『楽しいって思えるところ、楽しいって思えること』


「ええ、ただいま志貴。貴方が貴方のままでいてくれて、よかった」
「――――――」
 胸がつまる。
 ここが通学路じゃなかったら、抱きしめてキスの一つぐらいしてしまうぐらい、アルクェイドの笑顔は、愛らしかった。

「よし、それじゃあ行こっか志貴。わたしのこと、色々連れていってくれるんでしょ?」
 するり、と手をほどいてアルクェイドはぴょん、とうさぎのように跳ねる。
 ……その姿は直視することができないぐらい眩しい。

「けど、その―――行くって、どこに?」

「どこでも。志貴が楽しいって思えるところ」
 笑顔で、なんでもない事のようにアルクェイドは返答してくる。
 けど、それは、ちょっと困る。
「……あのさ。俺はこれから学校があるんだけど」
「なによ。今日ぐらいは、志貴の一日をわたしにくれてもいいんじゃない?」
 不満そうな目をするアルクェイド。

「……う」
 ……どうやら、こいつのこういう顔に、俺はとことん弱くなってるみたいだ。
 ……まあ、どのみちこんな気持ちのままじゃ学校に行っても上の空だろうし、なにより―――自分自身がアルクェイドと一緒にいたがっている。

「……うん、そうだな。つまらない世間体なんかこのさいうっちゃっておくか。
 オーケー、アルクェイド。今日は一日、お姫さまのわがままに付き合うよ」
「やったー!」



「……で、どうして私の家にいるんですか?」



「へー、シエルって意外とガサツなんだね」
「そうだな。洗濯物なんか溜めっ放しだし。ゴミも捨ててない」
「ちょっと!」

「あ、見て見て、志貴。黒下着黒下着」
「やめろって、広げるなって」
 いきなり箪笥を漁るアルクェイドに慌てるシエル。
「ちょっと! アルクェイド!!」
「これって勝負下着って言うんでしょ? 相手もいないのに凄いわよね」
「お、お、大きなお世話ですっ!!」
「かわいそうだろ、アルクェイド。思っても言うもんじゃない」
「そっか。志貴って優しいね」
「言っただろ。俺はお前以外には優しいんだ」
「そっかー。あははー」
「あはははは」
 あまりの二人の有様に怒ることすら忘れて面食らうシエル。
「ちょ、ちょっと遠野君!!」
 アルクェイドでは話にならないと思ったのか詰問の矛先を志貴に向けてきた。
「これはどういうことですか」
「いや、その……」
「志貴の楽しいところに連れてって言ったら」
 志貴の代わりにアルクェイドが答える。
「……た、楽しい。楽しい!? 何処がどうして!?」
「いや、先輩と一緒だといつでも楽しいと思ってさ」
 キラリと歯を光らせて笑いかける志貴。
「と、遠野君……」
 思わず見惚れるシエル。


「フラれ女の生態ほど楽しい見ものはないって……」


 だが、アルクェイドの一言で目が急速に釣りあがる。
「……」
「とーのくん」
 志貴の襟首を掴む。
「あはは」
「さ、爽やかに笑っても誤魔化されませんよ!!」
 そう言いながらもどっか照れているシエル。

「あー、志貴。見つけたわよ、第七聖典。これにやられちゃうとそこらの死徒ならイチコロね」
「ひぇぇぇぇ」
 押入れを開けて中で震えているななこを見つけ出すアルクェイド。
「うわ、何だかロリキャラっぽい」
「シエルってばこういうのが趣味なんだ」
「百合とは意外だったな」
「劣情をこんなところで処理しているのかと思うと不憫だね」
 口々に言い合う志貴とアルクェイドに慌てて否定するシエル。
「ち、ち、違います!!」
「だって前に教会の連中から随分とシエルの趣味で改造したって聞いてるわよ」
「それは機能面の方で」
「ふんふん、へぇ……虐待かぁ」
「ほら、聖職者と児童虐待はセットみたいなものだから」
「怖い世の中だよね」
「人の話を聞いてください!」
 ななこの陳情を聞いているアルクェイドに無視されていることに気付いて怒鳴る。

「あなたも黙ってなさい」
「うぇぇぇぇん」
「ほら、アルクェイドアルクェイド」
「何々?」
 ななこに蹴りを入れるシエルを余所に、アルクェイドを手招きする志貴。
「台所見てみろよ」
「うわぁ、レトルトのカレーにカレーパンの袋、カップのカレーうどん……本当にカレーばっかりね」
「実際良く飽きないと思わないか? ディレクターに強制されている若手芸人でもないのに」
「思う思う」
「放って置いて下さい!!」

 そんなシエルのアパートでのひと時も終わろうとしていた。

「あー、楽しかった」
「それは良かった。誘った甲斐があったよ」
 満足する二人と、一人疲れ果てた格好で項垂れるシエル。
「私はちっとも楽しくありません。というかさっさと帰ってください」
「ちょっと休んでいかない?」
「そうだな。歩き疲れたし」
 シエルの言葉どころか存在すら認識していないような二人。
「勝手なことを言わないで下さい! というか無視しないでください」
「じゃあ、どこか腰掛けるところでも……」
「ん〜」
「ん?」
 眉をひそめる仕草をするアルクェイドに不思議そうな顔を向ける志貴。
「志貴……」
「どうしたんだよ、アルクェイド。改まって」
「帰って下さい」
「何か急に身体が冷えて」
「帰れってば」
「それはいけないな」
「お願いですから帰っ……あっ、あっ、あ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 アルクェイドの腰を抱きながら、シエルの目の前で濃厚な口付けを交わす。
「そういえばあれっきりだったよね」
「う、うん」
「じゃあ……」
「あ、待って。取り合えずベッドで、ね」
「ああ」
「それは私のベッドですっ!!」
「いいじゃん。一人寝のオカズに」
 そこで初めてシエルの方を向いたアルクェイドが呟く。
 今更言うまでも無いが思いっきり意図的。
「……」

 ぷちん

「あ、キレた」
「随分頑張った方だと思うけどな」
「取り合えず私の勝ちね。ジュース一本奢り」
「うーん、もう少し早いと思ったんだけどなぁ……」
「そ、そ、そこに直りなさいっ!!」

 黒鍵を振り回すシエルに囃しながら避けるアルクェイドと志貴。

「わーい、シエルが怒った」
「あはは、相変わらず馬鹿だなぁアルクェイド。彼女は照れているんだよ」
「流石志貴。ニブチン主人公の本領発揮だね」
「キーッ!!」
 手に手を取って逃げ出す二人を追いかけるシエル。
 もう号泣。


「こ、この恩知らず――――っ!!」


―――初恋は実らないって本当だよね。


「出番すらなかった貴女と一緒にしないで下さいっ!!」
「あははー、何か空に向かって喋ってるよ。志貴」
「彼女なりの祝福の仕方なんだよ。不器用な彼女らしいじゃないか」
「流石志貴。愚鈍キングだね」
「楽しいか、アルクェイド」
「うん。志貴も」
「ああ」
「ウキキ――ッ!!」


 バカップルよ永遠なれ。



                        <おしまい>


――――――――――――――――――――――
「久々野彰様からSSお贈りいただきました記念☆」

ギャグです。まさしくギャグです。すばらしくギャグです!(笑
素敵なノリ。楽しいっす♪
や。いかにもなバカップル。シエルだと実際やられそうなあたりに哀愁が……(爆
以前、勝手にこちらより送らせて頂きましたうたわれのトウカSSのお礼代わりということで……
あーもうっ♪ 非常に感謝ですっ♪


えとですね。私、昔から久々野さんのギャグSS、激しく好きなのですよー。
最初にギャグSS読んで、それから氏のシリアスとかも読み始めた口なので。(笑

久々野さん、SS、まことにありがとうございましたっ!!


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