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『Fellows』
 絵を描くきっかけは別にあって、特に画家になりたいと強く願ったわけではない。  他にこれといった取り得もなく、どうせなら絵で食べられる身になれたら他の生き 方を選ぶよりもいいだろうなあというぐらいの、必死になって画家を目指している人 に対しては申し訳ない程度の気持ちだった。  だから画壇の寵児とある専門誌に書かれて以来、オレに対してはその呼び名が定着 した感があるが、自分でも否定できないでいる。  はっきり言って恵まれていたのだと思う。  生まれついてのものもそうだが、周囲と運に。  こんないい加減なオレを応援してくれ、支えてくれた大勢の友人知人に大恩人と皆 がいてくれたからこそ今のオレがいる。  そんな皆の期待を裏切らないためにもと言えば傲慢だが、がっかりさせないように 頑張ろうというぐらいの気概はあった。  一度は挫折しかかった絵への思いを取り戻してからは、絵を描くこと自体の楽しみ を忘れないようにしながらも、昔以上に一枚一枚真剣に取り組み続けている。  それでもやっぱり今ぐらいの身で、絵だけで食べていけそうな勢いがあるのは純粋 に運だろう。児童コンクールに応募すればするだけ入賞を重ねた実績はあるが、だか らイコール将来を約束された絵描きになれるわけではないと思う。  そう思うからこそ驕りはない。  好きなことを好きなように励みながら、できることを精一杯やっていくことで、こ れからも頑張れるだけ頑張ろう。そんな言葉にすると嘘臭いぐらいの気持ちで今の画 家という生活を続けていた。 「‥‥そうなんだよな。オレ、画家なんだよな」  画家というと、自宅を改造して作った大きなアトリエでパイプでも銜えながら、優 雅に寛いでいるイメージがあるのだが、おかしいだろうか。実際、オレにとって恩人 でもあり大先輩でもある美咲画伯なんかはそんな感じだ。  なのに今のオレときたら、 「何で箒で広い境内を掃除なんかしてますか?」  一昨日までは遠くフランスで、通訳と顔見知りの画商だけを味方に大勢の外国人を 相手に展覧会に引っ張り出されていた身としては、この扱いはどうかと思う。昨日は 空港でやっぱり日本はいいなぁと在り来たりな感想を漏らしていたのは嘘だったのか と思うぐらいに、そこいらのアンチャンだった。  それというのも、 「ほら、そこ愚痴らない。手を動かす」  すぐそこにいる巫女さんのせいだったりする。 「どうせ身体鈍ってるんでしょ? 少し動かしておきなさい」  おフランス土産を持って恭しくこの御薗神社に行ったのが運の尽き。土産のお返し 代わりにそんな言葉と共に渡されたのが、愛想も何もない箒の一つでは溜め息も出る。 「はぁ‥‥」  幸い、今度は距離が離れていたせいで聞こえなかったらしい。  今日も変わらず真面目にお掃除に励んでいるのは、この御薗神社の現在の主である 御薗瑠璃子だ。学生時代から付き合い始めてもう6年かそこらになるだろうか。 「‥‥」  掃除をしながら、雲ひとつない青空を見上げ、目の前に聳え立つ建物を見上げた。  長い石段を登り大きな鳥居を潜ったところにあるこの御薗神社は、神社仏閣の類が 多いこの町の中にあっても、歴史知名度共にトップクラスの由緒正しい神社だ。なの にそこの一人娘であられるあそこで掃除を続けている彼女はまじないやその手のこと を一切否定する人なのはどうだろう。お御籤やお守りの売り上げ、お賽銭などに彼女 の不信心は影響していたりしないのだろうかとか、時差ぼけが残った頭で考えていた。 「ふぅ‥‥」  不信心というか非科学的なことを信じないというのは、信じ込んで背負い込んでし まった人間が身近にいたことで逆にムキになってしまったのが原因だった。  その自分は呪われていると思い込んでいた人こそ、彼女の従姉妹の君影百合奈先輩 で、彼女がオレに絵を描いて欲しいと言って来た事がきっかけになって、オレたちは 知り合うこととなった。百合奈先輩は現在生まれつき悪かった心臓の手術を受けて元 気にやっている。 「大輔、終わった?」 「あ、ああ。あとちょっと‥‥」 「そう? だったら先にお茶の用意でもしておくわね」 「サンキュ」  あとちょっとも何もさっきから殆ど進んでいなかったのだが、わざわざ見には来な かったので、適当に切り上げることにする。外の掃除なんかどうやったって完全に綺 麗にする暇もなく落ち葉やらなんやらが落ちてくるので目立たなければいい。学園の 外掃除の頃と何ら変わらない思考で目立つところだけ掃いて終わらせると、竹箒を仕 舞うべく移動した。 「昨日親戚のおばさんが来て何か沢山置いていったんだけど、食べる?」  こんなに一杯貰っても困るから断ってるのにいつも持ってくるのよね―――と、苦 笑しながら、甘菓子の袋を持って来た。時間的にもおやつの時間としていい頃合だろ うか、二人して社務所の裏側にある縁側で適当に甘菓子を広げながら熱い緑茶を啜る。  二週間かそこらぶりの再会だというのに、こうしていると実に何も変わりがない。  一昨日までの慌しい日々が嘘で、ずっと前から二人でここに居続けたんじゃないか というありえない妄想すら浮かんでしまう。 「もうすっかり春らしくなってきたなあ‥‥」 「そうね。ここにいると季節の移り変わりは良く分かるわね」  今日もまた、取りとめのない雑談に終始する。  オレは出先で起こった出来事を、彼女はここで迎えた出来事を。  互いにのんびりした感のあるオレ達だが、内実はそうではない。  オレは特に困るようなことはないのだが、御薗神社の跡取り娘である瑠璃子の方が ややこしい身の上だ。御薗家としては彼女にはそれなりの家を選んで是非婿を取って 貰って、二人で神社を継いで貰いたいという目論見があったせいで、神社に縁も縁も ないオレという存在は実に困るらしい。  古い家柄の弊害で古い考えの人間も多く、御薗の親族の中には画家という職業に対 して偏見を持つ人間も少なくないようだ。毅然とした瑠璃子の態度と大分理解のある 彼女の両親がいたからこそ、オレ達の交際は今まで上手くやってこられた。オレとし ても向こうの家の事情に口を挟むことは出来ないからと精々自分の頑張れることを頑 張っている。幾ら賞を取っても絵の賞では連中に対しては意味がないと思っていただ けに、先月受賞が内定した市民栄誉賞は本当に嬉しかった。地元密着型の親戚達にと って海外で賞を取ったり国際的に評価されるよりも効果は敵面だったらしく大分風向 きも変わってきていて、今では絵を描くだけならいつだってできるだろうから、宮司 になりながらどうだというぐらいに軟化してきているらしい。  実のところ、それもいいかなと少し思っている自分もいる。どちらにしろまだ他に も幾つもの難関があるし焦ることはない。どうせ元より前途多難な道行だ。 「そう言えばこないだね‥‥撫子の生徒が神社に来てたわよ」 「ふうん‥‥でもそれって別に珍しいことではないだろ」  オレと瑠璃子が通っていた母校、私立撫子学園はオレの義理の妹の親友でもある少 女が学園理事長に就任して大分改革が進んでいるらしい。オレが絵について悩むきっ かけになった学園長が更迭されたというだけでなく、才能を伸ばせるように支援する 役目としての学園として生まれ変わらせたのだそうだ。詳しいことは知らないが、今 あそこに通っている生徒は幸せだと思う。 「そう言えばオレも昔、百合奈先輩にここのお守り貰ったっけ」 「そうね‥‥そんなこともあったわね」  それを見ていた瑠璃子―――当時は御薗先輩と呼んでいた彼女に、「そのお守り、 多分効かないわよ」と声を掛けられたことがオレ達が出会ったきっかけだった。随分 と歪んだ出会い方だと今でも思う。その事を言うと、 「いきなり現れてヘンなこと言う女だと思ったでしょ?」  彼女もまた、あの時のやり取りを思い出したらしい。 「いきなりで、びっくりはしたけどな。それにその‥‥百合奈先輩に呪いがどうって 言われたのが先にあったから」  インパクトという点で言えば、百合奈先輩との出会いに勝るものはない。 「あの時は、君影さんのことで私も随分ムキになってたからね‥‥」  自分でも忸怩たるものがあるのか、単にオレに思い出されて恥ずかしいのか、言葉 を濁す。 「でも‥‥まさかあのキミとこんな風な関係になるなんて、考えもつかなかった」  一応、児童コンクールを総なめにしてきた特体生として彼女はオレを知っていたよ うだったが、学年も違うことからそれまでに接点はなく、百合奈先輩のことがなけれ ばきっとそのままだっただろう。 「縁は異なものというけど、本当に皆ヘンだったわよねぇ」 「オレもかよ」 「キミも十分ヘンだったわよ。でなければ今こうして私の前にいないわ」  凛と澄んだ声で言い切った。こんなところは当時から少しも変わることはない。 「百合奈先輩は最近どうしてる? 時候のあいさつとかお祝いなんかではこまめに手 紙とかくれたりするんだけど、もう大分長いこと会ってないからさ」  本来ならそれすらなくてもいい関係だ。この辺は百合奈先輩の性格だろう。彼女の 呪いとやらを結果的に解いたことでオレにも深く恩義を感じてくれているらしい。 「彼女は就職してからは忙しいのか、ここで会うことはあんまりないわね」  聞けば、親戚一同で会する機会では会うらしい。何でも彼女は年寄り受けがいいら しく、オレと瑠璃子との関係に対しても自発的に根回しをしてくれたりしているとの ことだ。 「ふうん、そうか‥‥今度礼状出す時にでもそのことでもお礼言わないとな」  実際会えればもっといいのだが。 「そうね‥‥年末年始の席とか機会があれば‥‥て、そうそう。話が随分と逸れちゃ ったわね」 「あ、すまん。ええと‥‥撫子の生徒がどうって話だっけ?」  どうもここにいるとのんびりとしてしまう。いや、今のはオレが脱線させてしまっ たのだが。 「それがねその娘、年明けの時にも来てたんだけど‥‥その時の連れとあなたの話、 してたのよ」 「‥‥ああ、なるほど」  自分の描いた絵を多くの人に評価して貰ってこそ成り立つ画家という商売柄、避け ては通れないところだが未だに誉められることに慣れない。形ばかりの賛辞ならとも かく、熱心なファンの声というのは嬉しい反面、どう向き合っていいのかという部分 でいつも迷うところがあった。それについてはアマチュアの気分が抜けていないのだ と、美咲画伯に喝破されたこともあった。 「‥‥でもまあOBだし、割り引いて考えないと」  OBと言っても、あの時と一緒なのは校舎ぐらいかも知れないが。 「謙遜というより、それは穿ちすぎよ。キミの絵が素晴らしいのは昔からじゃない」 「絵だけは、自信があるからな」  賞を取る為だけに絵を描かされて、絵を描くのが嫌になったことはあったが自分の 絵が嫌になって躓いたことはない。 「女の子の方はハーフでしょうね。サラサラのブロンドに、目鼻立ちも整った白い肌 に青い目の美少女。多分、新一年生でしょうね。鷺ノ宮さんが学園長になってから各 方面でのスカウトが全国に飛んでるって話だから‥‥てっきり彼女はモデル志望とば かり思ってたわ。まあ恋ちゃんがなったのは別に学園と関係なかったけど」 「ああ」  親同士が再婚したことで義理の妹となった恋こと桜塚恋は、卒業後はモデルとして オレ以上に活躍している。日本人という民族や体型などの様々な考えられるハンディ キャップをものともせず、物怖じしない性格と密かに努力家なところから最近では世 界に通用するぐらいになろうとしている。  さっき瑠璃子にも向こうでの出来事の話題の中で話したが、フランスに行っている 際に向こうで仕事をしているあいつと、やっぱりパリに仕事で来ている藍ちゃんと三 人で会って食事をしたりしていた。藍ちゃんの手配のお陰ですっかりゴージャスな気 分を味わえたが、それを差し引いても久しぶりの義妹との再会だった。  両親はプロカメラマンでオレは画家。義妹はモデルで、その親友は財閥令嬢で学園 の理事長職を務めながら、海外では名の知れたバイオリニストと来ている。我ながら バービー人形の一家かと突っ込みを入れられてもおかしくないぐらいに、無茶苦茶な 構成だった。周囲はともかく、オレと恋はこの数年でここまで一気に上り詰めてきた わけでこればかりは未だに実感がない。 「けど、今あそこって何でも才能があれば特体生として入学させてるのよね。ハーフ だけあってか彼女、手足も長ければ腰も折れそうなほど細くて‥‥なんか妬けるとい うより別次元の存在のようで却って容姿体型は気にならないタイプね」 「へーえ」  敢えて気のない返事をする。瑠璃子は嫉妬深いタイプかどうかは分からないが、そ こで興味深そうな顔をすることは避けた方が無難だと、以前藍ちゃんに指摘されたこ とがあったからだ。ただオレの周囲は何故か昔から美人率が高いせいか、それなりの 美人では驚かないのではあるが。 「そんな子がおみくじで大凶引いて真剣な顔して悩んでたんだもの。つい面白くて見 蕩れちゃって」  オレの内心の葛藤やら気遣いやらに今度は気がついた様子もなく、その時のことを 思い出しているのだろう可笑しげに瑠璃子は笑いながら、だからよく覚えていたのだ とオレに話した。 「さぞかし意地悪なことでも言ったんだろうな」  気がつかれなかったという気分もあってかその笑顔につられるように、つい余計な ことを言ってしまう。 「‥‥大輔?」 「ごめんなさい」  ものすごく怖いです、その笑顔。  嫉妬深いかどうかは知らないが、怒ると怖いのは骨身に染みて知っていた。  瑠璃子も本気で怒っていたわけでは勿論なく、すぐに表情を戻して軽く拗ねたよう に話を続けた。 「もう‥‥思ったことを言っただけよ。信じる信じないは個人の自由だけど、おみく じなんかに振り回されるのは格好のいいものじゃないって」  確かに正論ではあるが、そのおみくじを売っている側が言っていいものだろうか。  今は瑠璃子がこの御薗神社を預かる格好になっているわけだが、彼女の代で潰えた りしないか心配になる。いや、心配しても仕方がないというか、オレがどうするかで 大分その辺は変わってきそうな運命ではあるのだが。 「その娘が暫くしてかな、今度は一人で来てたからちょっと声をかけてみたの」 「ふうん。それで?」 「その子、画家志望だったの。それも何でもパリ分校へ留学を進められた程の逸材ら しいわよ」 「‥‥へえ。それは凄いな」  今、藍ちゃんが行っている撫子のパリ分校に誘われたと言うことは、ほぼプロにな ることが可能なところまでいるということだと、何故か先日向こうで会った恋から自 慢交じりに言われたばっかりだった。 「あー、‥‥もしかしてその子、桜花展銀賞の鳳仙エリスかな」  フト雑誌か何かで読んだ記事を思い出す。確か撫子在学生で期待の新人として特集 されていた少女が、確か外見面でも持ち上げられていた。 「名前は聞かなかったけど‥‥あ、そうよ! 確かお御籤引いてた時、一緒にいた彼 がエリスって呼んでた!」 「へぇ‥‥そっか。じゃあ、縁があれば会うこともあるかもしれないな」  彼女が画家としての道を歩むつもりなら、いづれはそういう機会はある可能性は低 くない。 「そうなんだけど‥‥その彼と別れるのが嫌だって悩んでた」 「一緒に住んでるってことは、付き合ってたりするのか?」 「それが少し複雑みたいで、違うみたいね。本人は相手のことを好きだって思ってる のは聞いててわかったけど‥‥」  お兄ちゃんと呼んで慕っているが、従兄なのだそうだ。 「あまり人のことに立ち入るのもどうかと思ったのだけど、あんな思いつめた顔で神 社にいられるとどうしても放って置けなくなって‥‥何となく分かるでしょ。もしま たここに来るようだったらキミからも話聞いてあげたらって思って」  お節介というよりも、そんな落ち込まれた顔で神社に来る人を見るのはこっちだっ て辛いのよ。掃除もし辛いしと、言い訳のようなことを付け加える。  そんなことをわざわざ言う彼女にオレは苦笑する。親切を親切と思われるのが嫌な 性格なのだろう。 「もう‥‥なんか、ヘンなこと言っちゃってるわね」  お茶と菓子を載せたお盆を脇にずらした。 「ちょっと浮かれてるのかも知れない。認めるのは癪だけど」  再会の時には聞けなかった本音。 「ずっと放っておいて‥‥ゴメンな」  そして言えなかった台詞。 「私‥‥甘えるの、下手みたい」 「知ってる。オレばかり甘えてるから」  仕事だからというだけで、ずっとこうして離れ離れが続いていた。オレにとって大 事な時期だからということは彼女も知っているから、快く送り出してくれていること に甘えさせてもらっていた。  ずっとこの場所でオレが帰ってくるのを一人で待ってて、寂しくない筈がない。  オレは自分で選んだことだから、忙しく動いていたから、旧知の人と会ってたりで きていたから‥‥その間、家族親戚に神社の後継について言われながらもただずっと 瑠璃子はオレの帰りを待ち続けてくれていた。 「一ヶ月ぐらいだったのに‥‥凄く長く感じられたわ」  彼女がオレのすぐ側に身体を寄せてきた。  もたれ掛かる頭を胸の上で支える。  心地よい重みが伝わってくる。 「泣き言を言う女じゃないつもりだったけど‥‥知らないうちに弱くなってたみたい」  肩に手をかける。  心地よい温もりが感じられる。 「キミの顔見たら、凄く感情が揺れて‥‥」  艶やかな髪からは、微かにシャンプーの匂いがした。 「今は、こうしてるとすごく安心してる。ねえ、大輔‥‥」  顔を上げて、こちらを見上げていた。  オレを映し出す瞳が微かに揺れていた。 「ん‥‥んん‥‥」  瑠璃子の方からキスを迫ってきた。 「‥は、ぁぁ‥‥」  触れ合った唇はやけに温かかった。 「ん‥んん‥あ‥んむぅ‥」  口の間からはちゅうちゅうと吸い合う音が漏れる。 「はぁ‥‥は、あ、ぁあ‥‥」  なかなか上手く息をすることが出来ず、キスを続けながら息を荒げてしまう。  彼女の吐息からも艶めかしさが感じられた。 「あ‥‥んぁ‥‥く、ぅぅ‥‥大輔‥‥」 「瑠璃‥‥子‥‥っ‥‥」 「あ、んぁぁっ‥‥あ、んあ、んく‥はぁぁ‥‥」  唇を押し付けあいながら、息をしながら、互いの名を呼び合う。  ちゅううと音と立てたのを最後に、唇が離れた。 「あ‥‥」  離れたことを、すごく寂しく感じてしまって思わず声が漏れていた。 「ふぅ‥‥」  そして目の前の彼女はすごく色っぽく息を吐く。  濡れた唇が煽情的だった。 「んっ‥‥」  その唇に誘われるようにして、もう一度瑠璃子と唇を重ねた。  今度は彼女の唇を優しく吸い、舌を伸ばした。  応じるようにして彼女も舌を受け入れ、向こうからも舌を絡ませてきた。  舌同士で互いを確かめるように、夢中で求め続ける。 「はぁ‥‥はぁ‥‥」  二度目に離れた時はさっきよりも、息が荒くなっていた。 「大輔‥‥私‥‥」 「ああ。オレも‥‥ずっと欲しかった」  これ以上彼女一人に追わせたくなかったし、何よりその言葉は本心だった。  向こうにいる間、彼女を忘れたことはない。 「‥‥瑠璃子」  自然と肩を掴んでいた手が、彼女の身体を押していた。バランスを崩して板張りの 縁側に横たわった彼女にオレは被さるように抱きついていた。 「え‥っ? きゃ‥‥っ」  そのまま情欲に突き動かされるままに、彼女の着ていた巫女服に手を掛る。 「え‥‥? ち、ちょっと‥‥」  そんな風に戸惑いながらも、抗いきれてない。キスはしたけどここで抱かれるとは 思っていなかったのだろう。 「そんないきなりに‥‥」  奥でと言う声がしたが、聞いてやらない。構わず首筋に唇を押し当てながら袴の帯 を指先だけで探り当てる。 「‥‥馬鹿」  耳まで赤く染めて呟くが、まさぐるオレの手は止めない。  口先ばかりなのは、期待していなかったわけではないことの証明だ。  むしろ弄りやすいように自分から手を添えて腰帯の結び目を緩めてくれていた。 「瑠璃子‥‥」  結び目を解き、赤い袴を膝までずり落ろす。 「んっ‥‥くぅん‥‥」  首筋を強く吸うと、ぶるると身体を振るわせた。  跡が残るかもしれないという危惧よりも、欲望が容易く打ち勝つ。  緩んだ白衣の中に手を差し込んでこちらは手際よく和装ブラを剥ぎ取った。  前がはだける。 「あっ‥‥んあぁ‥‥っ」  抱え込むようにして抱きしめると、触れたところから彼女の体温が伝わってくる。  想像以上に、熱い。 「―――したい。すごく、したい」  以心伝心の通用しない異国にいたせいか、単に余裕がないだけなのかストレートに 自分の思いを伝える。  好きだから、抱きたい。 「そんなにがっついて‥‥」  彼女のはだけた巫女服の下から見える白い肌のなだらかな起伏にオレの視線は釘付 けになる。  厚手の衣装の下から覗く柔らかそうな身体に、下半身が反応して充血していくのが 分かる。  当然と言うか向こうではすっかりご無沙汰で、彼女としたいという気持ちはあるが ここまで抑え切れないものとは思っていなかった。 「馬鹿、どこ見てるの」  羞恥半分期待半分というところか。  性行為だけはいつも受身になる彼女だから、主導権はいつもオレにくれている。 「あ‥ぁ‥‥やっ‥ん!」  露わになっていたそのバストに手を伸ばし、細やかな肌の感触を味わう。触れた瞬 間びくりと身を振るわせた彼女は、指先を滑らすと弾けるような声を漏らした。 「‥‥あはっ、あっ」  そのまま手の平でその豊かな乳房を掬い上げながら、弾力と重量感を満喫する。 「っく‥‥もっと強く‥‥」  恐々と指を埋めるように動かしていると、顔を微かに歪めながらそう言ってくる。 「駄目」  恐る恐ると触るような愛撫を続けたまま、中央の固くなり始めていた突起を軽く口 に含んだ。一種のフェイントに近い行為だった。 「きゃっ‥‥大す‥‥んぁぁ‥‥っ!」  いきなりのことで見せる、過敏な反応。  仕掛けの成功を確信しつつ、オレは口に中でツンと勃った乳首を吸いながら、舌で 転がすようにして舐める。  瑠璃子は身体を強張らせて、耐えるようにして唇を噛み締めようとするが、 「あぁ‥‥っ」  抑え切れないようだった。  そのまま乳首を吸いながら、手を伸ばしてもう片方の乳首を弄るようにして摘んだ。 「ん‥‥っ あ、はぁっ‥‥ぁ‥‥はぁ‥‥ん、んぐっ‥‥」  コリコリとした感触を指の腹で味わったり、摘んで軽く引っ張ったりしていると、 彼女は耐えようとしているのか息を押し殺して抵抗する。その抵抗を突破する為に、 オレは更に唇で乳首を咥えて締めつけると強く吸った。 「ん、んぁぁぁぁっ‥‥」  一緒にもう一方の乳首を抓るように摘んだせいか、悲鳴に似た声を上げて抵抗する ようにオレの身体を押しのけようと力を込めた。が、口と手で押さえつけた状況は変 わらず、舌先で嬲るように乳首の先端で擦り付ける。 「あっ、んぁ、んぁぁ、ぅぅ‥‥!」  両手でそれぞれの乳房を改めて持ち上げるように掴みながら、捏ね回した。 「はぁ、んはぁっ‥‥や、ぁぁぁっ」  何度となく愛撫してきた彼女の胸。  初めて触った時から数え切れないほど、その柔らかさを堪能してきたが少しも飽き ることはない。昔は乳房の奥に固いものが残っていて、痛みを感じることもあったよ うだが、今はそんなことはない。多少強めに揉みしだいても大丈夫だとわかっている ので遠慮はしない。 「んぁ‥‥はぁ、はぁ‥‥んきゃぁぁ‥‥んんっ!」  乳を搾るように吸い上げながらも体中が燃え盛るように熱く、頭がジンジンと一つ の原始的な感情を突き上げ続けてくる。  駄目だ。  もっともっとしたいのに、自分が保てない。我慢が効かなかった。 「くっ‥‥」 「んんぅ‥‥んあ、はぁ‥‥」  歯噛みしたくなる気持ちを抱えながら、吸い付いていた乳首から身体を離すと、苛 立たしげにズボンのベルトを緩めにかかった。  もう繋がることしか考えられなかった。 「あ‥‥す、凄い‥‥」  ズボンのジッパーを下ろした時にはオレのモノが飛び出していた。勃起した際にト ランクスの前の穴からこぼれ出していたようだ。 「溜まってたから」  先っぽが鈍く濡れている。それどころかトランクスも既にところどころ垂れ落ちて いた液体で冷たく濡れているような感じがした。 「瑠璃子‥‥」  先輩と思わず続けそうになって苦笑する。何故かこんな時にはいつも昔に戻ってし まいそうになる。 「‥‥」  繋がりたい。  ひとつになりたい。  欲望がこみ上げてくる。  もっと触りたい。  喘ぎ声を聞きたい。 「大輔‥‥」  一瞬だけ躊躇った素振りを見せたが瑠璃子は、 「うん‥‥」  こくりと頷いた。  白衣を改めて脱がせて横になった彼女の背中に敷いた。  そしてそのまま両足を肩に掛けて持ち上げるようにして、股を開かせる。 「ん‥‥んくぅぅっ」  羞恥に耐えるためなのか、彼女の押し殺した声が耳に届くが、オレの視線は彼女の 下半身から動くことはなかった。 「ぁ‥‥ん‥‥あ‥‥っく‥‥」  指を這わせることもなく、舌を差し入れることもなく、ただ見つめているだけでそ の白い肌と薄い毛の下に赤く咲いたスリットは見る見るうちに蜜が零れ落ちていく。 「これだけ濡れていれば‥‥いいよな」  彼女に告げるというよりも、自分に言い聞かせるように呟くと、 「う‥‥くぅ‥‥っ」 「え‥‥ふあ、あ、んあああぁぁぁぁぁ――――っ」  思わず漏れた自分の声と、彼女の引き伸ばされた声が同時に流れる中で間断なく、 熱い膣の中に一気に挿入した。 「あ‥‥あう‥‥」  一息に根元まで入れた瞬間、それだけで達してしまいそうになる。  がくんと崩れそうになる身体を繋がった箇所で押さえ込むようにして腰を落とした。 「んぁぁ、はっ‥‥」  その動きに反応して彼女の首ががくんと跳ね、背を仰け反らせる。 「はぁ‥‥はぁっ‥‥あっ‥‥」  擦れ合いぶつかって淫らな音を奏でる。  彼女の身体が自然に撓れ、まるで電流が流れたように強張るのがわかる。 「んぁ、あああぁ‥‥んんっ‥‥」  一度引き抜くほど腰を引いてから再び一気に奥まで挿入し、ぎりぎり奥まで突くよ うに腰を擦り付けて小刻みに震える。彼女の太股に手を当てつつ、抱き寄せて身体を 繋ぎ止める。 「あっ‥‥、あっ‥‥」  そのまま力強く、抉るように彼女を突き上げていた。  結合部から漏れ出す卑猥な音が殊更強調するように耳に届く。 「ふぁ‥‥っ、んぁっ、ぁ、ぁ‥‥んぁぁ‥‥」  鼻にかかったような声と呆けたような表情の彼女を上から押し潰すように、腰を叩 きつける。  歯をぐっと食いしばり、押さえたままの両手に力が篭る。 「ひ、ひんっ‥‥あっ‥‥あん‥‥ぁっ」  汗で滑りかけた手で彼女の脹脛を押さえ込むことで、仰向けの姿勢なのに下半身を 突き出すような格好をさせて上からガツンガツンと突き下ろす。  そんな乱暴な挿入にも関わらず彼女の表情に苦痛の色はなく、むしろ肉のぶつかる 音に隠れてグチュグチュと泡立つような水音が彼女の反応を表しているように見える。 「ふぁ、あ、ひぁ‥‥ぃあ、んあ‥‥っ」  熱い膣壁を擦り付けるように挿入を繰り返し、痺れるような快感に包まれた肉棒。  ぞくぞくと張り付くような感触を腰椎と背骨に感じながら、真っ白になる頭。  溢れ出す愛液を掻き出すかのようなその刺激の強さに、焦点が定まらない瞳。  身体とは遠く離れた場所で、ばくばくとはちきれんばかりの鼓動を繰り返す心臓。  その全てが強烈な快楽を訴えかけて自分を支配し、激しく官能に翻弄されていた。 「はあっ‥‥! ぅぅあぁぁぁ‥‥っ! あ‥‥っ!」  何度も何度も繰り返して、秘部の中に深く強く突き入れる。  その度に彼女のしっとりと濡れた感触が明確に脳の隅にまで伝わってくる。 「っく‥‥はぁ‥‥んん‥‥ぅぅ‥‥」  深く熱い吐息を漏らし、彼女は身を捩る。  膣内で包んだのを感じながら、背をのけぞらせる。  そんな動きの隙に手を伸ばし、艶めきながら堅く突起したクリトリスを指先で弾く ように弄った。 「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っっっっっっ!」  その瞬間、悲鳴を上げて細い身体が大きくしなるように震え、噴出してきたのか愛 液も潮を吹くように跳ねた。 「んぁっ‥‥あ、ぅぁぁぁぁ、う"ぁ‥‥バカァ!」  泣きながら抗議する瑠璃子。  その表情と、一気に掴み取るように強まった締め付けで一気にオレの余裕が根こそ ぎ奪われていった。 「ひゃ‥‥ぁぁぁぁ‥‥っ んっ、んっ、んっ‥‥」 「んくぅぅぅ‥‥」  目と口を強く閉じて、想像を遥かに超える衝撃を堪えようと、必死で耐えていたが 限界は近かった。 「一緒に‥‥イこう‥‥」  身勝手な宣言。  けれども、その言葉を実現すべく腰の蠢動が一層激しく大きくなっていった。 「ぁ、ダメ、もう‥‥あ、あ、ああ、ああああ、んぁっ、あ‥‥」  絡み合うというよりもつれ合うように。  睦み合うというより紡ぎ合うように。  オレと彼女は、擦り付けあいながら強く抱き付き合った。 「くっ‥‥くぁぁぁっ‥‥うっ‥‥」 「ああっ‥‥い‥‥いぁぁ‥‥! あぅ‥‥あああああぁぁぁぁぁぁ――――っ!」  二人は汗を振り乱しながら、絞るような声と共に絶頂を迎えていた。 「はぁ、はぁ、はぁ‥はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」 「う‥‥はぁ‥‥」  荒い息を整えながら、弛緩した身体を彼女のすぐ脇に横たわらせる。 「ふぅ‥‥」  隣で彼女の切なげな溜め息が聞こえる。横目を使うと、放心したようなやや虚ろな 眼差しを宙に彷徨わせていた。  久しぶりと言うことで乱暴過ぎたかも知れない。  全てが終わってからそう思っても意味のないことだと知りながらも、満足感の中に 罪悪感が混ざっていた。 「バカ‥‥」  その言葉は勢いのままに蹂躙したオレを責めるものか、こんなことを考えているオ レを嗜めるものか、どっちにしろひどく優しかった。  こんな風にオレ達が余韻に浸っているといきなり外から人の気配がした。 「あの、すみませーん。誰かいませんか‥ー」 「「なっ!?」」  外から呼びかけられる声に二人揃って、跳ね起きる。 「変です。確かに人の声がこっちから‥‥」  そう呟きながら、近づいてくるのがわかる。  境内からこの縁側までは普通は人が入ってくることはないが、人を探しているので あれば話は別だろう。 「ちょ‥‥大輔出なさいよ!」 「え、オ、オレがかよ」 「私が出られるわけないでしょ!」  瑠璃子の言葉に彼女の全身を改めて眺める。  脱ぎ散らかした衣装で身体を隠すだけのままの格好だ。 「‥‥確かに」 「いいから早く!」  促されるまま、ズボンを履きなおしてベルトを締める。  チャックを上げながら、 「はーい、ちょっと表で待っててください!」  近寄ってくる相手に声をかけた。 「あ、はい‥‥」  若い女の子の声でそう返事が返ると、遠ざかっていくのがわかった。 「ふぅ‥‥」 「ちょっとかかるから応対してて。お神籤とかお守りとかの値段はわかるでしょ?」 「ああ」 「だったら早く!」  せっつかれるようにして、追い出された。  やれやれ、せわしないことだ。  もう一度自分の身繕いを軽くチェックして、境内の方へ向かった。参拝客なのか女 の子が所在無げに立っているが見える。綺麗な黒髪が微かな風にたなびいていて、ち ょっとした絵の光景に見えなくもない。 「おっと」  見とれているわけにもいかない。 「すみません。ちょっと神社の人は今手が離せなくて‥‥」 「あっ‥‥」  その子がこっちを見て、両手を口に当てるのが見えた。  何だ、何かオレしくじったか?  慌てて自分の服装を見るが、そんなことにも頓着せずに彼女は駆け寄ってきた。 「もしかして‥‥麻生さん、ですか?」  その声に彼女の顔を見ると、彩の妹の美咲菫ちゃんだった。 「あ、菫ちゃん。久しぶり」 「驚きました。こんなところで会うなんて」 「確かにそうかも知れないな」  彼女とは美咲画伯の家、つまり彼女たちの家でしか会ったことがない。外で会うの は初めてのことだ。 「ええと、どうして‥‥」 「ああ、ここの関係者と知り合いでね。今もちょっと力仕事を手伝ってたんだ」  だから汗臭いかもしれないけど、ゴメンねと誤魔化しの言葉を述べる。それ以外の 臭いは気付かないことを願うしかない。けれども幸い菫ちゃんはあまり追求せずに、 オレとこんなところで会えたことにただ驚いているだけのようだった。 「あ、先日招待して下さった展覧会、見に行きました」 「あー、彩と一緒に?」 「いえ、姉はちょっと九州の方で父の手伝いがあって行けなかったので、その代わり にと」 「そうなんだ。わざわざありがとう」 「いえ、そんな‥‥」  お礼を言うと、多少俯きがちになる。この姉に似ない清楚とした初々しさを前にす るとちょっとした悪戯をしたくなる。それに下手な追求を避ける為にも、ここは目一 杯時間を稼いで置くべきだろう。 「そう言えば、何でも付き合っている人がいるんだって」 「え‥‥ええっ!?」  案の定、俯いた姿勢から上げた顔は真っ赤になっていた。 「こないだ都内のパーティーで美咲画伯に会った時にその話が出てね‥‥」 「も、もうお父さんったら‥‥」 「ははは」  こう見えて思い立ったら強引で思いつめたところがあるというのが彼女の父親、美 咲二郎画伯の娘評だが、彼女の恋愛もそこら辺と関係しているのかも知れない。 「それで、どんな人なんだい?」  100%興味本位で聞いてみる。 「その‥‥」 「言い辛ければ別にいいんだけど」  言い淀んだのは羞恥なのか、戸惑いなのかよくわからないので一応そう言ってみる。 「何事にも不真面目で、とても捻くれた人です」 「へ?」  えーと、第一声がそれ、か?  薫ちゃんとはそれほど付き合いがあるわけではないけど、こうもはっきり言うのは 初めてのような気がした。 「いつも意地悪なことばっかり言って私を困らせるんです」 「そ、そうなんだ‥‥」  どう答えていいのかわからないぞ。 「麻生さんから何か言ってやって下さい」 「いや、下さいって言われても‥‥」  会ったこともないし。 「あとすぐムキになったり、強情なところや、図星を突かれると煙に巻こうと必死に なったりするところとか随分と困り者です」 「いや、そんなことまで言われても‥‥」  オレにどう答えろと言うんだ。 「私が知り合った頃のあの人は‥‥自分が好きで大事だったものに裏切られて、深く 傷ついていて‥‥そうですね、拗ねていました」 「あの‥‥ええと‥‥」 「自分の絵に対して、褒められることを嫌がっていたんです。諦めよう忘れようと思 っていたことを再燃させられることが怖くて‥‥」  こんなに喋る子だったのか。見かけによらないというか、確かに美咲画伯や彩の言 う方が正しいのだとわかった。 「でもどうしてそんな話をオレに?」  ちょっと話が途切れたのを幸いに、そう切り替えした。 「あの人が好きだったのは姉さんと、麻生さんの絵だったんです」 「え、そ、そうなんだ‥‥」 「そう言えば、かなり良い絵を描くって画伯も仰ってたな」  彼女の父親は自分で絵を描くこと以上に、人の絵を見るのが好きな人だ。その上好 みがうるさいので、嫌いな絵には目もくれず画壇では一部煙たがられているぐらいの 人だ。オレは結構気に入られていて、彩のこともあって親交も深い。 「はい。学園で美術教師をしていて‥‥」 「なるほど、その縁で」 「いえ、でも私と先生が知り合うきっかけにはあまり絵は関係なかったのですけど」 「‥‥へ?」  なんだか複雑な事情があるような感じだった。 「はっはっは。随分と言いたい放題言ってくれているようだな、美咲」 「あ、先生」 「ん?」  オレの背中ごしの声に反応して、菫ちゃんの表情が明るくなる。  あんまり喜怒哀楽を顔に出す子じゃないと思っていただけに、さっきの表情といい 今の顔といいその変わり映えに驚かされる。 「先生。こちら、麻生さんです」 「え? あ、ああどうも‥‥麻生大輔です」  これまたいきなり紹介されるのもどうかと思うが、成り行き上仕方がない。 「あ、麻生画伯?」  驚かせてしまったようだ。 「撫子学園で美術を教えている上倉と申します」 「ああ、撫子の‥‥」  菫ちゃんの学校は撫子学園なので、そこの美術教師なら当然そうなるだろう。そう 言えば撫子は今、紗綾さんが藍ちゃんの代わりに学園長代理をやってたっけ。あの人 とは少し顔を合わせ辛いところがある。  何と言うか‥‥年上の人に向かっていう言葉ではないが、懐かれてしまった。  初めて会った時にはどうもずっと観察しているような素振りも合ったのだが、何度 か会う機会が増えるたびに、弟扱いされるようになってしまった。  流石は藍ちゃんのお姉さんというか、鷺ノ宮家の人はみんなこうなのかと思うとな かなか剛腹な一家だ。でも彼女には悠姉さんのような感じもあってくすぐったいよう なところもあるが嫌いではない。 「麻生画伯の絵はほとんど全て拝見させていただいてます」  美大を出てすぐということならオレとおない年ぐらいだろうか。  少し老成した感があって、イマイチ印象が掴み辛い。 「それは恐縮です‥‥というか敬語はできましたらやめて下さい。そんな大層な人間 じゃないんで」 「麻生さんは画伯とか先生とか言われるのはあんまり好きじゃないんですよね」 「ガラじゃないと思ってますよ」 「あ、いやでも‥‥」 「ふふふ、先生。緊張してる」 「こら、美咲」  菫の頭を叩く振りをする上倉と呼ばれた菫ちゃんの恋人と、おどけたまま頭を手で 庇う仕草をする彼女のやりとりを見ていると自分の学園時代を否応なく思い出す。  思えば学園を卒業してもう5年。  鷺ノ宮財閥が学園を買収して、藍ちゃんが理事長になってからは内外共にかなり手 を入れたらしいが、懐かしい母校であることには変わりはない。 「先生ったら、賞味期限切れのティーパックで紅茶を淹れるようなズボらな人なんで すよ」 「はは、おかげで紅茶の正しい淹れ方を教わりましたよ」  喋っている間にふと思い出したので聞いてみる。 「あ‥‥もしかして桜花展で銅賞を取った上倉浩樹さんですか」 「え、ご存知でしたか」 「そうか‥‥あのモデルやっぱり菫ちゃんだったのか」  あの絵を見た時‥‥といっても関係雑誌の記事で見ただけだが、誰かに似てるなと ずっと引っかかっていたのだが、ようやく疑問が氷解した。 「柳にはかないませんでしたけどね」  適わないというのは、柳画伯のことか? 「先生は金賞の柳画伯や銀賞の鳳仙エリスさんとも付き合いがあるんですよ」 「へえ‥‥」  オレたちみたいなものかな。あそこまで周囲皆有名人ではないだろうが。 「でも、審査員の方々も書いてましたがどれも良い絵でしたよ」  これは世辞ではない。海外の雑誌にまで取り上げられたぐらいだ。特に銀賞受賞者 は現役学生ということで特集も組まれていた。 「従妹が見ていてとても暖かな気持ちにさせられる絵をと思いまして‥‥」 「ひどいですよね。私のことを描いておきながらそんな風に思っていたなんて」  菫は文句を言いながらも、顔は笑っていた。 「従妹さんがそのエリスさんなんです」 「へぇ、そうなんですか」  何やら面白そうだ。 「お待たせしてごめんなさい。当神社にはどういう御用‥‥あら」 「あ」  新しく着替えてきたのか再び巫女服を着てきた瑠璃子が現れると、上倉さんが彼女 の顔を見て驚きの表情を作った。 「お知り合いで?」 「先生?」  菫もオレ同様に怪訝な顔を向けた。 「ええ、その‥‥」 「今日はまた違う子を連れて‥‥」 「違う違う!」 「‥‥先生?」  菫の声が微妙に変化する。ああ、何か他人事に感じられないなあ。 「参拝に来た時はエリスとで‥‥」 「まあ何やら事情があるようですし、落ち着いて改めて話でも」  助け舟を出すふりをしてわざと話を引っ張りながら、瑠璃子の顔を見る。  事情はわからなかったようだがオレの知り合いらしいとは判断したようで、大仰に ため息をつきながらも頷いてくれた。 「あいたたたた、待て。痛いぞ」 「詳しい話を聞かせてください」  どうやら問責は瑠璃子と会った経緯についてに動いているようだった。 「じゃあ、奥でいいかしら。縁側の方はまだ散らかってて」  そう言いながら先導する彼女の後を、抓る薫ちゃんと抓られる上倉さんが続く。  学生と教師の恋愛関係という二人の後ろにつきながら、オレはまた一つ自分の周り に増えそうな人間関係を想像する。  学園を卒業してもう5年。瑠璃子は6年。  オレ自身は大した成長もないのに、周りだけが大きく膨らんでいく。  どちらかと言えば流されっぱなしの人生。  そんなオレが自ら動いて掴み取ったものと言えば‥‥。 「大輔! なにぼんやり突っ立ってるのよ」 「ああ、悪い」 「しかもジロジロと私の方見て‥‥何笑ってるのよ!」 「すまんすまん‥‥あ」 「何よ‥‥あ」 「「大輔?」」  オレと瑠璃子とのやり取りを前にきょとんとした顔の二人がいた。  しまった。そんな表情の瑠璃子が可笑しくて笑うと軽く睨まれた。 「ええと、実は‥‥」  さてどう話したものか。  そんな風にしてオレと彼女を中心に、新たな縁がまたひとつ。                             <完>
《後書き》  麻生大輔と御薗瑠璃子の組み合わせはCanvas2では当然ではあるのですが唯一なか ったりしますが、瑠璃子さん個人の出番は会話中でのみちょろっとあったりして嬉し かったことを今でも覚えております。この作品では2の主人公の上倉浩樹の相手を美 咲菫に指定しましたが、これは100%個人的趣向によるものです。デフォルトなら メインヒロインキャラであるエリスにすべきなのでしょうが……。お蔭でDVD版未 プレイの身でありながら美咲彩に言及したものを書くことになって難儀しました。彩 というキャラはそんなんじゃないと言われたら謝る方向で。  作中のCanvasからCanvas2の時間の流れについては倦怠感さんからの情報で「設定 上は5年後、実際には6年後です」と聞いているのでそれを踏まえております。


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