『理奈との一日』
今日も俺はエコーズのバイトに出ていた。 他の客の注文に応じていたので、理奈ちゃんが来ていたことに気付くのが遅れた。 「あのさ…」 俺が何か言いかけるのを、理奈ちゃんは口に指を当ててとめた。 「?」 「カッポレカッポレ…ユウカンマダム…」 「え…?」 「サディストクラブ、エロエロロウジン…」 「は?…」 な、何だろう…? 急に無茶苦茶な単語なんか唱え出して…。 理奈ちゃんの顔は真剣そのものなんだけどな。 とにかく、声を出しちゃいけないみたいだったから俺もしばらく黙ってた。 店内BGMの、声楽曲だけが響いてた。 やがて、理奈ちゃんはゆっくりと目を閉じて微笑む。 「…急にごめんなさい。ちょっと好きな曲がかかっていたから」 「す、好きな曲って、これがぁ?」 俺は店内BGMを示すつもりで店の中の古いスピーカーを指さした。 相変わらず鶏が絞め殺されるような甲高い女の声が響いてる。 「ええ。まさか藤井君がカピビュラ語を知っているなんて思わなかったけれど」 「カピビュラ語…?」 俺、いつの間にカピビュラ語とやらを喋った? って言うか何語だよ、それ。 英語と日本語に聞こえたのは気のせいか、おい。 カウンターの奥で店長がにやにや笑ってる。 「『関わらないで』って言ったら藤井君、口閉じてくれたじゃない?」 「え…。ああ…」 あの呪文にそんな意味があったのか。 全然知らないよ、俺。 って、誰もが普通の単語として捉えると思うな、多分。 「でもどうして急にその………カピビュラ語だっけ…?」 「あら? 通じていなかったの?」 店長が愉快そうに吹き出す。 「『カッポレカッポレ・ユウカンマダム・サディストクラブ・エロエロロウジン』。 この曲のタイトルよ」 「え…? あ、そうなんだ…」 別に知りたくないやい、そんな曲。 「ふふふ、ごめんなさい。さすがにカピビュラ語は知っていても、Nobleman −IKEDAまでは知らなかったみたいね」 「あ、ま、まあね…」 それが池田貴○と同一人物だとしたら知らない訳でもないが…。 店長が必死に笑いをこらえてる…。 「今度から素直に『欲情人妻チアガールプレイに色情狂老紳士とSプレイ』って呼ぶ ことにするわね、この曲。ふふふっ」 「う、うん…」 そうしてくれるとありがたい… みたいな気がする…。 って言うか…… 「日本語でしょ、それ?」 <おしまい>