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『この温もりを、ありがとう』
 唯一の肉親からも捨てられ、拠りどころだったバスケも失った。  何も無かった俺だから、人から好かれることなんてないと思っていた。  ただ、そう思っていた。  俺でさえも俺が好きじゃないから。  そんな理由で、俺は自分に向けられる目に対して、無関心でいようとした。  嫌われ、疎まれるのをわざわざ知りたくも無い。  そんな逃げ腰の理由で、ただ鈍感野郎でい続けた。 「俺達はまだお互いのことをよく知らない。  けど、それはこれから時間をかけなきゃわからないことだと思うんだ。  だったらその時間を友達として積み重ねるんじゃなくて、  彼氏彼女として積み重ねていくのも悪くないんじゃないかなって」  杏の双子の妹、藤林椋の告白を受けて、返した言葉はこれだった。  この時の俺は真面目に答えたという点に関しては今でも胸をはれるが、真剣に答え たかと聞かれれば、返答に窮する。  俺はそれまで恋愛を経験してこなかったし、何より俺はそれまで彼女を殆ど知らな かったのだ。同じクラスになったのは三年からで、この時はまだ一ヶ月も経っていな い。それまでも藤林杏の双子の妹として知ってはいたものの、せいぜい杏と一緒にい る時に挨拶を交わしたかも知れないという程度で、特に会話を交わしたこともない。  この付き合う経緯にしても杏の手引きの元で二度三度と一緒に過ごしただけで、俺 の方としては向けられる好意には気づけてもその好意にどう応じるかなんてことを考 える気持ちにも至らなかったし、何より彼女を好きだの何だのというところには全然 いかなかった。  本当にズルズルと引っ張られるまま、流されるままにこうなってしまったという部 分が強い。  好意を向けてくれるという彼女を殊更振り払う気もない程度でしかなかった。  そして恋人関係というものを良くわかっていなかったということもある。  友人関係も殆ど持たなかった俺なので、人と繋がりを持つという部分に関してはか なり自分でも鈍感だった。  実感というものが何も無いまま、舞台に上らされたに過ぎない。  嫌いじゃない。  断る理由もない。  じゃあ何とかなるんじゃないのか。  そんな気持ちのままの承諾だった。軽い気持ちだったと批難されても文句の言えな いところだ。  そして俺はなりゆきのままに藤林―――椋と付き合うことにした。  きっかけはそんなものだったけれども、付き合い始めてからは真剣になった。  デートもした。  一緒に帰ることもした。  手作りのお弁当も一緒に食べた。  キスも、何度もした。  そんな日々は充実していたと思う。  楽しかった。  面白かった。  そして何よりも嬉しかった。  俺が誰かから必要とされていることに。  俺なんかがいることで喜んでいてくれる相手がいることに。  告白を受け入れた時、ただ返事をしただけで涙まで流してくれた椋。  バスケットしかなかった俺があんなことになって、唯一の肉親である父親もあんな 風になって、もう何もかもどうでも良くなってしまって投げ出して、何ひとつやる気 も起きず、別の何かを見つけることもできず、俺という存在がいつしか周囲からも、 身内からも、そして自分自身からも浮き上がってしまってどうしようもなくなってい た俺はその時まで、本当に何にもなくなっていたし、これからもそうなるしかないと 諦めていた。  そんな俺をここまで想ってくれていたと知って嬉しくないはずは無かった。  愛に餓えていたとか何とか大層なことを言うつもりはないが、これまでずっと孤独 で、これからも孤独でしかないと諦めていた自分だったからこそ、酷く感激した。  こんなに喜んでくれることが嬉しい。  自分という存在を求めてくれることが嬉しい。  その感情が、その時の俺を占めていた。  だからなのだろう。  それからの俺は椋が喜んでくれるのが、ただ嬉しいと感じるだけになっていたのは。  浮かれていた時は、それでも構わなかった。  好かれることを単純に感激している間は、問題が無かった。  自分の気持ちに向き合わないで、ただ嬉しいとだけ思っていられた頃までは。  ただ何となく流されるまま付き合い始めたということを忘れて、それまでの日々と は違う新鮮な出来事と、貴重な経験を重ねていった間までは。 ―――私の事、好きですか?  春原と椋にそれぞれ突きつけられた言葉。  恋人同士ならばこそ他愛のない言葉が、俺の胸には深く突き刺さる。  それは相手に言われるまで、本気で考えてこなかったことだった。  ただ好かれているという環境に喜んでいて、好いてくれているという相手を喜ばし たいと思うだけで、自分がどうとかは考えていなかった。  考えようともしなかった。  何故なら俺は椋のことを好きになったからじゃない。  彼女から必要とされるだけで嬉しかったのだ。  愛情という形であれこれと構われる毎日が楽しくて、それだけで十分浮かれきって しまっていた。  藤林椋という人間に好かれて嬉しかったのではなく、他人に好かれ、その好かれた 人間と一緒にいるというのが嬉しくて堪らなかった。  誰からも相手にされないと思い込んで、不貞腐れて、面倒臭がって、世を拗ねるこ とで目を反らし続けてきたこの俺に、真っ直ぐな好意をぶつけてくれたという事で、 俺は舞い上がってしまったから。  だからこそ、俺は椋を好きになろうとか思いもしなかった。  ただ与えられ続ける果実を貪るように、注がれる情愛を受けて悦に入るだけだった。  つまりは藤林椋個人が好きなのではなく、俺を好きになったという藤林椋を受け入 れたというだけのこと。  自分から更にどうしようとはしなかった。  どうする必要も感じてすらいなかった。  好かれていれば、それで良かったのだ。  だからこそ、俺が藤林椋に対する感情は育ってこなかった。  俺達は彼氏彼女としての付き合いをしてきた。  でもそれは、俺が相手を好きになる為の猶予期間にはならなかった。  告白を受け入れた言葉通り、俺は付き合う前に比べて彼女のことを沢山知った。  二人で積み重ねていったものもいっぱい増えた。  けれども、彼女が俺に向け続ける感情に対して、俺は応じる以上のことはしてこな かった。ただ、彼女の愛を受け止めるだけ。キスをしたのも彼女を愛したからじゃな い。俺を慕う彼女が愛しく思えたからでしかなかった。  結局は自分しか、自分のことしか考えていなかった。  それでもきっと、何事も無ければ、このまま俺は彼女の愛を受け止めたままで終わ れただろう。それはきっとそう不幸せなことではない。寧ろ、俺には勿体無いぐらい 素晴らしい終わり方だ。  俺のことを好きだと言ってくれた椋。  彼女は一体、俺のことをどのくらい知っていたのだろう。  告白の返事の際、お互い知らないからと言ったが、その時点で俺が彼女を知らない ことと彼女が俺を知らないことは大きく隔たりがあったことは想像に難くない。  俺を好きになったというまでには何かあった筈だ。  俺のように、知り合いの双子の妹という程度の認識しか持っていなかったのとは違 う。まさかいつか杏が言ったように、進学校の不良という存在が妙に格好良く見えた だけなんてミーハーな理由ではあるまい。  しかし杏を通してしか知らない俺と彼女のそれまでの接点が思い当たらない。もし かしたら覚えていないだけど、何かきっかけがあったのだろうか。  もしあったとしても、それを俺は覚えていない以上、特別な何かがあった訳ではな い筈だ。  俺と彼女の互いの認識の差。  その距離感は結局、最後まで埋まることは無かった。  俺のことを好きでいてくれて、好かれ続けることに必死になって、望むことなら何 でもでしようとしてくれる椋に、俺はただ応じるというだけしかしてこなかった。  彼女の気持ちを受け取る一方で、自分の気持ちに酷く無頓着だった。  それは今までの俺と何ら変わりが無い。  俺はその時も変わらず自分を見捨てたままで、向き合うことをしてこなかった。  ただ、椋を眺めるだけの自分。  椋に応えるだけの自分。  椋を受け止めるだけの自分。  そんな自分で十分だと思っていた。  最後まで彼女だけが俺を求めていて、俺自身は俺に対して何も求めようとしてこな かった。  もし俺が自分にもう少し向き合っていれば、自分の気持ちを考えていればと、悔ん でいる。  俺が自分の感情に気づいたのは、結局杏を通してからだったから。  杏の気持ちに気づいて、それからだったから。  結局、自分は自分のことは何ひとつ考えないまま、相手に迷惑をかけながら気づか されるという最低の流れに陥ってしまった。  目を反らし続けたツケ。  しかもその報いを受けるのは俺自身ではなく、彼女達の方なのだ。  なんて残酷で、なんて酷い話だろう。  俺のせいで傷つくのは、俺ではなく彼女達。  もっと早くとか、もうちょっと上手くとか、それ以前の問題だった。  最低限、自分に向き合っていればそれで済ませられた問題だった。  こんな俺のせいで、彼女達が苦しむ。  あんまり過ぎた。 『…好きなの?』  そんな春原の問いに頷けず、次第に引き摺られることに惧れを抱くようになり、毎 日のように相手に向ける笑みが苦痛になりなりながらも、その場その場を誤魔化すこ とに汲々として、ただ一度もこちらからは何もせず、思うことも無く何もできないま ま、ただ無為に迷って、ただ無駄に困るだけで、やり過ごすことだけを続けていた。  椋は必死に追いすがり、杏は必死に振り払うなか、俺は自分が傷つきたくない、自 分のことを深く考えたくないという一心で、二人を苛ませ続けた。  優柔不断なんてものじゃない。  弄んだと言って過言じゃない。  自分が嫌いだと言いながら、自分の真摯な気持ちを面倒臭いと跳ね除けながらも、 可愛がるのは自分自身のみ。  自分の蒔いた種を自分で刈り取ることもせずに、追い詰められていく自分に酔うだ けで、どうもしてこなかった唾棄すべき俺。  必死に自分だけを言い包められる詭弁と、誰から問い詰められたわけでもないのに 次々と思い浮かぶ言い訳。  向こうの為だから、相手に悪いからと正当化の理由を求めながらの行動は、本当の 本当に最後まで変わらなかった。  相手に縋っただけで、  向こうに頼っただけで、  俺は、そうして一つの関係を終わらせた。 「ねえ、朋也」 「ん?」  それは中庭で杏の用意してくれた昼飯を食べ終わった後の昼休みのことだった。  以前はビニールシートを敷いていたこともあったが、今はそこまではしていない。  適当に空いているベンチに二人並んで座っているだけである。  重箱弁当は流石にもうしていないので、前に比べると食べ終わるのが早い。それぞ れ手にジュースの紙パックを持ちながら、昼休みも半ばという時間を今日もぶらぶら と何をするでもなく潰していた。 「あたしたちって、その……」 「なんだよ、歯切れが悪いな」 「恥ずかしいのよ! 察しなさいよ!」  いや、察しろって言われても。 「全然判んねーぞ」 「……」 「な、なんだよ……」  恨みがましい顔をすること数秒。  顔を赤くして俯いて、囁いた。 「付き合ってるのよ、ね」 「そうだろ? 今更違いましたなんて言われるとかなり困るぞ」  色々と。特に基本的なところで。 「なんかさあ、実感沸かないのよね……」  杏はそう言って、溜息と共に肩を竦めて見せる。 「まあ……そうだな」  俺と杏の付き合いは長い。  気が合った事もあって同じクラスになって以降、春原を含めてダベっていることも 多く、互いが側にいることに左程意識することがない。  意識するのは椋が側にいる時だけだが、それは気まずさとか申し訳なさとかが絡む ので、付き合って幸せだとかそういうものではない。 「でも、こうしてると少しは意識するぞ」 「そ、そう……」  付き合いが長いとはいえ、今しているように肩が触れるように寄り添うことはそれ まで無かったので、それを指摘してやると杏は照れたように微笑む。 「でも、もっと……その……」  折角という言葉が聞こえたが、最後まで言葉にならない。 「……?」  杏が何を考えて、俺に何を求めているのかわからなかった。  こういうのを朴念仁というものなのかも知れないが、何分これまで経験がなかった のでどうしていいのか分からないのだ。 「そうよっ!」 「ん?」  ブツブツと口の中で呟いていた杏はそう叫んで、勢い良く座っていたベンチから腰 を上げる。そして俺の正面に立つと、毅然と胸を張った。  杏がそうするだけで、何だか俺は無性に気圧される。 ―――し、尻になんか敷かれないぞ。  心の中の春原の揶揄する声に反駁した。 「朋也!」 「な、何だよ……」  声がビビり入って、震えて聞こえるのは気のせいさ。  幸いなことに杏は俺の声に気にした様子もなく、自分の思いつきを語るべく人差し 指指をピンと立てる。 「デートするわよ!」 「……」  デートしない、とかデートしましょう、とかじゃなくて、デートするわよ、か。  杏らしいと言えば杏らしい。  けれども、 「前したじゃん」  鼻先に突きつけられた指を見ながら言う。 「あれは椋と一緒だったでしょ!」  それは一応椋とのデートで、杏は付き添いだった筈だ。 「いや、その後」 「後ってそんな……ああ」  杏は思い当たったらしくバツの悪そうな顔をする。 「あれはボタンの散歩じゃない」 「まあな」  あの時のキス未遂を誰かに見られたことで色々とあったわけだから、お互いに気ま ずくなる。  椋自身はともかく、椋の友人達を始めとした女子連中の一部は俺と杏への風当たり は厳しい。自業自得なので仕方がないのではあるが、あの時の出来事はお互いどこか よそに置いておきたい。 「そ、そんなわけだからデートはまだ、じゃない」 「そ、そうだな」  互いの頭の中であの時の出来事が思い出されていっているのだろう。  急に勢いが弱まりどもりだした杏に影響されるように、俺の口も重くなる。 「だ、だからするわよ。デート」 「じゃあ、す、するか、デート」  緊張しているのかあがっているのか恐らく自分でもわけがわからなくなっていって いるだえろうテンションの杏に付き合いながら、今週の連休の頭にでもという約束を 交わした。  デートと言っても互いに学生の身分。  元からそうたいしたことが出来るわけでもなく、する予定もなかった。  わざわざ打ち合わせをするでもなく、特に着飾るでもなく、近場で待ち合わせて、 午前中は商店街を中心にあちこちブラついただけだった。  ファーストフードで昼食を取り、午後は少し遠出をして海岸沿いの方まで足を伸ば した。以前、バイクで走った時に偶然見つけたというその場所は地元からすれば穴場 でも何でもないのだろうが、地元じゃない身からすれば季節が少しずれただけで、新 鮮な場所になる。  一度こういうのをやってみたかったのよねと冗談めかして、サンダルを手に持って 波打ち際に素足を浸す杏に付き合いながら、季節には少しばかり早過ぎる海で遊びな がら、時間を過ごした。  はしゃぎ過ぎて疲れると、砂浜に並んで腰を下ろし、同学年でこうして遊んでいら れるのはそうはいないだろうと笑いあいながら、最後は日が暮れるまでぼうっと座り 続けていた。  近くに行って見たい店があるんだと引っ張られるままに夕食をご馳走する羽目にな り、いい加減外も暗くなった頃まではまあ、想像の範疇内だったと言える。 「へーえ、もっと安っぽいのかと思ったら本格的ねぇ」 「どうしてここにいるんだ?」  ホテルで泊まるというオチがつくまでは。 「大丈夫大丈夫。フロントでも何も言われなかったでしょう?」 「そういうことじゃなくてだな……」 「ま、まだ早いと思ったのよ。でも、その……」 「……」 「ああ、もうっ! あんたが悪いんだから!」 「なんでだよ!」  しどろもどろになりつつ、最後は逆切れ。  こういうところはいつもの杏ではあるが、その行動は尋常じゃない。  だが、考えてみれば最初から向こうは予定通りの行動だったとも言える。  俺が自宅に帰る必要のないことは知っていただろうし、友達の家に泊まるという口 実は出かける前に済ましてきたと言うのだから本気なのだろう。 「女の子にここまでさせて恥ずかしくないのっ!」 「一人勝手に行動しておいてその言い草はなんなんだよ!」 「それはあんたがここまでお膳立てしてあげなくちゃいけないぐらいの根性なしのヘ タレだからでしょーが!」 「なっ……」  椋との段取りの時もそうだったが、こいつって行動だけで何も考えてないのな。  どこまで本気なのか、疑いたくなるような態度だ。 「まさか……不能?」 「んなわけあるかっ!」  信じられねぇこと言いやがるぜ、この女……。 「大体、椋の時はまだ早いだのなんだの……」 「あの子はあの子、あたしと一緒にしないで。どっちにも失礼でしょ」 「じゃあ聞くが」 「な、なによ……」 「おまえは俺としたいのか?」 「っ!」  ボンっという擬音でも聞こえそうな勢いで瞬時に真っ赤になった。 「ち、違……」  ここで意地悪く反撃にでることも可能だったが、それよりも気になったことがあっ たので止めておいた。  その代わり、大きくため息をついてみせた。 「な、何よ……」  俺のわざとらしいため息に対して、食って掛かろうとするのを制して言う。 「だったら、何をそんなに焦ってんだよ、おまえ」 「そ、そんなことっ……」  杏が反駁するのも構わずに続ける。 「無理するなとは言わないけどよ、流石に変だぜ。今のおまえ」 「あ、あんたに……」 「わかんねーから聞いてるんだ」  その言葉に杏の目が一層釣りあがるが、臆せず向き合った。  本当はもう一歩踏み込みたいが、これ以上続けると拗れるので、努めて声の調子を 落として下手に出た。 「もし俺が至らなかったり、本当に手落ちがあったりするならそれをちゃんと言って くれ。鈍感だったり無神経だったりしたのなら謝る。でも、それが何か……」 「……その、朋也」  今度は杏の方が、俺の言葉を遮った。  どうやら怒っているわけではないらしく、声のトーンが落ちていた。 「なんだ」 「あんた今、幸せ?」 「……はあ?」 「椋の為にも、あたし達は幸せにならないといけないから……」 「き、杏……?」  藤林椋。  彼女の存在は今も尚、俺たちの胸に突き刺さる。 「―――って、あの子をダシにしてるだけで、本当にただ焦ってるのかも」  絶句する俺に対して、杏はすぐに自分の言葉を否定した。 「だから焦るってなんでだよ?」  顔を伏せ、表情を翳らす今の杏を見ていたくない。  その気持ちが強くなってしまったせいでどこか責めるような口調になってしまって いた。 「……」 「杏?」 「あたし……あたしは朋也のことがずっと好きで、意識しないようにしてたけど自覚 はしてた」  続ける言葉がどんなものか想像がついた。  だからこそ、それ以上喋らせたくなかった。 「……」  そう、どんな手を使ってでも。 「でも朋也は……少なくても椋のことがなければ、きっとあたしのこと……んっ…… な、や……ば、ばばばば、バカぁっっっっ! ……な、何するのよっ!」 「お、おまえ……鳩尾は止めろよ……」 「朋也が急にキスなんかするからでしょ!」  肘を打ち込まれた鳩尾を抱えながら、蹲る。 「こっ……」  こういう時はうっとりした目で、二人にもう言葉は要らないみたいな展開になるん じゃないのか? 「人が真面目に喋ってるってのに……あ〜ん〜た〜は〜」 「だ、だからだな……」 「何よっ!」  がーっと吼える杏。  自分の話を聞かずに悪戯を受けたと誤解したらしく見事に立腹している。  勘違いではあるものの、今の杏の表情の方がずっと良かった。 「……杏、好きだぞ」 「あっそ」 「そ、その心底馬鹿にした様な目はなんだよっ」 「あら、そう見えたならそうなんじゃないの? まさか、そう言えばあたしが涙流し て「あたしも朋也が好き」とでも返すと思ったんじゃないでしょうね」 「うっ……」  理不尽過ぎる。  勝手に落ち込んだかと思えば、勝手に立ち直ってやがる。 「ほら、言ってみなさいよ」 「な、何を?」 「俺は杏のことが世界の中心で、叫びたくなるほど愛してるって」 「なっ……」 「そうしたら信じてあげるから」  どうしてこんな話の流れになる?!  さっきまでの展開はなんだったんだ。  選択肢をミスったのか。さっきのシーンにロードできないのか。 「くっ……」 「口先でちょろまかそうだなんて……」  嘲りの目で見下す杏に正直、キレた。 「よし、わかった」  もうヤケだ。 「え?」  鈍く痛む鳩尾を手で擦りながら、部屋の隅に移動して窓を開ける。 「ちょ、何……」  大きく息を吸い込み、両手を口元に翳した。 「杏ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、愛し―――― 「な?! 馬鹿?!」    慌てて止めに入った杏の手を取って、再び口を塞いだ。 「……っ! んんっ……」  そして先ほどの轍を踏む前に、そのままベッドに押し倒した。  スプリングを軋ませたふかふかの布団の上で、二人の体が軽く跳ねる。 「世界とはいかないが、どうだ?」 「あ、あんたって……」  まださっきの叫びへの衝撃が強いらしく、押し倒されたことまでは気が回っていな いようだった。 「いいんだよ、馬鹿で」 「はあ?」 「どうしようもなく杏が好きなんだよっ」 「あ、え……」 「だからもう、そういうので悩まないでくれ」  最後は予想外だったが、その前の時に思ったことをそのまま口に出した。  杏は少しだけ驚いた顔を作っていたが、暫くして表情が緩んだ。 「時々、朋也ってそんなこと言うのよね」 「わ、悪かったな」 「まさか」  クスリと笑う。  そして今度は彼女の方から顔を近づけて、 「んっ……」  唇を重ねてきた。 「好きだもん、あたしも」  なんか、不器用で駄目過ぎる二人だった。

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