下の下の下


2001/05/19

「なによ、素直なんだかいじわるなんだかわからないひとね。繰り返すけど、わたし は貴方に殺されたのよ。  想像できないでしょうけど、一度死んでから蘇生するのにはそれなりに力を消費す るんだから。  まあ単純に殺されただけならどうってコトないんだけど、貴方の方法は今まで見た 事もない切断方式で、傷口が繋がらないから体を作り直すしかなかったの。  その結果、わたしは生き返るのにほとんどの力を使ってしまったわけなんだけど─ ── 」  ぷんぷん、という擬音が似合いそうなほど、女は腹を立てている。  ……というか、今まで忘れていたけれど、話にした事でその時の怒りを思い出して しまったらしい。  そのまま興奮した口調で更に言いたてようとした瞬間、 「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っ!!!!!」  いきなりの大声。  喋っていた女も俺もギョッとして立ちすくむ。 「な、なんだ……」 「えっ!?」  何かが勢い良く飛んでくる。  それは俺の横を通りすぎ、女の身体へと巻き付いた。 「くっ!」 「っ!?」  ほぼ直後に女の背後を取るようにして、黒い影が滑るようにして降りてきた。  そしてそのまま女の体――それも胸の部分に巻きつけたものを握りながら、何やら 覗き込んでいた。  女の方もあまりの展開と相手の奇行に呆気に取られたのか、されるがまま動くこと もせずに突っ立ったままだった。 「あれ?」  改めて闖入者の姿を編み上げブーツを履いたつま先から見上げると、神父のような 黒い服を着たその人物には見覚えが有る。 「やっぱりっ!」  そう激しく舌打ちして、女を憎々しげに睨みつけているのは眼鏡を外しているもの の、シエル先輩だった。  どうしてこんなところで。 「やっぱりって何がよっ」  その声にやっと我に返ったのか女が抗議の声をあげる。 「この不浄者が! よりにもよって遠野くんをたばかろうったってこのわたしの目は 誤魔化せません」 「どこをたばかっているのよっ! さっき言ったのは全部本当のことよ!!」 「私と戦った時は83だったじゃないですかっ!」 「「はあ?」」  そんなシエル先輩の持つもの――――巻尺の手で記した数字の場所は88。  どうやらさっきの行動は胸囲を測っていたらしい。  何故だ?  何故なんだ、先輩。  何だか判らない遠い世界に入りこんしまった気がした。 「こっそり増量だなんてセコい真似、神も許さなければわたしも許しませんっ!!」  啖呵をきる先輩の姿は普段ののほほんとした姿から想像できないほど格好良いもの であったが、その内容の低劣さはいかんともしがたい。 「え、えーと……」 「し、し、失礼ねっ! 復元するときの記憶が曖昧だったのよ!」 「そんな都合の良い記憶の忘却が貴女にあるわけがないじゃありませんか。アルクェ イド・ブリュンスタッド!!」 「何よー。少しぐらい胸の大きさで負けているからって、そんな言い掛かりは止めて くれないかしら。埋葬機関の第七代行者のくせしてみみっちいったらありゃしない」  さっきまでの底知れない恐怖感を下敷きにしたミステリアス且つダークホラー漂う 不可思議な緊張感はすっかり霧散し、そう反論する女の姿はただただお笑いコントへ の匂いが漂い始めている。 「開き直るつもりですかっ!」 「あーやだやだ。成長期よ、成長期」 「そんな体で成長期もくそもあるわけないでしょうがっ!!」  どうやら二人は旧知の関係らしい。  暫く激昂する二人を見、罵り合っている内容を聞き、互いの胸部を観察してから俺 は大きくため息をついた。 ―――彼女達は何も知らないんだ。  そう悟った時、無性に腹が立った。  何も知らないで数センチの起伏でここまで大騒ぎしている二人を。 「二人ともいい加減にしろっ!!」  俺の大声にやっと気付いてくれたらしく、女とシエル先輩がこっちの方を向いた。  だが、明らかに双方とも苛立ちが見て取れるし、互いの全身から殺気がゆらゆらと 立ち上ったままでいる。  俺を見る二人の目が恐い。  ちょっとビビる。 「えーとその……二人とも胸の大きさについて揉めているんだろ?」  胸という単語を聞いたせいかシエル先輩の目が一段と釣りあがったように感じた。 「単純にそれだけの問題じゃないのよっ!」 「そうです。遠野くんは危ないから下がっていてくださいっ!!」  またしてももめそうになる二人を制すべく、また大声で叫んだ。 「いいから最後まで聞けっ!!」  その声に幾分落ち着きを取り戻したらしく、明らかにまっとうな人間ではなさそう な格好をしたシエル先輩も女――アルクェイドと言うらしい俺が殺してしまったのに 生きていた自称吸血鬼も互いに対する構えをといて俺の方を向いた。  ここまできたら俺が彼女達を納得させない限り争いは避けられないだろう。  だから俺は捨て身の覚悟で二人に言い放った。 「いいか? 先輩達の争いがいかに醜くて空しいものだか俺が教えてやる」 「はあ?」 「遠野、くん?」  意味がわからないらしく二人ともきょとん、とした顔をしている。 「いいから二人ともついてこいっ!!」 「やだ、そんな遠野くんたら……昼間から3Pですか」 「違うっ!!」  何だか誤解したらしく顔を赤らめる先輩を怒鳴りつけ、その勢いで言い放った。 「85だろーが、88だろーがそれだけあるだけ立派だということを教えてやる!」  目指せ、浅上女学院。 「な、何この悪寒は!?」 「どうなさいましたの、秋葉さん」 「具合でも?」 「その、なんだか急に寒気が……」  その後、その問題のものを見たシエル先輩とアルクェイドが滂沱しながら仲直りし たというのは言うまでもなかった。 「88でも……」 「85でも……」 「胸は……」 「……胸よね」  そう言ってはっしと抱き合う二人の姿は美しかった。  ありがとう、秋葉。  ありがとう、ナイチチ。 「さようなら、兄さん」  そして、さらば俺の命の炎よ。                             <おしまい>