いつも通りの放課後。神社の境内で練習している浩之と葵の元に、再び現れたのは 綾香だった。 「はぁ〜い、浩之。二人とも、元気に修行にしてる〜?」 朗らかに笑いかけ、手まであげながら浩之に近付く綾香。 「何だ……綾香か。一体、何しに来たんだ?」 「敵状偵察よ。葵の調子は一体どうかな〜ってね……」 「で……どう見たんだ?」 脇で無心にサンドバックを蹴っている葵を横目に訊ねる浩之に、綾香は余裕の笑み を見せる。 「まあまあかしらね、ねぇ葵」 バシィッ!! バシィッ!! 「はぁっ!!……たぁぁぁっ!!」 綾香の呼びかけにも全く聞こえていないように反応せず、蹴り続ける葵。 「……聞いて無いみたいね。折角驚かせようと思ってきたのに」 綾香はちょっと苦笑するように表情を変えて、ゆっくりと背後から葵に近付く。 「おい……」 それに慌てた浩之が、綾香に声をかけて止めようとしたが、遅かった。 「とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――っ!!!!!!」 バキギシャァッ!! 「んきゃぁ!?」 不用意に葵の背後に立ち、肩に手を伸ばしかけた綾香のどてっぱらに、反射的に振 り返った葵の正拳がめり込んでいた。全ては一瞬の出来事だった。 「あ……う……」 「は……早い……」 自分の身に何が起こったのか分からないといった顔をしている綾香。浩之は呻くよ うな、驚愕したような声をあげる。だが、肝心の葵は全く表情が変わらずにいた。 そして、葵は無表情なまま、拳を綾香の腹にめり込ませたまま口を開いて、 「チョイ役」 そう、ポツリと呟いた。その場がシーンとした静寂に包まれる。浩之はぼんやりと この光景を眺めるしかなかった。心で、呟く。 …また……一人……。 「な、……なに?」 と、口を開けて身体を小刻みに痙攣させる綾香が葵に聞いた。こちらはまだ、何も 気付いていない。ただ、葵の速攻と科白に気を取られていた。そして葵が、動く。 「チョイ役………大して出番もないくせにいきがるなよチョイ役! 全シナリオ中2 シナリオしか出番無いくせにチョイ役! 特別CG無いくせにチョイ役! 人並みに 人気貰っているんじゃねえチョイ役! 人を唆して勝手なこと言ってんじゃねえよチ ョイ役! 下手に出しゃばるなチョイ役! 目立つなチョイ役! PSではヒロイン の一人になんて思い上がっているんじゃねえチョイ役! 勝手にHCG入れられてい るんじゃねぇよチョイ役! 間違ってものぼせ上がって人気投票なんかに参加すんじ ゃねぇチョイ役! フルネームあるからって大きな顔すんなよチョイ役! チョイ役 はチョイ役らしく存在感なんかカケラも見せないで背景の一部として書き込まれてい ろチョイ役! 何故ならそれが相応しいからだチョイ役!」 ベシッ! ドスッ! ゴスッ! バシッ! ズムッ! ドンッ! バキッ! グシャ! メキッ! バコッ! ズンッ! ドコッ! ガキッ! ミシッ! 葵は一科白ごとに連続した突きを確実に一回ごとに綾香の腹に入れながら、最後に ぴたっと口を閉ざした。 綾香は連続のボディ攻撃に為す統べなく撃ち込まれるままに蒼白になって震えてい た。蝋人形のように動かない綾香。そして葵の顔を見ると、既に正気でないのは誰の 目にも明らかだった。 そして…… 彼女はそこで初めてにっこりと極上の笑みを浮かべて言った。 「本当に強いのか?、チョイ役?」 ゴリュッ!! 腹部に当てたままの拳を捻りながら、押し出す。 「あ………ぐ………」 ドシャッ!! 綾香は、耐えられなかった。その場に、昏倒する。そして葵は、 「ふぅ……ふぅ……はぁ………あ、藤田先輩、来てらしたんですか?」 大きく息を吐き、額の汗を手の甲で拭って浩之の方を見る。そう、彼女は覚えてい ない。自分が何をしたかもまるで気が付いていない。 「はっはっは……葵ちゃんは、熱中すると周りが見えなくなるタイプだからなぁ……」 冷や汗を隠しながら、浩之はわざとらしく笑ってみせる。 「え……?」 葵は怪訝な顔をして、ちょっと視線を下に落とそうとする。 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」 「!?」 「い、いいから……いいから、気にしないで!」 無理矢理前に出て、葵の正面に立ち、両肩を掴む。綾香の亡骸をまたいで背にする ようにして。 「せ、先輩……」 「練習に熱中するのはわかる。前に俺に吐いた暴言も忘れる。邪魔しに来た志保の奴 を再起不能にしたり、俺のことを見に来たあかりを人事不省にしたり、突如現れた坂 下を全治六ヶ月の病院送りにしたのも、みんな忘れる。だから……」 「え、あ、あの……?」 浩之の言葉に戸惑う葵。全くこれっぽっちも身に覚えがないらしい。 「だから葵ちゃんは前を向いて歩き続ければそれでいいんだっ!!」 「………私のことをそこまで……」 そして誤解したまま葵は頬を赤らめる。そして浩之は彼女の背後のサンドバックを 指差す。 「サンドバックはあっちだよ」 「……はいっ!!」 こうして今日も葵ちゃんの練習は続く。いつまでも、いつまでも……。 <おしまい>