メディアアフター 〜人生の屑篭を探しに行こう〜
このSSはFate/hollow ataraxia 『後日談。』の設定に基づいております。


 ああ……それにしても若さが欲しいっ……!

 鏡の前で目じりを抑えながらそんなあまりにも身も蓋もない独語を漏らしているのは、柳洞寺在住の葛木キャスターさん(XX歳)その人だった。
 サーヴァントとは大概がその死後に契約することから死んだ頃の姿形で存在するものらしい。意識的にやっているわけではないので、どうにもならない。かつてその己の魔術を駆使して上り詰めた表面上の若さ作りの頃のまま、こうして現界していた。
 早い話、彼女の魔術上の限界で出来上がった若さが今の外見で、この見た目で最期を迎えていたので、こっから先は念じるだけではどうにもならないという悩みであった。

 ではこの若さまで作り上げた魔術に磨きをかけて更にといきたいところだが、生憎と彼女達サーヴァントは所詮は人間ではない。
 エーテルによって受肉したかつての英霊達の魂と一部とその入れ物が、聖杯という強大な魔術要素によって生み出された仮初の使い魔である。
 この場合のエーテルはアインシュタンが一度は否定した世界を構成する四大元素に次ぐ光の媒質としての第五要素というより、ただ"この世の中を満たしている物質"としてのエーテルであるらしいがそれはさておく。別に自分たちがどんなものなのかという説明はどうでもよく、つまりサーヴァントは人間のように見えて人間じゃないので、人間の老化をどうこうする魔術など意味をなさないということだ。
 これ以上齢を重ねることはないというのがせめてもの慰めである。魔女と呼ばれようが人間だった頃とは決定的に違うのはそこである。若作りが必要ないのではなく、受け付けなくなってしまったのだ。

「だから我慢しなくてはいけないのよ、メディア」
 鏡の向こうの自分に言い聞かせる。これは毎日の日課である。
 何故だか知らない……というのは嘘になって理由は薄々感づいているけど気づかないフリをしていた、聖杯戦争が終わっているのにも関わらずサーヴァント達が一人も還らずそれどころか死んだ者たちも生き返り、このそれほど大きくない地方都市で人間生活を営んでいるという知る人が知れば仰天では済まなさそうな状況が今もまだ続いている。
 元々のきっかけとなった四日間の繰り返し現象に別れを告げたのにも関わらず、自分はこうして柳洞寺に新妻として、愛しき人の隣で寝起きする毎日を続けられていた。
 幸せである。
 そればかりは間違いない。
 幸せなのだから、もうこれ以上の幸せはいらないというが筋なのだろうが、生憎と聖者とは程遠い魔女と呼ばれたこの身としては、大多数の人間同様に既に得た幸せを忘れ更なる幸せを求めてしまうのは仕方がないことなのではないだろうか。
 欲望満ちた人間の行き着く先は大概不老不死である。
 そうでなくても人間は自分自身の終わりを証明する老いを恐れ、忌み嫌う。
 不可避であるはずのそれを何とか免れようと見苦しいほどに足掻く。
 それを乗り越えた存在でもなお、こうして次なる欲を目指し、悶えるのである。
「くっ…」
 指で目じりを押さえつけるようにして引っ張る時に感じる肌の弛み。
 それは一度失ったものは、もう永遠に取り戻せないものだった。
「どうせならもっと年若い状態で……」
 図々しい話だというのは自覚しているが、欲しいものは欲しいのである。

 馬鹿がっ……! 足りないわっ… まるで…!!
 私は……もっと、もっと…… 欲しいのよっ……!
 水弾きの良い肌を…! 日焼けが染みにならない肌を……!
 自然治癒の高い肌を…!

 どうにかならないだろうか。
 もっと根本的に生まれ変われるような方法が、何か。
「聖杯は無理としても、それに匹敵するような……て、聖杯?」

 頭に聖杯が浮かんだところで、その容器に意識を繋ぎ止めた。
 大杯、鼎、いえもっと何か……何か、私はそれを用いなかっただろうか。
 DV元夫の願いのまま、どこかの愚王を……

「そうよ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのかしら!」
 あったではないか。
 絶好の魔術が。


「キャスター。一体何の用だ」
 誰にも内緒で来て欲しいとキャスターに言われ、俺は一人でのこのこと柳洞寺の裏地へとやってきていた。
 かつての聖杯戦争中なら考えられないことだが、まあ今は都合さえつくなら気軽に手軽にどんとこいである。
「坊やに頼みたいことがあったのよ」
 何故かキャスターはフードを被ったまま俺を出迎えていた。
 その姿に若干の警戒心を抱かせる。妙に律儀なのか最近のキャスターは人と話す時は大概フードを外して素顔になっていたからだ。
「頼みって……俺なんかが手伝えることなんてあるのか?」
 料理に関しては既に何度か教えていたから、改まって言い出すことではないだろう。
 だとすれば何だろうかという当然の疑問が湧く。力仕事ならこの寺には修行僧がいるし、何より彼女には竜牙兵という手駒がある。
 本来ならその辺は呼び出された時に考えるべきことなのだろうが、最近の俺は以前にもまして忙しい。自分の鍛錬は元よりセイバー達の食事の世話からライダーの自転車の修繕やらイリヤとそのメイド達への応対に、遠坂も当然のようにして日参してくる上、居候が更に二人増えてもう何がなんやらである。しかも誰も彼も俺を弄る為に存在するかのようにちょっかいを出してくる。毎晩枕を泣き濡らす日々である。手の抜けない生真面目気質もあってか、一人たりともいい加減に応対できない。尤もできるような相手も一人たりともいないのではあるが。そんなこんなでキャスターの呼び出しに関しても行けるかどうかぐらいまでしか考えきれずにいた。
 そんな俺の事情を知ってか知らずかキャスターは相変わらず表情を隠し、抑揚の無い口調で続ける。
「私が行う魔術の手伝いをして貰いたいの」
「魔術の?」
 思わず聞き返す。確かにキャスターは魔女と呼ばれるぐらいの高位の魔術師だし、俺も何とかその底辺にいる。魔術関係の頼みごとも考えられなくもない。なくもないが、
「だったら俺じゃなくて遠坂がいるじゃないか」
 自分でも言ってて情けないが魔術師としての実力は低い。とてもじゃないが超一流の魔術師であるキャスターの手伝いなどそう容易くできそうにない。
「あの娘なんて信用できるわけないじゃない」
「そうか。確かにまあ、その性格はちょっと……まあ何だけど、基本的にはイイ奴だぞ」
 本人に聞かれたらはっ倒されるかネチネチといびられるかしそうな気もしたので、小声で弁護する。してないかも。彼女が完全無欠のアイドルだと信じきっていた時期が俺にもありました。ああ、なんだか遥か昔の思い出みたいだ。
「人の弱みを握ったら一生握り続けそうな感じもするけどね。ううん、それもあるけどそうじゃないわ。魔術師は他の魔術師なんか信用しないって話よ」
「一応俺も――」
「坊やは魔術師以前にお人よしじゃない」
「うっ」
 最後まで言わせてもらえない。
「こんな人気のないところで私の呼び出しに応じてくれる時点で信用はしてるわ。信頼はしてないけど」
「じゃ、じゃあ桜はどうだ」
「あの子は信用はできるけど、その……ちょっと自分のこと以外だとどこかのんびりしたというか鈍重なところがあるじゃない。何かここぞという時に失敗しそうな気もして……」
「うーん」
 彼女も遠坂一族の血を引いているからなあ。
「それに第一、あの子にこんなこと頼める筈ないじゃない」
「一体、何をさせるつもりなんだ」
「ただの助手よ」
「どんな魔術なんだ」
「……返りの」
「は?」
 ボソボソと消え入るような声で言ったので、聞こえなかった。
「何だってもう一度」
「わっ……若返りの魔術よっっ!」

 バサバサバサッ カァ!カァ!カァ!

 怒号と共に、烏が飛び去っていく。鳩だったら良かったのに。夕方でも無いのに。
「………文句ある!? どーせ十代の坊やにはわからないわよっ! 水を弾かず、押しても戻らないかさつき肌の悲しみは! でもいずれは坊やもたどる道なんだからねっ。禿げて下腹が突き出すようになるんだからっ。優位ぶるのも今のうちよ! キーッ 悔しい」
「御免。俺が悪かったから落ち着け」
 暴れるキャスターを慌てて宥める。
 あー、でも俺の未来って若白髪らしいですよ、アイツを見る限り。
「でもそんな若返りの術なんてあるのか?」
「私を誰だと思っているの?」
「えーと、まあキャスターなのはわかっているけど」
 確かに魔術師の英霊である彼女が使えない魔術などそうはない筈だ。
「そうじゃなくて」
「? ああ、ええと……」
 意味が違ったことに気づく。彼女の本来の名前は確か遠坂か誰かから聞いたっけ。ええとメディアとか何とか。
「元夫の国の王を殺した時の逸話、知らないかしら?」
 ああ、老いた羊を殺して釜に入れて若返らせたって奴か。
「あれってペテンじゃなかったのか?」
 王の二人の娘は結局、年老いた王を殺しただけでどうすることも出来なかった筈だ。
「違うわよ。ただ生き返らせる為の呪文を教えなかっただけで、魔術そのものは本物よ」
「ふーん。あ、でも」
 現実離れした会話に慣れている自分に少し醒めた感情を持ちつつも、ふと疑問を思いつく。
「何よ」
「えーとその、言いづらいことなんだが」
「言って御覧なさい」
 俺の疑問なんか織り込み済みとばかりに、促すキャスター。
「キャスターってサーヴァントだろ」
「ええ」
「人間というか生き物じゃないし大丈夫なのかなって」
「魂があるから大丈夫よ」
「そうなのか」
「ええ」
 表面上の若さ、いわば肉体年齢のみを弄る魔術ではサーヴァントとしての有様の力の前に変えようがないが、あの魔術はメディアという存在そのもの、魂レベルで若返らせることができる。一緒に失われる可能性が高い記憶に対しても予めバックアップを取れるようにしてあるし勝算はあるとの弁。胡散臭いがそれは最初からそうなので今更一つ一つを問いただすのもどうかと思い適当に頷いた。嫌な人間になっていく自分を苦々しく思いながら。自分が勝手に染まっただけで決して遠坂のせいにはしない。うん、彼女の影響じゃなくて自分のせい。決して彼女は関係ない。
「だから坊やには私の遺骸をその大釜に投じて欲しいの。ああ、呪文は貴方の頭に無理矢理言わせるから大丈夫。心配しないで」
 全ての行動を操らせてもいいんだけど、その場合何か問題があった時に対応できないでしょうと得意げに語るキャスターを前に、いやトラブった時点で俺にはもう何もできないですよとか思ったが言えなかった。その代わりにフト思い出したことを聞く。
「でもほら、死んだら死体も残らず消滅したりしないか?」
「え、そうなの?」
 そこでキャスターは初めて驚いたような顔をする。
 知らなかったのかよ。
「ああ、間違いない」
「でも坊やがどうしてそんなことを……」
「だって……え?」
 何でだろう。
 セイバーがいてライダーがいて、キャスターがいてバーサーカーがいて、アサシンがいてランサーがいて、まあアーチャーもいる。誰一人欠けていないのにどうして彼らの死を俺は知っているのだろう。
「あれ?」
「ああ、セイバーは前の聖杯戦争にも参加してたから、彼女から聞いたのね」
「まあ。そんなところだ」
 深く考えることを拒否して、勝手に納得したキャスターに返事をする。何かどっかで捻じ曲がったものがある気がするが、すぐに消えた。
「あ、でも大丈夫か。確か絶命しても数秒は消滅しないから」
「だったら問題はないわね。もう驚かせないで頂戴。アサシンで試そうとしたのだけど果たせなかったからぶっつけなのよ」
「試そうとしたのかよっ」
 ひでえ。
「命じて腹を切らせたんだけど、そしたらそこから長い腕が伸びて、黒ずくめが出てきたのよ」
「はあ」
「「真アサシンですぞ真アサシンですぞ」とか連呼しながら、そのままどっか飛び出して行っちゃったんだけど、坊や知ってる?」
「いや、全然」
 何か慎二の祖父に新しい介護人が来たとか、白い髑髏仮面を被っていたとか右腕が異常に長いとか聞いた気もするがきっと関係ないから黙っておこう。
「着ぐるみなら着ぐるみだってそう言えば良かったのに……最後まで役立たずだったわね。でもちょっと久々の魔術だし不安ねえ。ねえ、坊やに心当たりはないかしら」
「ないよ」
「ほら、坊やの友達に海産物を被った影の薄い子がいるって桜から聞いたんだけど」
 それ君のお兄さんじゃないのかい、桜。
「坊や、子供になってみる気ない?」
「帰っていいか」
 せっかくだからあの鬱陶しい小姑を連れ出してとか言い出したキャスターを何とか止めていると、
「私がお役に立てるかもしれません」
 そんな声が脇からかかった。
「なっ」
「誰!?」
「まったく、魔術師が二人もいてこれだけ無防備なのは呆れを通り越して、何なんでしょうね。適切な感情表現が思いつきません」
 そこの士郎はまだしも、相当のボケっぷりですねキャスターなんて笑顔でおっしゃるのはカレンだった。
「教会の小娘ね。いつの間に」
「布を体に巻いてそこの木にぶら下がっていたのですが」
「ず、随分大きな蓑虫ねと思っていたらっ」
「気づけよ」
 確かに相当なボケっぷりだ。
「それはさておき、偶然話を聞いてしまいました」
「超嘘だろう」
「黙れ矮小」
「……」
 黙ったのは矮小だからじゃないぞ。あまりの暴言に言葉が出なかっただけだ。
「気にしないでいいわよ、坊や。個人差にもよるけど30歳位までは成長が……」
 泣かない。泣いてなんかやらない。ぐすっ。
「それはさておき、不老長寿は世の全ての女性の夢。及ばずながら私も協力致しましょう」
「さておくのか」
「そんなに貧弱な坊やの話題をしたいのですか?」
「御免なさい。先どうぞ」
「……」
 だが、俺の言葉を無視するようにキャスターはカレンが何を企んでいるのか読み取ろうとしていた。
 けど無駄だぞ。
 こいつは状況を引っ掻き回すことしか楽しみのない女だ。
「士郎も蓑虫ごっこしますか?」
「謹んで遠慮する」
「協力というと貴女が実験台になるというの? それともそこの坊やを実験台にすることに協力してくれるというの」
「その二択やだなぁ」
「前者は論外。後者も魅力的ではありますが、今貴女にとって知りたいのはサーヴァントの身でも魔術が成功するか否かでしょう? 動物実験はしているでしょうから、今更士郎がどうというのは無意味です」
「そうね」
「それはまた今度の機会にするとして」
「するな」
 言っても無駄だと思いつつ口を挟む。無論二人はガン無視ですよ。
「士郎がセイバーを差し出すとも彼女が受け入れるとも思えません。ライダーやバーサーカーも同様でしょう。だとするとここは私の手ご……来たみたいですね」
「おーい。一体こんなとこに呼び出して何の用だ」
 カレンが言葉を止めると同時に、のっくらとあくびをしながら現れたのはランサーだった。
「おお。坊主にキャスターじゃねーか。お前らも呼び出されたのか」
 ランサー、逃げろ。
 お前の命は風前のともし火だ
「なんだよ、男にアイコンタクトされる趣味ねーぞ。気持ち悪いから止めろ」
 この馬鹿。
 一度殺されている俺が、殺したお前を救ってやろうとしてるのに。
「ランサー、遅かったですね」
「ん? あー、まあちょっと忙しくてな」
 その格好からすると海釣りかナンパの二択だろう。暇をもてあましていたのは間違いない。バイトまたクビになったのか。
「ランサー、槍は持っていますね?」
「まー、そりゃあな。持ち歩いているわけじゃないが、いつでも呼び出せるぜ」
 誰かと戦うのか? なんて暢気に笑顔まで見せている馬鹿がいた。


「でしたら、その槍で自害なさい」


「……はあ?」
「耳が悪くなったのですか? ですからそのご自慢の槍で貴方の喉なり心臓なり好きなところを突いてとっとと絶命しなさいと命令したのです」
「え、ええと、おい?」
 張り付いた笑顔から汗が流れ落ちる。が、カレンは涼しい顔で続ける。
「これまで全然役に立たなかったのですから、そのぐらい役に立ちなさい」
「前から思ってたが、そう言うとこ、あんた前のマスターそっくりだなっ。親子かよ」
「さあ。私は父の顔を知らないので何とも。それ以前に神の子ですから。いいからさっさと死になさい」
 ランサーが猛抗議するのを意に介さずわざとらしく十字を切るカレンだったが、
「ちょっとお待ちなさいっ!」
 そのやり取りに和って入るようにしてもう一人登場する。結界とか張ってなかったのかキャスター。
「あら尻軽女」
「しっ、い、い、言うに事欠いてなんてことを言うのですかっ!」
 カレンはランサーと変わらず突如現れたバゼットにも挨拶を交わす。彼女のアレが挨拶だとするならの話だが。
「言葉通りですが何か? ああ一応言って置きますが、貴女の尻が小ぶりで可愛らしいなんて褒めているわけじゃないですよ。この国の言い回しで……」
「そんなことは聞いてませんっ!」
 顔を真っ赤にしながら、カレンの口上を遮る。この人も弄られ属性だよなあ。俺には負けるけどね……言ってて涙が止まらないのは何故だろう。
「ですから言峰綺礼、そこのランサー、それにアベンジャーと次々に乗り換えておいてよくもまあ」
「それは違うっ」
「まあ綺礼には鼻も引っ掛けてもらえず、ランサーとか行きずりの関係に終わり、アベンジャーにはいいお友達でいましょう扱いで終わった程度ですし、徐々に男に見境がなくなるのもわからなくはないですが」
 最後に年齢的に焦りも募るでしょうとか言い放つ。
「なってなんかないっ!」
 それにまだ若いと反論するバゼットを無視して、カレンはこっちを向いた。
「士郎」
「な、なんだよ」
「気をつけなさい。次はきっと貴方ですよ」
「なんでさ」
 その問いにはカレンは意味ありげに笑っただけで答えなかった。
 やな予言だなぁ。
「言いがかりです! 捏造です! でっち上げです! 出鱈目もいいところです!」
「はあ……帰っていいか坊主」
「俺に聞くなよ」
 矛先がバゼットに逸れたせいか、ランサーは少し余裕を取り戻していた。元々、何事にも深く考え込まない性質なだけかもしれないが。
「坊や。私たち口挟んでいいのかしら?」
「だから俺に聞くなって」
 ハブ仲間のキャスターも新顔二人には馴染みが無いせいか腰が引け気味だ。そんな俺達を差し置いて二人のやり取りは更に熱を増す。ただでさえヒロインじゃないと言われた二人だ。こんな場末の登場機会でも大事にしたいだろう。
「それよりランサーを殺すなんて真似、許しません」
「大丈夫生き返りますよ。しかも若返って… 若返ってっっ…… 若くなって…… 貴女よりも私たち寄りの年齢になって」
「最後のは余計だ! それにそんな保障はないだろう」
「半ズボンが似合うショタになるんですよ」
「……ぐっ……い、いや駄目だ」
「迷っただろ、あんた今迷っただろ」
「うるさい!」
「うがっ」
 石投げた。石拾って投げたよ、この人。
「ふっ」
「その笑いは止めろ!!」
「あいたたた……」
 この二人、いつもこんな感じだよな。俺を弄る時は気が合うくせに。だが、こう面子が増えてきたことでフト思い出したことがあったので口を挟む。このまま聞いているのも面倒になったからでもあるが。
「おーい埒明かないし、ちょっといいか」
「駄目です。ですが三遍回ってワンと言ったら―――」
 カレンは無視して続けることにする。
「それよりカレンとランサーが来て思い出したんだけど」
「チッ」
 カレンの舌打ち。無視したことではなく、俺が言い出すことがわかっているようだ。というか最初から気づいてて隠すつもりでいたな。最悪だ。
「ギルガメッシュが子供になってたのって確か若返りの薬が……」
「本当なの、坊やっ!」
 すっかり蚊帳の外だったキャスターが俺の腕を取って飛び込んできた。
 もしかしてほっとかれて寂しかったのか?
 あ、ちなみにランサーはちょっと前にとっとと帰った。


 そして舞台を公園に移す。
「ほ、本当にこの子供がギルガメッシュだというの」
 キャスターが驚くのも無理はない。
「こんにちは、お姉さん」
「可愛い……お、お持ち帰りしたい」
「落ち着け」
 手が丸まってる丸まってる。
「その姿は固定できるの? 一時的とかじゃなくて」
「ええ。調節可能な秘宝のひとつです」
「そう言えばこの国には秘宝館という施設があるそうですが」
「知らねえよ」
「ちっ。衛宮の癖に」
 理不尽さがどこぞのガキ大将並みですよ、この人。
「それで、そ、その……若返りの薬、お姉さんに分けてくれるかしら」
「自分のことをお姉さんという人って大概、んが」
「黙ってろ」
 強く口を抑えて黙らせる。
 見ろ、凄い目でこっち見てますよキャスター。あのピコ耳は伊達じゃない。
「もっと無理矢理してもいいのに」
「はぁ?」
 なぜ今の口を抑える行動で頬を赤らめるのか理解できない。
「……」
 しかもバゼットが物欲しそうな目でこっちを見ているし。だから何故!?
「お姉さんにも迷惑をかけているので分けるのは構わないですけど……お勧めはしませんよ」
 迷惑ってまあ我様理論で一度針鼠にしたもんなあとか思っていると、キャスターも思い出したのか少し顔を強張らせる。でもそれっていつのことだっただろう。
「でも本当に大丈夫か。失敗とかしないのか」
「うーん、多分大丈夫だと思いますよ」
 そういって簡単に懐から無造作に瓶を取り出した。本当にこれがそうなのか?
「じゃあ……坊や、試して」
「自分で飲めよ」
 釘を刺す。
「……」
 キャスターは不安げに周囲を見回すが、前の神父そっくりにニヤニヤ笑うカレンしかいない。バゼットはさっき俺に物欲しそうな顔を見られた後、「い、今のは違うんです」とか言って逃げていってしまった。どうせまたランサーのおっかけだろう。さっきの場所に来たのもそのお陰らしいし。
「いらないのなら……」
「待って! 飲む、飲むわっ!」
 ギルガメッシュの催促に慌てたのか、そう言い放つと一気に瓶の蓋を開けて中身を飲み干した。
 ………
 ……
 …

「まあこうなることは予想できました」
「うーん、僕とは年齢差ありますしね」
 カレンが大して面白くもなさそうに感想を述べると、わざとらしいぐらいに真面目な顔をして相槌をうつギルガメッシュ。
「お前、一体幾つなんだよ」
「さあ? もう数えてませんから」
「でだ……どうする?」
「あー。うー」
 その若さで総理大臣の物まねとはやるなキャスターとか思ったが、口には出さなかった。
「もう少し薬の調整をしてみましょう……」
 そう言ってギルガメッシュはごそごそと懐を探ると黄緑色の液体の入ったスポイトを取り出し、さっきの薬の瓶に混ぜる。入れた瞬間、煙が上がったりしたのが更にインチキ臭い。
「その胡散臭さが素敵ですね、衛宮士郎」
 笑顔で同意を求めるな。しかもちょっとうっとりしてる。その価値観が恐ろしい。
「そんなに気に入ったのならお前が飲めよ」
「貴方の口移しでなら」
「……ぐっ」
 くそう。どうせ口で勝てたことなんかないさ。一度たりともねっ。
「では飲ませますよー」
 そんなやり取りも無視して出来上がったらしい薬をキャスターに飲ませるギルガメッシュ。この光景だけ見たら間違いなく犯罪だ。いや実際似たような感じだし。
 ………
 ……
 …

「………」
「こ、こいつは……」
「な、なかなかやりますね」
 目の前にはいい具合に幼女になったキャスターがいた。さっきより犯罪レベルが格段に増す。
「……パパ?」
 怯えを見せつつもその上目遣いは何か居たたまれない思いにさせる。
「いや、俺は……」
「ええ。この人がパパですよ」
「カレン!」
「パ、パパー」
 ヒシっと抱きつかれた。
「待て、キャスター」
「刷り込み完了」
「て、てめぇ……」
「ママ?」
「ええ、私がママですよー」
「あはは、じゃあ僕用事がありますから帰りますね」
「ちょっと待て!」
 ギルガメッシュはそそくさと逃げる。いやきっと一度離れたところで観察するに違いない。さっきはあっさり薬改良したのに今度は出来ない筈が無い。そもそも今度の薬も最初から狙ってやったのかもしれない。誰一人信用できないロクデナシばかりだ。
「すっかり疑い深くなって……貴方の人を信じる心はどこにいったのですか」
 十字を切るな。
「あら、これはブロックサインだけど気づかなかったの?」
 どう見ても黒幕です。ありがとうございました。
「パパー。ママー」
 そんなやりとりをしている俺達をキャスターが不安げに見上げている。
「……で、どうするんだよ、おい!」
「どうするもこうするも、幸せな家族団らんを作り上げればいいじゃないですか」
「そんな無茶苦茶な」
 頭痛ぇ。
「聞けばキャスター、いえメディアは少女の頃から運命に翻弄されて不遇な人生を送ったとか。今このぐらいの年頃が彼女にとって一番幸せな記憶だった筈。その幸せを束の間でも味あわせてあげるのはそう悪いことではないでしょう」
「面白がってるだけだろ」
「そうとも言います」
「そうとしか言わねえよ!」
「ふぇ……ぐす……」
「ほら、怒鳴るから娘が泣きそうです」
「だから娘って……あー、もう」
 放っておけないので、しゃがんで目線を合わせつつ宥める。
「パパこわいでちゅねー。でもママがついてるから大丈夫でちゅよー」
 それを遮るようにすぐ隣で同じくしゃがむと、ぐずついたキャスターに更に吹き込もうとするカレン。
 はぁ、今すぐ全速力で逃げ出したい。
 このままだとまた大騒動に―――

「先輩!? そ、その娘は!?」
 どうせ俺はそんな星の下に生まれているんだろ、切嗣 ( オヤジ )

 どうやって見つけたのか、買い物帰りの桜が俺達の元に飛ぶように駆けてきた。
「愛の結晶です」
「そんな見え透いた嘘言わないでください!」
 おお、桜があっさりと切り返した。昔から積み上げた絆と信頼がこんな時にものをいう。
「ええ。正確には士郎を昏睡させて搾り取るものを搾り取って私の卵子と結びつけることによって誕生した命を培養技術によって一気にこの年齢まで育て上げた科学と魔術と私と士郎の結晶です」
「そんな、まさか、先輩……」
 うわ、かなりその可能性有りとか言う顔してるし。
 ……桜は、桜か。
「その言葉は私より黒いですよ、士郎」
「ほーら、高い高ーい」
 無視してキャスターを持ち上げると、今やイリヤよりも軽い彼女はおっかなびっくりで慌てていた。子供はいいなぁ。俺もなってれば良かったよ。あれ、一度そんなことになったような記憶もあるようなないような。イリヤが変なドレス着てて大人っぽくなってたり……気のせいだな。
「先輩、こっち向いてくださいっ!」
「残念でしたね、間桐桜。貴女にとって残された道は既成事実しかなかったのに、それすらも奪ってしまいました」
 お前が桜から奪ったのは、黒さ人気だろうが。
 キャスターが怖がって泣きそうなので慌てて地面に下ろすと、今度はカレンに抱きついた。
「ママ、ママ」
「ママ!?」
「あー、いや桜……いえなんでもないです」
 怖かった。
「何ですか、私と士郎の可愛い愛娘よ」
「さくらをいじめたらめーなの」
 ギルガメッシュ自身は昔の記憶とかが半端に残っていたようだし、薬そのものにも多少関係あるのだろうか。難しいことや面倒くさいことは知らない。でもそれならパパも苛めないでくれと頼んでおくれよ、我が娘 ( マイドーター )
「あらあらごめんなさい。ママ、あまりにメディアが可愛いから自慢したくなっちゃった」
「またママってっ! きぃぃぃ、くやしいっ!」
 柳洞寺に返したかったが、説明の仕様が無い。葛木に「貴方の奥さんです」とか差し出すのはマズいだろう。首飛ばされるかもしれない。平然と受け取られてもそれはそれで悩むし。
 この騒ぎが衛宮家にキャスターを連れて帰ると増幅したのは言うまでも無い。殴られいびられ泣かれ騒がれ説明しようにも誰一人相手にしてくれない。家長とか家主とか何かそういう肩書きが俺にあるのは気のせいなんだろうなぁ。
 結局、落ち着いたのは俺を信じてくれた人がいたわけではなくニコニコと至福の笑みを浮かべてキャスターを抱くカレンとキャスターそのものの可愛さの前に騒ぐのを止めただけのことだ。あちこちと固まってヒソヒソ話は続いていたが。
 取りあえず今夜部屋では眠るまい。桜が山芋を物凄い勢いで摩り下ろし始めたのを見てそう誓う。

 ドタバタに良くも悪くも慣れてきてしまったせいか食事が終わると、いつもと変わりないまったりとした時間が訪れる。ライダーなどはさっさと自室に戻って行ったし、バゼットは交通整理のバイトに消えたし、イリヤもセラに引き摺られるようにして帰っていった。ああ、セラってあんなに可愛く笑うんだなぁとかとかキャスターに向けた笑顔でそう思った。ちょっと収穫。
「おふろー」
 お風呂が沸き、先に入ったセイバーが居間に戻ると俺の脚の下でうたた寝をしていたキャスターが目覚めてそう声を上げる。俺はバラエティを冷笑したまま眺めていたカレンを見るが、カレンは起き上がろうとしない。
「じゃあパパお願い」
「なんで俺が」
 誰がパパだと言うのは諦めた。
「私が入れてあげてもいいのだけれども、あの日だから」
 嘘くせえ。
「いやマズイだろ、流石に」
「そんなに意識することは無いでしょう、子供相手に」
 真相を知らないセイバーが余計な口を挟む。
「そうそう。ロリの気はないのでしょう? まさか、そんな、ねえ」
「失礼なことを言わないで貰いましょうか。シロウはそんな人間ではない」
 カレンがどういう意図で煽っているのか気づかず、乗っかってしまうセイバー。
 このままだとなし崩しになりそうだからと、逃げようと腰を上げるが―――


「パパ、わたしと入るの、いや?」


 ギュッとズボンを握り締め、潤んだ瞳を向けるキャスター。
 この瞳に耐えられる人間などいるだろうか。



それは遠い遠い昔の記憶。
自分と自分の周りだけが世界の全てで、
その全てが自分に優しく、それが当然だと思えていた時代。
そこには優しい父がいて、
厳しい母もいて、
素直で大人しい弟がいた。
口煩い家庭教師に、鎧を着込んだ衛兵。
出入り口を固める門番に、身の回りの世話をする給仕達。
沢山の人がいて、大勢の人がいた。
自分が行くところに彼らはいて、
いつも見守ってくれていた。
声をかけてくれた。
私に向けて、
私に対して、
心からの声を、
本当の声を、
ありのままの私に向けて、
ありのままの声を――

「じゃあ、まず体から洗うからな」

自分だけに向けられる声に従う。

当たり前のこと。
当たり前の記憶。
当たり前の行動。
それが当たり前でなくなったのは、
夢の終わりはいつだったったか、

「ばんざいして」

ばんざーい
それはきっと弾けるように―――



「ところでカレン」
「なに、セイバー?」
「そのテレビ番組、そんなに面白いのですか。私にはわかりかねるのですが」
「いいえ全然。ただの暇潰しですから」
「暇潰しというと?」
「もうすぐ、テレビより面白いものが見られますから楽しみにしてて下さいね」
「は?」
「薬の時間の話です。10、9、8…」
 居間に掛かった時計を見ながら、カレンは数を数え始める。



―――俺の命、あと数秒。





                          <おしまい>