釣りキチライダー



「それじゃあね。いい結果を期待してるわ」

 そんな冷たい笑みを浮かべた遠坂を残して、セイバーと外に出る。
 朝の七時半。
 坂道はひどく静かだ。
 この時間、いつもは生徒たちが登校しているというのに、今日に限って人影はまば
らだった。
「よお」
 その代わりといっては何だが、槍を持った男が所在無げに立っていたりする。
「!?」
 声をかけられるまで、気配を感じ取れていなかったのだろう。
 セイバーは顔色を変えると、すぐさま俺の前に出て相手に向き直る。
「いつぞや以来だな、お二人さん。変わらずで何よりだ」
「ラ―――ランサー……!?」
 呆然とする俺とは対照的に、セイバーはランサーを前に剣を構えたまま睨みつけて
いた。
「まあ待て。気持ちは判るが待て」
 両手を挙げて敵意のないことを示すランサー。
「昼間からとは随分と大胆な行動を取るのですね、ランサー」
「聞けよ、人の話」
 ランサーのぼやきにこっそり同意する。
「この襲撃は貴方の独断ですか? それとも貴方のマスターも同意の上ですか?」
「だから聞いてやれよ」
 二度目は流石に口に出た。


「「郊外?」」
 俺とセイバーの声が重なる。
「ああ。郊外の森にある川べりに来いとのことだ」
 言峰綺礼の名前の書簡を手渡され、ランサーが告げた言葉は聖杯戦争の参加者は至
急郊外に集まれとのことだった。
「今日の俺はメッセンジャーってわけだ。情けねえ」
「幾らなんでも、それはあんまりだろう」
「そうです。罠と言うのも躊躇うぐらいにあまりに杜撰な話ではないですか」
「まー、信用できねーのも当然だがな」
「だったら俺たちはこのまま行くぞ」
 逸早く慎二達を探し出さないとまた昨日の二の舞になりかねない。
「一応言っておくと既にお前等以外は揃っているぞ」
「何?」
「戯れを……」
「別に嘘は言っちゃいねぇ。ここんとこキャスターがやり過ぎていたのに加えて、昨
日のライダーの一件だ。どうも上の方でこのままじゃいけねーってんで、今日の招集
に繋がったんだとよ」
「フン。らしいわね」
「遠坂!?」
 振り返ると家にいた筈の遠坂がいた。アーチャーの姿は見えないが、きっと姿を消
して彼女の背後に控えているのだろう。
「わたしには伝令一つで、衛宮君にはサーヴァントのメッセンジャーとは綺礼も随分
と待遇に差をつけたものじゃない」
 くしゃりと手の中で手紙を握り潰す。
 相当腹が立っているようだった。
「ん? あー、それか。嬢ちゃんにはあの神父、丁寧に誘うと来ないだろうが、粗略
に扱えばきっと飛んでくるとか言ってたぜ。随分と知った仲なんだな」
 何がおかしいのか、ケラケラ笑うランサーに遠坂はキッと睨みつけるが、
「フン。思惑通りとか言うつもりなのかしら。それよりもわたしはアンタと綺礼が知
った仲という方が興味があるんだけど」
 そのまま努めて平静を装った表情を作ると、腕を組んでニヤリと今度は遠坂の方か
ら笑みを浮かべて見せた。そこには愛嬌は欠片もない。
「……」
 今度はランサーの方も笑みを消す。
 が、それも一瞬で余裕の笑みに戻った。
「ま、それはお嬢ちゃんが勝手に考えてくれて結構。で、どうすんだ。来るのか?
来ないのか?」
「行くわ」
「即答!?」
「凛。それはあまりにも……」
「大丈夫よ。アーチャーは本調子には程遠いけど、衛宮君とセイバーならそうそう負
けることはないでしょ。綺礼が何を企んでいるかは知らないけど、あいつと協会から
のマスターが手を組んでわたし達を罠に填めたところで、大したことが出来るわけで
もなし」
「何かさっき言っていたことと大分違くないか」
「勝算の話? 違わないわよ。泰然自若と無為無策ぐらいに」
「えーと」
 あれだ。
 遠坂は感情で理を押し流すタイプではないが、感情に沿った理をでっち上げられる
タイプだ。
「愚図愚図しないっ! 行くわよっ」
「凛。待ちなさい、話はまだ……」
「おうおう、坊主。なかなか良い敷かれっぷりだな」
 遠坂が先頭になり、なし崩し的に一向は郊外の森に向かうこととなる。
 車で一時間の距離を歩き通し、森の中を通って俺たちを出迎えたものは聞こえてく
る河のせせらぎと、
「あそこが、会場だ」
「へ?」
「え?」
「な?」


『歓迎。聖杯戦争関係者御一行様』

 と書かれた立て看板だった。

「言われた通り、連れてきたぜ」
「うむ、これで全員揃ったな」
「なっ……」
「貴方は!」
 立ち尽くしていると、横合いから声をかけられて思わず身構える。
 だが、驚いたのはそれだけではない。
「き、綺礼……?」
「し、しかし、それは……」
「ん?」
 目の前の男はいつもの神父服。
 しかし頭には麦藁帽子が。
 アンバランスというのもおかしいぐらいのミスマッチ。
 一体この真冬に何を考えているのだろうと俺たちは思った。
「ちょっと綺礼!」
「凛か」
「あんた一体何考えてるのよ」
「何とは……どういうことだ?」
「だから……」
 だが、当の神父は気にもしていないようで食って掛かる遠坂をあしらいつつ黙々と
何やら準備をし、それが終わると奥で待機していたと思われる皆を集める。
 因みにその間俺は、アイデンティティについて脳内で一人討論会を始めているらし
いセイバーの顔を眺めていた。
 神父の声で我に返ったセイバーと共に近寄ると、そこで神父は宣誓した。


「これよりサーヴァント対抗、フィッシング大会を開催する!」


 どんどんひゅーひゅーぱふぱふー

 間抜けな効果音が頭の奥から聞こえてくる聞こえてきた。
 何なんだ、一体。
「『サーフェスプラッガーこそ、聖杯の持ち主に相応しい』……とは」
 セイバーが呆然と呟く先には、数分で作ったような貧相な垂れ幕が。
 即席で作ったらしい立て看板同様に、一際目立つ木の枝に引っ掛けられていた。

 ちょっとまてやおいこら、おっさん。

「ちょっと待て、糞神父!」
 反対者は勿論いる。
 今日俺たちが探しに行く予定だった慎二だ。
「命懸けの魔術師同士の戦いじゃなかったのかよ!」
「まさかよりにもよってお前から命懸けなどと殊勝な言葉を聞くとはな」
 何故か訳知り顔に感心する神父とのやりとりを眺めながら、周囲を見渡す。
 ランサー、キャスター、ライダー、アサシン、そして一番奥にバーサーカー。
 見覚えのある顔ばかりのマスター達共々、サーヴァントは本当に全員揃っているよ
うだった。
「うるさい! 死ぬのは桜だ! 衛宮を殺すのは僕だ!」
 何か露骨にネタバレっぽい発言ではあるが、慎二らしい身勝手な発言に俺はホッと
する。
「ああ、昨日はチンピラに過ぎた振る舞いだなあと思ったら、影では立派に馬鹿やっ
てたんだなぁ」
 相変わらずの親友の姿に安堵を憶えた。
「あんた達、友達だったんじゃないかったの?」
「そうだけど、何か?」
「いや、いい」
 変な奴だ。多分、俺たちの親友っぷりが羨ましかったのだろう。
「それよりも遠坂」
「何?」
「いや、なんでお前そんなに平然としてるんだ」
 もっと暴れると思ったのに。
「市長がね」
 変な単語を遠坂は口にした。
 因みに遠坂が単語をはむはむと食べているわけではない。
「市長?」
 あー、そう言えばこないだ市長選挙があったような。
 俺は未成年だから関係なかったけど。
「でもそれが……」
「市長がこれ以上ウチの町を荒らすようなら、容赦しないって脅してきたらしいの」
「え? 市長……が?」
 冬木市長に魔術師へ圧力をかけられるだけの力が?
 いや、それ以上に聖杯戦争って実は冬木市公認?
「うーん」
 必死で以前見た選挙ポスターの市長の顔を思い浮かべるが、別段変わりない地方行
政の長であるおっさん顔だったような気がする。
 着服や収賄、セクハラに横領あたりは影でやっていても驚きはしないが、聖杯戦争
に絡んでいるなんて思いもよらない。
「聖杯戦争だってのに、わざわざ日本で行うこと自体変だと思わなかった?」
「そりゃ、少しは思ったけど……」
「幾ら一般人には迷惑をかけないったって、平気で人から魔力だの生命力だの吸い取
ったり、目撃者は鏖だのなんだのと好き勝手やるようなイベントよ。もろ手を挙げて
大歓迎する自治体や市町村なんかありゃしないわ」
 いや、聖杯を召還する土壌がどうとか、言ってませんでしたっけ?
「そんな候補でいいなら山ほどあるわよ。適した霊地がせいぜい蒼崎とここぐらいし
かない日本なんかよりも海外の方が沢山ね。でもどこも死者が大量に出て難色を示す
から、因果を含めて見て見ぬ振りさせる場所を探すのは大変なのよ」
 だから市長に話を通さないといけないらしい。
 見返りはきっと物凄いものなのだろう。
 正義の味方予定の俺としてはここは憤らねばいけないところだろうが、現実味がな
さすぎてピンと来ない。
「でも今回はやり過ぎたわね。特にキャスターの見境なしはまずったわ。それで昨日
のライダーの一件でしょう。あれでもう市長がカンカンになってさあ、もう凄かった
らしいわ」
 さっきの神父とのやりとりの内容を掻い摘んで説明する遠坂。
 ランサーが言っていたのは本当だったらしい。
「しかし、容赦しないって……」
 一般人であらせられるところの市長が、魔術師やサーヴェントを相手に何が出来る
というのだろう。
「馬鹿ね。相手は国家権力も使えるのよ。貴方だって全国に連続幼女誘拐未遂犯とか、
幼児虐待犯として指名手配されたりされたくないでしょ」
 急に現実味溢れるような事件とか持ち出されても、スケールが大きいのか小さいの
かよくわからない。それでも、まあ昨日の慎二のやったことよりは世間的には恥ずか
しい気はするが。
 さらに言えば、それで地元の俺たちはともかく、教会や協会から派遣されたりする
魔術師が困るのかとかもわからない。そう言えば遠坂は協会からのマスターがどうと
か言っていたが、それらしき人物は見当たらない。というかここにいる面子が本当に
マスターなのだろうか。かなり知っている顔だらけで胡散臭い。
「じゃあ、もしかして最近その手の事件が多く報道されているのは、裏では彼等は皆
魔術師とかで懲罰を受けているとか」
「全部がそうとは言わないけど……」
 後は察しろとの態度。
 なんだかなぁ。
 凄いような凄くないような。
 どちらにしろこれだけは言える。

 何か、情けねぇ。

 古の英雄達が召還され、現世屈指の魔術師達が命を賭け、この世のありとあらゆる
望みを可能とする唯一つの聖杯を求めて争われるという聖杯戦争の実情の正体がこん
なものとは思いたくないところだ。
「馬鹿ね。警察や政治家が無能だったり間抜けなのは漫画の中だけよ」
 遠坂はドライなのか投げやりなのか、そう言って無理矢理締めくくった。
 彼女の家もこの市ではかなり大事な立場らしいし、お上には逆らえぬというところ
なのだろう。
「ではここは民主主義に乗っ取って多数決をとることにする。賛成の者は挙手を願い
たい」
「勝手に話を進めるなよ!」
 俺たちが話している隙に、慎二をあしらい終えたらしき神父の声がした。
 だが俺の叫びも空しく、事はもう止まらない。

「釣りの勝負と聞いちゃ、放っておけねえな」
 俺たちを連れてきたランサーが真っ先に手を挙げる。
 何か面白がっているようだった。

「……」
 垂れ幕のところで真っ白になっていたセイバーは現状を把握していないらしい。
 呆然とした表情のまま無反応だった。

「これ以上の被害拡大はウチにも問題が生じるし、致し方ないか……」
 ブツブツ言いながら、苦悩の表情で遠坂も手を挙げる。

「凛のサーヴァントである私が反対する理由はないな」
 などとご機嫌取りのような台詞を抜かしなら現出したアーチャーも手を挙げる。

「実力勝負よりも分があると思いますが……」
「るさいっ!」
 凹んでいる慎二に睨まれつつも、おずおずと手を挙げているのはライダーか。

「申し訳ありません宗一郎様っ」
「気にするな」
 こうなった主な原因を作ったらしいキャスター達は賛成の他はない。
 しかし隣にいるのが葛木とは本当かよ。

「……」
 見るからに膨れているイリヤは全身で反対の意思を見せている。
 そりゃあ、わざわざ日本にやってきて釣り勝負では納得もいくまい。

「……」
 バーサーカーは指を咥えて川を見ているところを見ると賛成らしいが、マスターに
逆らうつもりはないようだった。

「〜♪」
 小刀で竹竿を削っているアサシンは鼻歌混じりに手を挙げている。
 すっかりその気満々だ。

「賛成8反対3棄権2。では賛成多数なので改めて開催を宣誓する」
 棄権は自身とセイバーのものだろう。
 因みに平和解決を望む俺としては当然手を挙げていた。
 数からして一人分マスターが足りない気がするが、神父は平然としているしいいの
だろう。もしかしたら既に死んでるのかもしれない。
「勝負は今日の夕方五時まで。数ではなく、マスターとサーヴァントのうちどちらか
一人が今日一番の大物を吊り上げたものを勝者ペアとする。精々励むことだ」
「おーっ」
 何故か異常にやる気をもっている槍一名が腕を挙げる。
 いや、その隣にいるアサシンも声こそあげないが、かなり愉快がっている。
 勿論、俺たちは死んだような目で、手際よく釣り道具一式を渡していく言峰を見る
ことしか出来なかった。
 どこかにTVカメラとか仕掛けてないだろうな?


「んじゃ、俺たちはあっち行ってるからな。また後でな」
「詰まらぬ争いかと思えば、なかなか面白いことになったものだな」
 ランサーとアサシンが先頭をきって歩く中、それぞれの釣り場を探しに散らばって
いった。二人は釣り仲間として意気投合したらしく、肩を組まんばかりの雰囲気だ。
「じゃあ行くわよ、アーチャー」
「ところで凛、君は釣りの経験が……」
「あるわけないじゃない!」
「バーサーカー。言っておくけど、手掴みは駄目だからね」
「……」
「もの欲しそうな目をしても駄目!」
「釣りか……久方していなかったが……」
「あのっ、宗一郎様。エサのつけ方を教えてくださいませっ」
「うむ。だがこれはエサではなく……」
「くそっ。悠長に釣りなんかやってられるかっ。やりたきゃ、お前一人でやれ!」
「シンジ……」
「フン。こんな本もう要るかっ! 衛宮もいい気になってんじゃねーぞ!」
 そんな調子で分かれていったので、俺の側にはセイバーとライダーしかいなかった。
「ライダーは釣りは得意なのか?」
 セイバーはまだ呆けたままだったので仕方なく、釣り場を探すライダーに尋ねる。
「え、いえ……はい。海や河川のものでしたら……」
「ふうん」
 何か海に深い由来とかあるようだったが、深くは尋ねなかった。
「ところでどうして貴方は私の後を……」
「あ、ごめん。俺もよくポイントとか知らないから、何となくついて行ってしまって
るんだ」
「勝負が釣りになったとは言え、私達は敵同士。狎れ合うのはどうかと思いますが」
「………はっ!? シロウ、これは一体!?」
「今頃気づいたのかよ」
 自分が手にしたバケツと釣り竿をそれぞれ見て驚いているセイバーに、俺は冷たく
ツッコミを入れる。
「セイバーはうっかり屋さんなんですね」
「……」
「……」
 思わず凍ってしまう俺たち。
 う、うっかり屋、さ、ん?
 何か物凄く彼女の外見には似つかわしくない単語がその口から漏れた気がする。
「な、な、な……」
 セイバーは言葉が出ないらしい。
「ま、まあ……その、今日はお互いにがんばろう」
「はい。例えいかなる勝負であろうとも一切手は抜きませんの……で?」
 暴れだそうとするセイバーを抱き止め、その場を修めようとする俺にライダーが生
真面目な顔を作って応じようとしたその矢先、
 川の上流から一層のゴムボートが流れてくるのが見えた。


「ははははは、オレを差し置いてバス釣り大会とは片腹痛い!」


 我こそは真のバスフィッシャーなりとばかりに完全装備しきった金ピカ野郎がどん
ぶらことボートを漕ぎ寄せてこちらにやってくる。
 ボートは勿論、救命胴着から帽子、釣り竿に至るまで見事に金づくめだ。
「あれは……」
「知り合いか、セイバー」
「赤の他人です」
「そっか」
 あっさり言ってのけたセイバーの言葉に頷く俺。
「ちょっと待てぇっ!」
「何か向こうは貴女を知っているみたいですが」
 ライダーの指摘にも、セイバーはしれっとした表情を崩さない。
「私はそれなりに有名人ですから。きっとミーハーな思い込みの激しいファンとかで
はないかと思われます」
「昔流行ったストーカーというものですね」
「昔って、その時あんたいなかっただろ?」
「無視するなっ!」
 俺たちの会話が気に食わないのか、ボートの上で喚く金ピカ。
 煩いなぁ。
「兎に角アイツは呼ばれてもいないくせに来たのか?」
「セイバーのマスターよ。きっと寂しかったのではないでしょうか?」
「なるほど」
 ライダーの指摘は尤もだ。
 一番事情を知ってそうなセイバーはそっぽを向いて知らん振り継続中なので、俺た
ちで考えるしかない。
「おいっ!」
 川の中央で棹を突き立て、棒高跳びの要領でボートから河川脇の俺たちの前に飛び
寄ってきた。
「見たところ貴様共、右も左もわからぬ素人だな。本物のカートッパーであるオレでは
あるが、ちゃんと頼めば仲間に入れてやらないこともないぞ」
 親指を立てて、自分を指差す金ピカ。
「取り合えず、言いたいことがあります」
 視線をそらすセイバーの前へ前へと動き回る金ピカの前にライダーがヌイと出た。
「むっ」
 一瞬不快な表情を浮かべ、次に何か思いついたような表情になり、ニヤリとした顔
になってから、その金ピカは改めてライダーを見た。主に体を嘗め回すように。
 ああ、何考えているんだかわかった気がする。
 あの自意識過剰っぷりは慎二にそっくりだ。
「フッ。残念だが、オレは……」
「ボート、流されてますよ」


 見ると、突き立てた棹を残してゴムボートは遥か下流へと流されている。


「き、気にするな。あれぐらいわざとだ。戯れだ。ほ、ほ、ほんの余興よ。面白かっ
ただろう?」
 腕組みをする腕がプルプル震えているが、指摘していいものだろうか。
 勿論、釣り用具一式もボートの上で今の彼は格好だけで手ぶらだった。
「ではもう一つだけ」
「お、おうっ。王たるものの度量で特別に聞いてやらんこともない」
「邪魔です」
「帰ってください」
「あ、さっきのゴムボートはちゃんと回収しろよ」
 セイバー、ライダー、そして俺の声に金ピカは腕組みをしたまま動かない。


「―――言いたいことはそれだけか?」


 冷然たる声音。
 でも状況と格好が彼自身を裏切っている。
 その格好で凄まれても、ちょっとなぁ。
「邪魔を邪魔と言う以外に何があるというのです?」
「資格のない者は消えなさい。蛮族よ」
「あんまり遠くまで流すと下流の人が迷惑するぞ」
 見下した声、冷徹な声、緊張感が抜けた声と三様の言葉でもう一度語りかける。
 あくまでも親切な俺たちだった。


「上等だ。言峰の手前特別に赦してやったというのに、王の温情も分からぬ雑種共め
が……その身をもって己の愚かさを知るが良い」
「っ!」
 その言葉と同時に、空中に沢山の異物が突如出現した。
「これは……」
「死んで反省しろ……むっ?」
 剣や槍、斧に矛とありとあらゆる形状の武器をその背に出現させ、翳した手を合図
として振り下ろそうとする金ピカの手首にはいつの間にか鞭が括られていた。
 慌てて、その鞭の先を見るとライダーがいた。
「なっ」
「ていっ」
「な、うぉぉぉ――――――っっ!?」
 その鞭の一振りで、金ピカの体が河川脇の雑木林の中に叩き込まれる。
 不意の攻撃が効を奏したらしい。
 しかし、その掛け声はどうかと思うぞライダー。
 派手に吹っ飛ぶ金ピカも却ってわざとらしいが。
「お、女! 何の分際でオレをっ! な、うぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!?」
 立ち上がった金ピカだったがその直後、木の枝を支点にして宙に吊るし上げられる。
 どういう理屈かはわからないが、さっきまで浮いていた刀剣類は悉く地面に落ちて
いた。
 意識とか集中力とか力場とか何かあるのだろう。俺には分からない世界だが。
 というか、一方的だ。
「なるほど。ああすれば彼の技を防げるとは盲点でした」
「はあ」
 何故かセイバーはやたらと感心しているし。
「確かに。セイバーである私もランサーもバーサーカーも、魔術師であるキャスター
も相手の手を物理的に封じるということは出来ませんから」
 いや、よく分からないけど多分いろいろと間違っていると思う。
 設定とか。
「じゃあ駄目じゃん」
 一人ツッコミ。
 まあ目の前の世界は非オフィシャルということで。
「な、舐めるな!」
 吊り上げられながらも、再び武器を浮き上がらせる金ピカ。
「手など使わずとも……王の財宝ゲート・オブ・バビロン!」
 その掛け声と共に、全ての武器がライダーを襲う。
「では、こうします」
「え?」
 鞭を振るい、吊り上げるようにしていた金ピカの体を手繰り寄せる。
 その時間はコンマの世界。
 俺の耳に彼女の声が届いた時には、金ピカは立派な彼女の楯になっていた。
「なっ」
 金ピカの体に向かって、自分が出したものが全て降り注ぐ。
 収まるところに収まるように彼の体にその全てが吸い込まれていった。
 ええと、海賊危○一髪とかみたいな感じで。



「今回の聖杯戦争の勝者は、ライダーに決まった」



 約束の夕方五時から遅れること三十分、俺たちは閉会式と称してさっきの場所に勢
ぞろいしていた。
「え? 何? 何なんです?」
「この勝利をサクラに奉げます」
 慎二に言われていたのか、先ほどのろのろとやってきた桜を待っていたものは勝利
の栄冠だった。
 その傍らには、各々の釣りの成果が並べられていた。
 様々な魚拓が並ぶ中、一際異形の魚拓が目を引いた。
 勿論、それがライダーの戦果である。
 人型をしたその魚拓は、体中にとげがあって実身以上の体長であった。
 なんかもうどうでもいいや。


「では聞こう、娘よ。この聖杯をどうする?」
「これ、ですか? そうですね……あ、そう言えば先輩の家の洗面台に置いてあった
コップ、もう大分古くなっていましたよね。それの代わりにしちゃ、駄目ですか?」



 そんなワケで、衛宮家の洗面所には今も聖杯があるのです。




                          <おしまい>