫だった志貴?」
 地獄に仏とはこのことだ。この最強たる純白の吸血姫がいれば……って……
「何故和服!?」
 いつもの白い上着と紫のスカートはどこへやら、華道や茶道のお師匠が付けるような着物をアルクェイドは纏っていた。金糸で牡丹とか縫ってあり、いかにも庶民では手に入りそうもない一揃えだ。
「それに、誰が極道だ!?」
「“愛した男は殺人狂だった”の方がいいの?」
「いや、それは……」
「とにかくこの出入り、わたしが仕切らせていただきます」
 出入りって業界用語のアレですか?
 アルクは手に持っていた物の鞘を払い、上段に構える。
「ポ、ポン刀?」
「やっぱり殴り込みと言ったらこれだしー」
 脳天気にそう言って、白い真祖改め唐獅子牡丹の吸血姫はヤッパを振るって混沌に斬りつけた。最初の一刀で10匹の魔獣が葬られる。
 さすがにネロも警戒して距離を取るため後方に飛んだ。いつものアルクなら逃さず距離を詰めるのだが、いかんせん着慣れない和服で動きが遅い。もたもたしている間に体勢を立て直したネロは、コートを全開にして600匹余の魔獣を全て放出した。
「しまった! 防ぎきれない!」
 それはアルク自身に言っていることではなかった。彼女に向かっていく魔獣は残らず白刃の露と消え霧散している。だが剣の軌道をすり抜けた奴らは全て俺の所に向かっているのだ。
「くそぉっ!」
 なんとか立ち上がり、必至にナイフを振るって近付いてきた死の点を片っ端から貫き薙ぐ。だがそんな奮闘も圧倒的な物量にあっと言う間に崩された。
「ちぃっ!」
 一匹で腕をかみ切られそうな獣が数十も襲いかかってくる。ダメだ。間に合わない。
 ズババババッ
 眼前まで迫っていた魔獣が銃の音と共に粉砕された。軽めだが連射に優れた小口径だ。
「大丈夫ですか志貴くん」
「ありがとうシエル先輩!」
「先輩ではありません」
「え?」
「姐と呼んでください」
 第七教典をさらにカスタマイズしたサブマシンガンを持ち、白い全身コートにミニスカート、夜なのにしているサングラスがものすごくアヤシイ。
「ええと、あの、シエルの姐さん?」
「はいそうです。志貴くんは暫くここで見ていてください」
「はぁ」
「では失礼して……往生しいやぁーーーーっ!」
 アルクの逃した魔獣を式典化された自動小銃は残らず狩っていく。洪水のように溢れていた混沌は見る間に勢いを無くしていく。
 それにはものの3分も掛からなかった。666個あった因子は根本の一つを残して塵に還っている。
 あまりにも予想外のことだったらしく、知性派だった元学者の死徒はこの状況を受け入れ難いようだ。何やらぶつぶつと宙に呟いている。
 二人の姐さんはその前に立った。
「決着(けじめ)取らせていただきます」
 シエル姐はデザートイーグルとかそう言う感じの大型ハンドキャノンを出してアルク大姐に手渡した。軽々とそれを持ち、ネロの頭に銃口を向ける。
「手前、先日解散したブリュンスタッド組の二代目姐アルクェイドと申します。この度はそちら様に殺された我が夫、志貴の無念を晴らすため、誠に勝手ながらこのような方法でその命(たま)頂戴しに参りました」
 片手で撃ったりしたら人間なら腕ごともっていかれそうな大口径拳銃の引き金を引いて啖呵を切る。
「死ね!」

 ……えーと、結局俺は何だったのでしょう? ネロを銃殺した後あの二人、並んで向こうへ歩いて行くしバックに和田アキ子の歌まで流れているし。っていうか勝手に殺すな誰が夫だっ!?
「ちょっと待ってください。どうして志貴くんが貴方の夫なんですか?」
 あっちもやっとそれに気付いたようだ。
「シエル、任侠の世界は惚れたら地獄。貴方にはカタギの道を歩いて欲しいの」
「何を勝手なことをぬかしていやがるんですかー!」
「もー、折角ドス振り回して暴れる極道をわたしが引き取ってやるって言うのに、どこに文句があるのよ」
「全部です!」
 また新たに抗争が始まった。血で血を洗う裏街道はいつ果てるともなく……。


               『よく解る! 極道の妻たち』終わり

 で、ドス振り回す極道って誰のこと?























 最近アルクェイドを見ない。ちょっと前まではしつこいくらい窓から進入して来て安眠を妨害し家庭内の雰囲気を荒らしてくれたものだが、ここ一週間ほど目の前にすら現れない。故に居間でこうして妹と向かい合っていても言葉の刃は飛んでこないしギスギスとした空気もさっぱり消え去っている。
「さて俺はもう寝るよ」
「そうですか。では私も休むことにします」
 紅茶に入れるブランデーの量も少なかった。秋葉の方も気持ちに平穏が戻っているようだ。ああ、本当に今夜は静かで良い夜……
 ♪ジャーン! チャラリラチャラリラ ジャジャーン!♪
「なっ!?」
「何事ですか今のは!?」
 廷内に急にピアノの音が鳴り響く。
「秋葉の部屋からか?」
「いえ違います。それに私のピアノではここまで音が通りません!」
 方向からしてエントランスホールらしい。俺を先頭に秋葉も居間を出て玄関口に駆け寄る。
「二階です兄さん!」
 エントランスは吹き抜けになっていて上に通じる階段が伸びている。その二階テラス両脇に、いつの間にやら大きなスピーカーが設置されていた。
「これは一体。うっ……?」
 突然目の前が暗くなった。いや照明が落とされたのだ。目が闇に慣れぬ内に、ぱっとスポットライトが点る。
「♪愛〜それは〜甘く〜♪」
「なぁっ!?」
 俺も、恐らく秋葉も顎が抜けるほどに絶句した。そいつは階上から一段一段ステップを降りてくる。紅くド派手な礼装用上着、そこにご丁寧にも金糸で意匠を縫いつけてある。端をラメで彩った白いマントを靡かせて、縦捲きロールの金髪をふわりふわりと舞わせていた。
「おお、久しぶりだなーアンドレ〜」
「ってアルクェイドっ!」
「やーねーわたしはオ・ス・カ・ル!」
 気付けば俺の所にもスポットライトが当てられている。やたらに広い遠野邸だからこそ出来る演出だ。いや、そんなことはどうでもいい。
「なんだこれは!?」
「あーちょっと神戸ってところまで遊びに行ってね、温泉帰りに観劇しきたの。人間って本当、意味のない空想に関しては天才的よね」
 それはもしかしてヅカとか略される乙女の花園?
「それはいいとして〜……アンドレっ、久しぶりに剣の稽古を付けてやる!」
「おい、ちょっと待……うわっ!」
 身構える間もなく男装の麗人は懐まで一足で飛び込んできていた。そして腰に下げていたサーベルを抜刀し斬りつけてくる。俺は反射的にナイフを取り出し、なんとかそれを受け止めた。
「ふふ、やるなアンドレ」
「誰がアンドレだっ!?」
「志貴がア・ン・ド・レ。で、わたしは?」
「アルクに決まってるじゃないか!」
「もーアンドレったら聞き分けがないなぁ」
 そう言って矢継ぎ早に剣戟を繰り出してくる。しかも逆手の爪も加わるのだから俺は防戦一方だ。
「もう一度聞くわね。わたしは?」
「アルクだって言ってんだろ!」
「強情なんだからー。えいえいえい」
「うわうわうわっ! 止めっ! マジに止めっ!」
「わたしは?」
「オ……オスカル」
 ピタッと刃は止まった。そして大げさにカラリと剣を落として抱きついてくる。
「おお〜ア〜ン〜ド〜レ〜!」
 いつもの声ではなく、涼風真世の男声verまで似せることはないだろうと思うが。
「お、お待ちなさいっ!」
 バシッ!
 音が床から撥ねた。その直前にアル……いやオスカル(仮)は俺から離れて身を翻す。ホールの暗闇から赤い鞭が伸び、オスカル(仮)が居た場所を叩いたのだ。
「あなたという人、いえ吸血姫はどこまで恥知らずな!」
「あー居たの。ポリニャック伯婦人」
「誰が権力を笠に着て威張り散らす敵役ですかっ!?」
 適役じゃん。まぁ自分の髪を動かして攻撃するような貴族じゃないけど。
「もーポリニャックは別荘(浅上女学院寄宿舎)でパーティー三昧(ルームメイトと酒盛り)でもしてなよ。わたしとアンドレの邪魔はしないで!」
 そう言ってオスカル(仮)はまた俺に抱きついてくる。こいつもそういうキャラじゃないんだが……。
「兄さんから離れなさい!」
「べー。これから二人は愛に生きるのよ」
「それはわたしも許しませんっ!」
 新たに別の声がして、すぐ側を何か剣のようなモノが数本強烈な速度と風圧で通過する。
 ズガガガガ!
「うわあっ!」
 俺が悲鳴を上げるより早く、張り付いていたはずのオスカル(仮)が壁に吹っ飛んだ。
「はあ……夜警のついでに志貴くんの家に寄って正解でした」
 もう改めて確認する必要もない。カソリックの法衣を着込んで物騒な武器を携帯している不審人物などこの付近には一人しかいない。
「シエル先輩、いつもながらですけどやりすぎじゃないですか?」
「こんばんは志貴くん。いつもながらですけどあの程度は必然的な措置です」
 そうですか? 過剰攻撃にしか見えないんですけど。
 また増えた侵入者に、家主は不機嫌を露わに睨み付ける。
「シエルさん……あなたもアルクェイドさんも招待した覚えはありませんけど」
「こんばんは。挨拶くらい出来ないとフランス社交界では通用しませんよポリニャックさん」
「違いますっ!」
 ガラリ
 また一つ新たな緊張状態が生まれようとした時、衝撃で崩れていた壁際からムクリと起きあがる影があった。どうやら三つ巴の戦いに発展するようだ。
「シエル……毎度毎度性根の腐った不意打ちなのね貴方は」
「ほらねアンドレくん、あの程度では死なないでしょ」
「先輩、そんな悠長なこと言っている場合じゃ……」
 俺の言葉が終わるより早く、白いマントから伸びた剣先が先輩に突き掛かる。貫かれたかのように見えたが、一瞬早く黒い長剣で軌道を逸らしていた。
「感情が乱れて攻撃がバラバラですね、アルクェイド」
「うるさい! 闇に紛れて暗躍している卑怯者なんかに……ん?」
 急にオスカル(仮)の攻撃が止んだ。対峙している先輩を足元から頭の先まで舐めるように見て、ちょっと腕組みして考えポンと手を叩く。
「シエル、あなた黒騎士ね」
「はあ?」
 得心のいってないシエル先輩に背を向け、オスカル(仮)は落ちていた黒鍵を拾い上げこちらに歩いてくる。直前までの怒気は消失し、妙にニコニコと微笑んでいた。
「ねぇアンドレ、ちょっといい?」
「何だ?」
「ごめんね」
 ガツン!
 まず頭に痛みが最初に来た。続いて視界が転倒し、床に体が打ち付けられる。
「ああっアンドレ! わたしを庇って黒騎士の黒鍵を受けるなんてっ!」
「なっ!? ちょっ、ちょっとアルクェイド! わたしはそんなこと……」
「アンドレっ! この敵は取るからね! ……って言うわけで〜」
 オスカル(仮)はすくと立ち上がってボキボキ指を鳴らした。おい、フランス貴族はそんな下品な真似はしないぞ多分。
 倒れたままの俺の目に、嬉々として黒騎士(仮)に歩み寄っていくオスカル(仮)の姿が映った。そして互いの距離が50cmほどになった時……。
 ボキガキグシャバゴッギャリッガボッドガッズボッジャゴッザクッビシャドゴッブバッボギッビュバドボッ……

                ○第一幕 完



 ホンマモンの残虐シーンを初めて目の当たりにした秋葉……じゃなくポリニャック伯婦人(仮)はブルブル震えて自失していた。暫くは回復しそうにない。
「さーそろそろ休憩は終わりかな」
 別段変わりなくオスカル(仮)が伸びをする。俺の方も殴られた痛みはそろそろ消えつつあり、他に異常も認められない。
「じゃあ第二幕開始カウントダウン。3・2・1、ハイ」
「何て非道いコトしやがるんですかあなたはーっ!」
「シエルふっかーつ」
 もう散々殺し合い(ほとんど一方的だが)をしてきた仲なので、ダメージ回復の程度まで計算できるようだ。ただの肉塊だったそれは、もう完全に修復されている。
「さぁ吸血姫、殺し合いましょう。徹底的に殺し合いましょう。芥になっても殺し合いましょう。夜はこれからです。楽しみはこれからです。今度は同じようにはいきませんよ!」
「シエルあなた次はマリー・アントワネットね」
「は?」
 黒鍵に念を滾らせて熱い息を吐くシエル先輩に、華美な衣装を纏ったままの白い化生はあっけらかんと言う。
「知らないの? フランス人のくせに。それとも本当にインド?」
「失礼な! 当然知ってます!」
「じゃあそういうことで」
 オスカル(仮)はポカンとしている先輩に頓着せずくるりと無防備に背を向ける。そして俺の所に来ようとしたが、やはりというか当然先輩に止められる。
「待ってください。マリーとか何なんですか!?」
「あれ? もう一度黒騎士やりたいの?」
 加害者はバキバキッとまた指を鳴らす。シエル先輩は不滅であっても無痛覚ではない。被害者の立場としてはギクリと身を退いて少し考え込む。
「アルクェイド、わたしがその役をしたとして、あなたの役とどういう関係になるのですか?」
 無論先程のような殺伐とした関係は御免被りたいのだろう。その問いに今度はオスカル(仮)の方が記憶をまさぐる。
「ええとねぇ、確か……」
 そう言って先輩の前に跪いた。
「親愛なる我が王妃よ。近衛隊長として貴方に忠誠を捧げます。……とこんな感じだったかな〜」
 それは初めて見た先輩の驚愕する表情だった。夢うつつの様に漂っている意識が現実に戻りかけると、次は歓喜の情が底なしに湧き起こってきたようだ。
「おーほほほほっ! カレーパンが無ければカレーまんを蒸かせばいいでしょう!」
 先輩、果てしなくノリノリである。ちなみに劇中でも史実でもルイ16世の妻はそんなコト言ってはいない。
「へ、陛下それでは食糧難の市民は……」
「お黙りっ! 臣下の分際で口答えは許しませんっ!」
 既に元の人格は奥底に後退しているらしい。アルクェイドを傅かせるのが積年の願いだったんだなぁ。最も楽しい時間である今、くだらない茶々を入れたら銃殺されかねないので放置しておこう。何やらぶつぶつと「演れる。演れるわ。紅天女はわたしのものよ」とか呟いてるし。
 さてアルクの奴、次は何をするつもりなのだろう。どうやら居間から丸テーブルと椅子を二つを持ってきたようだが。セットし終わると手招きするので行ってやる。
「さあアンドレ、ここに座れ」
「あ、ああ」
「あとは酒だな。ロザリー!」
 オスカル(仮)が指を鳴らすと女の子が瓶とグラスを持ってきた。
「はーい」
「って琥珀さん?」
「いやですねぇアンドレ、わたしはオスカル様に拾われて屋敷で給仕の仕事をしているロザリーですよ〜」
 この人も結構こういうの好きらしい。
「ロザリーってどんな役だったっけ?」
「えーと、育ての親をポリニャック伯婦人に殺されて復讐を誓う薄幸だけど純粋な少女です」
「ああ、そうだったね。でもメイド役なら翡翠の方が似合ってるようだけど。琥珀さんは首飾り事件のジャンヌとか(姉だし)……」
「あ〜非道いですねぇこのアンドレはー」
「ご、ごめん」
 惜しい。カタキは遠野家元当主だし近いけど、やはりそれは翡翠の方が。
「ちょっとアンドレー、ロザリーとばかり話してないでわたしと乾杯するのー」
「はいはい」
 オスカル(仮)が拗ねているのでグラスを持ってやる。酒は好きではないのだが、就寝前なので一杯だけ付き合った。
「ぐっ!」
 飲んで数秒後、急に体が痺れだした。意識は明瞭なのに手足が動かせない。息は辛うじて可能だが舌が回らず会話は無理だ。
「ああっ、アンドレ! まさかお前、酒に毒を盛ってこのわたしを!?」
 っておい! どうして俺がそんなことしなくちゃならないんだ!? 第一これは間違いなく琥珀さんの……。
「そうかアンドレ、身分違いの叶わぬ恋と思い、わたしを殺して自分も死ぬつもりだったんだな。それほどまでにわたしのコトを……」
 舞台脇から何かがスルスル出てくる。琥珀さんの運んできたそれはベッドだった。オスカル(仮)はひょいと俺を持ち上げてそこへ運ぶ。
「その気持ちに応えよう。さあわたしをこの一夜、アンドレの妻に……」
「ちょっと待ったーっ!」
「勝手なこと言うんじゃありません!」
 意識が現世に復帰したらしく、ポリニャックとアントワネットが乱入してきた。どうにも貴婦人らしからぬ破廉恥な形相で突撃してくる。
 敵の接近に気付いているくせにオスカル(仮)は無視を決め込んでいた。
「さあアンドレもう一度わたしに愛の誓いを立ててくれ。ん? 『千の誓いが欲しいか? 万の誓いが欲しいか?』だと? ああそうだ。是非言ってくれ。何々?『ならば言おう。俺の言葉はたった一つ。……愛している!』 おお、アンドレ! やはりお前もわたしのコトを……ああっだけど怖い! え?『もう待てない! 俺は充分すぎるほど待った』だって!? きゃっ、いやっ、そんな押し倒すなんてっ!」
 勝手に自作自演するなぁっ! 俺の体が動かないのをいいことにやりたい放題である。
 ズガガガガ
 ジュゥー
 黒い閃光と赤い殺意が、俺の上にのしかかっていた男装の麗人を吹っ飛ばす。並の死徒どころか墜ちた真祖でも10回は滅せる衝撃だ。しかし……あ、やっぱり生きている。むっくり起きあがり腰に差した剣(竹光)をすらり抜いてかざす。
「ふっ……遂にこの時が来たか。立ち上がれ市民達(シトワイヤン)! 進めバスチーユへ! そうそうアンドレ、貴族共をぶち殺し終わったら結婚式だからねっ」
 とかウインクしてオスカル(仮)は金の瞳の戦闘モードを発動させる。
「なーにが“怖いっ”ですかっ!? 貴方のようなカマトトのする暴動など即座に鎮圧させてあげます」
「違いますよ王妃、これは革命でございますっ!」
 こんな時にも芝居がかった台詞を出して、体制側に反旗を翻したオスカル(仮)は黒と赤の貴族連合軍に突入していった。
 こうして動乱は始まったのである。

                ○第二幕 完



 これはもう目が覆いたくなるくらいの爪痕が廷内を蹂躙していた。戦いとはかくも悲惨なものなのか……そんな感慨に耽ってしまったりする。
「はーはーぜーぜー。と、とりあえずポリニャックは再起不能、アントワネットは断頭台の露に消えたわ。進行の順番が違うけど良し」
 先輩の首、本当にちょん切れちゃうし。どうせ明日になれば復活してるだろうけど。それはいいけど跳弾で飛んできた黒鍵が俺の手に刺さってかなり痛いんですけど。しかもロザリー(悪)が盛ったと思われる薬で指一本動かせないので助けも呼べない。
「さーてそれでは今宵一夜の場の続きを……ああっ、アンドレ! アンドレ〜!!」
 シーツに広がった俺の血を見て急いで駆けつけてくる。
「わたしのために? わたしを庇ってこんな目に? アンドレ死ぬな! アンドレ〜っ!」
 ……お前のせいでなったということには変わりないけど。それと勝手に殺すな。
「ああっ神よ! いっそわたしを殺してくれ! さもなくば、狂わせてく……ぶごっ!」
 台詞の途中でオスカル(仮)が消失した。また吹き飛んだらしい。ホールの隅でゴソゴソ動いているモノがあるので見ると、上半身だけ再生したカレー・アントワネットが黒鍵を投げ終えたポーズで止まっている。苔の一念というやつだろうか、疲弊していた上に油断まで加わっていた吸血真祖に絶大なダメージを与えている。
「ああっオスカル様ぁ〜!」
「ロザリー……わたしはもうアンドレの所に逝くよ」
 ってあっちでは琥珀さんが駆け寄ってきて勝手に盛り上がってるし。
「アンドレ、オスカル様を連れて行かないで!」
「泣かないでロザリー……わたしはあの世で夫婦となるのだから……」
「み、見てオスカル様! バスチーユに白旗が!」
「おお……ついに……」
 二階で翡翠が旗を振っている。出番これだけでかなり不満げな表情だ。
 膝枕の感じで抱きかかえられているオスカル(仮)は、最後の力を振り絞(った演技)り手を天に翳す。
「わたしは行く。月の世界にひとっ飛び……」
 それは劇が違う!


                   ○終劇



 グランドフィナーレ

「♪愛〜それは〜哀しく〜♪ はぁ、後かたづけが大変ねぇ」
「姉さん、結局ロザリーってその後どうなるの?」
「あはー、それはね、『メインキャラが次々と死んでいく中で結局唯一生き残り、一人だけ幸せになる』のよ〜♪愛あればこそ〜生きる喜び〜♪」
「……」

『よく解る! 宝塚ベルサイユの薔薇・アンドレとオスカル編』終わり


『よく解る○○シリーズ』 終わらない続かない


あとがき

 こんにちは。自分の好きなものばかり集めたパロディーです。にゃ〜の……いいじゃないですか! 人気はイマイチでしたけど。極妻もヅカもビデオを数本借りて研究しました(笑)。


 その1。とても弾けております(笑)。
 普通にいるだけで迷惑な存在やら物騒な存在やら危険な存在やらな面々が、いつにも増して馬鹿やっておりますので(爆)、尋常なところが殆どありません。
 月姫の世界ではどーも猫派が幅を利かせている模様。だから晶チンの立場は弱いのでしょうか。いまいち頑張りきれなかったレンの逆襲に期待(マテ)。
 あと、もっちー人気が遂にここまで!(元ネタ詳しくないのですけど(爆))

 その2。計り知れなくブッ飛んでおります(爆)。
 何をしに来たのか最後までわからない志貴と、それ以上によく判らないネロ・カオスの存在が何だか笑えます。浪花節なら四季ではないのかと思いながらも、何故かネロ。このミスマッチが素敵です。
 あと、アルクは着物に着られる感が、シエル先輩は妙に着物が似合っている所がそれぞれ好きです。「夏祭り」の浴衣姿より。

 その3。限界まではち切れております(激爆)。
 ここまで腐りきったベルバラは最高です。でもアルクの役はかなり填まっているような…絵面でちょっと見てみたいほどです。
 幕間がシエル先輩の再生時間だというのもかなりブラックで良かったです。とことんノリノリのアルクと、流されやすいシエル先輩、底抜けの馬鹿になりきることが出来ない秋葉、それにどんな状況でも対応できる琥珀さんとこんな騒がしい面子の集まった夜は最高です。寝られません。毎晩続いたら死にますけど(笑)。

 初心者A様、本当にありがとうございました。



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