『初めての有給休暇』




 …さん、ありがとう。
 …今までずっと本当にありがとう。



 …がいたから私たちは――



 去りゆくあなた。
 見送るわたし。


 涙が溢れてきそうになる自分を抑えているあなた。
 ただ、それを見つめるわたし。


 そんなあなたの隣にはいつも彼がいて、
 わたしは離れて見守っている。



 ――御免なさい。



 どうしてだか、そんな時に思い浮かぶのは謝罪の言葉。
 心に沸く諦めの気持ち。



 ――いつから、私はこうなのだろう。



 大勢の人達に祝福され、走り去る車を見送りながら、
 手を降り続けて微笑みを絶やさないあなたを見ながら、



 ぼんやりと、そんなことを思っていた。





『初めての有給休暇』




 主役達が去り、喧騒も止む。
 あれほど賑やかだった場は落ち着きを取り戻し、そこだけ華やかだった世界は周囲
の世界のなかに溶けて消えていく。
 一つの始まりと終わりを見届けたそれぞれがそれぞれのこれからに進む中、私は少
しだけその場に立ち尽くしていた。
 そして手に抱えていたバッグを開けて、中から一枚の封筒を取り出した。
 家へ届いた、この結婚式への案内状。
 配属が代わって以来、直接会えることの少なくなった彼女からのものだった。


 「弥生さんへ」


 堅苦しい格式張った封筒とは裏腹に、そう書き出されていた中の手紙はとても柔ら
かかった。
 これを書いて贈ってくれた彼女自身がそこにいるように感じるほど。


 同封された写真を見る。


 ――照れくさそうに微笑むあなた。
 ――幸せそうな笑顔の彼。


 写真は撮った時点で瞬間ではなく、過去のものになる。
 こうして今、私が見ているのは既に過去の彼女の姿の筈だ。
 けれども、



 過去は……、時代の名残は……それを眺める私のほう。


 取り残され、
 忘れ去られただけの存在。


 人が前を向いて歩き、私はその後をついていく。
 時にはそれが時代だったり、時そのものだったりする。
 そして私はたまに、立ち止まる。
 急いだ経験は、一度もない。


 人と変わらないこと。
 人は、人。
 自分は、自分。


 他人への思いやりがある。
 気遣いがある。
 我が儘がある。
 エゴがある。


 それは、あなたの幸せ。
 それは、わたしの喜び。



 人がどう思うとか、どう捉えるとか――



 それは、あまり関係がない。



 …また、帰ろうね。
 …一緒に、歩こうよね。



 隣りに並んで歩くのは、記憶がない。
 私はいつも後ろから、ついていく。


 自分のペースで、ついていく。


 困ったように振り返る人。
 気付かず、歩き続ける人。
 脇道に、逸れていなくなってしまう人。



 ――彼女はいつも、私が横に来るまで待ち続けた。



 私は封筒をバッグにしまうと、裏の駐車場の方へと足を向けた。
 辺りに誰が残っていて、誰がいなかったのかも判らない。
 そして特に知る必要も無かった。


・
・
・


 日が暮れかかっている。
 意味もなく、海岸を歩く。
 潮風に、車は故障した。


 ――した、気がした。


 歩きたかったから。
 歩きたくなったから。


 人の行動はいつだって衝動的だ。
 それが、いきもののいきかただ。


 改めて、生物の起源に辿る気なんて、さらさらない。
 本能どうこうと、一説ぶる気はない。


 それこそ、人の枠から這い出せない証明だから。
 言葉遊びの延長だから。


 窮屈な靴を――ハイヒールを脱いだ。


 これを買ったのはいつ頃だっただろう。
 どこの店で買ったんだったんだろうか。


 そんなことを考えて、
 止めた。



 ストッキングを履いていないで外にいるのはいつ頃以来だろう。
 素足で外に立つのはいつの時で止めたのだろう。


 活発な自分は、いつまでいたのだろう。
 どこまで、子供だったのだろう。


 Whyはいつだって、いくらでも生み出せる。


 足先だけではしゃいでみる。
 爪先で、砂を蹴った。


 マニキュアが塗られた爪の間に砂が入る。


 鈍い、違和感。
 本来、味わえない触感。


 これが普通で、これが当たり前だという、



 ――そんな日々を、たまには過ごすべきだろう。



 そう、最後に言い訳した。



 この一日が貴重な日になればいい。
 私にとって、忘れられない日になればいい。
 そして願わくば、




 ――今日という日が楽しい思い出とならんことを。





                          <完>

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「過去書いた弥生SSの中でも一番ヘタレです(汗)。
元々彼女を意識して書いた文章ではないので、読み返すと全然弥生さんらしい
一人称になってないです(あせあせっ)。
全国の弥生さんファンに申し訳ないので忘れて下さい…」

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