認めないだけの本音 〜四姉妹〜 |
駅から乗ったバスを降りる。 バス停の停留所と呼ぶにはちょっとだけ、 頷けないほどの素っ気なさの残る道路端に降り立つ。 錆びた標識らしきものだけが、ここで止まる場所で正しいのだと教えてくれる。 片手に荷物を持ちながら、ゆっくりと歩き出す背後でバスが動き出す。 熱いガスと、埃をまき散らし、漂うように身体にまとわりつく空気を掻き乱して、 バスは次の目的地へ走り出す。 残る乗客を乗せて。 先ほど降り立った客の事など、無かったかのように。 ここに止まった事すら、無かったかのように。 バスの発進と共に白のワンピースが一瞬、 汚れに巻かれていたが、さしたることはない。 当たり前に微かに汚れたに過ぎない。 少なくとも、気遣う様子はなかった。 着ている人間にとっては。 かわりに一言、 「あっつい……」 と、漏らしただけであった。 別に言ったところでかわらない。 不愉快な気分が増すだけなのにも関わらず言わずにいられない。 それでも、口ずさまずにはいられない。 そんな、暑い日差しにウンザリした様子だった。 そしてからゆっくりと辺りを見回す。 別に出迎えが来ているわけではない。 ただ、意味もなく見回した。 その仕草は初めて来た観光客のようでもあり、何かを再確認するようでもある。 そうしてからゆっくりと歩き出す。 別段、重い足取りでもなく、かといって早足でもない。 極々……自然を装い、そのせいで不自然に感じる足取り。 先客が来ている。 無論、驚くべき事ではない。 むしろ、当然と言える。 だが、軽い驚きを覚える。 向こうの方もこちらに気付いている。 顔を上げて、こちらを見ている。 特に手を振るわけでも、笑顔を見せるわけでもなく、こちらを認識している。 きっとこっちと同じ顔なのだろう。 辛気くさい方が、この場所では相応しいから。 手を合わせる。 そこに深い意味はない。 もし、それとは別なことが必要ならば、それをするだけ。 手を合わせるのが決まりなら、それに従う。 それだけのこと。 意味は込められていない。 ふと、空気が揺れる。 遠くから人が近付いてくる気配がする。 根拠はないが、誰かが来た。 私と同じ事をするために。 そうすることが、きまりだから。 顔を上げて、その人を出迎える。 歓迎することでも、しないことでもない。 そんなところには私も、彼女もいない。 ただ、来ただけ。 私も。 彼女も。 会釈を忘れたような気がする。 横に並んで、手を合わせて、考える。 してなくても、していても、気にはならない。 聞いても、覚えていないだろう。 無言で、登ってきた石段を下りる。 二人で、降りる。 下で待っている人がいる。 今度は会釈をする。 相手も、こちらに合わせて会釈をする。 こちらがしなければ、きっとしないだろう。 わたしの隣はうやむやで誤魔化していた。 三人で、再び、手を合わせる。 いや、最初の一人は三度なのだろうが。 横の繋がりが消えてしまった。 縦の繋がりが消えてしまったから。 解けてしまった糸は、結ばれることも、結ぼうともしない。 そう、会ったときに感じた。 誰のせいでもなく、 誰の責任でもない。 誰のせいでもあり、 誰の責任でもある。 自分に合わせて、手を合わせている二人。 きっと、さっきも同じ事をしてきたはずだ。 意味がないことを知っている。 空虚であることを知っている。 だからこそ、繰り返せる。 そこにある石は、石でしかない。 中にある骨は、骨でしかない。 喩え魂が沸きだしてきても、魂は魂でしかない。 だが、きっと……戻ってきても…… あまり、変わらない。 もう、戻れない。 自分たちで捨て去ったから。 自分たちの手で、決めつけたから。 その事に罪悪感を感じていたら、尚更……救いようがない。 三人で石段を下りる。 よく、昔、三人で遊んだことを思い出す。 どうして三人だったのか……覚えていない。 一人、どうして離れていたのか覚えていない。 そして、その代わりにどうして四人になれたのかも、判らない。 でも、誰もきっと答えない。 判らないから。 このまま、時を止め続けて生き続けるのだろうか。 自分も、この人達も。 馬鹿馬鹿しい。 嗤われる。 けど、嗤われる生き方しか出来ない。 そう選んでしまったから。 心配な気分になれない。 投げやりな気持ちになる。 自分たちのことは、それだけ下落したものに落ち込んでいた。 情けない筈なのに、呆れることも忘れている。 「あら……」 不意に間の抜けた声がする。 どうやら、下を向いていたらしい。 わたしだけでなく、三人とも。 それぞれが顔を上げる。 そこに、姉がいた。 一番上の姉がいた。 横付けされた黒塗りの車から運転手らしき初老の男性にドアを開けて貰い、 姉は車から降り立つ。 そこに出くわしたらしい。 見えていたはずだ。 「あら……」 は、こっちの科白に違いない。 言葉を使わないわたしたちに代わって喋ってくれたに違いない。 「もう……来てたんだ」 再び、口を開く。 腕時計をチラッと見る。 一時前。 それほど、早い時間でもない。 「どうせ、日帰りだから……」 わたしより一歳年上の姉が口を開く。 感情はない。 ただ、昔よりも喋れるようになったような気もする。 「あたしらは先に墓参りしたけど……」 リーダー格を自認していた二つ上の姉がとりまとめる。 言葉遣いが変わらないのが、どことなく不思議な気がする。 昔は、一番仲が良かった。 きっと、今も。 「じゃあ、私はこれからしてくるけど……」 待っていて欲しいような口振りだった。 三度目の墓参りを私はしていた。 手を合わせる。 石の前で。 こうしているから、壊れていても保っていられる。 欠落することもない。 無理をしていることに気付いていても、 文句ばかり零れてきても、 激情と怠惰が奔流してきていても、 きっと、このまま続く。 誰も、変わらないから。 誰も、変われないから。 石の前で、誰かが笑っていた。 そんな気がした。 きっと、暖かい笑いだろうと安心して、祈った。 手を合わせただけ。 それだけだけど、それが祈りだと思った。 蝉の鳴き声が聞こえてくる。 激しく鳴き続ける。 夏のこの時期だけ。 わずかな時期だけ。 五月蠅く、鳴き続ける。 石段を四人で下りた。 別段、華やかになるわけでもなく、それぞれ黙々と下りた。 一番上の姉は待たせてある車で仕事に戻る。 三番目の姉は、わたしと二番目の姉と共に、お昼ご飯を食べた。 そして、別れた。 一年後、わたしたちはまたここに来る。 仕方なく、来る。 そして、その時も変わらないのだろう。 変わり様がないから。 でも、それが待ち遠しいような錯覚を覚えるのはわたしだけだろうか。 帰る為に戻った駅前。 沢山の喧騒の中でわたしは何故か静寂を感じて立ち止まる。 耳を澄ます。 いつの間にか、蝉の鳴き声が聞こえなくなっていることに気づいた。 先日ファイルを整理していた際に発掘した、恐らくは1999年もしくは2000年あたりで書いた痕SSです。 Untitled*Document The One Hundred-Faced |