ひどいやつら

文章:久々野彰  イラスト:Ken-G様 

2001/01/10


「放して……駄目、だよ……藤井君」
 そう言う美咲さんの言葉には、力が篭っていない。
 俺の腕を掴む、手と同じくらい。

 彼女の瞳は酷く頼り気が無く揺れている。
 彼女が自制しようとする、心と同じように。

 俺は美咲さんを抱きしめる。
 強く、強く。

 無くしてしまわないように。
 逃がしてしまわないように。

 俺は、美咲さんが好きで
 美咲さんは、俺を好きでいてくれる。

 この単純な筈の構図が、
 恋愛の当たり前の図式が、

 何で、こんなに悲しいんだろう。
 悲しみを伴わなくてはいけないのだろう。

 俺と美咲さんが恋人になっていれば何の問題も無かった。
 普通の恋人同士でいられた。
 どんなに悲しいことがあっても、慰め合うことが出来た筈だ。

 俺は美咲さんが悲しいのを知っている。
 美咲さんも、俺が泣いている訳を知っている。
 でも、互いに慰めあって、支え合うことが出来ない。

 それぞれが自分を責めて、傷つけて、深く、悲しむ。
 己の犯した罪に苛まれる。

 そして、それを解決できるのは諦めること。
 忘れること。
 逃げること。

 美咲さんは、それを選ぼうとした。
 更に、自分一人を傷つける結果になろうとも、それを選ぼうとした。

 そして、もう一つ解決出来る方法。
 開き直ること。
 居直ること。

 それが出来るのなら、今、俺は泣いていない。
 美咲さんも、悲嘆することはない。

 だから、
 だから出来ることは、
 こんな罪深き俺達に出来ることは……


「あっ……あっ……あっ………」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 後ろめたさを感じながら日々、目先の肉欲に溺れることだけだった。


 こんな俺たちもいつしかアブノーマルな関係を続けているごく普通のカップルに収まっていた。
 だが、いつまでもこんな調子が続くはずがない。
 どんなに非凡な毎日でも、続ければ飽きがくるものだ。
 そして俺たちは大事なことに気付くことになる。
 二人の今を作り出すことになったきっかけであり、全ての原因――森川由綺を。
 彼女への後ろめたさを。

 こうして由綺への背徳感を持たないと燃えなくなった倦怠期な二人は、日々彼女を意識することでまた、熱く生きることが出来るようになった。

 …ふたり会えなくても 平気だなんて

「藤井くん……!」
「…みさきさんっ……!」

 …強がり言うけれど 溜め息まじりね

「ふぅっ……ふっ……ふっ……ふっ……」
「…うぅっ…。…っ…藤井くん…っ……」

 最初は由綺のCDをBGMにするだけで済んだ。
 けれども、次第にそれでは飽き足らなくなってしまっていた。

 …あ、冬弥君ですか?
 …由綺です。今日はちょっとだけお部屋の方に帰ってきてます。

「あ……あはっ……はぁっ……」
「うう……うううっ……うっ……」

 …そ、それじゃあ、14日を…楽しみにしてて下さいっ…。えへへっ…。あ、ええと、由綺でしたっ

 昔、やりとりしていた留守番電話の会話をエンドレスに流しながら、睦み合いながら互いの涎を絡ませあった口付けを交す。

 …えっ? えっ? コンビニで肉まん買って食べるのって変ですかっ?

 それも飽きると次は由綺が生出演しているTVを大音量でつけっぱなしにしたまま、ベッドに入った。

「くうっ……くっ……くっ……くぅぅぅ……」
「はぁ………んあっ……あっ……あはぁっ……」

 そしてとうとうそれでも満足できなくなった俺たちは、呼び出して睡眠薬で寝かせた由綺の横で、

「……ん、んんぅ…… うん……」
「やぁっ…あぁっ…ぃやあっ…」
「くっ…ふぁっ……うぁっ…」

 そしてこないだは椅子に縛った由綺の目の前でしてみせた。



「んんっ!? んーっ!! んんーっ!!」
「うあっ……あっ……あうっ……うああっ……」
「いひぃ………いっ……いっいっ……いいっ……」

 ゾクゾクするような快感を憶えたのが今も生々しく記憶に残っている。





「お〜い、由綺!」
 そして今度の美咲さんとの逢い引きの日に備えて、大学で由綺を呼び止める。
 あのフラフラとした頼りない足取りは由綺しかいない。
「由綺ー!」
「なに?」
 肩を掴むと由綺はようやく立ち止まって振り返った。
 おお、由綺もこんな顔が出来るんだなと俺は間抜けにも感心してしまった。
 弥生さんなら基本だが。


「今度は初心に戻って恋人裏切りプレイを……」


 俺は由綺に生まれて初めて殴られた。
 グーで。





                          <おしまい>


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