「するか?」 「え? あ、は、え……あ……」  ベッドの上で押し倒した自分とその体の上に覆い被さる様にしている俺に初めて気 づいたらしく、手足をばたつかせた。 「杏」  ただ名前を呼ぶ。  それだけで俺の体の下で暴れていた杏の動きが止まった。  杏の瞳が、俺の顔を映し出している。  きっと俺の瞳もそうなっているのだろう。  緊張している自分の表情が見て取れた。 「と、朋也……」  杏が、呼びかける。  一瞬、止まっていた時間がその声によって再び動き出す。 「無理強いはしない」  彼女の瞳に映る生真面目な顔からは、こんなことしか言えなかった。  これ以上、自分の顔が見てられないので行動を先にした。  決意を込めて、返事を迫るべく顔を寄せる。  互いに不意打ちだったこれまでとは違い今度はゆっくりと彼女の唇に唇を寄せる。  顔が近づくのを目にして、杏は覚悟を決めたようにそっと目を閉じた。  自分の姿が消え、代わりにこれ以上なく近づいた杏の形の良い瞼が見て取れた。  そして俺も目を閉じて、意識を一つに集中する。  一点で触れ合う感覚。  一秒、二秒……ほんの僅かな時間重ね合わせただけの唇が離れると、お互いに目を 開く。俺の視界には杏だけがあった。 「ホンっ…トに鈍いわね……」  俺が口を開くよりも先に杏が呆れたように呟いた。  その口調にはいつもの険はなく、 「あたしも、されたかったんだから……」  優しい声と共に、彼女は下から俺の体を抱きしめてきた。  伝わってくるのは彼女の温かみと――― 「朋也……」  微かな振動。 「緊張してるだろ」 「あははははは、ま、まあちょっと」  ちょっとどころではなさそうだ。  顔が強張っている。  俺も緊張しているし、緊張しているこいつの様子を見ていると更に体が硬くなる。  けれども、それを相手に見せるわけにはいかない。  震えそうになる自分を内心で叱咤しつつ、 「……あ」  そのまま両手で杏を包み込むように今度は俺の方から抱きしめる。  外気で冷えていた彼女の肌の奥、体の中の暖かさが触れ合う部分から伝わってくる。  人の温もり。 「杏、好きだ」  言葉で表すと本当にただそれだけで、それしか浮かんでこない。  口先であれこれ言うのもどうかと思うが、もう少し何か言葉が思いついてもいいと 思うのだが出てこないものは仕方が無い。 「……うん」  やや遅れる言葉。  それが噛み締めるように、味わうように感じ取れるのは俺の欲目だろうか。  賑やかな毎日を送ってきた頃や、気まずい重苦しい空気を抱えていた時期とは違う 今の状況。  俺もこれ以上言葉は見つからないし、杏も一度頷いただけでそれ以上口を開かない。  気まずくもあり、気恥ずかしくもあり、それ以上にどうしていいのかと混乱してし まっている。  きっかけが上手く掴めない。  気ばかりが焦り、それを抑えようとしてまた焦る。  悪循環だった。  そんな事を思い悩みながら、窺うように杏の顔を見る。  彼女も同じなのか、俺に視線が合わせられない。  彼女は、俺が―――。  そんな気持ちが働いたのか、焦燥感の方向が変わった。  どう叱咤しても動き出せないでいた体が、逆に自分で押さえ込まないと暴れだして しまうそうなぐらいの焦りへと変化していた。 「ふぅ……」  ゆっくりと息を吐く。  落ち着きはしなかったが、きっかけにはなった。 「……っ」  動いた手は、俯いたまま顔をあげようとしない杏の顎を掴んでいた。  掴むというよりもただ触れただけだったが、それで彼女の顔が微かに上を向き、俺 の視線と重なった。  今度は逆にまるで吸い込まれるように、俺の顔を瞳の奥に捉えたまま動かない杏。  このままではいけないという使命感のようなものが、俺を後押しする。 「杏……」  どう呼びかけていいのかわからず、結局また彼女の名前をただ呼んだ。  それが合図として伝わったのか、それとも向こうからしてもいいきっかけになった のかはわからない。  そこでようやく、強張ったままだった体が動いた。  手を頬から上へと杏の肌を滑らすようにして、彼女の前髪を指で滑らせていく。  指先にサラッとした感覚が伝わってくる。 「ん……」  耳に聞こえてくる鼻のかかった声。 「いいよ……朋也」  そっと首筋に唇を押し付けると、胸元へゆっくりとその指を服の上で滑らせて、一 つ一つ、上着のボタンを指で外していく。 「あ……」  唇を押し付けたままという無理な体勢での動作ながら、それほど失敗することなく 順調に彼女の白い胸元が俺の目の前に露になっていく。  単純な作業。かつもどかしく困難な作業。昂ぶる気持ちに飲み込まれるようにしな がら、焦燥感だけを抱えつつ、指先に集中していく。  指先が震えそうになるのを誤魔化すように、必死なって唇を押し付け、舌を這わせ ていく。  露になっている肌だけでなく、下着の上からも頓着なく、躍起になって顔を押し付 けるようにして蹂躙する。  痺れていく。  熱くなっていく。  蕩けていく。  白く、そして遠くなっていく。  ただ追い詰められるように、迫られるようにして、何かを続けていた。  極度の緊張からの、興奮の度が過ぎていた。  手綱が放れた汗馬のように、もう止まらなくなっていた。  性行為。  男女の睦み合い。  まぐわい。  つまるところセックスと言われる生殖行為。  無論、俺も彼女の胎に子種を仕込むことを望んでいるわけでもなく、彼女もこの歳 で母となる覚悟があるわけじゃない。  好きだからの延長が、恋愛の行き着く先がこれしかなかったというだけのこと。  運命と同じぐらいに便利な単語である本能という言葉で当て嵌めてみれば、こうす ることがこうしたいことが俺達の恋愛感情の終着点として互いの体を求め合うことに 殊更理由や説明を省くことが出来る。  抱き合うだけじゃ足りなくて、キスするだけじゃ物足りなくて、心の奥底から信じ ているのに、気持ちが結ばれているのに、自分の性器で彼女の性器を繋ぐことが何よ りも証だと信じてしまう。そしてまた、そうしたいと願っている。  わからない。  理由なんてないと知っていても、それがわからない。  ただ突き入れるだけじゃ足りないから、あらゆることに躍起になる。  服を脱がす。  下着を剥がす。  その細い腰をかき抱く。  晒された白い乳房を、掌全体で掴み取る。  突起を指の間で摘みあげ、擦り合わせるように弄りながら、揉みしだいた。  顔から飛び込むようにしゃぶりつき、口いっぱいの唾液を舌先で塗りつける。  遮二無二になりながら、右に左にとそれぞれの乳房を交互に貪る。  舌先で突くように嘗め回し、柔肉に歯形を食い込ませ、先端を嬲るように、執拗に 吸い上げた。  彼女の敏感な器官は、俺の労わりや思いやりの欠片もなく、欲望だけの行為にも過 剰に反応させる。  その反応を見て自分がそうさせているんだという傲慢と驕りが、更なる欲望となっ て行為を強め、深めていく。  理性などとうに無い。  飛んでいた。  切れていた。  夢中になり、必死になり、はちきれる興奮だけが行動原理になって、自分がもう何 の為に何をしているのかさえわからなくなっていく。  それだけをする為に生きているような、行動だけが存在意義のような。  そんな自分を自覚することもできず、躍起になって自分の体の全てを使って、彼女 の体を弄り、擦り、舐め、掴み、啜るように、しゃぶり尽くしていく。  そんな行為がどれだけ過ぎただろう。 「はぁ……はぁ……はぁ……」  びちゃびちゃと自分の口元で立てる音と、ふいごの様に喉の奥からの呼吸音だけが 耳に届く。 「―――はぁ……ん、んんっ……」  滾々と溢れ出る体液と俺の唾液でべたべたに濡れた薄いピンク色の膣口だけ目にし ながら、酷く熱いそれを啜り飲み干すだけに意識が集中していた。 「ぁ、んぁ……ぁ―――う……っ!」  舌が攣りかけて、慌てて口を離す。 「はぁっ―――はぁ、はぁ……」  乱れた呼吸のまま、荒い息を吐く。  べとべとになった口元を掌で押さえるようにして拭う。  熱い鼻息が指の間から漏れ、そこでハタと自分が今、何をしていたのかという思考 が働いた。 「あ……ああ……っ」  呻く度に頭の中が整理されていく。  頭が冷えていく。  自分は何をしていたのか。  誰にしていたのか。  そこまで辿り着いたときに、あることに気づいた。 ―――彼女の声が聞こえない。  慌てて顔を上げると、微かに聞こえてきた。  脚の付け根、お腹、そして揺れる胸の向こう側からの彼女の声が。 「……あ……ぅあ、ああ……」  両手で顔を隠すように、掌で顔を包み込むようにして彼女は、ずっと泣いていた。 「あ、ああ……」  愕然となる。  泣いていた。  泣かせていた。  脳幹だか脊髄だか脳味噌の奥底がまるで萎んでいく。 「あ……」  顔から血が引くのがはっきりとわかった。 「ご、ごめんっ!」  謝っていた。  泣かせていたことに。  泣かせたことに気づかなかったことに。  それにも気づかず、自分のことばかり夢中になっていたことに。  杏は俺の行為中、ずっと泣いていたのだろう。  そんなことも気づかずに俺は一心不乱に一人貪っていたのだ。  なんて馬鹿だ。  馬鹿野郎だ。  獣そのものじゃないか。 「杏……」  あまりの情けなさに泣きそうになりながら慌てて顔を寄せると、 「ぁ……ぁぁ……えっ、あ、何……?」 「……え?」  案に相違して、聞こえてきたのは呆けたような声。  そこにあったのは、虚とした顔つき。 「……あ、ああ」  安堵の溜息が、自然に漏れていた。  両手から解放されたその素顔は、俺を責めるものでも、悲しみに暮れるものでもな かった。ただ、堪えていただけだった。苦しさでも悲しさでも、勿論痛さでもないも のに対しての。 「ごめん、聞いてなかっ……んっ……」  勘違いだったという羞恥と安堵、そしてそんな失敗を気づかれたくないという誤魔 化しと、我を忘れていた自分への反省、その全てを込めて彼女の体を抱きしめながら 体液でぐちゃぐちゃになった顔のまま唇を重ねた。  付き合いだしてからのキスの数は覚えていない。  初めてした時から、もう幾度と無く数え切れないほどに口付けを交わしていた。  そうすることが必然のように、それだけが証のように二人で互いに求め合い続けた。  付き合って以降ずっと続けてきた行為で、慣れさえある筈なのにまだこうしてドキ ドキ緊張しながら、おずおずと唇を重ね合わせ、舌を絡ませ、互いの口内を突付き合 う。  心臓が早鐘のように鳴る。 「好きだ」  馬鹿。  それしか言えないのかよ、俺。  我ながら呆れる。  それなのに、 「うん。あ、あた、あたしも……好き……」  顔を真っ赤に染めた杏が頷いてくる。  絶対後でこのことを言ったら否定するだろうなというぐらいに素直な彼女は、破裂 しそうな勢いで心臓を鳴らせながら、それだけは確固たるものだと俺に伝えてくる。  互いの口が離れると、彼女は俺の腕の中に収まったままの姿勢で、体を小刻みに震 わせていた。  俺は、杏の太股の内側に手を滑らせると、大きく股を開かせた。 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」 「怖いか」  俺は怖い。  また暴走してしまわないか。  また勘違いしてしまわないか。  また失敗してしまわないか。  不安は一杯ある。  それでも、止める気はない。  俺からは。 「馬鹿。ち、違……そ、そうじゃなくて……」  語尾が弱くなり、何故か恨めしそうに上目遣いで睨んでくる。 「……違うわよ」  別に追求したわけでもないのに、拗ねたような声を出してもう一度否定する。 「俺は、怖いぞ」  こんな状況でも強情っぷりを見せる杏に対して、全く素直じゃないなとからかいた い気持ちを抑えて、敢えて自分の胸のうちを晒すことにした。 「え……」  俺の殊勝な言葉に意表を突かれたらしき杏の声。 「経験がないから上手くできるかどうかとか、俺の独り善がりにならないだろうかと かそういう心配もあるけど、何かこれで変わってしまったりするのかなっていう漠然 とした不安があって、それがちょっと怖いな」 「な、なによそれ……そんなこと」 「無いよな」  不安は一杯ある。  だからこそ、確認せずにはいられない。  彼女の確かな気持ちを。 「あ、あるわけないじゃない。あたしとあんたに限ってそんな……」 「だったら、安心させてくれ」 「え……」  ただ一度だけ、彼女の意思を。 「抱きしめてくれ」 「と、朋也……」  おずおずと俺の背中に回される彼女の手。  そのまま杏は腕を伸ばすと、俺にゆっくりと抱き付いた。 「これで、いいの?」 「ああ、悪いな」  さっきまでは抱きしめていたのに、今では抱きしめられていた。  母親の存在を知らない俺に、こうした抱擁の記憶はない。  その初めての経験は、悪くなかった。  大丈夫。  俺はもう、大丈夫。  この温もりを信じていれば、きっと大丈夫。  そう、信じることができた。 「サンキュ」 「馬鹿ね。これくらい言われなくても……いつでもしてあげるわよ」  少しだけ、杏の体の緊張がほぐれたような気がした。  心も一緒に、ほぐれてくれただろうか。  俺と心と同じように。  二人とも一糸纏わぬ姿になり、じゃれあうようにして互いの体を触りあった。  おずおずと遠慮するような手つきで素肌を滑らすようにしたせいで妙にくすぐった かったり、ゾクゾクと鳥肌が立ったりする触り方から始まって次第に、さっきのよう な熱の籠もった愛撫へと変わっていった。  敏感な箇所を弄られるたびに背筋が伸びたり、嬌声が漏れたり、体の奥が痺れるよ うな、暴れたくなるような快感を与え、そして貰いながらもさっきのように自分を見 失うことはなかった。  大切な人の大事な体という意識が常に頭にあった。  だからこそ、自分よりも相手がどう反応してくれるかということばかり気がいって いたせいもある。  彼女が悦んでくれることが、とても嬉しくて、そして十分に興奮した。  大好きで、そして大切な人。  だから最後まで、彼女の意思を確認した。 「杏……いいか?」 「え、ええ……」  俺の体の下で、潤んだ瞳を向けて杏が頷く。  散々弄っていたその指で改めて位置を確認し、反りあがっている自分のモノを押し 当てるように彼女の入り口へと誘う。 「……」  杏の表情が、目に見えて強張る。  大きく息を吐き、耐えるような表情を覗かせている。  ありきたりの気休めの言葉が出ず、何て声をかけていいのかわからなかった。  仕方なく、行為に集中する。 「……っ」  ぬるっとした感触と共に、モノが粘液で滑って狙いが外れそうになる。  気持ちは焦るのに、その敏感な粘膜は己の硬さを更に増すことで、俺に興奮を伝え ていた。 「く……」  自分のモノを握り締めた指先に力を込めて、再度そのしっとりと濡れていて力を入 れればすんなりと入っていきそうな亀裂へとモノを宛がうと、そのままゆっくりと腰 を降ろしていく。  狭い入り口に押し込むようにして潜り込む俺のモノから、温かく包まれる感触が伝 わってくる。 「……っ」  自分の体の中に異物が挿入される感覚に、杏が顔をしかめる。  俺のモノはすんなりと入ることなく、きつく締めつける彼女の体を無理矢理突き破 るようにして、中へと押し込んでいく。 「くっ……」  ミシリという擬音が聞こえそうな感覚。  そして直後に訪れた衝撃。そして衝動。 「あっ……ぐっ、うぁぁぁっ」 「んがぁぁ―――っ」  侵入を拒むような何かを突き破った瞬間、悲鳴が重なった。  杏と俺、それぞれがそれぞれに与えた激痛による叫び声。 「くっ……」  ぬるっとした温かな感触を腹の下と、背中ごしから感じ取った。  目を向けると、掻き毟るなんてものじゃない。  彼女の両手指の爪が、背中の肉にまで深々と食い込んでいる。  それだけ力を込めてよく爪が剥がれなかったものだと、思わず感心してしまった。 「……痛てぇよ」 「……」  涙目で抗議するが、同じく目に涙を溜めていた杏の方は、俺に向かって口をパクパ クと動かしただけで声すらでないようだった。  喋ったら泣くなら喋れない、そんな感じにも思えた。  今、杏が受けている破瓜の痛みがどれだけのものかは知らない。  ただ、背中を突き刺されたこの痛みは忘れないだろうなと思う。  受けた傷を痛みと認識すると、それまで忘れていた、逆に傷を与えたところが疼い てきた。  内側から握り締められたかのように、強く締め付けられたそこは背中の傷とは違っ て鈍い痛みを発している。その痛さは、慣れれば慣れるほど痺れてきた。 「続けて、いいか……?」 「も、もうっ……、あんた、男でしょう……もっと、ビシっ……と、らしくリード、 しなさい、よっ……」  数十秒か数分か、じっと固まったまま落ち着くのを待って尋ねると、そんな答えが 返ってくる。こちらから聞かないと自主的に喋れず、ボロボロと溜まっていた涙を零 し続けているくせに、いつもの憎まれ口だった。  彼女の意地によるものなのかも知れないが、その事は俺を安心させてくれる。  本当は俺が彼女を安心させなくてはいけないのに、だ。 「ごめんな」 「あ、謝ったって……」  まあ、仕方がない。  血が流れるのもお互い様。  無理矢理、そう割り切ることにした。 「や、痛ぁっ!」  俺はできるだけ彼女が苦しくないようにと、体をゆっくり動かした。  動かすことによって傷が抉れる彼女にとってどんなにその動きがゆっくりだろうと も動かす以上は、何にもならない。わかっていても、そう心がける。  腰にまわした手で杏の体を自分の方に抱き寄せると、俺の背中に突き刺さっていた 杏の爪が抜ける。指まで突っ込まれていたような感覚が消え、代わりに曝された傷口 が外気に染みた。 「なんっ、で……こんな、痛い……のよっ……」  痛みの原因を作った俺に向けてと言うより、痛みを発する自分の体に向けて文句を 言っているようにも思える。 「もう少し休むか?」 「あ、あんたは……平気なワケ?」  呼吸をするだけでも痛むらしく、小さく息を整えようとしている杏が小声で俺に尋 ねる。 「俺の背中のことなら、かなり痛いぞ」  横に投げ出されたままになっている杏の手を見ると、爪はおろか指先が赤く染まっ ている。反対側の手も同じような有様だ。随分と不覚抉ってくれたものだ。 「馬鹿。違うわよ……」  吐き捨てるように言う。こんな状態でなかったら、きっともっと馬鹿にしたのだろ うが、その元気まではないらしい。 「そ、その……は、入ってるところよ」  言いながら、恥ずかしくなったのだろう。  顔が赤く染まる。 「無茶苦茶キツい。おまえ力入れ過ぎ」  実のところ、今にも破裂しそうだった。  気を紛らわそうと敢えて、外した答えを言ってみる。 「馬鹿! 痛っ……こ、この……馬鹿……」  怒鳴った瞬間、千切れそうになるほど強く締まった。  歯を食いしばる。 「あ、あとで……ひどいからね……覚悟なさいよ」 「聞いたのはおまえだろうが」 「もう……あー言えばこー言うっ」  こんな時でもこの理不尽な物言い。  これこそが藤林杏の真骨頂とも言えた。 「……ごめんな」  笑う代わりに謝った。  さっきと同じ言葉。  違うのは言う俺も、聞く彼女も大分心境に余裕ができていたことだ。  その論拠として、今の俺はあんまり申し訳ないとは思っていない。 「今更、謝ったって……」 「いや。おまえが痛がっているのに、俺は無茶苦茶気持ちいい」 「なっ……」  思った通り、また締まった。  奥歯を噛み締めて耐える。  この締めつけが、堪らなかった。 「……続けていいか?」  我ながら、酷い奴だった。 「す、好きに……すればいいじゃない」  そんな俺に対して杏は拗ねたような、照れたような顔で横を向く。 「……っ!」  その表情を見ていると、歯を食いしばって耐えているものが我慢しきれなくなって くる。これまでの外部からの刺激とは違い、体の内側から湧き上がってくるような衝 動。これには抵抗できそうにない。 「……行く、ぞ」 「え ―――っあぁぁ…っ!」  揺するうように腰を少し動かしただけで、杏の体が強張る。 「はぅ……、ふぅぅ……」  苦しそうな表情を浮かべながらも、杏は両腕で俺を強く抱きしめ返してきた。  それに構わず、自分の為だけに俺は腰を動かし始めた。 「ぅあ、あああっ、あぁ……」  辛そうな声を漏らす杏の顔が、すぐ目の前にあった。  鼻にかかったみたいな泣き声が、鼓膜を揺るがす。  痛いのか苦しいのか、俺の動きとは別に彼女の体はひどく震えていた。 「大丈夫……だから……」 「……っ!」  知らぬ間に不安げな表情を見せていたのだろう。  杏はわざわざ笑顔を作ってまで、俺を案じさせようとしてくれていた。  女だからとか、男だからとかはわからないが、こうなら言える。  こいつは、凄い奴だ。 「―――杏っ ……杏っ!」  腰の動きを早めながら、彼女を苦しめているの自分だということを強く自分の心に 刻み込む。満足感を高め、征服感を感じながら。 「朋也っ 朋也……やっ……!」  耳元で囁く杏の声を聴きながら、俺は泣きじゃくる彼女をしっかりと抱きしめる。  俺の限界はとっくに越えていて、今すぐにでも彼女の中で射精しそうになる。 「くぅぅ……っ」  奥歯が欠けるのではないかと思うぐらいに歯を噛み締めながら、最早自分ではどう することもできなくなった腰の動きに集中しながら、杏を責め続ける。 「あぁ……と、朋也、ぁ……あ……あぁ……っ!」  荒い息と共に、首に回された杏の腕の力が強まる。  押し潰されている乳房が俺の体の動きに合わせて揺れる。  突き上げを阻むように強く収縮する膣内が震えて、一層締め上げてくる。 「ぅぅ……あぅぅ……」  唸り声を漏らすぐらいしかできなくなってきていた俺は、杏の一番奥に先端を押し 付けるようにして、ガクガクを小刻みに腰を揺らす。  避妊具をつけなかった時から、こうするつもりだった。  そう思ったからこそ躊躇わなかった。 「杏……出すぞ……俺、もう……」 「う、ん……っ……出して……あたし……いい、から……っ」 「……く、くぅっ!」  止めをさすように最後に一度、力強く杏の奥を突く。 「ぅあ、ぁあ、あああ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」 「あ、ああ、あぁっ! 朋也ぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」  絶頂。  止めることもできず、そのつもりもなく、今出せる限りの精液を杏の膣内へと注ぎ 込んだ。  出し尽くせるのなら、出し尽くせるだけ―――俺はそこに全てを吐き出した。 「ぁ、ぅあああ……っ、ぅ……」  ぐったりとして、そのまま折り重なるようにして倒れ込む。  体中の力が抜け切ってしまっていた。 「ふぁっ、ぁっ……ぁっ………」  そんな状態なのに、彼女の肉壁はビクビクと痙攣させながら、熱く俺のモノを食い ついて離れようとはしなかった。 「ぁ……ぁぁ……ぅ―――は、ぁ……」  醒めてくる思考。  絶頂の余韻に浸りながらも、今の自分がひどくみっともない姿なのではないかと思 い始めていた。  セックスは格好良いものじゃない。  今日にしたって騒いで、喚いて、叫んでとひどいものだった。  少なくても人に見せられる姿じゃない。 「はぁ……はぁ……」  まあ、見せるものではないのだが。 「……っ」  背中の傷が痛み出してきた。  だというのに、体を動かす気にはなれなかった。  体の下には同じように荒い息をする杏がいる。  俺に圧し掛かられたままになっていることにも気が回らないようで、見るからに疲 れ果てていた。 「……くっ」  胸の奥が、ズキンと痛んだ。  ジンジンと痛む背中の傷よりもずっと、重い痛みだった。  次こそは、と思う。  今度こそはもうちょっと、上手くやりたい。  恥ずかしさよりも、嬉しさや気持ちよさが上回るようなセックスを。  好きだから。  こんなにも杏が好きだから。  馬鹿みたいに、愛しさだけが込みあがってくる。湧き出てくる。  へなへなになった体とは別に、今更のようにこいつへの感情が沸き上がってきた。 「杏……好きだ……」  俺の激情と陵辱に振り回された杏に誓うようにしてそう一言、呟いた。  おまえだけは、俺とずっと一緒にいて欲しい。  そう願いながら、両の手に少しだけ力を込めて杏を抱き寄せる。  そして、 「と……朋也?」  虚ろな目でぼんやりと呟く杏に、俺はもう一度キスをした。  この温もりを、ありがとう。                             <完>
《後書き》  何処を見てもCLANNADのエロ担当が杏なのは体育倉庫のせいでしょうか。  タイトル案は最初は「鐘や太鼓を鳴らしても」でした。三国一の花嫁さんを意識し た感じで。仕上げ前は「抱擁」でした。いつもの知恵の無い私らしい案です。直前で この「この温もりを、ありがとう」に。仕上げ時に最後の一行を差し替えたので、そ れに伴っております。  あと、ゲームのエピローグでの会話との兼ね合いから髪の長さには敢えて触れてい ません。出来はイマイチかも知れませんが、かなり苦労して精一杯書きました。もし 何か感じて下さいましたら反応なり戴けたら嬉しいです。


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