『女のプライド』


「……………」
 ベッドに腰をおろして、自分の股間のモノを見下ろしてみる。
 本当に自分でも天を仰ぎたくなるぐらい、こっちの意思とは無関係に屹立してしまっている。
 他人にしてもらったほうがいいんです、とシエル先輩は言った。
 その方法まではっきりとは言わなかったけど、さっきの雰囲気からして、なんとなく方法とやらがなんであるかは読み取れる。
「――――む」
 そう思った瞬間、どくん、と心臓が脈動した。
「ばか、何考えてるんだ、俺」
 いかんいかん、と頭をふって冷静になろうと努力する。
 シエル先輩は鎮めるための手段だから、性的な意味はないって言ったじゃないか。
 せっかくロアの意識が静かになっているっていうのに、俺自身が興奮してどうするっていうんだ。
「……冷静に、冷静に」
 呪文のように繰り返す。
 そんなことをしている間に、シエル先輩が台所からやってきた。
「――――――」
 開いた口が塞がらない。
 シエル先輩はシャツにパンツだけっていう、とんでもなく身軽なカッコウで部屋に入ってきた。
「先輩? なんて格好を………ああっ!?」
 怪訝に思ったが、その理由がわかった。
「え?」


 ショボ――――――ン


「な、なんで……」
「即座に萎えた! 流石先輩! 俺の治療ってこういうことだったんですね!!」
「え、ええと……本当、に?」
「す、すげぇ! あっという間だよ!」
「………」
「自分ではどうやってもどうにもならなかったマイサンがあっさり消沈! これでもうロアなんか怖くないぜ!」
「………」
「先輩にそんな力があるなんて! おかしな期待していた俺が恥ずかしいぜ!」
「………」
「何か身も心もホッとしたような安堵感とかそんなものが胸いっぱいに……」
「………遠野、くん」
「はい?」
「―――わたし、色々な人を見てきましたけど」
 一歩、踏み込んで。
「貴方ほど失礼な人は、初めてでした」



 先輩は銃剣の切っ先を俺の心臓に―――



「お、俺はやっぱり死にたくない! ぎりぎりまで生きて、えーと、ほら、先輩と一緒にいたいよーな感じ!」
 2mぐらい飛び跳ねて、必死に攻撃を避ける俺。
 轟音と共にアパートの壁に大穴が。
「だ、だったら……だったらぁ!」
 うわぁ、先輩マジ怒ってる……というか泣いてるよ。
 いや、当然か。
「いや、それはその……心と身体は別物で、その、仕方がないというか何と言うか」
「納得いきませんっっっっっ――――!」
 もう一発射出。
 背後の壁が粉々に。
 敷金なんか返らない一撃で、俺の命を脅かす。
「うわぁ――――っ!?」
「やっぱり貴方は殺すしかないようです!」
「違う……! 悪いのはロアのヤツだ。俺が死ななくちゃいけない理由なんて、どこにもない!」
「―――でも、生きていていい理由も、ないじゃないですか!」
「ひ、ひでぇ!」
 もう駄目だ、そう思った瞬間、
「ぐっ――――!」
 ガシャ――――ン、という音が背後で鳴った。


「え?」

――――瞬きをする間もない。
 ドシン、という衝撃。
 気がつくと、アルクェイドは無造作に俺を床に押し付けていた。
 両肩にはアルクェイドの体重がかかっている。
 倒された。
 一瞬で、わけもわからないまま、アルクェイドに押さえつけられてしまった。
「ア、アルクェイド……?」
 突如現れたアルクェイドに面食らい、シエル先輩はどうしたのか、と聞こうと思った時、赤い液体が床を伝って俺の全身を浸し始めた。瞬殺?
「大丈夫だった、志貴?」
「え……あ、ああ。何とか」
 壁が壊れて外から丸見え状態なのに、わざわざ違う壁のガラス窓から飛び込んでくるのはどうしてだろうとかとも思ったが口にはしない。ほら、俺の家じゃないし。
「久しぶり。今夜はいい月になりそうよ、志貴」
 見晴らしのよくなった部屋からは、ほぼ満月に近い月が浮かんでいる。満月はどうやら明日のようだ。
「――アルクェイド。おまえ、帰ったんじゃなかったのか」
 どいてくれという言葉さえ忘れてしまって、普通に返事をしていた。
 もしかしたら彼女は俺を助けに来てくれたのだろうか。ちょっと仄かな希望を持つが、勿論そんなわけではないだろう。ここまで乗り込んできた理由はきっとある。
「いいえ。わたし、まだ自分の目的を果たしてないもの。このまま帰るわけにはいかないでしょう?」
「目的……て、まさか」
「そう。志貴の中にいるロア」
 ゾッとするぐらい親しげな声で、形容しがたいほどの殺気をこめて、白い吸血姫はそう言った。
「俺――――俺、は」
 ロアなんていうヤツは知らない。
 俺の中にあるのは、自分でもワケが解らない破壊衝動だけだ。
 あとシエル先輩を見て何故か萎えた衝動ぐらい――――
「あ――――」
 つまり、それが。
 あの黒い、突発的な衝動が。
 ロアと、呼ばれるものなのか。
「―――ちが、う。そんなハズは、ない」
 恥ずかしいし。
「志貴。貴方も自分の中にいるロアの気配を感じているんでしょう? あの時、ロアの転生体を殺した瞬間、ロアは貴方の中に転移したのね。どうしてそんな事になったのかわたしにはわからないけど」 
「……で、俺を殺しに来たのか?」
 ロアの力を取り戻す為に。
 知らず、ポケットの中に手を忍ばせていた。
 ナイフの硬い手触りが、バラバラになりそうな俺の意識を押し留めてくれる。
「そのつもりだったんだけど――」
 アルクェイドはそう言おうとして、急に口籠る。
 何故か顔を赤くして俯く。
「アルクェイド……おまえ、何の―――」
 つもりなんだ、という質問は言葉にならなかった。
「ぁ――――――」
 アルクェイドの視線に釣られて、視線を向けた先。
 俺の股間。
 さっき見事に鎮圧された筈の俺自身様が―――パンパンに。
「………」
「あれ―――あれ?」
「………」
「――――まさか、その――――」
 この現象の理由はロアにある。
 その影響を受けているからこそ、自分の転生体でしかないシエル先輩に萎えた。
 奴はナルシストではなかったから。まあ趣味でないというのもゲフンゲフン。
 だが、今、目の前にしているコイツは違う。
 ロアのアルクェイド・ブリュンスタッドに対する執着。
 己が純粋でいられなくなった対象への憎悪。
 その全て――行き着く先は途方も無い、彼が知らなかった一つの感情。
 それこそ……

「……し、志貴。信じられないけど、わたしは貴方が好きみたい。血も吸わないし、貴方の嫌がることは決してしない。だから……」
 赤い瞳とは別に真っ赤に染めた顔でまっすぐに俺を見ながら、
「だから……その……私で、良ければ……」
 それ以上は言葉にならないほどに小声で、囁くように呟いてきた。
「ア、アルクェイド、それって―――」
 俺の言葉にコクリと頷く。

―――これは、間違いなくアルクェイドの本心だ。

 確かにこのまま我慢することはロアの思う壺だ。
 だとしたら、これは、もう―――


「こ………の、不浄者ぉっっっっ!!!!!」


「―――――――げ」
 声の方向に顔を向けると、はぁはぁと両肩を震わせている先輩の姿があった。何とか復元できたらしい。
「あ、シエルいたの?」
 アルクェイドは自分に向けられた剣を全て薙ぎ払うと、涼しい顔を彼女に向ける。
「うふふふふふふふふふふふ。いましたよ。最初っっっっからっっっっ」
 アルクェイドに細切れにされたらしく、身体の傷こそすっかり治っていたが衣服はボロボロで全裸に下着の切れ端が引っ掛かっているぐらいの有様だった。そんな格好なのにピクリとも欲情しないのはロアのせいか、先輩の形相のせいか。
「ふうん、そっか。ここ、シエルのねぐらだったんだ」
 知らないで乱入してきたのかオマエは。
「変質者が志貴を襲っている気配がしたから飛んできたのに、シエルだったんだ」
 ひ、ひでえ。
「―――――――ぎろり」
 仇を見るような視線を俺たちに向けて、シエルはドカドカと踵を鳴らしてやってくる。
「お元気ですね、遠野くん」
 俺の下半身を見て笑顔で仰るシエル先輩。
 これは相当に、やばい。
「さっきはあんなに大人しくなってくれたのに、一体どうしたっていうんですか?」
「いや、これにはロアの趣向と言いますか、その、話すと長くなるんだけど―――」
「そうですね。遠野くん自身の意思とは関係ないものですものね」
「そう。これはロアのせいであって、俺のせいじゃないんだ! 良かった、さすがシエル先輩っ! 細かく説明しなくても解ってくれるって――」
「ですよね……あははははは」
 うわ、笑ってるのに全然声が笑ってない。
「志貴。逃げるわよ」
 ぐいとアルクェイドが俺の腕を掴んだ。
「へ?」
「だったら―――そんな失礼なもの」
 黒鍵が俺のいきりたったモノを襲う。



「削ぎ落としちゃっても、いいですよね?」



「ほれ」
「っ!?」
 意識が俺に向いた隙をついて、アルクェイドがシエル先輩を縦に十七枚にスライスした。うわ、リアルCTスキャン。
「志貴っ! 行くわよっ!」
 そして、腰を抜かしていた俺をアルクェイドが抱える。
「ア、アルクェイド……さん?」
 アルクェイドの両肩にまるで荷物のように担がれる格好はちょっと情けないと感じる反面、彼女の怪力ぶりに思わずさん付け。
「志貴はわたしのこと、嫌いじゃないんでしょう?」
「う……」
 俺の股間にそんなこと聞かれても、困る。こっち向いてください。
「わたしね、誰かを好きだなって思った事は貴方が初めてだった。だから志貴が少しでもわたしの事を好きだって言ってくれるなら、他のコトなんてどうでもいいんだ。たとえ志貴がわたしを一番に見てくれなくてもかまわない。だってわたしが志貴を一番に思えるのなら、それだけで十分でしょう?」
 だから股間に向って言われても嬉しくないって――そう思った時、アルクェイドがようやくこっちを向いた。しかも笑顔で。
「それに――もう手遅れよ。彼女、本気で志貴の……切り落とすつもりみたい」
「じゃあ……」
「うん」
 更に笑顔。
 もう嬉しくて仕方がないという無邪気な笑顔。
 ああ。ロアの奴も、この笑顔さえ見ることができていたら――いや、繰言か。
「行くわよ、志貴!」
「あ、ああ……アルクェイド!」
「ちょっと!? どうしてそんなに意気投合しているんですか!」
 まだ顔に十七の線を残したままのシエル先輩が叫ぶ。
「だって志貴が好きだし」
「……俺も自分が男であることにやっぱり未練あるし」
 切り落とされるのは勘弁な。
「シエルは志貴は好きでも、志貴自身は好きじゃない。志貴はシエルが好きでも、ロアの意向もあって志貴自身は好きじゃない。でも私は志貴も志貴自身も好きだし、志貴もそう。もう誰が勝者かは自明の理じゃない」
 にっこりとシエル先輩にまで笑顔を向けるアルクェイド。
「な――――――――――――――」
 わなわなと肩を震わせるシエル先輩。
 ええと、ですから、それはロアの趣味趣向が……おい、何とかしろ!
 俺は自分の中に転生してきたロアに呼びかける。

 が、
 ごらんの通り読書をしているだけです、と長い金髪に小さな丸いメガネをかけた俺に巣食う男は自分は関係ないとばかりに笑うだけで俺の呼び掛けには応じなかった。
 こいつ、この期に及んで日和りやがった。

「ほら志貴、ぐずぐずしてると危ないよ」
 ぐい、とアルクェイドに腕を掴まれた。
 同時に、般若と化した先輩が、悪鬼羅刹もかくやの勢いで俺達を襲う。


―――――さあ、遁走の始まりだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――
「久々野彰様からSSお贈りいただきました記念その2☆」

ギャグっす! ありがたいことにまたギャグを頂きましたっ。
ええもう。
どうあがいてもシエルが不幸なのはデフォなのでオッケイなわけですがっ。 まあ、とにかく勢いが分かるわけで!
つか股間に問い掛けてるアルクェイドの姿想像したらコーヒー吹きました。(笑

いやだって、ねえ? 本編のノリで照れた感じで、まじまじと見つめてたら……
笑うってばさ!(爆

ってことで、久々野さん、SSありがとうございましたーっ!


久々野彰様のHP Thoughtless Homepage
久々野彰様への感想は、こちらへどうぞ。
戻る