終焉 ( おわり ) の時まで
 白く小さい指が、俺の前髪に触れた。  その先には、細く華奢な体を長袖の服に包んだ彼女がいる。 「……」  改めて思う。  か細いこの手で彼女はずっと戦い抜いてきた。  彼女自身以外のものの為に。  だからこそ、その報いのなかった今までの日々を打ち消せるぐらいの幸せをと、俺 は願ってやまない。  もしそれが果たせるのであれば、俺は俺の唯一持てるものを彼女に捧げることも厭 わない。  そう決めたから。  そう誓ったから。  だから何度でも思える。 ―――俺は、彼女を護りたい。  今まで他人に向けるだけで済んだ意識を、わざわざ自分に対して向けてみることは、 俺にとってはかなり辛い。  考えなくても良かったことに、ひとつひとつ向き合わなくてはいけなくなる。  自分を労わるというのは、自分を甘やかすことだけではない。 「シロウ?」 「え、あ……ご、御免」  彼女を目の前にしながら、また思考が飛んでしまっていた。  相手にとってこんな失礼な話はない。 「構いません。それよりも」 「んっ……」  セイバーが再び俺に腕を伸ばしてきた時、一瞬目を閉じてしまった。 「まだ辛そうですが……体の調子は戻らないのですか?」  俺の額に手を当てて、心配そうに尋ねてくる。  具合が悪くなって横になったは夕食の後のことだった。  一晩寝ていれば治ると言ったのにも関わらず、心配した彼女は横になった俺の傍ら につきっきりだった。 「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど……ごめん」  この光景は随分と久しぶりだったので、つい昔のことを思い出していた。  俺と彼女が出会い、そして別れた一ヶ月にも満たない日々のことを。  あの時は随分と彼女に迷惑をかけた。  女の子は、  セイバーは、  俺の目の前にいる君は、決して―――戦っちゃいけないんだ、と強い続けた。  そんな俺の一方的な感情でそう訴え続けた。  結局、何も出来なかったくせに。  大してろくに出来なかったくせに。  いつかきっと、続ければきっと、そのうちにきっと俺が何とかできると自分を騙そ うとして騙しきれず、思い込もうとして思いこむことも出来ずにいたくせに。  無理を無理と思いながらも、誰かよりは自分が、そんな思いで誰にでも接し続け、 彼女にもそうあって欲しいと押し付けるようにしてきた。  呪詛のように念じながら俺は立ち上がり、歯を食いしばって戦おうとし続けた。  それが全て間違っているとは思いたくないが、全て正しかったわけでもないだろう。  だからこそまだ、どこかで引き摺っている。 「どうしたのです、急に」  セイバーの声がどこか遠く聞こえる。  風邪をひいたわけではないが、やや頭がぼんやりとしている。  けれども熱はないし、特に眠くもなかったので布団の上に座っている状態だ。 「何か俺ってはっきりしないなって」  うわ、抽象的だ。  それこそはっきりしていない。  話しかけられた以上、何か答えなくてはいけない。  そう思っただけで口に出したその言葉は、言った直後の自分が何より意味不明で困 惑するものだった。 「ふむ、そうですね……シロウは得意な物事とそうでない事への対応の速さが大分違 うように思います。もっと自信を持っていい、そう思うときがあります」  それなのに、彼女は確りと俺を見て答えを返してくれる。  彼女は王でなくなろうと、セイバーでなかろうと、俺なんかと違って自分を持って いる。  瑣末な事で悩んだり踏み止まったりすることはない。  彼女が向ける視線の先こそが、彼女の進む道なのだ。  だとすれば、それをどこに向けるのかは導き手の役目になってくる。 「ただ、妙な拘りに固執したし、頑迷で一度決め込んだら誰になんと言われようと変 えようとしないところは、側にいるものにとっては逆に困った部分でしょう」 「そうか」  その言い方が少し面白かった。 「な、なんです。シロウ。 ……そんな急に笑ったりして」 「ありがとう」 「だ、だからその何ですか……」 「セイバー……いやもうアルトリア、か」  あの頃とはもう違う。  彼女も、俺も。  そう思うと呼び方は変えるべきだろう。  変えなければいけない。だからこそ慣れなくてはいけない。 「あ、はい!」  彼女は少し吃驚したように返事をする。 「やっぱり俺、お前が必要だ」  思考と言葉のスピードが食い違っている。  どんどん先へ先へと考えだけが先走り、そのことを言葉で伝えられない。 「……え?」  会話にならない俺の言葉に対して当然のように、セイバーは戸惑った表情を見せる。  こうしていつも身勝手な俺に、彼女は抗議もせずに何とか付いていこうとしてくれ るのが申し訳ない。  聖杯戦争でも俺はセイバーを想いながらも、ずっと俺の意義を必死に保とうとして いた。  戦うことに関してもその一つだ。結局は歩み寄って共に戦ったことはセイバーの妥 協であり、俺の敗北でもある。  その結果、ただ迷惑をかけ続けるだけだったのにも関わらず、それから一度も彼女 は共に戦う俺を責めなかった。  その一方で俺は自分を責めていた。  もっと確りしなくてはいけない。  もっと頑張らなくてはいけない。  俺が彼女を護るのだからと、一人自分の思いに固執し続けた。  そんな俺が今、こうしているのは彼女のお陰以外ない。 「十年間続けてきたこれまでの生き方ならできる。けど、そうじゃない生き方は一人 じゃできそうにない」  だから改めて思う。  俺は彼女を幸せにしたい。  いや、俺が彼女を幸せにしたい。  その為だったら、俺は幾らでも弱くなれる。 「シロウ……」 「俺はお前を笑わせたいと思っても、自分が笑っていたいと思えるようにはなれない」 「……」 「でも、いつも二人で笑うことなら、したいと思うんだ」 「シロウ」 「だから―― 「シロウっ」 「あ、なに?」 「貴方は一体何を言っているのですか」  見ると、セイバーは少し怒っているような顔をしていた。  まずった。  また俺は独り善がりになって…… 「え、あ、うん。そうだよな、ごめん。変な事を言い出しちゃって」 「シロウ」 「うっ」  ずいと身を乗り出される。  たじろいで仰け反りそうになるが、セイバーの手が俺の服を掴んで離さない。 「すまん。また勝手なことを言っ――わわっ」  何をされたのか訳のわからないうちに、その場に押し倒されていた。  柔道の技で投げられたように、床に叩きつけられる。  とは言っても、布団の上なのでそれほど痛くはなかった。 「本当に、貴方という人は……」 「その、怒って……る?」 「ええ。あまりにシロウは頭の回りが悪くて呆れ果てているところです」 「うっ」  そりゃあ否定しないが、そんなに言うことはないだろうに。 「二度も三度も言わせないで下さい」  怒りながらも、照れている。  あれ? 「貴方は何の為に私を起こしたのですか。私は、貴方が好きなのです。だったら、共 に笑いたいと思うのは当然でしょう。言われなくてもわかっています。貴方はそうじ ゃないとでも言うのですかっ」 「え?」 「あまり見くびらないで下さい」 「あー、うん。ごめん」  良かった。  どうやら少し思い違いをしていたらしい。 「シロウは、人がどう思っているかということに異常に疎いと思います」 「うっ」  そんなはっきりと。 「それが十年間の賜物だというのでしたら、絶対に改めさせて差し上げます」 「いや、それは……」  そういうのは生まれつきっぽい部分だし、無理ではないかと。  でも俺、そんなに疎いかな。 「その顔はあまり自覚していないようですね」  目を細くして不満そうな顔をしている。  ううう、何かセイバーらしいけど、何かその。  うあー、上手く言えないぞ。 「わかりました。では、シロウにも判りやすく……」  目を閉じながら二度三度と一人頷くセイバー。  一方でその決意表明を、どこか遠くで聞いている自分がいた。 「ぅ……」  今、改めてこんなにも距離が近いことに動揺していた。  こんなすぐ側に女の子がいるということに慣れない。  家族である藤ねえや桜とは違う、一人の女の子。  俺の好きで仕方のない女の子がこんなに近く感じられる。  呼吸音。吐息。匂い。肌触り。触れている箇所。  見る見る近づいてまるで密着するかのよう――― 「っ、――――」 「――――っ!?」  ようじゃなくて、本当にしていた。  圧し掛かられた状態。  二人きりの部屋。  そして、  押し付けられた唇。 「っ……、――――――――」  両手で頭を押さえられながら、彼女は俺の唇に自分の唇を重ねていた。  極限まで見開かれた目でさえも、彼女の表情を捉えることは出来ない。  零距離。 「――――――――――――」  押し付け、擦りあわされる唇。  彼女の吐息がかかる度に、鼓動が一層高まっていく。 「あ――――」  混乱した頭が落ち着くことはなく、されるがままになっていた。  どうして―――とか、なぜ―――とか、なんで―――とか、そんな語彙ばかりが浮 かんでは消えていく。  その言葉にすら意味はない。  何か考えることで混乱を増やし、混乱を増やすことで、自分を保とうとしている。  落ち着いてはいけない。  まるでそんなことを願っているかのように、頭はくるくると回っていく。 「ま、待て……」  そのまま揺られていたいと頭は願ったが、心と体は寸での所で押し留まった。  同時に視界も明瞭になる。  思考も、形になっていった。 「ふ……ぅ……」  唇は離れていた。  すぐ目の前にはセイバーの顔がある。  頬を誉めながらも、彼女は俺から目を反らそうとはしていなかった。  思考の線が一本に繋がった。  彼女にキスをされたという驚き。  認知の全てを、そこに向けていた。 「セ、セイバー……! い、いいいきなりなにを……!」 「いつかのお返しです」 「いつかって――――っ!」  即座に理解した。  何しろさっきこの状況を思い出していたのは俺の方だったのだから。  同時に俺の顔も真っ赤になるのが自分でわかった。 「――――――――――――」 「今、私を繋ぎ止めるものは貴方だけです。そうさせたのは……シロウ、貴方ではな いのですか?」 「そ、それは……」 「もう一度だけ、言っておきます」 「……あ、ああ」 「私は、貴方を愛している」 「――――――――っ」  再び、セイバーからのキス。  唇を開き、舌を捻り入れてくる強烈なキス。  その勢いに押し流されそうになる。  俺の口の中で、ぴちゃぴちゃとした音が立つ。  彼女の熱い舌の柔らかさと硬さを、舌先で確かめるように舐めあい、絡めあう。 「――っ、ん、ぁ……っ」  溢れてくる唾液を掬い取り、音を立てて啜る。  自分自身の口の中から湧き出るものと、彼女の口から運ばれてくるものが溶け合っ て一つになる。  舌を弄りあう過程で、口の中のあちこちにその唾液を塗りたくり、口の端にも溢れ たものが、零れ落ちる。 「んっ、んっ……」  先程とは比べ物にならないほどの荒々しい吐息が、熱い蒸気となって顔を撫でる。 「ぅんんっ、ぅあ、んっ……」  呼吸の困難さと体勢の無理矢理さが、息苦しさを助長する。  それ以上に動悸の激しさが、一気に俺をおかしくさせる。  このままだと気が触れる。  それで、本当に気が狂いそうになって、 「セイバー……っ!」  力の限り、下から手を伸ばすとセイバーの体を抱きしめていた。 「士郎……その……」 「駄目。俺がする」 「ですが……」  乱れた呼吸は大分治まってきているのか、小さな吐息に変わってきていた。  それでも熱に浮かされたそうなその顔は、鎮まるのとは反対側を向いていた。  欲情の証はもう既に、彼女の全身を覆い尽くしている。  紅潮した白い肌は汗ばみ、熱気となって俺を誘おうとしていた。 「は――――ぁ、っ――――」  愛しいものに触れる。  一枚一枚丁寧に剥がしていった先の、芳醇な香りのするセイバーの肢体に指を這わ せていく。指先の一つ一つが彼女の肌を掬っていく。  撫でるのとも、触るのとも違う。  侵食していく直前のような感覚を、肌の弾力と共に楽しんでいく。 「……っ、あ……あ、あぁ、あぁぁ……!」  なだらかな胸の膨らみ。  稜線を描く臍の窪み。  彼女の起伏を指で確かめ、また掌で擦り、滑らせる。  熱い。  とても彼女は熱かった。 「んっ……! ん、んんっ……」  辿り着く果ては閉じられた太腿の先。  ただ一枚残された下着に指を掛けた。 「あっ、そ、そこはまだ……ぁぅっ!」  抵抗しようとする彼女には不意打ちとして、乳首を舐めた。  そしてそのまま、乳房を咥え込む。 「ぁ、や……んぁぁっ! だっ」  乳を吸うようにしゃぶりながら、抵抗を忘れた隙を突いてそのまま最後の一枚を摺 り降ろした。 「ぁ、は……」 「ん、ふぅ……」  二つの熱く、荒い吐息。  互いの息遣いが室内に籠もる。 「ここって、こんなに濡れるものなんだ」 「……っ!」  忘れていた呼吸を再開するセイバーに、下着の染みについて問い質してみた。 「し、知りませんっ」 「そうかな。ほら、こんなに粘って……糸まで引いて……」 「そ、それ……それはっ」  染みの部分を指で掬い取って見せようとすると、彼女は首を曲げて視線を反らした。  可愛い。  そんなセイバーの反応に興奮と共に、そんな感情が込み上げてくる。 「……あ、そ、そんなのをっ」  掬い取った指先をペロリと舐めたのは見えたらしく、狼狽する。  しょっぱいというか、まあ美味しいものではない。指と自分の汗の味がした。 「なら……」  もっと直接味わうことにしよう。  体を落として、彼女の太腿の下にそれぞれ手を差し込む。 「あ……」  脚を押し開くと、淫水が滴った秘所が目の前に飛び込んでくる。  唾を飲み込む。 「ちょっとだけ我慢してくれ」 「えっ」  もうなんと言うのだろう。  思うが侭、というのをしたかった。  美しいものを労わり、慈しむ。  それ以上に綺麗なものを汚したり、均整の取れたものを歪めたり、大事なものを手 荒に扱ったりしたいという感情―――自分の手でぐちゃぐちゃにしてやりたいという 奴だ。  彼女と結ばれたのは二度。  一度目は飲まれたままで、二度目は気後れして慌てた。  余裕がなかったのだ。  勿論、今だってそんなものはない。  けれども今度は、砕けない珠を手に入れたと思えば、弄りたいという欲求の強さが 緊張や怯惰を上回る。 「……ん、ふぁっ! あぅっ……! ん、ぁ、ぁや、やぁ――――っ!」  ジュルルと啜る音が心地良い。  下品であればあるほど、淫らであると心は高鳴る。 「――――ぅあああっ、ぅあ……ああっ!」  魘される。  喘ぎ声が悲鳴に近くなればなるほど、猥らであると胸は膨らむ。 「ひ、ぃあ、やぁ……あっ、だっ……!」  醜い。  そんな己のうちの潔癖が訴えれば訴えるほど、この蛮欲は歓喜を掻き立てて、行為 を続けろと訴えかける。  いわば背徳感の悦び。 「……っ、あ、ああ、んあぁっ……ぁ、はぁっ……ぁぁぁぁっ」  秘裂に押し入った舌は、その蜜壺から愛液を掻き出し、透明な液を喉奥に運んで飲 み干し続ける。 「や、ぁああっ! うぁ、あぁぁっ! ……ぁぁ―――っ!」  粘着質な音を立て、喉にこびり付く粘液を舐め取ると、その性器から口を離した。 「は―――ぁ……」  一瞬、彼女の息が止まる。  十分にほぐれた媚肉。  赤く膨れ上がったクリトリス。  垂れ落ち続ける愛液。  その全てが俺を誘っている。 「――――――」  ジッパーを下げ、パンツから自分のモノを取り出す。  充血しきった男根 ( ソレ ) は、ビクンビクンと俺の意思の外で、俺の欲望を如実に示してく れていた。 「あぁ……、あ、ああぁ……」  セイバーの口から漏れる声は、ただの呼吸のようでもあり、待ち侘びている声によ うでもあった。  どちらでも構わない。  彼女の虚ろな目は、俺を拒むことはない。  拒ませることもしない。 「ぁ、ぁあ……」  醜悪な生殖器は己が役目を果たすため、少女の肉襞に近づき、 「シ、ロ―――ウ」  当たり前のように、躊躇いもなく、即座に、一気に奥まで突き入れた。 「―――――――――――――――――――っっっっっっっっ!!」 「ぐぁっ、がぁぁぁぁぁぁ――――――――――――っっっっ!!」  そのまま腰を突き動かそうとして、それが果たせないことを知る。  千切れるぐらいに締め付けられた彼女の膣が、俺の目論見を阻止する。 「……く、ぁっ」  だが、それでも俺は諦めない。 「――――あ、はう、ぅあっ、あ、ぅあっ!」  結合部を捻じ広げるように、腰を揺すり、体を動かし、僅かな隙間をも埋めようと 揺すり続ける。  俺が動くたび、みっちりとした靡肉で咥え込んだ彼女の体が揺れる。  同じ肉となり、一つの塊になって揺れ動く。  痛みしか感じない。  苦しさを助長する動きでしかない。  俺にとっても。  彼女にとっても。  それでも、諦めずに揺り動かし続ける。  膣壁は、俺の肉棒を絞り上げ続ける。  肉壺に無理矢理侵入した痛みが、苦しみとなって俺たちを襲う。 「っ、ん……! んはぁっ! はっ、はっ、はぁっ!」  気が遠くなるような作業。  意識が途切れ途切れになって飛びかける。  腰を突き入れる。  幾度も引き離す。  突き入れる。  引き離す。 「して、やら……ないっ」  楽になんか、してやらない。  労わってなんか、やらない。 「―――や、やぁっ、ぁっ、あっ、ああっ、ぁっ」  俺は気持ちがいい。  この痛みは快楽でしかない。  射精に耐える苦しさは、心地よさの裏返しだ。  だから、俺はこのままでいい。 「あぅっ! はぅっ……はぅっ……はっ、あっ、あっ、あ―――」  磨り潰すように擦り続けていたものが、いつしかリズムカルなものに変わっていた。  ぎこちなかった挿入が、 「ん――――あん、……は、は、ふぁっ! あ、んあっ……!」  彼女の吐き出す声の変化と共に、熱く、柔らかいものになっていった。 「んぁ……ぁ……んぁぁっ! んぁっ!」  容易くなったのなら、その分強くするまでのこと。  更に激しく、勢いを強めて、突き上げていく。 「は、ぁ、はぁ、ぁ、ふぁっ、ふぁぁぁっ、んあっ! んぁぁぁぁぁ――――っ!」  子孫を育む為の聖なる行為としながら、どうして肉の交わりというのはこんなにも 厭らしいのだろう。  子孫繁栄の為、肉欲によって惹きつけようと考えたのは一体何故なのか。  人ならぬ身の考えること人である俺にはわからない。  ただその恩恵に謝し、言い訳とし、大義名分として、彼女のこんこんと沸き続ける 源泉に屹立した男根を穿ち続ける。  蓋をするように腰を叩き、掻き出すように腰を引く。 「――――ふぁぁぅ、ぅあぁぁ、ぅあぁぁぁっ! んぁぁぁ、や、ぁ……っ」  かつてこうしていた時、必死になって、溺れることを、忘れることを、失くすこと を怖れていた彼女はいない。  俺の体の下には、抗う術も持たず、また押し流されることも拒まず、全てを受け入 れることだけを頑守する、外は小さく、見掛けは弱く、その内はどこまでも強靭な精 神を持った少女が、俺に押し潰されないようになりながら、揺られていた。  顔を歪め、涙の飛沫を飛ばし、汗を滴らせ、 「知らないっ!」  彼女は叫ぶ。 「知らないっ! 知らないっ! わた、私はっ……こん、な―――知らなぃぃぃっ」  俺の口はその彼女の言葉を問う。  空っぽな問い。  俺の心はもうそんなことはどうでもよく、彼女の果肉を鋭利な刃物で切り裂き、零 れ出る果汁を啜ることにしか興味がない。  抉って、抉って、抉って、  浸して、浸して、浸して、  熱い摩擦だけが俺の興味だった。  なのに口先だけは偽りの言葉を吐く。  気遣い。  労わり。  心遣い。  心配。  思ってない。  そんなことは思っていない。  したい。  したい。  したいしたいしたいしたいしたいしたいしたいしたいしたいしたいしたいしたい。  もっと。  もっともっともっと。  肉棒と膣だけの交わりを、この体の全てで受け取りたい。  もっと感じ取りたい。  この内に溢れる悦びを、もっともっと広げたい。  俺の中に覆い尽くしたい。  俺の快楽の為に。  俺の悦びの為に。  俺を喜ばせる為の穴が、挿入を滑らかにする為の液が、俺の感覚を確かにする為の 肉が、俺を確実に狂わせる為の女が、喚く。  煩い。  けれども、その煩さがまた、俺を喚起させる。  もっとしなくてはならない。  強く。  激しく。  この声がはちきれるまで。  壊れてしまうまで。  なくなってしまうまで頑張り通す。  苦しい。  痛い。  キツイ。  ツライ。  モウガマンデキナイ。  心と体が悲鳴をあげる。  それでも止まらない。  止める必要がない。 「こんなのっ、しら、知らないっ!」  まだ喋っている。  聴いていないのに。  聴いてなんかやらないのに。  ああ。  コイツは俺なんか聞いていない。  俺なんか見ていない。  コイツは自分しか、わかっていない。  自分しか信じていない。  俺に犯されている自分しか、気づいていない。  くそっ、舐めるな。  自分の中にこんなものがあるんだと驚くほどに、凶暴性が増す。 「セイバー! セイバー! セイバーっ!」  名前を呼んでやる。  ああ、こんな名前だった。  言ってから思い出した。  さあ、呼んだぞ。  俺を見ろ。  俺の為にもっと唄え。 「……やぁっ、や、やぁぁぁぁっ」  熱い。  擦れて、痛い。  馬鹿みたいに動かしている。  必死になって、汗をダラダラ噴出させてまで動いている。  肉同士が音を立ててぶつかる。  痛い。  弾む奥に硬いものを感じて、痛い。  勢いがつき過ぎている。  それなのにもっと激しくならないかと思っている。  できないかと考えている。  意識的に。  無意識に。 「ふぁ、はぁっ、あっ、あ、ぁぁ、ふああぁぁぁぁ――――――っ!」  声が、言葉にならなくなってきている。  そうだ、それでいい。  もっと昂ぶれ、もっと行き着け。  最後までイカせて、そのままトバしてやるっ。 「ぅあっ、ぅああっ――――ぅあう、ぅああああっ……」  目が蕩けて、粒に膨らんだ涙を垂れ流し続ける。  半開きの口は意味を成さない音を出し、泡になった唾液を垂れ流し続ける。  顔は内の血液によって高潮し、肌は発汗によってびっしょりと濡れている。 「ぃやぁぁ、ぁ、やぁ、ぁっ、やぁぁぁぁぁ―――っ!」  あれだけ高貴だった彼女が。  凛々しかった彼女が。  美しかった彼女が。  立派だった彼女が。  汚れていく。穢れていく。堕ちていく。  悲しい。  それはとても悲しい。  見ていると悲しい。  とても、ツライ。 「……ひぃ、ぃ、ぃぁぁぁぁ、ぁぁぁぁあああっ! あああっ!」  そして、それがとても堪らなく、心地がいい。  笑い出したくなる。  実際は歯を食いしばり、自分が決壊するのを堪えるのに必死なのに。  嬉しくて堪えられない。 「わ、わた……っ! も……ぅ……っ」  セックスは堕落する。  人をこんなにも駄目にする。  人間という本性を、生き物の本質を曝け出してしまう。  俺は悦びに震え、彼女は悦びに堕ちる。  もう、これで…… 「シ、ロウ……」 「……っ!」  ぐいと引き寄せられる。  彼女の背に回された手が、俺の体を彼女の体に張り付かせた。 「シロウ……」  さっきと変わらない顔で、  彼女は、  俺の顔に―――顔を寄せた。  慶びに、満ちた表情で。 「……シロウ! シロウ!」  呼ぶ。  何度も呼ぶ。  俺を呼び立てる。  快楽の術としてではなく。  俺と共に有るという、歓喜の表現として。  繋がれた部分から湧き出る悦びではなく。  ここにいるという、歓びを伝える為に。 「ぅあっ! くぅぅぅっ!」 「シロウ……シロウ……シロゥッ」  ドシリと、響いた。  今までの全ていろもずっと深く。  極めて重く。  自分の根源に、突き刺さる。 「セイ、バー……」  溜まらず、呼んでいた。  俺の、欲しいものを。 「シロウ、シロウ……」  彼女は繰り返す。  自分の、得たいものを。 「ああっ、あ、あ、あ、ああ、あああ、あああっ」  両腕から伝わる力。  とっくに過ぎていた限界を今更になって、伝えてくる。  そして、それは俺も同じことだった。  一番、欲しいものを得た。  セックスという行為で、したかったこと。  何以上にも、得たかったものを。  感じたかったものを。  肉欲じゃない。  愛情じゃない。  信頼でもなければ、確認でもない。  ひとつになる、ではなく。  ひとつである。  俺たちは、ひとつであった。  そう思い出す為の時間。  互いに感じ取る為の儀式。 「セイっ……!」 「シ、ロ――――っ」  ――――――弾け飛んで、砕け散った。  これから何度でも交わろう。  いつだって結ばれよう。  この時間は必要だからあるわけじゃなく、  大事だからするわけじゃない。  ただ、こうすることが自然なのだ。  そうしないことが、俺たちにとってはおかしなことなのだ。  たかが、性行為。  大層なものじゃない。  食事をして、排泄をして、睡眠をとるのと変わらない。  違うのは、それは俺だけじゃなく、俺たちであるということだけだ。  でもそれは当然じゃないか。  二つが本来の一つに戻る為のものなのだから。  愛している。  この言葉はただの感情の吐露じゃない。  互いに惹かれ合う磁石のS極とN極のような、一種の符号なようなものだ。 「て……馬鹿か俺。んな、んなわけねーだろ……」  自己完結したがる思考にツッコミを入れて、俺は体中の力を抜いて横たわった。  体がだるい。  馬鹿みたいに汗をかいて、馬鹿みたいに疲れきっていた。  荒い息も整えきれず、また落ち着きを取り戻す気にもなれず、押し寄せる欲求の求 めるままに、動くことも考えることも放棄した。  今はただ、彼女と共に夢を見よう。                            <完>

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