『Initial experience』


 人を待っていた。
 どうしても伝えたいことがあったから。

 こうして待つ間、何度となく色々なことが浮かんでは消えていた。胸がドキドキするとか緊張するとかその手の言葉が全て当てはまるような状態だった。
 今日のことは前もって決めていたという訳でもなく、思いつきということでもない。
 ずっと前から言おうと思いながらも悩んで、それでも躊躇って、怖気づいて、悪いことしか考えなくて、でも勇気を出したくてとさんざ取り乱した挙句に、意を決してのことだった。
「……はぁ」
 落ち着かない。落ち着く筈もない。
 時間にすれば大したことがないのに、その時間は長く感じられた。
 待ち遠しいようでもあり、まだすぐ来てくれるなと念じてしまう状態だった。
 けれどそんな時間は永遠ではありえなく、ほんの僅かで永い時間の後に、屋上の鉄製のドアの開く音がした。
 そちらに顔を向ける。
 間違いなく、彼女だった。
 遂に来てしまった。
 自分が呼び出したくせにそんなことを思ってしまうのは勇気が足りない証拠だろう。
「おう」
 努めて普通通りに挨拶をしたつもりになる。顔が強張っていないだろうか。
「何よ、話って」
 対する彼女―――鈴木ぼたんはいつも通り。
 抑揚を抑えた声とその無愛想にさえ見える表情は、俺のことなど彼女にとってどうでも良いのではないかと思わせ、背筋が震える。そうではないとこの一年の付き合いで分かっているのに、改めてそんなことを感じさせてしまう。
 緩みきった顔も、憔悴しきった顔も知っている。主に彼女の趣味絡みで。
 怒った顔も、慌てた顔も知っている。主に友達同士の付き合いのなかで。
 笑った顔も、照れた顔も、泣き出しそうな顔も知っている。二人で過ごした時間のなかで。
「…………」
 やばい。思いだすと照れてきた。緊張した後でニヤつくのは不味い。俺は顔に出やすいらしいから尚更だ。
「わ、悪いな。急に呼び出したりして」
 慌てて言葉を紡ぐ。
「別にいいわよ。原稿も終わってるし、これといった用事もないし」
「そっか」
 ガチガチになりそうな四肢を無理矢理動かして、フェンスに寄りかかる。
 この時期にしては風は穏やかだったせいで、それほど寒くない。
「それで、一体何の用? あまり無理な話は聞けないけど、多少の融通ぐらいはするわよ。薙原には色々と世話にもなってるし」
 世話になる。世話をする―――俺たちの関係はそこから始まった。
 彼女の趣味を俺が手伝うということから彼女絡みのトラブルを解決することまで、実習で一緒にダンジョンに潜ること以外にも幾つかの経験と体験を共有してきた。
 その間、色々なことがあった。助けたこともあったし、随分と助けられた。無論彼女とだけの関係ではないが、一番この一年で多く関わったのは、共に時間を過ごしたのは彼女だったように思える。実際のところはわからないが、少なくても俺の中ではそうだった。
「用事ってほどのこともないけどな。いや、用と言えば用なのか……」
 背中の金網の感触を気にしながら、ファルネ―ゼにいた頃は屋上には立ち入り禁止だったなと余計なことを思い出す。
「……くっ」
 そんな自分に焦りと苛立ちが混ざる。
 この期に及んでまだ踏み出せそうにない自分がいた。
「何一人でブツブツ言ってるのよ。気味悪いわね。サワタリあたりから変な病気でも貰ったの?」
「貰うかっ」
 言葉だけでも想像しそうになって嫌だった。
「だったら何なのよ?」
「あのさ……俺たちもうすぐ卒業だな」
 うう、だからどうして言えないんだ、俺。
「そうね。卒業試験も終わったし、後はその時が来るのを待つだけね」
「鈴木はルーベンスに留まるんだよな」
「今のところはそのつもりなんだけど」
「何か迷うことでもあるのか」
「新大陸もいいかなって、思い始めてる」
「そっか」
 いつか確か新大陸は同人のイベントがないから渡らないとか言っていた筈だが、聞き違いだっただろうか。それとも何か変化でもあったのか。
「まあ、この際いいんだが」
「はぁ? 何自分から言い出しといて……」
「いや、違う! そうじゃない」
 つい思ったことを口に出してしまっていた。
「はぁ……」
「なんだよ、そのあからさまなタメイキは」
「何考えてるんだか知らないけど、また顔に出てるわよ」
「なっ……」
 慌てて自分の顔を手で触る。無論そんなことをしたところで何かわかる筈もないんだが。
「何と言うか、薙原は隠し事の出来ないタイプね」
「む……」
 笑った彼女の顔がどことなく、馬鹿にしているように見えた。被害妄想に近い思い込みなのだろうが、勇気が出せないでいる自分を見透かされているような感覚に陥った。
 ええい、ままよ。
 自分を騙すような勢いで、開き直ることにする。
「鈴木」
「なに」
 目を落として、はいはいとあしらうような頷きを返す彼女。
 俺の決意に感づいた素振りはない。
 だからこそ、次に変化するだろう彼女の表情が楽しみで、怖かった。


「俺さ、お前のこと好きだ」


「ふーん…………………………は?」
 固まった。
 この反応は先日学園の行事で挨拶してきたラスタル王国の商工ギルドに割り込んできたとかいう新興メーカーの長の言葉を借りれば想定の範囲内というやつだ。だからこそ一気にケリをつける。
「それで……もし良かったら、俺と付き合ってくれないか」
「は? ……はぁ? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「そんなに驚くなよ、恥ずかしいだろ」
 顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。
「いやだって……冗談?」
「違うっ。そんないい加減なことが言えるかっ」
 恥ずかしさを誤魔化す為にも怒鳴ってみせた。
「リナやフィルは?」
「なんでそこでリナの名前が出るのかはわからないがフィルにしたって、悪いが向こうが俺のことを好きだって言ってくれても、俺が好きなのはお前だから」
 鈴木と一緒にいない時でも、彼女のことを考えている時間が増えた。
 いつ好きになったのかはわからないが、今の俺は間違いなく彼女が好きだった。
「好きってそんな今更……」
「ああ、今更で悪かったな。でももうすぐ卒業だなって思って、心残りは全て終わらせておきたかったんだ」
「マジ?」
「似合わねーのは自分でもわかってるよ。けど、たまには感傷に流されるままなのも悪くないだろ」
「たまにはって……薙原はいつも考えなしに動くじゃない」
「ぐっ……うるさいな。で、どうなんだ、返事は」
 告白だけでも恥ずかしいのに、これ以上その話をされるのも辛いので、返事を迫った。
「……え?」
「え、じゃない。こっちが恥ずかしい思いをしてまで言ったんだからせめて返事ぐらい聞かせやがれ!」
 無理に威張ってみる。カッコ悪いのは承知している。
「……えっと、その」
「別にダメでも卒業でもう別れるからいいやって思って言った訳じゃないからな。これからもずっと友達だと俺は思ってるし。だから気軽に返事してくれていい」
 黙っていられなくて、先回りで言い訳とか逃げ道を作っているのが我ながら情けない。
「き、気軽に返事なんかできるわけないじゃないのよ!」
「そうだな、すまん」
「だ、第一バカじゃないの、あんた。なんで私なんか……」
「そういう言い方は止せよ」
 自分を卑下しているつもりではないのだろうが、その言い方は引っかかる。
「う〜〜」
「だからって睨むか、そこで!?」
「うるさい黙れ。このちんこっ」
 噛み付きそうな顔で吼える鈴木が動転しているのがわかるが、それを楽しんだり揶揄したりするゆとりはない。
 でも、何と言うか新鮮だ。
 上手くいかなかったとしても、これだけでも告白して良かったと思う。
「……いいわよ」
「ああ、やっぱりそうか。俺さ、お前と一緒に色々なことやってて楽しかった。だから勘違いしてたのかもって…………え?」
 今、なんて。
「いいわよって言ったのよ、この愚鈍!」
「痛ぇっ!」
 蹴飛ばされた。それも脛を思いっきり。
「くっ、くっ、痛ぃが……」
 片足で飛び跳ねるようにしながらも、顔を真っ赤にしている鈴木を見た。
「ゆ……」
「夢じゃないとか言うのなら更に蹴るわよ」
「う」
 先手を打たれた。
「はぁ……」
 しかもまた呆れたような溜め息をつかれる。でも呆れているというよりも呆れているような顔を作っているようにも見える。顔の赤さは相変わらずだし。
「全くどうしてこんな……あっ!」
 腕を伸ばし、照れ隠しなのか口の中で呟いていた鈴木の体を抱き寄せた。
「ちょ……」
 そのまま努めて、その華奢な体を優しく抱きしめる。
「……好きだ」
「薙原……」
 腕の中で、鈴木が体の力を抜いたのが分かった。
 少しだけ腕に力を込めて支える。
「鈴木……」
「こんな時まで、鈴木なの?」
 揺れる瞳で、俺を見上げていた。
 その瞬間、俺の中が鈴木で一杯になった。
「あ、すまない。ええと……ぼたん」
 ぼたん。
 ぼたん。ぼたん。ぼたん。
 心の中で何度も呼ぶ。
「ぼたん、ぼたん……ぼたん」
 声に出していた。
 止まらない。
「ええ、ユウキ」
 俺の言葉を彼女がどう解釈したのかはわからない。
 ただこれ以上なく、彼女は優しく微笑むと、静かに目を閉じた。
「私も……好き」
 その言葉は深く、刻まれた。
 痺れるような痛みと共に。
「………」
 声が出ない。
 そしてもう、言葉も必要ない。
 俺は腕の中のぼたんを包むように体を曲げ―――

 そっと、口付けをした。

「ん……」
 熱い唇が、重なり合う。
 冷たい冬空の下、身を寄せ合って俺たちは息の続く限りキスを続けていた。
「ちゅ…… んっ……む……ぁ」
 唇と唇を重ね、必死に吸い付けるだけの拙いキスだったが、熱心に何度も何度も互いの熱さを伝え合う。
「んっ……んっ……」
 最初は小さく震えていたぼたんも、次第に体の力を抜いて俺のなすがままになっていった。
「んはぁ……ぁ……んっ、くぁあ……」
 舌を出し、彼女の唇を誘うように舐める。
 彼女が困ったように眉をしかめているのがわかるが、続けて何度か突付いて気持ちを伝えると、こじ開けるようにして彼女の中に舌を侵入させていく。
「……ちゃ……ぁあ、はぁっ……」
 舌を絡ませる音が二人にだけ響いていた。はじめはぎこちなく応じていただけの彼女もすぐに慣れてきたのか、熱心になってくる。互いの舌が伸び、蠢くように絡み合う。
「んっ!? ん……ぐっ……」
「ぁ……くっ……んっ ぅあ……」
 飽きることもなく、舌が攣りそうになるまでその行為は続いた。
 離れた唇を惜しむように、繋がっていた互いの唾液の糸が垂れた。
「ぼたん……」
「ん」
 俺が次に何を言うのか知っていたように頷いた。
 目を堅く閉じて俯いたままの彼女は少し怒っているような顔にも見えるが、緊張しているのだろう。知識はあるのだろうが。だからわかっていても体が強張っているのだろうと見当をつけると、先ほどからの彼女の仕草に我慢の利かなくなってきていた俺は彼女の体を抱きかかえた。
「きゃっ……」
「小っけー、体だな」
「わ、悪かったわね……んっ……」
 その細身の体を抱きかかえるように持ち上げながら、服の上からぼたんの体を撫でるように触れていく。衣服越しに伝わってくる体温の温かさも、突き上げるような胸の鼓動も、触れた先から伝わってくる。
「悪くなんかないさ。むしろ凄く、いい」
「調子の良いこと言ってるんじゃない……わよ」
 自分でも厭らしい触り方だと思う手つきで、彼女の服を剥がすようにしながら露出する肌を撫でていく。
 もっと触りたい、もっと奥に、もっと近くに、もっともっともっと―――
「や……、んあ……ぁ……」
 くぐもった呻き。
 顔を埋めるようにして鼻先を擦りつける。
 クラクラする。
「これがぼたんの体だって思うとたまらない」
 何言ってるんだろう、俺は。
 呆れられそうな間抜けな台詞。気障なのか馬鹿なのか自分でも分からない。
 ただ夢中になっているのだけは自覚できた。
 状況に、酔っている。
「ちょっ……こらっ! こらぁっ」
 厚手のスカートのホックを外す。
「ダ、ダメ……これ以上は……ダメ、だって」
 なにがどうなのかわからないまま、シャツのボタンも外していく。
「ん……」
 間近に感じる彼女の息遣い。
 シャツの襟から解放された白く細い首筋に舌を這わせる。
「ぁぅっ……ひぁああっ……」
 悲鳴に似た嬌声を聞きながら、彼女の敏感な部位を一つ一つ指先で解きほぐしていく。下着の中に手を差し込む。むあっとした熱さを感じる。
「ひゃ、やっっ」
 逸る気持ちのまま繁みをかき分けて花弁へと指を伸ばしていた。
 その瞬間、ぼたんの体がビクンと固まった。
「バ、バカ! やめなさいこの……ちんこ!」
「悪い。もう聞けない」
 ここまできて何を―――そんな気持ちのまま、指先に感じる柔らかい感触を熱心に味わっていた。
「ひあっ……ぁうぁぁっ」
 手から逃れようとしたのか、感覚に抵抗しようとしたのか、ぼたんの体が暴れて倒れそうになるのを、何とかバランスをとって堪えた。無理な姿勢になっていたが、構わず行為に没頭する。
「ぁっ! ……ぁぅっ」
 ブラジャーからこぼれ出た乳房を手の平で包むように掴む。
「うわっ……ぼたんのおっぱい…っ」
 柔らかい。
 ぷにぷにしてる。
「すげえ……」
 即座に夢中になる。
 ゆっくりと包み込むようにして彼女の双丘を手で揉みしだいていく。
「バ、バカぁ 強過ぎ……」
 そんな抗議を無視するように今度は顔を寄せて乳首に舌を伸ばし、口に含む。
「や、ぁ……ぁっ! だ……」
 そのまま乳首を唇に銜えて軽く引っ張った。
「あっ、あぁ――――っっっっ」
 そのショックもあって、もつれるようにしてくず折れた。
「はぁ……」
 息を荒げたまま、その場にへたり込む。
 だがこれで落ち着いたわけではない。
 むしろもう最後までやらないと収まりそうにない。
「すまん、ぼたん。俺、もう……」
「え―――?」
 まだ彼女は事態から立ち直っていないらしい。
 その隙をついた格好になった。
「あ……え、ちょっ―――」
 力の抜けていた脚を軽く持ち上げると、指で下着をずらす。
 ピンク色の秘裂が覗き、孔から湧き出す蜜に濡れているのが見えた。
「ぅ……」
 その淫靡な光景を目にしてごくりと唾を飲む。
「そ、そんなトコじっくりと見るなぁあああああああっ」
「……え、あ。ああ」
 どうやら俺の方が固まってしまっていたらしい。
 脚を広げられたままの格好でいるぼたんが顔を真っ赤にしながら怒っていた。
「その、ぼたんのまんこがひくひくしてるのがわかる」
「……な、ななな、何言ってるのよ、この変態!」
「いや、普段からちんこ言ってるお前に言われても」
 喋りながら少し余裕が出てきた。
「うるさいこのちんこ! ちんこ! ちんこ!」
「じゃ、そのちんこを入れるぞ」
「……っ!」
「いいよな」
 今更ダメと言われても困るが。
「い、いいわよ。きなさいよ……」
 強がりを敢えて真に受ける。
 さっきの余裕はあっと言う間に消し飛んでいた。
「じゃ、じゃあいくぞ」
 いきり立った自分のモノを手で押さえる。
 秘裂にあてがうと、クチュリと音がした。
 途端にぐっと抵抗感を感じた。
 既に目一杯押し開いている彼女の膣口に対して、俺の先端すら入りきらない。
「ぅっ……ぐっ……」
「だ、大丈夫か」
「そんなわけ……ないでしょう!」
 ぼたんは目じりに涙を浮かべながら、俺の間抜けな問いかけを一喝する。
 小さなからだがガタガタを震えているのがわかった。
「早く……さっさとしなさいよ……バカッ」
「あ、ああ……」
 すまんと言いかけて、慌てて口を閉じた。
 ここは謝るところではない。
 彼女の腰に手を伸ばした。
「ぐぅっ……うぅぅぅぅぅぅっ」
 ぼたんの口からくるしげな呻き声が漏れる。
 腰を掴んで引き寄せ、
「くっ……」
 そのまま一気に押し込んだ。
「んっっっっ んんんんん―――っ!」
 亀頭が秘唇を押し割って中へと侵入する。
「はぁっ……はぁあ……」
 ぼたんが大きく息を吐く。
 無理矢理引き剥がすような抵抗感と、竿全体への圧迫感を感じながら俺のモノがぼたんの中に押し込まれた。
「うっ……ぐっ……ぅあああっ……」
 尚も何度も何度も腰を揺らし、硬いものに絞られるようにしながら根元まで捻じ込んだ。
「はぁ……は、はぁ……はぁ……」
 何とか整えようとしているものの不規則な呼吸をさせているぼたんの耳に口を寄せる。
「全部……入ったぜ」
「そ、そう……」
 苦しげに息を吐くぼたんにとってはそれどころじゃないのか、想像したような反応は返ってこなかった。
「く……ぅ……」
 繋がった二人。
 彼女は俺の体の下で歯を食いしばって必死で痛みに堪えている。
 なのに俺の方はすげぇ熱くて、気持ちいい。
 なんと不公平なことか。
 しかも、そのことさえも興奮に繋がってしまう。
「く、くぅぅぅ……」
 ギュウギュウ締めつけているのに一層膨張する。
 それが苦しいのかぼたんは口だけでなく、目も硬く閉じて痛みを堪えていた。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 激痛を堪える時間を、快楽に耐える時間。
 そんな不公平ながら同じ時を過ごしながら、互いに息を整える。
「ゆ……ユウキ」
 下から睨みつけるようにして、ぼたんが目を開ける。
「ぜ、全部……入ったのよね」
「ああ、痛かっただろう。ゴメンな」
 涙を拭うこともできずにいるた彼女に罪悪感を覚えつつ、その頭を撫でる。
「この猿! 色情魔!」
「ぐっ、ぐぅぅっ……なんだよ、いきなり」
「それはこっちの台詞よ。幾らなんでも無茶苦茶でしょうがああああっ あ、くぅぅ……」
「ばか、無理するな」
「ばかはどっちよ、このばかっ! ばかっ! ちんこっ! ちんこっ! ちんこっ!」
 何と言うか、ぼたんはぼたんだった。
「あとで殺すから」
「うっ……」
 途轍もない迫力で宣告される。物凄く怖い。縮こまりそうになる。
「………」
「わ、わかったよ。じゃあ―――」
「だから思う存分……心残りのないようにね」
「え?」
 その言葉の意味を問い返そうとしたが、ぼたんは目を閉じて体の力を抜いた。
「あ……」
 理解した。
 と、同時に動いていた。
「……っ! ―――あっ、んっ!」
 進もうとすればキツく阻まれ、引こうとすれば離すまいと絡みつく。
 そんな抵抗を磨り潰すように、強く出し入れを繰り返す。
 擦られてるところが熱い。
 俺でさえ痛みを感じるぐらいの行為なのに、彼女が痛くないはずがない。
「はっ んあっ」
 それでも激痛に耐えながら、俺を受け入れてくれている。
 愛してくれている。
 堪らなくなる。
「可愛い」
 熱っぽい息を吐き、胸を激しく上下させる彼女を見てそう想った。
「んなっ――」
 その言葉は聞き捨てならなかったのか、ぼたんは目を開けて咎めかけるが、
「可愛い。可愛い。可愛いっ」
 泣きながら、抱きついていた。
 赤ん坊のように胸をしゃぶっていた。
 体を擦り合わせるように、抱き寄せていた。
「ひぃ…あ、あっ……あっ……」
「なか、すごっ……」
「んぁっ ぁぁぁっ」
 うねるような奔流。
 胸の中に熱い塊が込み上げ、はちきれそうになる。
「ぼたんっ! ぼたんっっ」
「ひゃ… ぅあぁああああ」
 逆上せ上がりながら、腰の動きを加速させていく。
「はぅん―――んぁぁぁっ」
 くちゅくちゅと泡立つような音が結合部から響いてくる。
「ん……んんっ、くぅっ……」
 口付けを交わす。何かを求め合うように、必死に奪い合う。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
 鼻息が荒くなっているのが自分でも分かる。
 加速する何かに流されるようにして、周りがぼやけてくる。
 何も見えなくなる。
「うぁ、うぁ……」
 下半身がぶつかり合う音が遠く響く。
 ぬちょぬちょと絡みつきながら柔肉を抉る感覚だけを体に感じながら、奥底から湧き上がる欲求に意識が飲み込まれていく。
「っ……あ、あ、ああああ、も、もうっ」
 ぞくぞくぞくと背筋に快感が走る。
 堪えきれない―――そう言う事ができなかった。
 その瞬間、先端に何かが当たったのを知覚して、それが彼女の最奥とわかってしまったから。彼女の膣が反応して、これ以上なく強く締め上げたから。
「うわっ! ぅあああああああっっっ」
 真っ白になる。
 弾ける。
 溶ける。
「ああ、ぅあああああああああああっ!」
 同時に、彼女からも強く抱きしめられる。
「あっ あああ……あ……ぁ……」
 ブルブルと体が震える。
 次々と彼女の膣内へと吐き出されていく。
「ああ……、ユウキのちんこが……跳ねて……わかるっ」
「ぅあっ……はぁ……ふぁ……っ」
 肌寒い放課後の屋上で。
 半端に脱ぎ散らかした格好で。
 互いの体液を撒き散らしながら。
 互いに泣きながら抱き締め合っていた。
 それでも射精が収まり、気持ちが落ち着くまで俺たちは動こうとしなかった。


「鈴……ぼたん」
「早く慣れなさい」
 屋上からそのまま階段を下りて昇降口を通り、学校を出る。
 身支度や後始末に手間取ったせいで、既に真っ暗になっていた。
「やっぱり鈴木って呼ばれるの嫌だったか?」
「初めは抵抗がなかったわけじゃないけど、ユウキがずっと呼び続けてたから慣れちゃったわ」
 ほんのりと艶やかに色づいたままの肌が覗く。
 寒さのせいでは決してない。
「そう言えば、俺が呼んでるのがわかっていいなんて言ったって」
 捻くれた言い方ではあったが、あの時から特別になれていたのかも知れないと少し自惚れた。
「だったらやっぱりこれからもそう呼ぼうか。他の誰かと区別つくように」
「バカ。私が薙原の声を誰かと間違えたりするわけないじゃない」
「……ぼたん」
「ユウキ」
「俺の名前を呼ぶのはあっさりしてるな」
 俺が一回ごとに躓くのとは対照的に、鈴木はすんなりと俺の名前を呼ぶ。昔から呼んでいたみたいに。
「練習……してたから」
「……え?」
「リナがユウキのこと呼んでるのを参考にしたりして……って、違う。今のナシ。冗談よ、忘れなさい!」
 途中から顔を一層真っ赤にさせて慌てて否定するがもう遅い。
 俺の頭の中には何度も壁に向かって俺の名前を呼ぶ鈴木の姿が思い浮かんだ。
「何、妄想してるのよ」
 少し困ったような、拗ねたような表情を浮かべるぼたん。
「ぼたん、可愛い」
 愛おしい。
 気がつくとまた抱きしめていた。まだ校庭だったが気にならなかった。
「だからって、こら! こんなところで何するのよ、このばかっ! ちんこっ!」
「……ずっとこうしてたいぐらいだ」
「離れなさい、このばかっ! ばかっ! ちんこっ! ちんこっ! ちんこっ!」
 鈴木の罵声を耳にしながら、俺は思う。
 この学園に転校してきてもうすぐ一年。
 たった一年で前の学園では得られなかったものを沢山手に入れたが、最後の最後に本当に大事なものを俺は手に入れたのだと。

 澄みきった星空の下、
 高らかな鐘の音が鳴りひびく。

 俺たちの新しい明日への、それは、はじまりの鐘――。



「……鈴木、これはどういうことだ」
 新大陸ことコルウェイド大陸の冒険者の多くが逗留している町。
 卒業後、俺たちは海を渡り、ダンジョン巡りの拠点として小さな借家を二人して借りていた。駆け出し冒険者としての収入ではなく、主に鈴木がこれまで同人活動で稼いだ資金を費やしたものだ。同人世界恐るべし。俺としては登録したギルドが格安で提供してくれる冒険者の宿で十分だったのだが、鈴木には冒険者以外の目的がある。この新大陸で同人誌イベントを開催すること。既にルーベンスで知り合ったイベント主催者達から前借して、こっちでイベントを開く活動資金も手に入れているらしい。その活動拠点として必要になるからということでの借家住まいである。初めこそ色々と抵抗もあったし、葛藤もあったが今は落ち着いている。そして鈴木が今もなお、同人誌を作ることも、それに協力することも納得している。していたのだ。今描いている原稿を見るまでは。
「ああ、これは頁数はちょっと多いけど一応ゲスト原稿よ」
「いやそれはわかるが……」
 こちらに来てから鈴木が描いているのは全てルーベンスで開催されているイベントのものだ。個人で描いて委託してもらうか、誰かに頼まれてゲストで描くぐらいで流石にイベント参加の為に海を渡ることはないが、郵送分の時間の都合もあってその分〆切が厳しくなっていた。だが、問題はそこではない。
「これ思いっきり俺たちじゃねえか!」
「……うるさいわね」
 顔を赤くしているところを見ると、恥ずかしいという自覚は存分にあったらしい。
「何、自分達のことネタにしてるんだよ、お前は!」
「だって学園純愛もの頼まれたんだけど、ネタが降りてこなかったんだもの。仕方がないじゃない」
「仕方がないって、しかし実名はまずいだろう。色々な意味で!」
「ペン入れの時には変えるわよ」
「しかも状況が違うだろうが。俺たちが付き合い始めたのはこっち来てからだろ」
 俺たちが付き合うようになったのは学生時代ではない。
 それも全然ドラマチックな代物ではなかった。決定的な出来事はあったものの、流れとしてはなし崩し的みたいなものだった。
「その辺はアレンジよ。仕方ないじゃない。ありのまま描いたって面白い話じゃないし」
「しかも告白って言うか、酔っ払って押し倒してきたのはお前の方からだったじゃねーか」
「言うな、ばかっ! 忘れるって約束でしょうが」
 こっちに来てから何度目かの冒険で割と大きめのダンジョンを制覇し、戻った祝いの席で二人して変な酒飲んでの出来事がなれ初めだというのは実に恥ずかしい思い出だ。勿論それまで互いに意識するものがあったからこそなのだが。
「だったらさ、別に無理して俺たちの話にしなくても」
「んなことはわかってるわよっ! でも仕方ないじゃない。芥子ヶ谷先輩に頼まれたのよ! しかも……その……」
 言いよどむ鈴木に、不安がよぎるが我慢して続きを待つ。
「私たちの……馴れ初めをテーマにしろって厳命で」
「ちょっと待て! なんだよ、それ!」
 しかも芥子ヶ谷先輩絡みって、あの人とはもう……。
「ねえ薙原」
「……な、なんだ」
 今度はこちらが怯む番だった。鈴木の目には殺気が籠もっている。
 心当たりは、ある。
「あんた、私に内緒でセンパイに会ったでしょ」
「うっ、き、聞いたのか」
 まあそうだろう。そうでなければ、こんな嫌がらせを鈴木が受ける筈はないのだ。
「私が実家に用事ができて帰っている時あたりね。それで、アレはどうしたの」
「アレか……」
「そう、あんたが持ち帰ったアレよ」
「それならそこにある。お前のベッドの下」
「なっ、いつの間にそんなところに」
 鈴木は慌てて自分のベッド下に手を伸ばして、奥から風呂敷包みを引っ張り出した。
「言ってた通りね。写真とネガに……テープ。うわ、こんなにあったのか」
 中にあるのは芥子ヶ谷先輩が鈴木に対して持っていた脅迫材料一式。いわゆる恥ずかしい物一覧である。鈴木と付き合うようになってから機会があれば必ず取り返そうと思っていたものだった。先輩を根っからの悪人と思っていたわけではないが、脅迫行為とその材料があるというのは恋人としては放置して置けなくて、感情の赴くままに行動に移していた。独占欲や嫉妬心があったことも否定しない。何にせよ土下座による懇願で、呆れられたのか引かれたのかわからないが、何とか返して貰ったのだった。ちょっと確認の為に見ただけだが物凄いものばかりで、本当に自分のベッド下に隠さないでよかった。絶対に誤解される。いや今もかなりピンチだが。
「まさか本当にあのセンパイから奪い返してくるなんて、あんたって男は……」
「ほら、もう直ぐ記念日だろ。その時に驚かせようと思って……」
「それは信じてあげる。けど……甘かったわね」
 そのようだ。寧ろ逆効果だったかもしれない。
「まだ持ってたのか……」
 一筋縄ではいかないと思ってはいたが、こちらとしては誠意しかぶつけようがなかったので仕方がない。
「ううん。テープや写真の類はセンパイが言うにはこれが全てらしいわ。それは信じてもいいんじゃないかしら」
「じゃあ……」
「元々逆らえない人だし、あと昔の本とかもあるしね」
「本?」
「私が駆け出しの頃に描いた漫画よ」
「それがどうして……いや、何となくわかった」
「伝話越しで朗読するし……羞恥プレイの材料には事欠かないわ」
「ひょっとして、俺のしたことってやぶ蛇だったか?」
 恐る恐る訊ねる。
 自分の感情が先走ったとは言え、それでも鈴木の為にと思ってしたことも事実である。それが却って余計に鈴木を追い詰める結果になったのなら非常に申し訳がない。
「そんな顔しないの」
 よっぽど俺は情けない顔をしていたらしい。
 鈴木は軽く息を吐いて、笑みを浮かべた。
「私の為にしてくれたことでしょ? 感謝してるわ」
「でもそのせいで却って……」
「ううん、本当よ。薙原のお蔭でこれらは返してくれたわけだし。あの人はやる時はやる人だけど、今回は多少は遠慮してくれたみたいだし。薙原のおかげよ」
「でもそのせいで、これ描く羽目になったんだろ」
「海を渡ってコスプレ売り子しに来いなんて呼び出し受けるよりはずっとマシよ。これだってどっちかと言えば祝福……では絶対にないけど、あの人なりに私たちへのメッセージだと思うし」
「メッセージ?」
 意味が分からず首を傾げるが、鈴木はそれには答えずにさっきの原稿を指で摘み上げると、
「一応これが私の初の男性向け同人誌になるのよね」
「そう言えば、そうか……」
 お色気シーンが精々のノーマルか女性向けBLかだったしな。
「だったらイイモノ描きたいじゃない。テーマも内容も」
 その結果がこれか。この有り得たかも知れないが、まず有り得なかったIF。
「前向きというか何と言うか」
 そこでフト思いついたことを訊ねた。

「こういうの、望んでたか?」

 てっきり「な、何言ってるのよこのちんこ! 自惚れてるんじゃないわよ」という答えを予想していたのだが、鈴木は静かに首を横に向けただけだった。
「さあ、どうかしら」
 惚けたようにも見えたし、素っ気無く流したようにも見えた。
 だが、微かに染まったままの頬は俺の疑問に答えているように感じた。
 互いにペンを取り、机に向かう。


「じゃあ、とっとと原稿の続きをするわよ……ユウキ」
「そうだな、ぼたん」



―――その時のぼたんの笑顔を、俺は決して忘れない。






この作品への感想を是非。

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