『虚像と偶像 そして真実』


2000/03/31



 その日、俺は街中でランダムっぽく出会ったマナちゃんと話しながら歩いていた。
「俺、時々だけど、TV局でアルバイトしてるんだ」
「ふうん。…バイトって、ADとか?」
「まあね」
 鋭いな。
「力仕事とか、お弁当とかジュース配ったりとか、蹴られたりとか?」
「ま、まあね…」
 鋭すぎるよ…。
 なにも、蹴られるところまで気づかなくたっていいのに。
「それでまさか、タレントに会えるとか?」
「まあ、それは…」
 会えるは会えるけど…。
「やっぱり」
「やっぱりって?」
「藤井さんってミーハーっぽいからTV局でちょっと会っただけだって、すぐ自慢し
そうなのよね」
「しないよ、そんなこと…」
 ちょっと会うだけじゃないんだけどね。
「森川由綺とか、緒方理奈とか」
「言いそう言いそう。すごく言いそう」
「…………」
 言えなくなっちゃった…。
 いや、別に自慢するつもりはないんだけど。
 ただ、結構マナちゃんが喜びそうな話とかあるんだけどな…。
「なに?」
「いや…。もう言わない」
「あ、なによそれえ…?」
 怒ってる…。
 相変わらず理不尽な。

「ははは、困ってるな。青年」
「あっ……
「ああ――っ!!」
 俺の驚きの声は隣のマナちゃんの叫び声でかき消された。
 俺たちの目の前には緒方英二がいた。
「え、英二さんっ!?」
「…………」
 マナちゃんは最初に叫び声をあげたまま固まってしまった。
 あまりにも驚いたのだろう、きっと。
「ははは。由綺の目を盗んでデートとは意外にやるじゃないか。青年。それも女子高
生とは良い趣味をしている」
「違いますってばっ! この娘は俺が家庭教師をしてる……」
「はは、隠さなくてもいいぞ、青年。由綺には黙っていておくから。ホラ、俺って他
人のゴシップには興味無いから」
「絶対的な嘘を言わないで下さい……ですから、そうじゃないんです!」
 全て判っているみなまで言うなという態度の英二さんに俺は食ってかかる。
 ここはキチンとしておかないと由綺は勿論、理奈ちゃんにまで誤解される可能性が
ある。由綺はともかく、理奈ちゃんに軽蔑されるような事だけは避けたい。
 あ、由綺はニブチンだから気付かないかも……でも、駄目だ駄目だ駄目だ。
「それよりもどーしてこんなところをウロウロしているんですっ!」
「あー、散歩だよ散歩。オガタインスピレーションを生み出す為には……」
「それでどーしてパチンコの紙袋を持っているんです?」
「ほら……パチンコ店に良く流れている曲があるじゃないか」
「きょ、曲って……?」
 もしかして、軍艦マーチか?
「今度の新曲のイメージに近いものを探して歩いていたらそこの店に辿り着いてな」
「そんないい加減な……
「……わかった!」
 再び、俺の声はかき消される。
 今度も勿論、マナちゃんの叫び声だ。
「おお。そういえばまだ紹介されていなかったな」
 そこで漸くマナちゃんを見る俺と英二さん。
「あのですね……あー、マナちゃん。あのさ……」
「あなた、偽者ねっ!」
 そう言ってマナちゃんはビシイと指を英二さんに突きつけた。
「「へ?」」
「全く藤井さんったら、いくら何でもそっくりさんまで用意しなくたって……」
「……あ、あのマナちゃん」
「なかなか青年の彼女は楽しい娘ばかりだな。青年の趣味かい?」
 流石の英二さんも苦笑するしかないようだ。
「ですから彼女じゃ……痛っ!!」
 脛蹴り一発で黙らされる。
「大体外面だけ真似すればいいってのが甘いのよ……あ、でも本当に良く真似てるわ
……この服もちゃんと同じ物だし……雑誌とか見て同じ物買ったんでしょうけど。で
もね、やっぱり偽者は偽者ね。自ずからそれがよく現れているわ」
 のたうち回る俺を無視してマナちゃんは英二さんの服を眺めながら意地悪そうに毒
々しい言葉を吐き続ける。
「あのね、君……」
「いいから黙ってなさいよ。このバッタモン」
 英二さんにマナちゃんはそう吐き捨てる。
「マ、マナちゃん……その人は……」
「もう、藤井さんってば。有名人に知り合いがいる振りするのもいいけど、緒方英二
さんはあまりにもやり過ぎよ」
 そう言うマナちゃんの俺を見る目は嘲りと哀れみ程度だったが、
「でもね……緒方英二さんのモノマネだけしてるだけの貴方は許せないわ」
 英二さんの胸倉を掴む彼女の姿は般若に近かった。
「おー、おーい。青年……これはどういう事だ?」
「喋り方まで真似してる。大体あなたねぇ……人間としてのプライドはないの? い
くら緒方英二さんが凄い人だからってねぇ……」
 そう延々と語り続ける彼女の中の緒方英二を思い浮かべる。

 …きっと神々しく彼女の中では輝いているんだろうなぁ……。

「だからねー、こーして外面だけ真似して悦にいっているような奴は……」
「だ、だから緒方英二は俺だって……」
「黙れっ!!」

  ドカッ!!

 顔面に正拳一撃。

 …うわぁ、本気だ。本気で怒ってる。

 鼻血が弧を描きながら、英二さんはぶっ倒れた。
 まさかここまでされるとは思っていなかったのか、モロに食らってしまったらしい。
「いくらうわべだけ上手に取り繕ったって、滲み出る品性の下劣さだけは隠せないわ
よ! 緒方英二さんの凄いのはね、その人間性なんだから。だから貴方みたいに全然
彼を知らないくせに真似ようとか考えている奴は凄い許せないのよっ!!」

  ゲシゲシゲシ!!

 そして英二さんにストッピングを食らわせ続けるマナちゃんを最後に見て……


 俺は逃げた。


・
・
・

『昨日昼過ぎ、音楽プロデューサーで知られる緒方英二さんが何者かに暴行を受けて
倒れているのが発見されました』

「ええっ!? 嘘っ!?」
「マ、マナちゃん……」
「ふ、藤井さん! この現場って、昨日私たちが歩いていた所と……」
「…………」
「でも……どうして……誰が……」
 TVで流れるニュースにマナちゃんはとても心を痛めているようだが、俺の胸も非
常に痛い。
 今日一日受け続けた打撲傷とはまた違って、胸の奥がとても。

「わかった!! 昨日のあいつっ!! あいつが逆恨みしてっ!!」

 ……それは違う。





                         <おしまい>


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