『チャンス到来』
2000/06/02 






 居間で梓がうつ伏せになって倒れていた。




「梓っ! 梓っ!! しっかりしろっ!!」
 第一発見者であるところの耕一は慌てて側に駆け寄ると、抱き上げて梓の身体を揺
さぶった。


「あずさっ!! あずさっ!! 日野森っ! 瀬能っ!!」


 エルクゥの襲来か
 柳川の襲撃か
 それともいつものアレか
 やっぱりアレか
 お約束のアレなのか
 アレしかないのか
 いい加減にアレ以外はないのか



 耕一は何も確かめることもせず、一目散にただ梓に駆け寄っていた。
 見る限り、彼女の身体に外傷は全く見当たらないようだった。
 耕一は沈痛な顔を作って彼女の唯一細い部分であるところの腰を支えていた。
 耕一は医者ではない。
 耕一が今、彼女にしてやれることは限られている。




 そして今、耕一に出来ることは梓の胸を両手で激しく揉むことぐらいだった。




「委員長っ! 先輩っ! 綾香っ!! シンディっ!!」




 何故か目を瞑って、彼女の薄手のセーターの中に手を入れて直接掌いっぱいに彼女
の心音を確かめる事数分、ようやく微かな呼吸音に混ざって彼女の声が漏れてきてい
た。
 そこで耕一は目を開ける。何故か軽い舌打ち。
 殆ど同時に梓の方も目を開けていたようだった。
 どうやら意識が回復したらしい。
 耕一の手厚い看護ならぬエルクゥ本能のおかげだろう。


「…ううっ…耕一……さん」
「梓っ! どうしたんだ一体!? 一体どうしてこんな目にっ!!」
 梓の胸に手を当てたまま、耕一は激しく梓に問いただす。
「…こ……こういち……さん」
「だからどうして倒れていたんだと訊いているんだ! でないと胸を揉むことを止め
ることが出来ないじゃないかっ!」


 その行為にどんな因果関係かは耕一のみぞ知る……っつーか、絶対に無い。


「あ、あた……あたくし……」
「だからその艶っぽい艶めかしい声が続いてしまうとセーターを脱がせて体温を下げ
てやらないといけないかなーとか思って実行中だったりするんだなコレがっ! って
……梓!? 「あたくし」とはこれ如何に!?」
 わざとらしく驚いてみせながら、耕一の手は止めない。
 いや、さっきよりも激しくなる。
「耕一さん……あ、あたくし……あたくしは……よよよ……」
「な、泣くなっ、今更泣いた所でこの燃え盛る俺の情欲を納めることは時既に遅かり
し由良ノ介! あなたとわたし仲良くあそびまSHOW!!」
 不自然に混乱した事を口走りながらも、耕一の手の動きは止まる事はない。
 加速度が増す。
「…よよよ。全てはこのあたくしのせいでございますぅ〜〜〜〜〜」
「だよねだよねのそうだよね。きっとそうだよきみのせいだよだからさぼくとあそび
ませんかゆめのなかへむだだおれはじゆうをとりもどす……はったたかうんだこころ
のなかのおにことえるくぅめ!!」
「よよよ、よよよのよよよよよ………」
 意味不明の言動を続けながらもやっぱり耕一の手は止まらない。
 梓の涙も止まらない。


 ――数十分後。


「…ああ。このあたくしが、しっかりと見張っておけさえすれば、このようなことに
は〜〜〜よよよ…」
「な……なんてことだ!? ま、まさか何者かに毒を混入されていただなんてこりゃ
お釈迦様でも気付かしませんで!? こりゃもう耕一君ビックリ!!」
「…ああっ、このさいは死んでおわびを〜〜〜〜っ」
「死ぬのはまだ早いっ!! まだまだこんなことではこの昔の18禁RPG的毒消し
治療を行っている意味がぬわぁいっ!! 罪を購えば人は又、生まれ変わるぜ、きっ
とララバイっ!!」
「…こ、こんなあたくしを、お助けになってくださるのですか〜〜〜よよよ…」
「梓、よく、聞け……。お前がいま感じている感情は精神的疾患の一種だ。しずめる
方法は俺が知っている。俺に任せろ。いやっほぅ♪」
 こんな思い切り噛み合わない会話が梓の部屋から、更に言えば梓のベッドの上から
その日ずっと続いていた。


・
・
・


「……なぁ、耕一」
「ん? 梓、どーしたんだ、そんな怖い顔をして」
「昨日は随分とやりたい放題してくれたじゃねーか」
「……は?」
「散々、あたしの部屋に汚い痕跡のこしておいて……よくもまぁ……」
「ば、馬鹿なっ!? あの時の初音ちゃんは何も覚えていなかったのにっ!?」
「……」
「あー、そ、そのだな、ああ……ホラ、いきなり倒れてたから気が動転しちまって…
…もしかしたら誰かに襲撃されたかなんかしたとか思ってほらその、毒か何かだった
ら吸い出してやらないといけなかったりって思ったりした訳でその……つまりは原因
不明だったんでありとあらゆる考えられる救助方法を……」
「ほぅ……最初からテーブルにキノコリゾットはあったのは見えなかったと」
「みみみ、見えなかったさ、本当に」
「最後まであたしの手にあったスプーンも見えなかったと」
「えええ、し、知らないなぁ、本当に」
「目ぇ逸らすな」
「お、俺はその……えーとだな、梓、良く聞いてくれ」
「……」
「きっと毒電波の仕わ……」






 柏木耕一、ドタマ損傷につき精神病院行き。







                         <おしまい>


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